旅の空からの伝言


2005年9月4日 シアヌークヴィルより


朝、市場でコーヒーを飲んで来ました。

日本で通っていたある寿司屋を思い出しました。

築地の場内市場に4軒あるうちのお気に入りの1軒で、

長い間月1くらいで食べに行っていました。

ある時マスコミで紹介されてからたくさんのお客さんが詰めかけるようになり、

随時50人以上の人が並ぶようになりました。

幅が10mにも満たないような小さな間取りの店が並んだ通りです。

長い列を作るお客さんが隣の店の前に少しでもはみ出さないように

神経を擦り減らしていた女将さんの姿が思い浮かびました。

市場の片隅のカウンターだけのコーヒー屋。

全てのお客さんが御飯を食べていたので始めは定食屋だと思いました。

若い兄妹が額に汗して気持ち良いくらいテキパキと動いています。

金魚すくいで獲れなかった子のためにおじさんが一匹すくうような網をフィルターにして

お兄さんの方がコーヒーを煎れています。

コップの底にコンデンスミルクがたっぷり溜まった(好みの量だけ混ぜて溶かす)

暑いアジアの濃いコーヒー。

「ブラックで」「砂糖もミルクも入れないで」の英語が全く通じないでいると

大声で呼ばれた3軒隣の女の子がやって来ました。

彼女がカンボジア語に通訳すると周りから「おーっ」という歓声が起きました。

御飯は隣の店に座りきれない人がそこで食べていて

食事が済むとその場でコーヒーを頼んで飲んでいるのでした。

東南アジアでも南米でも人々は垣根がなくお互いが助け合いながら生きています。

メコン河流域の町コンポンチャムから海辺の町シアヌークヴィルに来ています。

今日は朝から雨が降ったり止んだり。

ずいぶんと涼しく感じます。

疲れが溜まり目覚めから引きずるような体には良い休息です。







■キホさんへのレスポンスより


オラ!アミーゴ!

台風は大丈夫だったでしょうか。

築地には場外と場内に一軒ずつ行きつけの寿司屋がありました。

場外の店は改装してからダメになり、

場内の店はマスコミで紹介され始めてからガクッと落ちて、その後、劇的に復活しました。

初めに出てくる中トロを口にした途端、あまりの美味さに思わず笑ってしまいます。

そして、思わず目を閉じて食べています。

味覚以外の感覚を開いているのが惜しいくらいの美味さなのです。

車海老は跳ねるくらい新鮮で、頭の部分を軽く炙って別に出してくれます。

これが酒の肴に最高。

あなごは口の中でとろける。

巻物がまた憎い。

素晴らしい。

2種類の海苔巻きが出てきます。

ひとつはトロ、もうひとつはイクラとイカを一緒に巻いたもの。

これが、また、美味いんだ。

玉子焼きにちょんと醤油をつけて口に放り込む。

最後に濃い日本茶をすする。

日本に戻ったら真っ先に行きたい店です。

北の海親方と隣同士になったこともあったなあ。

築地が引越したらどうなってしまうのでしょうか。

それにしてもキホさんを理事長にするとは千住市場は随分と思い切ったことをしますね。

時間の過ごし方こそが芸術作品だとメールをくれた友人がいました。

大切に過ごしたいですね。







2005年9月6日 プノンペンより


寒い夜だった 辛く悲しい ひとりきりの長い夜だった

北へ帰る夜汽車は 俺の中の 心のようにすすり泣いてた

そんな時おまえがよこした便り ただひと言だけ 「淋しい」って綴ってた

一昨年行ったミャンマーではKiroroの曲を良く聞きました。

ラオスの首都ビエンチャンを歩いていた時は喜納昌吉の「花」

いずれも現地の言葉によるカバーです。

カンボジアでかかっているのは演歌歌謡のような曲がほとんどですが

その中に混ざって甲斐バンド「安奈」のカンボジア語カバーが流れてきました。

これも独特の臭味のあるドリアンのような良い曲ですね。

首都プノンペンにいます。

カンボジアには約2週間滞在しています。

何よりも印象に残っているのは子供達の笑顔。

子供ってこんなに可愛かったっけと何度も思いました。

今日は日本大使館に行きパスポートの増補をしてもらいました。

40ページ増え、しばらくは足りそうです。

112個のスタンプと8枚のヴィザ。

このパスポートもずいぶんと貫禄が出てきました。

チケットを買う時「マニャーナ(明日)」

ついつい自分の口をついて出た言葉にびっくりしました。

今でも「シー(yes)」や「ポルファボール(PLEASE)」は出てしまうのですが、

「マニャーナ」とは懐かしい。

ボキャブラリーも文法もありませんが、スペイン語は自分にとってナチュラルです。

明日、ボートでベトナムに入ります。

とりあえずチャウドックまで行ってメコンデルタの小さな町をゆらゆらと巡る予定です。







■やじまくんへのレスポンスより


プノンペンにいます。

トゥールスレンに行ってきた。

考え事がしたくてバイクの後ろに乗る気になれず歩いて帰ってきた。

なるべく人が生活している場所を選んで愚かさや厳しさや素晴らしさと歩いた。

ちょうど宿に着いた頃にスコール。

ハンドルの所にペダルがあって手で漕げるように改良してある自転車を見たのはこの国が初めて。

今、窓から外を見ただけでも足の無い人が2人いる。

サンダルを手にはめて這うように進んでいる。

ポル・ポト派による170万人(国民の3割)もの虐殺。

その後の戦争、内戦。

つい最近のことだよね。

今ここにいるのは次の瞬間に自分の命が無くなってもおかしくない時代を長い間生き抜いてきた人達。

そのことは忘れないように旅をしたい。

やじまくんの熱い夏はこれからだね。

成功を祈る。







矢島 新一 写真展 「ヤポネシアの南端で 奄美編」


2005年9月16日〜9月30日

新宿区高田馬場「Gallery Bar 26日の月」にて

南に行けと風が言う

こっちへおいでと太陽が笑う

旅人は嗅覚の赴くまま

ぶらり ぶらり

吸い寄せられた奄美の島は

ヤマトと琉球のはざま

はざまである故の美しさと

豊かさと逞しさ

それを捉えた旅人の目線を

正面から感じたい







■ひさのさんへのレスポンスより


ひさしぶり!

今、ペルーにいるんだなあ。

ちょうど、去年の今頃もひさのとペルーにいたなあ。

俺は旅の初めほど日本食が恋しかったな。

アジアは何でも美味しくて食事のストレスが全く無い。

脂分も肉も少ない食事でいつの間にか体重が10キロ落ちていたよ。

(たくさん食べているし、ビールも毎日飲んでいるのだが)

まさに一ヶ月で、南米(アルゼンチン・チリ)での蓄積一掃。

見た目は何も変わってないのだけど。

大好きなリマの家族に会えて良かったね。

良い時間を過ごして下さい。


■「ひさのすけ旅日記」:http://www1.u-netsurf.ne.jp/~silent/a-world-0192-hisanosuke-tabinikki.htm







2005年9月9日 サイゴンより


サイゴン(ベトナム)にいます。

いやいやタフな移動だった。

色々なことがあったのですが特にしんどかったのはバス中から「降りろ!降りろ!」と罵られたこと。

法外な値段を突きつけるバスを2台やりすごし、ずいぶん待って乗ったバスです。

車掌にもドライバーにも何度も確認してやっと納得できる値段で交渉が成立したバスでした。

しかし、動き出したバスの中で、決まった料金の倍を請求されました。

話が違うと言おうとしても言葉は全て「ノー!」と遮られ「払え!払え!」の一点張り。

他の乗客はもっと安い金額で乗っているのを見て知っていたので

周りの人たちに「いくら払ってます?」と話しかけても

英語の分る人は無く皆首を振るばかり。

そのうち料金を徴収していた車掌(女性)は「おまえは降りろ!」と言い出す始末。

何度、事情を正そうとしても聞く耳を持たない。

足を踏み鳴らしながら凄い剣幕でドアを指差し「降りろ!降りろ!」とわめき続ける。

しょうがないので無視して座っていると荷物に手をかけて外に放り出そうとする。

その間、ドライバーはずっと徐行。

そして、わめいていた女性が乗客たちに何か訴えかけると、

彼らからも口々に「降りろ!降りろ!」の声が。

犬を追い払うような仕草が繰り返される。

よっぽど降りようかと思ったのですが、何の情報もない町で、やっと探して乗ったバス。

すでにバスターミナルからはかなり走っていて、周りは田圃ばかり。

降りだした雨は強くなり、陽は暮れかけている。

普段は地元の人より多少余分に払うのも仕方ないと思っているのですが、

あまりにも一方的でやり方が汚い。

降りようにも降りられない状況で調子付いたバス内からは「降りろ!降りろ!」と罵られ続ける。

一番前に座っていたので立ち上がってバス中を睨みつけました。

「うるせー!ガタガタわめくんじゃねー!黙れ!このタコ野郎ども!」

「おー!そこのクソババア!金、金、うるせーんだよ!好きなだけとりやがれ!」

「それから、おめーだ!おめー!何も知らねーのに、調子こいてんじゃねーぞ!」

「おー!そこのクソガキ!てめーもだ!ひとりじゃ何もできねーんだろ!黙ってろ!」

「おい!おっさん!てめえニヤニヤしてむかつくんだよ!」

「おー!ベトナム野郎ども!なめんじゃねーぞ!このクソバカ野郎どもが!」

バス内を歩きながらひとりひとりを怒鳴りつけていました。

バス内は静まり返り半分くらいの人がニヤニヤ笑い続けていました。

はー疲れた。

すいません、疲れる話で。

静かに優しく楽しく旅したいと思ってるだけなのですが。

きっと人は、ほんの些細なことで、わだかまりやら好意やらを繰り返しているのでしょう。

きっと心は、ほんの小さなことで、分かり合ったりすれ違ったりを繰り返しているのでしょう。

一時的な感情(特にマイナスの)に飲み込まれることなく、

全ての経験をその先に生かしてゆきたい。

もっとベトナムを好きになりたいです。







■ROGMA6さんへのレスポンスより


ログちゃんはいつも俺がバッドかも?という時に現れて何かちょっと書いて行ってくれるね。

どうもありがとう。

怒ることをいけないことだとは思っていないんだ。

ああでもしないと自分の気持ちのやり場がなかったと言うのもあるのだけど、

やはり俺が怒ってることを相手にキチンと伝えたかったんだな。

旅をしてると良いことばかりじゃないし思うようにいかないことの方が多いくらい。

俺はタイでもカンボジアでも現地の人に怒鳴ってる。

南米でも何度もある。

怒りも悲しみも淋しさも必ずやって来るもの。

フラットに受け止める。

その時、その時、その場で自分の気持ちに折り合いをつけてゆく。

マイナス面ばかりに焦点を当てなければ自分を知る最高の機会になる。

上手く付き合えたら前に進む力になるよ。

怒りを恨みに変えて飲み込まれない為にも相手に全身全霊で伝える事が時には必要だと俺も思う。

痛んでる時ほど神に近づけると言った人がいた。

どうもありがとう!







■やじまくんへのレスポンスより


カンボジアで宿をやっている日本人女性と話す機会があって

生活するとなると全然違って色々と大変なことが多いという話を聞かせてもらった。

通り過ぎるだけの旅であるならば単に嫌いだムカついたで済ますことも出来る。

でも俺はそうしたくはないんだ。

実際、旅の人からは、あの国は良くないとか、人がすれてるとか言う話を良く聞くけど

そこで止めてしまっては、もったいないと思うんだ。

(ぼったくりばかりだとベトナム、カンボジアを素通りしてタイで漫画読んでる大学生もいた)

自分の感情がマイナスに振れた時ほど、その国の歴史、気質、生活を探る良い機会。

受け止めて見つめることにより、自分を良い方向へ変えることも出来る。

良い経験をさせてもらってると思うよ。

個展も実際にやってみないと分からない事が多いと思う。

悩むこともあると思うけど全力でぶつかった経験からは次の地平が見えてくる。

旅を続けよう!

楽勝で行こう!







■キホさんへのレスポンスより


ビエン!ビエン!

ポルスプエスト!ビエン!

キホさんは本能と理屈と両方だから面白いなあ。

さすが鋭いです。

違った文化圏に突入した時の軋轢。

もと共産国に有りがち、必要以上に打算が働いている。

ヴェトナムバス、面白いね!ときましたね。

そうなんです。

おもしろがってもらえて嬉しい。

顔の凹凸が無くなった。

目が細くなった。

肌の色が白くなった。

たくさん食べる。

お茶を良く飲む。

英語を分る人が少ない。

膝を立てて座る。

パジャマ(のような服)

唾、痰、食べ物を吐く。

立ちション(トイレがあっても使わない)

中国風のメロディ。

唐傘、アオザイ。

天秤棒(荷物を頭の上に載せない)

女性がキツイ。

これはベトナムに入ってから顕著に現れた点です。

ベトナムだけに来た時はあまり感じなかったのですが

インドネシアから徐々に上がって来た今回は見事な民族のグラデーションを感じた。

中国がすぐそこだなあと実感します。

面白いですね!







2005年9月11日 ホイアンより


サイゴンから国道1号線を北上。

1090キロ。

22時間のバス移動。

大好きな町ホイアンにいます。

世界遺産でもある旧市街の中、市場のすぐ隣に宿をとりました。

いつも朝に食べていたお粥屋のおっちゃんは健在。

相変わらず美味かった。

ゆっくり滞在したい町です。







2005年9月13日 ホイアンより


一枚も写真を撮らない日は割りと良くあります。

多く撮る日は100枚くらいでしょうか。

アジアに来てからは比較的たくさんの写真を撮っています。

(治安面がソフトになってカメラを剥き出しで持って歩けるというのが大きい)

南米と比べ、お金を要求される度合も減って楽しく撮れます。

なぜか昨日は今までで一番たくさんの写真を撮る日にしようと決めて

とにかくシャッターを押しまくりました。

撮り散らかす快感。

4時間ほどで500枚以上。

30秒に1枚以上をづっと続けてる訳だから大したペースだ。

とりあえず昨日撮った写真をアップします。

■「500回のシャッターを押した日」:http://www1.u-netsurf.ne.jp/~silent/a-world-0250-v-01.htm







■ライター浅野智哉さんへのレスポンスより


そこにある物じゃなくて、場に宿る生命と無限な繋がりと、会話している。

どうもありがとう!

そうありたいね。

いつも良い風を感じられる自分でありたい。

宮内勝典さんと会ったのか。

パウロ・コエーリョさんに会った時を思い出すなあ。

「ナイス・トゥ・ミーチュー」「アイム・ハッピー」くらいしか言えなかったけど

その時一緒にいた空気を良く憶えている。

「世界と君自身との戦いにおいては、世界の側につきたまえ」

浅野くんが宮内さんから戴いたカフカの言葉。

自分が世界から切り離されたように感じる時は、まず自分自身を疑ってみる必要がある。

俺はそのように解釈している。

世界は自分自身で、結局、自分との戦いだと思ってるんだ。

初めてベトナムに来た時は9.11の直後だった。

着いた町はフエ。

王宮前に翻る巨大なベトナムの国旗を見ながら、

アメリカのこと、ベトナム戦争のことを考えていた。

誰もがその時感じていたように、この世界はどうなってしまうのだろうという不安も抱いていた。

今回フエに寄ってその時の気持ちを思い出した。

その頃包まれていた焦げるような危機感は薄れたけれど、

世界は相変わらずで暴力と恨みの連鎖は止まず、

この瞬間にも罪の無い人々が虫のように殺されている。

赤く翻る巨大な国旗の袂は王宮の堀で、その中に繁る水草を、

ボートに乗った農婦らが優雅に収穫している。

堀の周りは細い通りになっていて人々の生活がはみ出している。

ふたつのテーブルを道に出しただけの看板も無いカフェに座ると

英語の分らない女主人との間に立って同じテーブルの男性が砂糖を抜いたコーヒーを頼んでくれた。

自分より10歳ほど年上のもの静かな紳士だった。

もうひとつのテーブルではふたりの老人がゆっくりと流れる時を楽しんでいる。

銃をとって戦っていたのかもしれない。

隣に座っている男性は子供の頃に戦争を体験したはず。

流行りの欧米風の洋服を身に着けた年頃の女の子が自転車で通り過ぎてゆく。

カンボジアでは多くの子供が服を着ていなかった。

ベトナムは戦争を知らない子供たちの時代に変わってゆきつつある。

怒りも祈りも悲しみも人々の生活の中にある。

今日も地球は廻っている。







■namiさんへのレスポンスより


ひさしぶり!

シアトルにいるのかあ。

クラムチャウダーとエスプレッソとグランジ・ロックの街。

それぞれにきっと想像も出来ないようなことが日々起こっているのだろう。

そんな魂同士が出会えるのは、ほんの一瞬。

大切にしたいね。

旅から教えてもらっていることはとてつもなく大きい。

想像もしていなかった事が当たり前のように起きてしまう。

全部が世界(自分)と向き合う良いチャンス。

辛い場面と同じように、全ての過ごした時間を、

どのように次に繋げてゆくかが旅との付き合いにおいても大事だと思う。

旅は終わらない。

なみはもうすぐ日本での生活という新しい旅だね。

開いてさえいれば、生活の場でも旅と同じように、たくさんの出会いや発見があると思う。

良い旅を続けて下さい!







■プリマヴェラさんへのレスポンスより


美しいもの、楽しいこと、嬉しい気持ち。

そんなことが繋がって広がってゆけば良いなあという思いもあって静かな振動を続けています。

それに対してマイナス感情の方は、より連鎖力も爪痕も強く、

ネット上でも怒りは怒りを呼び、悪意は悪意を呼び込んでいる例をしばしば目にします。

これらの扱いは自分にとって難しく、今までは書くことをなるべく避けていたのですが、

どうしても訪れるそれらを最近はフラットに受け止め、

その先にあるものを見つめたいと思っています。

まだまだ途上で中心にある気持ちは全く変わらないのですが、少しづつ、

単なる自分のストレスの垂れ流しにならないように気をつけてゆきたいと思っています。

(面白がってもらえたらとてもありがたい)

ベトナムの人々も世界の人々と同じように優しい親切な人達なのですが、

お金が絡んでくる場面では平気で嘘をついたり簡単に約束を破ったりする人に出会う確率が

今まで旅した国の中で圧倒的に高い。

歴史なのか環境なのか答えはまだ分りませんが、とにかくどうしてなんだろうと思います。

そういった行為が日常的になっている大人達を見ている子供はどう育つのだろうか。

自分が思っていた常識は明らかに別の国や場所にとって常識ではない。

常識や道徳や美徳はどのように形作られてゆくのか。

出会う全ての事象は自分自身だとも思いますし、自分の中にも狡猾さは存在します。

全ての人間は同じものを持っていて、

今何が表出しているかの違いだけなのかなと思うこともあります。

まあ基本は楽しく、時々そんなことも思いながら、立ち止まって思いを巡らせてみたことが、

この先に出会う何かに繋がってゆけばと思っています。

500回のシャッターを押した翌々日(翌日は雨)も、それに近い枚数の写真を撮りました。

黄金色に輝く活気ある刈り取り中の田圃を歩きながら一日を過ごしました。

人間の営みが愛しく美しかった。

異国での生活は色々と大変だと思います。

プルマヴェラさんも気をつけて良い日々をお過ごし下さい。







忘れろ。

忘れろ。

人間のすることなど

忘れればきれいなものだ。

蚤後も残らない。


(金子 光晴 「NO.7」より)