2月28日(月)
魔法の時間が訪れる。
地平線にオレンジ色のライン。
今日も朝がやってきた。
ずいぶんと長い間、此処にいるような気がする。
色々なことがあったので時間の感覚が麻痺しているのだろう。
とにかく眠い。
とにかく疲れている。
正直休みたい。
まだ月曜日だ。
経験上、この2、3日が一番辛いのは分かっている。
農作業では普段使わない筋肉を使う。
そのために酷く重たい疲労を感じるのだ。
しかし、数日すると体は慣れる。
それまでが大変なのだ。
先週に引き続きマンゴーの収穫。
今日からひとりで収穫してゆく。
子供たちは学校に行っている。
周りで作業しているのは、二十歳を越えたくらいの青年達だ。
「テツロウ、これまだ青いよ」
獲ったマンゴーがチェックされ注意を受ける。
充分、黄色になっていると思うのだが。
「素人には難しいんだよ」
くっそー。
すぐに一人前になってやる。
弓場農場では不思議に感じたことがあった。
20歳ほども年下の者から「テツロウ」と呼び捨てにされる。
年上の方からは「カネコさん」と丁寧に呼ばれる。
普通は逆だと思うのだが。
しかし、よくよく考えてみると無理もない。
若い彼らは日系3世だ。
ブラジルで生まれ、ブラジルで育った。
顔は全くの日本人だが、実際はブラジル人なのだ。
この国では年齢に関係なくファースト・ネームで呼び合うのが当たり前だ。
世界全体を考えても年齢によって呼び方を変える民族の方が圧倒的に少ない。
常識。
そう思っていたことも実は単なる固定観念であったりする。
ブラジル人である若者たちは、自分の親も呼び捨てにしていた。
しばらくすると慣れたのだが、始めは違和感があった。
うーん、異文化交流だ。
年長者に対する敬意を呼び方に込める。
そんな日本の言語を改めて良いなと思った。
マンゴーはたわわに実っている。
昨日、作業が休みだったため、収穫すべきマンゴーは多い。
痛いほど強い太陽。
長袖、長ズボン、そして長靴の完全防備。
その上から雑草の実がくっつきチクチクと肌を刺す。
いつの間にか這い上がってきた蟻が背中を這い回り噛み付く。
じっとりと汗がシャツに染み込む。
木の周りをぐるっと廻りながら熟れたマンゴーを探してゆく。
最後に木の下に潜り込み別の角度からも確認する。
微妙な熟れ方をしているマンゴーがある。
「これは獲って良いかなあ?」
迷った時は素直に教えてもらう。
その度、自分の中の獲るべき基準を少しずつ修正しながらもぎとってゆく。
太陽が高くなり日陰は木々の根元に縮んでいった。
角笛が鳴る。
やった、やっと昼食だ。
しかし、作業は終わらない。
まだ続けるのか。
腹へったぞ。
1時半を過ぎて、やっと全てのマンゴーを獲り終えた。
長い時間だった。
腹へった。腹へった。
えっ!マジか?
おかずがない!
南米の国々では、昼食をたっぷり食べるのが習慣だ。
その代わり夕食は実にあっさりしている。
弓場農場でもメインは昼食だ。
しかし・・・
おかずが山盛りされていたであったろう大皿。
今はタマネギの切れ端がへばり付いているだけ。
この時を楽しみに働いただけにガッカリだ。
あまりにも落胆した様子をしていたのだろう。
見かねた人が卵を焼いてくれた。
かたじけない。
よし、午後も頑張るぞ。
マンゴーは今が最盛期だ。
昼休みもそこそこに選別作業が始まる。
収穫したマンゴーを大きさや状態により5段階に分ける。
一番下のグレイドのものは「ぶーちゃん」と呼ばれていた。
もしやとも思ったが、やはり豚の餌にまわされた。。
一番上等なグレイドのものは、傷がなく、大きくて、ずっしりと重い。
これが一番高い値段で売れてゆくマンゴーだ。
しかし、これらは、自分が思っていたよりも、ずいぶんと青い。
こんな青くて良いのか。
こんな状態のマンゴーを、自分は獲っていなかった。
一番最初に教えてもらった黄色いマンゴーにこだわり過ぎていたようだ。
選別されたマンゴーは、木箱やダンボールに入れられ、隙間に新聞紙が詰められる。
更に重さが量られ、伝票が付けられる。
それから市場に送られ、その後お店に並ぶ。
すぐに消費者の手に渡るわけではないのだ。
今が食べ頃のマンゴーは商品にならない。
夢中になって獲っていた為に、食べる人のことまで考えられなかった。
選別作業をしてみて分かった。
選別作業をしてみて良かった。
その経験によって食べる人のことまでを想像することが出来た。
その経験によって他の人が獲ったマンゴーをじっくりと見ることが出来た。
今日の選別を、明日の収穫に生かしてゆこう。
経験と想像力。
そのどちらもが同列に必要だ。