むきだしの腕にひんやりした空気を感じる。


雲の流れが速い。


今日も、ひと雨ありそうだ。


遠雷が聞こえる。




落ち始めると1、2時間ほどは降り続く。


読みかけの本を持ってカフェに行く。


特にメニューは無く、ポットに入った薄いコーヒーが飲める。


ここは、村の売店も兼ねている。


お菓子・飲み物・野菜・日用品などが買えるが、品揃えも店構えも、とにかく質素だ。




やがて美しく転調してゆく音楽のように、雨が落ちてくる。


村人も野良犬も雨宿りにやってくる。


白い糸のように落ちる雨が、激しくトタン屋根を叩きだす。


雨音に、ざわめきが消える。




ひとりの子供が読んでいた本を覗き込んできた。


日本語、さらに縦書きが珍しいようだ。


「見てみな。これが日本語でサパティスタだ」


遠巻きに見ていた子供達が集まってきた。


写真のページを開いて見せてあげる。


見る間に20人ほどの子供達に取り囲まれた。


みんな学校に入る前くらいの小さな子供達だ。




「コモ・テ・ヤーマ」(名前は?)


「テツ、 メ・ジャーモ・テツ」


子供達は口々に「ケツ」「ケツ」と言う。


メキシコ人は「テ」を上手く発音できない。


「ノ、ノ、テツ」


繰り返すうちに「テツ」と言える子が出てくる。


「テツ」と言えた子を指差し「シー、ブエノ」


「ケツ」と言ってる子を指差し「ノ、テツ」


言えるようになった子が言えない子に向かって「テツ、テツ」と言っている。


しばらく続いた「ケツ」と「テツ」の輪唱が、「テツ」の合唱へと変わっていった。




何人かの子供が、お菓子を食べていた。


ビニールに入った素朴に揚げたスナックだ。


「サブロッソ?」(おいしい?)


10もないボキャブラリー(スペイン語)のひとつを使って話しかける。


お菓子を持っている子、ひとりひとりに「サブロッソ?」と声をかける。


子供達は恥ずかしそうに笑うと「サブロッソ」とつぶやく。


みんなが口々に「サブロッソ」と言い出し笑いあっている。


かわいいなあ。




カウンターに行って、子供達と同じお菓子を買う。


売店のおばさんが「ホントに買うの」と肩をすくめた。


ビニールを破り、スナックを口に入れる。


子供達が興味深そうに見ている。


みんなを見回してから、ゆっくり言った。


「サブロッソ」


子供達は、また、「サブロッソ」と口々に言い笑った。




子供達の輪の中心から、だんだんと輪の一部になる。


それぞれが話してる内容は分からないが一緒にいるだけで楽しい。


笑顔をいつまでも見ていたい。


時々、誰かがこちらをジッと見ている。


花が俺を見るから、俺も花を見る。


時々、誰かがこちらを見て「テツ」と言う。


「シー(はい)」と答えると嬉しそうに笑う。


花が笑うから、俺も笑う。