バスケット・コートを見下ろす階段に座っていた。
遠くから男の子がジッとこちらを見ている。
口がへの字に結ばれている。
意志の強そうな子だ。
しばらく、お互いを見ていた。
やがて意を決したように男の子が口を開いた。
「コモ・テ・ヤーマ!(名前は?)」
「テツ!」と答え、こっちに来いよ、と手招きした。
男の子は、俺の前に立つと言った。
「ケツ!」
「ノ・ノ・テツ」
「ケツ!」
まあ、ケツでも何でも良いや。
「シーシー!(そうそう)」
此処に坐れよ。
坐っている隣を叩き、そして、聞いた。
「コモ・テ・ヤーマ?(名前は?)」
「ダ××!」
「ダ××?」
全く聞き取れず、聞こえたように繰り返したが、男の子は不満そうだ。
人さし指を立てて「もう一度頼む」と伝える。
「ダビッ!」
「ダビッ」
聞こえた通り言ってるつもりなのだが、どこかが違うのだろう。
「ダビッ、ダァビッ、ダァビッド?」
何度も繰り返すが、彼は良い顔をしない。
おそらく日本語流に言うと彼の名前は「デビット」なのだろう。
「デ」は「ダ」に近く、「ビ」にアクセントがあり、「ト」はほとんど発音しない。
「ダビッ、ダァビッ、ダビットッ、ダビッ?」
男の子は、怒ったような顔になり、背中を向けてしまった。
自分の名前をキチンと言ってもらえないのが不満なのだろう。
でも、どこが違うんだよ。
「ダビッ、ダァビッ、ダビット、ダァビッ、ダビッ、ダビッ」
何とか喜んでもらおうと繰り返すが、状況は悪化する一方だ。
肩を叩き「もう一度言ってくれ」とジェスチャーで伝える。
彼は、それには答えず、黙って立ち上がった。
ごめんよ、でも俺だって一生懸命トライしてるんだぜ。
そのまま走り去る後姿に、不正や悪を許さない真っすぐな将来を見た。
彼の姿は、すぐに見えなくなった。