空気が淀んだ黴臭い空間で体を起こした。


窓の無いサウナのように暑く狭い部屋。


スプリングのへたったギシギシのベッド。


耳元を飛び回る蚊。


一晩中続くバカ騒ぎ。


夜中でも盛大に差し込む廊下の明かり。


少しは寝たのだろうか。


疲れは取れないばかりか、さらに増した。




8月15日。


重たい体と荷物を引きずりながらオキナワへ向かった。


乗り合いタクシーに乗り、まっすぐな道を走る。


「めんそーれ!オキナワへ!」


3日目前には無かった大きな看板が、道路をまたいでいた。




「どちらからいらしたんですか」


会場に入ろうとしたら呼び止められた。


丁寧だが咎めるような口調だ。


「どんな御用件ですか」


用件なんて聞かなくても分かるだろ。


その女性はトランシーバーを使い、どこかに連絡を取った。


「その格好だと入場出来ないのですが」


会場を見渡すと半数ほどが、黒い喪服を着ている。


今日の祭は慰霊祭としての趣が強いみたいだ。


俺の着ているのは、連日の暑さから、当然のように半袖・短パン。


当たり前だが、喪服も持っていない。


しかし、会場にはGパンにTシャツといったラフな姿も見える。


「長ズボンに着がえますので、それで良いですか」




「ちょっと、こっちに来て」


再度、入場しようとすると、また呼び止められた。


鼻の下に髭を生やした沖縄特有の彫りの深い顔の男だ。


体の大きなボリビア人の警官が横にいる。


「ちょっと、その荷物開けてみて」


何で荷物検査を受けなきゃならないんだ。


不条理に感じながらも黙ってバックにかけた南京錠を外す。


男はボリビア人に顎で指示を出す。


パッキングした荷物が次々に開けられてゆく。


衣類が入った袋。


筆記用具、文庫本、コーヒーカップ。


洗剤、薬、耳掻き。


パソコンのマウス・パッドまで引っぱり出された。


腕組みをした男が、もっと調べろと顎を動かす。


どんな国境でも、これほどまで執拗な調べを受けたことはない。


この光景は何なんだ。


彼らは何をしてるんだ。


俺は何をされてるんだ。


ひっくり返される荷物を見ていたら、悲しくなってきた。


俺は何しに来たんだ。


歓迎されてないんだな。


気持ちを押さえ、なるべく物事を俯瞰から見ようとした。


自分の気持ちのやり場が無くなった。


「俺、来ないほうが良かったですか」


思わずそんな言葉が出てしまった。




荷物を預けるように言われた場所に入ろうとすると、また別の男に呼び止められた。


「待て待て、来賓の入場が先だろう」


俺は何なんだよ。


受付を済ませて来賓のプレートも付けているのだが。


嫌がらせとしか思えない。


目と鼻の先の事務所に荷物を渡すだけなのに。


此処まで来て何で差別されなきゃならないんだ。


その場にしゃがみこみそうになる。


どす黒くなった思いが胸の中に渦巻き始める。


これ以上、ここにいてはいけない。


大きく息を吐き、その場を離れる。


慰霊塔にお焼香だけして、会場を後にした。