初めに向かったのはオベンティック。


ここはサパティスタ自治区の中では、カラコールと呼ばれ良政府委員会が置かれている。


(良政府委員会に対してメキシコ政府は悪い政府)


カラコールは全部で5ヶ所あり、他に30ヶ所ほどある自治区の運営をサポートしている。


役割はあくまでもサポート、統治ではない。


まずは良政府委員会で自治区滞在の許可をもらうのだ。


笠置さんが書いてくれた推薦状を持って出かけた。




俺のような外国人をサパティスタが受け入れる理由は、


自治区内から、周囲に駐屯している軍隊を見張るという役割があるからだ。


また中立的な立場の外国人がいるということで、


自治区内が安全に運営されているという政府に対するアピールにもなるのだ。


結果的には人間の盾という役割も担っているのだろう。




とりあえず、俺の滞在希望は三日間。


特別、何かをやらなくてはいけないといった決まりはない。


いわば、自治区内にいるというのが仕事のようなものだ。


長期で滞在する人は、仕事を手伝ったり、独自の教育プログラムを子供に教えたりもしているようだ。




片桐くんとコレクティーボ(乗り合いライトバン)に乗り込んだ。


途中、ポリスにより車が止められ、車内の荷物検査が行われた。


今まで先住民の村に行くため、何度も通った道だが、止められたのは初めてだ。


ポリスは全ての車を止めている訳ではない。


このコレクティーボがサパティスタ自治区に向かう車だったからかもしれない。


自治区の近くでは軍による検問も行われている。









閉ざされた門の中に入ってしまうと、自治区の中は、あっけないほど特別ではない。


流れる空気ものんびりしている。


建物に書かれた壁画がコミューンとしての雰囲気を微かに伝える。


それもヒッピーのコミューンなどと比べたら遥かにスクエアーだ。


女性の表情が明るいのと、ゴミが少ないのが、まず印象的だった。




良政府委員会に呼ばれた。


黒い目出し帽を被った4人のサパティスタの前に座る。


自治区で暮らす人々は、みんな普通に顔を出して生活している。


良政府委員会を構成する者たちも、顔を隠すのは、決まった建物の中だけのようだ。




ムチョ・グスト(はじめまして)


メ・ジャーモ・テツロウ・カネコ(わたしの名前はカネコ テツロウです)


ソイ・ハポネス(わたしは日本人です)


メ・アレグロ・デ・コノセールノ(お会いできて嬉しいです)




手のひらに書いて用意していた挨拶を披露する間もなく、


「ブエノス・タルデス」のひと言でラフに話が始まった。


片桐くんがスペイン語で話を進めてくれるので、


(本人曰く日常会話に苦労するくらいのレベル)


こちらは神妙な表情を作り、隣でうなずいているだけだ。




顔を隠した4人のサパティスタは、とうていゲリラとは思えない普通の男達だった。


(サパティスタはメキシコ政府からゲリラとして扱われている)


でっぱったお腹がくたびれたTシャツを押し上げているし、足元もサンダルを突っかけただけだ。


目だし帽から見える眼からも、ひとの良さが滲み出ている。


敢えて緊張した雰囲気を作り出そうとしているようにも感じられる姿は、ユーモラスにすら見えた。




「ポロに何日滞在するか聞いてるで」


片桐くんがこちらを向いたので思わず日本語で「ふつか」と答えた。


サパティスタの一人が「ふつか」と真似をした。


他のサパティスタ達が笑った。


「ふつか」と真似したサパティスタも満足そうに「ふつか」「ふつか」と繰り返し微笑んでいる。



こちらの希望通り、オベンティックに1日・ポロに2日の滞在許可が下りた。