小説 その3

Vd: 1999.3.9

「異星漂流アーティファム」第x話: 幻の古代魚捕獲作戦

 あちーよ……。こう思ったのはこれで何度目だろうか? ディーヴはひたすら暑かった。RVキャリアの中は冷房は効いている。しかし運転台に照りつける日射しはどうにも遮りようがない。彼は左手に果てしなく広がる海を見た。ちぇっ、くそいまいましい。あの中に飛び込めたら。ディーヴは後ろを見た。さっき昼飯をとったばかり、タクが気持ちよさそうに眠りこけている。前の町で買ったサングラスをかけて、イヤホンを耳に突っ込んで音楽をかけながら。カッコつけやがって、あのサングラス、後で取りあげてやるかな。いり用なのはオレじゃないか。トーグとマリは飽きずに海を眺めている。うるさくまとわりついて運転の邪魔しないだけマシか。他の連中は奥に引っ込んでいて見えない。
 ディーヴは前方に目を戻した。海岸線は延々と続いている。目指すメナウに着くにはまだまだかかるだろう。あちーよ。またそう思った。本当に暑かった。日が沈むまで待って移動する方が涼しいし安全なのだが、今はそうは言っていられなかった。メナウは同盟軍がつい先日解放した町だが、目下共和国軍が奪還に向かって移動を開始しているという。その前にメナウで同盟軍に接触しないと厄介なことになる。まあ、この分なら余裕さ。
 あっ!?後続の2台のキャリアを確認しようと思ったディーヴは海の上にちらっと何かを見たと思った。そう思っていたら、ちびの二人もディーヴを呼んだ。
「ディーヴ兄ちゃん、今のなに?」
「お前らも見たのか? あれ?」
「うん。でっかいお魚みたいなの。あーっ!!」
「うわっ!」
今度こそ間違いない、巨大な生物(いきもの)が海の上を飛び跳ねた。ディーヴは迷わず窓から手を出して後ろのキャリアに合図を送ると、キャリアを停めた。彼は双眼鏡を取ろうと奥に走った。ついでにタクのサングラスもひょいっと取った。ちっと小さいかな。と、出くわしたのは、サラだ。
「何かあったの?」
「ああ、海の方をよっく見てろ」
「まさか、敵の船?」
「ちげーよ」
「じゃあ何よ」
「見てりゃ分かるって」
肝心なときに見つからない双眼鏡をいらいら探しているうちに、ディーヴはそれよりRVの方が都合がいいと気づいた。彼はすかさずアーティファムのコクピットに飛び込んだ。うっ、熱気がこもってやがる……。それはアーティファムの頭脳、ボギーがすぐどうにかするだろう。いつもの通りボギーに指示する。
「ボギー、起動だ。キャリアを降りた後、海を監視する」
「了解しました」
起動までは多少とはいえ時間がかかる。その間みるみるコクピットは涼しくなっていくが、今はどうでもよかった。やっとアーティファムが立ち上がる。下からサラの声がする。
「ちょっとお、どういうつもりよー」
「うっせえなあー。見なかったのかよ? あれを」
「見たけど、あたしたちには関係ないでしょ」
「(ちぇっ、つまんないやつ……)。ちょっとだけだろ!」
そう言い終わらないうちに、また例の生物が沖で飛び跳ねた。
「ボギー、今、海の上を跳ねた生物を詳しく観察したい」
「了解しました。肉眼の4倍の拡大映像を表示します」
「それで頼む。それから映像は記録しておいてくれ」
「了解しました」
だが、今度はなかなか姿を現さない。じりじり時間がすぎてゆく。もしかしてもう現れないのか? そう思った頃またそれは浮かんできた。ディーヴは拡大映像を食い入るようにして見つめた。それはやはり得体の知れない生物だった。クレアドの原住生物のうちでこんな巨大なやつはいただろうか? 30mはゆうにあるだろう。それに造形も妙ちくりんだ。長くて曲がった鼻、白い斑点の浮いた濃い青灰色の胴体はいかにも硬そうだ、背中はつるっとしていて背ビレはずいぶん後ろの方にくっついている。目は小さい。胸ビレはうちわみたいだ。そして尾ビレは(クジラみたいに)横向きについている。ディーヴは感心したようにうめき声をあげた。
 アーティファムを降りたディーヴはみんなに集まってもらい、映像を見せたが、やはり誰も知らなかった。彼は既にあることを決めていた。
「で、だ」
ディーヴはみんなの顔を見回した。
「俺はこいつを捕まえようと思う」
「なっ、何言ってんのよ!」
一瞬間があったが、案にたがわず、真っ先に反対したのはサラだ。他の女の子たちも同意見のようだ。
「そんなことしたって何にもなんないじゃない。何の意味があるってのよ?」
「意味はない。そこにそいつがいる、だから釣る」
言ってから、あ、ちょっとカッコいいかも、と思ったのだが、そんなことは一向に理解されなかった。
「なにそれ? カッコつけてるつもり?」
「(う、図星……)。だってあれはきっとまだ誰も見たことがないんだぜ」
「だからってあたしたちが捕まえることありません」
「この前エリックス峡谷ででっけえ化石みただろ? もしかしたらあんなのがまだ生きてるかもしれないんだよ」
「時間の無駄よ。捕まえたって食べられるわけでなし」
「余計なお世話だ。とにかく俺は捕まえたいんだよ。お前らは黙って待ってりゃいい」
「あたしたちにはそんな暇はないの」
「大した時間じゃないだろ」
「早くメナウに着けば、それだけ早く父さん、母さんに会えるんでしょ? マリも早く会いたいよね?」
「うんっ」
「だからほんの少し遅れるだけだからさ」
「間に合わなかったらどうなるんですか?」
「そうよそうよ、共和国軍に先を越されるわけにはいかないのよ」
何しろもっともな意見なので旗色が悪い。ディーヴは男子連中が黙ったままなのに気づいた。
「おい、シン、タク、お前らはどうなんだ?」
二人は決まり悪そうな笑いを見せた。代わりにトーグがここぞとばかりに叫ぶ。
「絶対つかまえる!」
「僕もそう言いたいけど、遅れたら困るんだよね」
「それだよ、やっぱ」
そこを突かれるとディーヴも困ってしまう。彼だって、いや彼こそがリーダーなのだから。ディーヴはうーん、とうなった。
「まあ、待てよ。要するに間に合えばいいんだろ? おい、ミリー」
彼は金髪の少年の方を向いた。ミリーは声をかけられて戸惑っているようだ。
「なあ、今夜中走ればいつ頃着けると思う?」
ミリーはコンソールを見てちょっと考えてから言った。
「……明日の午前中頃だと思います」
「そうか、それなら共和国軍より先だろうな」
「共和国軍がメナウに到着するのは明後日になるはずです」
ディーヴは勝ち誇ったように言う。
「そういうことだ。よし、時間を決めよう。そう……日没までだ。賛成するのは?」
予想通り、シン、タク、トーグ。となると女子の反対は目に見えている。サラ、ジュリオ、ミーコが反対で、こりゃあやっぱだめかと思ったら、パムが迷っている。彼女は海の方を見た。
「あたし、泳ぎたいんだよね……」
その一言でジュリオの意見まで変わった。連鎖的にミーコも保留。ただ一人サラはプンプンしている。
「あんたたち、泳ぐなんていつだってできるでしょ!?」
「だってえ、暑いんだもん」
「それに海があんなに紺碧(あお)いんだもん」
これで決まりだった。サラは絶対日没まででそれ以上は駄目だとやかましい。ディーヴも遅れた場合にどうなるかはよく承知していたから、それは請け合った。それでもまだブスッとしているサラをしり目に、ディーヴは捕獲作戦に取りかかった。
「さーて、じゃあシン、タク、トーグ、それにミリーには手伝ってもらおうか」
「手伝うって、何を?」
「当然、釣り竿作りさ。ついて来い」
 キャリアを降りながら、ふとディーヴは思った。はて、あいつら泳ぐったって水着持ってんのか? タクが声をかけてくる。
「竿なら持ってるけど」
「バカ、お前んじゃイワシぐらいしか釣れないだろ」
「アジくらいは釣れるよー」
どっちでも大して変わらないだろうさ……。シンがディーヴを見上げて尋ねた。
「でもどうやって作んのさ」
「それは今から考える」
「あらら…」
「あのさあ、作るたって、あの怪物釣りあげるなんてできっこないよ」
「ふっふ、甘いな。俺たちにはRVがあるだろ」
周りの三人(つまりミリー以外)が感心したようにうなずく。ディーヴも我ながらこの思いつきに得意になっていた。だが、材料はどうしようか。まず竿だ。
「……えーと、竿になるようなものってあったっけか?」
「普通の竿ならともかくねえ」
「RVに使うのなんて、とてもじゃないけど」
「それじゃあ困る」
「困るって言われても……」
困る、とシンは言うはずだったのだが、口を開きかけたまま、ある光景に見とれてしまった。ディーヴも思わずツバを飲み込んだ。女の子たちが水着姿でキャリアから出てきたのだ。パム、ジュリオ、ミーコ、サラまで(マリも)。あ、あいつらいつの間にあんなにムネがでかく……、じゃない、
「おめーら、いつの間に水着買ったんだ!?それにビーチパラソルまで!」
「へへーん、ペリントス(この直前にいた町)にいたときにねっ。どう似合う?」
パムは手を腰にやってポーズをつけた。
「ワンピースじゃなくて、もっとさー、こう、ハダが出てるやつがよかったよ!」
こういうことを平気で言えるシンの性格はディーヴには理解できなかった。が、パムの言動にはもっと参った。
「バーカ、このスケベ! でもこれならどう?」
そう言って彼女がくるっと後ろを向いて見せた背中はほとんど裸だった。しばし釘付けになった目をディーヴはサラの方に無理矢理動かしたが、パムの肌の白さは当分網膜から離れそうにない。サラは長い黒髪をまとめている。
「ずりーぞ、サラまで……」
「それとこれとは別よ」
開き直った返事だ。さっきまであんなにぶーたれてたくせにとは思ったものの、ディーヴとしてもそれは別に構わなかった。構わないどころか大歓迎だったが(サラもなかなか……と彼は思った)、ふと思い出すと、タクから勝手に取りあげたサングラスをかけた。目の薬もすぎると毒だ。そしてカメラを取りに行こうとしているシンの襟首を掴んだ。えーと、どこまで話たんだっけ? が、その思考は砂浜から聞こえてきた嬌声で中断された。裸足で浜におりたパムが砂の熱さに、きゃーきゃー声をあげている。そしてその踊っているような格好を見た笑い声。その後には水際で戯れているか、水に入ったのだろう、女の子みんなの歓声。それにサンオイルのにおいがぷんと漂ってきた。ディーヴはちょっとそっちがうらやましくなった。自分たちはこれから何時間かクソ暑い時を過ごすことになるのだ。刈り込んだ髪から汗をはじくようにして二の腕でもみあげを拭うと、彼は釣りの方に強いて頭を戻した。
「(そうだ、竿だったな)。おい、ミリー」
「は、はい」
「お前、何か思いつかないか?」
「……さっき、竹が生えてるのを見たように思います。かなり太くて背も高いものでした」
「(知ってんならさっさと言えよ……)。それだ。よし、そいつを使おう」
ディーヴは山の方を見た。今いるここは海岸沿いに走る道のすぐ下が砂浜になっていて、反対側は低い山へと続く森になっているが、ガジュマルやらなにやら気根が生えた樹木がごちゃごちゃと生い茂っているばかりで、竹は見あたらない。
「ミリー、竹が生えてったってのはどこだ?」
「15分くらい前です」
「ちぇっ、じゃあ、そこまで戻んないとな……えーと、道のそばなんだろうな?」
「はい」
いつもそうだが、言葉少なげな返事だ。それには構わずディーヴは命令を下す。
「なら、シン、タク、お前ら2人で行け。RVがなきゃ切れないだろうし(持ち帰るのもね)、タクなら竿にするのにいいのが分かるだろうからな。お前らが取りに行ってる間にこっちは糸と針をどうにかすっから」
「仕掛けはどうすんのさ?」
「仕掛け?」
「おもりとか、うきとか、それにリールも」
「だあぁ、そんな細かい話は後回しだ。ようするに糸と針がありゃあ釣れんだろ?」
「そりゃ、まあそうだけど」
「だったらとっとと竿を取ってこい」
ディーヴはそう言って二人を尻を叩くようにして送り出した。間もなくシンのヘリオファムとタクのミニ・スクーターが今来た道を戻っていった。こっちはこっちで準備を続けないと、日暮れまでしか時間はないし、その前にあいつはいなくなってしまうことだってあるだろう。そうだ、あいつは? と慌てかけたとき、下の浜からまたも声があがった。沖を見やってディーヴはほっとした。あいつはまだ悠然と泳いでいる。もしかしたらこの場所はあいつにとって何か特別な意味があるのかもしれないな、と彼は考えた。
 とりあえず怪物がまだいるのを確かめたので、彼はキャリア後部の格納庫をあさり出した。さすがにテグスは期待できなかったし、あったとしてもそれでは役に立たないだろう。代わりに彼はワイヤーを道糸に決めた(そもそも彼は道糸とはりすの区別は知らなかったのだが)。直径数ミリはある。よもやこれが切られることはあるまい。ただ、問題は長さだ。1本100mくらいだろうか。それが5本ある。1本では足りない。簡単なことだ。結べばいい。しかしいざ結ぼうとして、2本の端を持った彼の手が止まった。どう結べばいいんだ? ちょうちょ結びじゃあ絶対だめだし……。困ったときのミリー頼みかあ?、と思ったディーヴは、彼の姿を探した。あいつ何やってんだ? ミリーは砂浜でマリと遊んでいる。どうやら貝の居場所を教えてやっているらしい。ディーヴは怒鳴った。
「おおーい、ミリー!!」
彼はこっちを見た。
「ワイヤー、結びたいんだけどよー、どーしたらいーかなー!?」
彼は考えているらしい、というのは彼の格好はぼやっとしている風に見えてしまうからだ。返事は意外な方向から来た。ミーコだ。
「ねーっ、よったらー!?」
そいつは名案だ。ディーヴは指をぱちんと鳴らすと、大きく腕を振った。
「そうするー!!サンキュー!!」
これだと、引っ張られたときが心配だが、よじあわせる部分を長くとって、なおかつできるだけ固くよじりあわせればいいだろう。このやり方で5本をつないだ。
 次に針だが、これはどうにかしてこしらえるしかないだろう。そう思っていると、トーグがどこからか金属の棒を見つけてきた。ディーヴは彼の頭を手のひらで軽く叩いた。
「でかしたぞ、トーグ」
トーグは嬉しそうだ。しかし、そういえば釣り針ってどんな感じだっけ?、ううーん。彼は腕組みした。まあ、ひん曲がってて先にかえしがあれば細かいことは言わないことにしよう(というか言えないのだが)。とりあえず彼はバーナーを持ち出してきた。バーナーで熱して軟らかくして、ヤットコで少しずつ曲げていく。ただでさえ暑いのにバーナーを使ったのではたまらない。ディーヴはすぐに音を上げ、小休止することにした。
 キャリアの中でへたっているディーヴの体がピクッと反応した。RVの駆動音だ。――シンのだと思いあたってほっとすると、彼は外へ出た。竹を肩にかついだRVが走ってくる。タクは後ろからミニ・スクーターでついてくる。
「へへん? どう?」
RVから降りたシンと、追いついたタクが異口同音に聞いた。ディーヴは竹を見上げて答えた。
「ああ、これなら釣れそうだぜ。だけど、葉っぱとか落とさないとなあ」
「そのへんは僕たちがやっちゃうよ。そういえば、そっちの糸と針はどうなった?」
そう言われてディーヴが見せた「糸」を見るなり、タクは首を振った。
「これはまずいよ」
「な、何でだよ?」
「だってさ、これじゃ糸にするには重すぎるよ」
「ワイヤーなんだから当然だろ?」
「それがまずいんだよ。糸がこんなに重いと、餌は海の底だよ」
「だからうきを使えばいいんじゃないのか?」
「そんな簡単なもんじゃないよ」
「ならさ」
と、横からシンが口を出す。
「いっそのこと、銛を撃ち込むのはどう? ワイヤーを結びつけてさ」
「おお!!……って、どう撃つんだよ?」
しばし考えた後、シンは口を開いた。
「銃を改造するのは?」
シンは銃を構えるポーズをとった。
「タコォ! んなことしたら、後で困る」
第一、そんな時間はないだろう。
「あはは、やっぱ駄目? それなら、RVで投げるのは?」
彼は今度は槍投げのような格好をした。
「手で、か?」
ディーヴは海の方を見た。距離を測るためだが、あいつの姿が見えない。彼はまたもや不安に駆られた。悠長に議論している場合じゃないのだ。彼は即座に結論した。
「駄目だ。遠すぎて、とてもじゃないが当たりっこない。釣り竿でいくしかない」
タクが何か言い出しそうだったので、ディーヴはそれを遮るように続けた。
「なに、どうせあんなデカブツ相手なんだ、おおざっぱな仕掛けでどうにかなるさ」
やらなくてはならないのは、針を作る、竹を竿にする、それに――
「だから、うきとリールもね」
「げっ、メンドくせー。そいつは、どうすりゃいいんだ?」
「うきはどうとでもなると思うけど――」
シンはきょろきょろとあたりを見回した。つられて二人もあちこち見回す。おっ、と何かを見つけたのはディーヴだ。彼は海を指さした。シンとパムの二人が見た先にはジュリオが泳いでいる。
「ああ、あいつ泳げないんだっけね。さっきは真っ先に泳ぎたいって言ってたくせに」
彼女は走るのは速いのだが、意外にも泳げない。本人は「浮き輪があれば泳げる」からいいらしいが、しかし今は、
「んなこたどうでもいい。あの浮き輪は使えそうだろ」
「だけど、ジュリオが駄目って言うよ、きっと」
「って言うか、絶対」
それはそうだろう。彼は捨てるには惜しい案だと思ったが、仕方ないとあきらめた矢先、別のものを連想した。彼は今度はミニ・スクーターを指さした。
「あれ、あれだよ。タイヤ。予備のがあったろ?」
「うん、そっかー! ……あっ、それなら、ホイールをリールにしちゃえばいいんじゃない?」
「おお!!」
ディーヴは今度こそ名案だと思った。
「よっしゃ、これでなんとかなりそうだ。そんじゃ、また作業にかかるぞ。えーと」
と、そこではじめて彼は頭数が足りないのに気づいた。全部の作業を一度にやるには一人でも多くなくては。
「ミリーだ。あいつはどこ行った?」
「ミリー? ああ、中でオシアンをみてたけど」
ディーヴはぎょっとなった。オシアンのことなどすっかり頭から消えていたからだ。いつからすっぽかされてたんだ、あいつは? 彼は大またでキャリアに歩み寄った。汗がどっと吹き出てきた。キャリアに入っても汗は引かない。ハミングで歌が聞こえてきた。子守歌で、ミリーの声だ。オシアンをあやしているのだろう。ディーヴは、そっと居住区のドアを開けた。
「ミリー?」
彼はこっちを振りむいた。しかし何も言わない。ディーヴは汗を拭い、小声で話しだした。
「すまないな。子守させちゃってよ。俺が気ぃつけてなきゃならないってのに」
「いえ、誰かがやればいいことですから」
「……オシアン、寝ついてるか?」
「はい、オシメも取りかえましたし……」
「ならよかった。こっちを手伝ってほしいんだけどよ」
「手伝う? 僕が?」
「そうだ。早いとこ釣らないとな」
「……」
彼は黙っている。ちょっと小首をかしげて何事か考えているようにも見えるし、ただぐずぐずしているだけのようでもある、何ともつかない表情だ。ディーヴはいらいらしてきた。こっちは急いでるんだ。日没までのタイムリミットもあるし、それを抜きにしても早くあいつを釣り上げたい。
「なあ、悪いが早くしてくれないか。お前がいなきゃ困るんだ」
「困る? 僕がいないと?」
彼は顔を上げた。そこには、とまどいとはにかみが入り交じったような表情がかすかに浮かんでいるようだった。
「そうだよ。ホントは……」
と言いかけてディーヴは口をつぐんだ。ミリーがさっと立ち上がったからだ。
「悪いな。時間があれば俺だけでもどうにかなるんだけどな」
「それは仕方ないです」
「サンキュ」
オシアンはよく眠っているから、しばらくは大丈夫だろう。忘れないように時々見に来るのを忘れなければ。
 いつの間にか女の子たちに交じって遊んでいるトーグもひっぱってくると、ディーヴは分担を決め始めた。

(続く)


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