時間(とき)

 

(4) 続・当日

 その頃、恭子は、英次からもらった時計をしまい、耕作との約束のためその準備をはじめた。普段はオシャレ に余り無頓着な恭子も、この時ばかりはおめかししていた。
 日も暮れ始め、恭子の誕生日もあと数時間となっていた。恭子は、耕作との待ち合わせ場所である、近所の コンビニエンスストアーにきていた。
「待った」
 耕作が、愛車に乗ってやってきた。
「遅そーい」
 恭子も今来たところである。しかし、照れ隠しのために、きつい一言をいう恭子であった。そして、耕作の 車に乗りこんだ。
「何が食べたい」
「ファミレスでいいよ」
「おい、誕生日の時くらい、ましな所にいこうぜ」
 期待外れの答えに、耕作もガッカリした。
「じゃぁ何処?」
「うーんガOト」
「はっは。やっぱりファミレスじゃん」
 耕作も気の利いた店を知らなかった。だからこそ恭子に聞いたのである。
「でも、ガOトでも良いよ」
「OKそうしよう」
 普通の女の子であるならば、洒落た店・ムードを強要するのだが、恭子に限っては、決してそんなことはいわないのである。 耕作もそんな気を使わないで済む恭子が好きだった。
 2人は、普通のハンバーグセットと食後のケーキを注文した。周りから見たら、誕生日パーティと呼ぶには 程遠い物だが、2人は満足行くものだった。
「これから海行こうぜ」
「海。いいよ」
 2人がドライブに行く時は、必ずと言っていいほど海なのだ。しかし、耕作も恭子も春先の海は嫌いではない 。むしろ好きな方である。
 あと2時間ほどで、誕生日が終わってしまう。耕作は耕作なりの考えがあるのだろうか、自然とアクセルを 踏む右足に力が入っていた。
 そうしているうちに、恭子の電話が鳴った。
「あっ。英次からだ」
 恭子は、英次からの電話に出ようとしていた。
「出るな」
 耕作は、強い口調でそれを止めた。
「どうしてよ、耕作には関係ないでしょ」
「いいからやめろよ」
 そんな口論の間に、電話は留守番電話機能に切り替わってしまった。
「あれ、出ないな」
 英次は、不思議に思うのだが、そこにはガッカリした気持ちはなかった。
「ハッピーバスディ トゥー ユー・・・・」
 そして、留守番電話にはバースディソングを歌って、恭子の誕生日を祝うのだった。
 英次は、恭子が以前英次に漏らした「1人の誕生日なんて馴れている」と言った言葉が気になっていた。 恭子を寂しい思いにはさせない。英次はそう誓っていた言葉通り恭子の誕生日を企画していた。どうせやるなら 、これから先、数十回ある誕生日のうち、思い出に残るような1回にしようとしていたのだ。  しかし、恭子は英次ではなく、他の人を選んだ。それは、結果的に1人の誕生日ではなく、寂しい誕生日 ではないのだ。そう思えばこそ、英次はガッカリした気持ちにはならなかったのである。そしてそれが、 当日まで約束をしなかった理由でなのだ。
 電話を切った英次は、予約していたレストランにキャンセルの電話をいれたのだった。
「なぁ、残りの1時間お互いの携帯の電源切らないか?」
 耕作は、自分の携帯の電源を切って見せた。
「なんで」
「残りの時間、誰にも邪魔されたくないんだ」
 いつになく真剣な耕作であった。
「分かったぁ」
 恭子もそんな耕作に負けてしまったのか、自分の携帯の電源を切ってしまった。
 そして、2人の乗せた車は海岸へ着いた。春先の海はさすがに寒く、何か羽織る物がなければ、砂浜を歩く ことさえできないほど、夜風が肌にしみた。
 耕作は車を降りる時に、恭子に見つからないように自分のジャンバーの中に何かを隠した。そして、自慢の アコースティックギターを持って出た。
 2人は車から浜辺に着くまで無言であったが、耕作の差し出した手に恭子も自然と握り返していた。 2人は浜辺に腰を降ろし、しばらく波と風の音を聞いていた。
 そして、耕作はギターを弾き1曲の歌を歌い始めた。

バースディ

♪2人だけのバースディ、きらめく夜空の下で。
波と風と歌う君のバースディソング。
魔法使いから、大きな花火のプレゼント。♪

 耕作は、即興であったが、バラード調の歌を歌ったと同時に、自分のジャンバーのチヤックを下げ懐から 、お子様用の手持ち花火セットをだした。
「ワー花火だ」
 恭子は、その花火を受け取ると、子供に返ったように喜んだ。恭子は、2人に再会してから「花火がやりたい」 と言っていた。それは、前回の同窓会でやった、夏の花火の美しさが忘れられなかったのである。もちろん、耕作 もそのメンバーにいた。そして、耕作は、恭子のこの言葉を忘れることなく、この時期に、花火を売っている 所を捜していたのだった。
 風が強いせいか、なかなか花火に火が着かない。着いたら消えないように次から次へと花火を点火させて いた。
 電灯の灯かりがない浜辺で、2人が吸う煙草の蛍のような光と花火のきらびやかな光が2人の空間を照らしていた。
「もーないの?」
 あっという間に終わってしまった花火に、物足りなさを感じていた恭子であった。
「終わり」
 耕作は両手を上げ、もうないというポーズを取った。恭子とは対照的に、耕作は満足していた。
 ちょうどその頃である、時計の針は、0時を回っていた。そう、恭子の誕生日は終わりを告げていた。
「さてと」
 そう言って、耕作は立ちあがった。また、恭子もそれにつられるかのように立ちあがる。そして、耕作は 砂を払っている恭子に近寄り、そっと抱き寄せたのだ。
「俺、御前のこと好きだ」
 耕作は、恭子の耳元でささやいた。
「私も耕作のこと好きよ」
 恭子も当然のように答えた。
「でも、それはLOVEじゃなくてLIKEだろ」
 耕作は、抱き締めていた手を恭子の肩に添え、真剣な眼差しで恭子を見ていた。
「恭子の中では、俺は男じゃないかもしれないけど、俺の中では恭子は女なんだ」
 耕作の言葉に恭子はビックリした。
 しかし、耕作はしっかりと恭子の両手を握り、しばらくは黙ってお互いを見つめていたが、2人とも 自然とまぶたを閉じて、唇を重ね合っていた。
 三日月の月明かりと星空の明かりだけが2人を照らしていた。全ての雑音から解放され、2人は最高の ムードの中で時を過ごしていた。
 恭子にとって最高の誕生日であったかは疑問に残るが、心の中の1頁に刻まれたことは言うまでもない。

1999年作 SUGAR F