小説 その4

Vd: 2000.9.15

「悩める16歳」

 スコットは、目を泳がせてシャロンを探した。窓際の席で小さく手を振っている彼女の姿がすぐ目に入った。
「やあ、待たせてすまないね」
「ううん、オレのほうこそいきなり呼びだして」
 スコットは手渡されたメニューをろくに見ずに、一番安いコーヒーを注文した。しゃべるのが大事だったから何でもよかった。
「病院かい?」
「知ってるんだ」
「ああ、聞いたよ。大変なんだって?」
「うん、まあね。ここ、本当にいいところだね」
シャロンは外を見ながら言った。
「それ、前も聞いたよ」
「そう、そうだっけ――」
「なんか、疲れてるみたいだね」
シャロンは外から目を戻した。
「うん……」
「大切な友だちなのはわかるけど、君がそこまでしなくても……」
「本当はそうなんだけど、彼女、お父さんもお母さんも……」
「それも聞いたけど、でも地球生まれの子なんだろ? だったら、親類とかいるんだろ?」
「いるよ。だけど――」
彼女はその親類たちに会った時を思い返しながら言った。
「オレもよく知らないんだけど、もともと移民するような家じゃなかったんだ。なんかゴタゴタがあったんだろうね、あの様子じゃ。何があったんだか知らないし、知りたくもないけど、無茶苦茶冷たいんだ。カネ出してくれるだけありがたいけど」
「ひどい話だね」
「でもさ、そんなことはどうでもいいんだ。それより、あいつは、あいつは、お父さんもお母さんも死んじゃったし、自分はずっと救命カプセルに閉じこめられてたんだぜ」
「生き延びられただけでどんなに幸せかって君はわかってるだろう? 発見されたのだって本当の奇蹟だったそうじゃないか」
「でも、でも、自分の名前も覚えてないんじゃ、何のために生きてるのかわかんないよ」
「君のことも覚えてないのかい?」
シャロンはこくりとうなずいた。
「オレとしゃべるときは、すごく普通に話してるんだ。昔と全然変わらない。なのに今日も『どうしてこんなに親切にしてくれるの?』って……」
「戻る見込みはあるの?」
シャロンはかぶりを振って答えた。
「わからない。時間をかけるしかないってお医者さんは言ってる」
「そうだろうね」
「思い出せなくてかえって幸せ、なんて言わないでよ」
「言わないさ」
「夜も毎晩うなされてるんだ。ひどい時なんか恐くて眠れないんだぜ。寝ると恐い夢を見るから、って」
「……」
「それにひきかえ、オレときたらあの時、みんなと一緒で、母ちゃんも無事だったし……」
「そんなふうに考えるのはよくないよ。僕らだって十分すぎるほどつらい思いをしたんだ」
「オレがキャプテン(彼女は今でもスコットをそう呼んでいた)たちとジェイナスにいた間、あいつはずっとせまっ苦しいカプセルの中だったんだぜ!」
「……こういう言い方はしたくないけど、あの状況で誰が弾に当たるかなんて、くじ引きみたいなものだった、そうだろ?」
「……オレばっかり悪運が強くて……」
「シャロン! 君らしくないぞ」
「ごめん」
「不幸の大小を計るなんて悲しくなるだけだよ」
「うん、わかってる、だけど、だけど……」
最後は消え入るような声になってうつむいたので、スコットは慌てた。
「おいおい、こんなところで泣かないでくれよ」
「泣かないよ。……泣くかよ」
"きっと"顔を上げてにらむように自分を見た彼女に、スコットは微笑した。
「僕らにできることがあったらいつでも言ってくれないか。みんなできるだけ力になりたいと思ってる」
彼女はにこっとした。 「ありがと。あてにしてるよ」
そう言って彼女は紅茶を一口すすった。スコットもコーヒーを口に運んだ。とっくにテーブルに運ばれてきていたが、彼はまだ口をつけていなかった。
 しばらく二人は黙っていた。さっきまで授業を受けていたという感じのスコットの風体を見てシャロンが口を開いた。
「――クレアは結局同じ大学に入らなかったね」
「ああ、でもいいんだ」
「オレもそう思うよ」
「……君、クレアに『つきあう・イコール・結婚、じゃないんだし』って言ったんだって?」
「え、そんなこと言ったっけ?」
「彼女、すごくショックだったって言ってたよ。シャロンが自分より大人みたいだって」
「そんなことないよ。あれは母ちゃんが言ってただけだから」
「……なんだ、やっぱり覚えてるんじゃないか」
「あ。ホントはさ、クレアだから言ったんだよ。まさかキャプテンにしゃべるとは思わなくて。案外クチ軽いよね」
「ああ、マキのほうがかたいんじゃないかな」
「言えてる」
ちょっと間があってから、スコットははっと気づいて、
「そんなこと言って、よく考えたら、一番軽いのは君じゃないか」
「そういえばそうだね」
シャロンは軽く笑ってそう答えた。
 その返事を聞いて、スコットは、やっぱりシャロンはずいぶん大人になったなあと感じた。あらためてシャロンの背格好を見ると、本当に自分でも同い年で通るんじゃないかと思えるほどだ。黒いスタンドカラーのシャツジャケット。襟元から白いインナーがのぞいている。化粧気はなかったが、それがかえって彼女らしい魅力だった。はっきり言って彼女はかっこよかった。何やら妙な気分になってきて、スコットはしゃべる言葉を探した。
「その服……」
「え?」
「いや、ずいぶん大人っぽいなと思って。……バイトしてるんだって?」
「あ、うん」
「えーと」と言ってから、スコットは言いにくそうに口ごもった。シャロンは、何を言いたいのかわかっていたが、あえて黙っていた。
「その……、家、大変なの?」
案に違わず、だった。シャロンは、そういうききにくいことをきいてくれるスコットに心の中でありがとうを言ってから答えた。
「違うよ。母ちゃんもさすがにトシだから、ちゃんとした仕事めっけたからね」
「それならいいけど」
「あ、服がほしくてバイトしてるわけじゃないよ、念のために言っとくけど」
「じゃあ……」
「実は、今日の話はそれなんだけど」
と言って、彼女は一瞬間を置いた。
「オレ、ベルウィックへ帰ろうかと思ってるんだ」
「やっぱりそうか」
「知ってたの?」
「いや、でも何となくそんな気がしてたよ」
 ククト新政府がベルウィックの地球への帰属を認めたのは去年のことだった。それを受けて旧住民のベルウィックへの「帰国」は、入植再開とともに、ついこの間始まった。もちろん帰国は希望制で、望むなら一生地球に住むこともできた。
「けど、母ちゃんは帰る気はないらしいんだ」
「えっ? でも、まさか、君一人でってわけにも行かないだろう」
シャロンは首を振り、スコットをまっすぐ見た。
「オレ、一人で帰るかもしれない」
「……」
「このこと、母ちゃんにも話してないんだ。今日、キャプテンに話すのが最初」
「僕に言ったからって……」
「あ、違うよ。まだ決めたわけじゃないし。それにやっぱり話すんなら、いきなり言うより、誰かに聞いてもらってからのほうがいいと思って」
「予行演習?」
「ごめん」
「いいさ」
「母ちゃんは薄々気づいてるみたいなんだ。……この服も母ちゃんが買ってくれたんだ。オレはいいって言ったのに」
「親孝行したいときに親はなしってね」
「本当にそうだよ」しみじみとした口調で彼女は答えた。
「母ちゃんも16歳で家、飛び出したから止めらんないって思ってるんだろうね。だからおじいちゃんとはずっと縁切ってたんだけど、さすがにこっちに戻ったら、おじいちゃんも母ちゃんもすっかり仲直りして。あのぶんじゃ、も一度ベルウィックに戻るなんて絶対無理だよね、あんなメにあったら誰だってそうなるんだろうけど。孫もオレ一人だから――おばさんの子どもはダメだったんだ――やたらにかわいがられてさ。変だよね、こっちに来るまで顔も知らなかったのに」
「だからなかなか言い出せない?」
「そう。オレも母ちゃんと別れるのすっごくつらいし……。ちょっと前までそんなこと考えたこともなかった――」
スコットは、また彼女が泣くんじゃないかと危ぶんだ。しかし、シャロンはそのまま続けた。
「それに、今日病院に行ったら、やっぱりオレがベルウィックに行っちゃったら取り返しがつかなくなるんじゃないかって思えて……」
彼女は紅茶をすすると、自嘲気味にもらした。
「――悩める16歳ってわけ」
スコットもコーヒーを飲んでから言った。
「……ま、若いうちに悩むのはいいことだよ」
「ひとごとだと思って。……でも、オレなんか自分のことで悩んでるだけだもんな。その点、キャプテンは今のオレくらいのとき、オレたちのことで……」
「それは言いっこなし。あのときはあれが最善だったんだ。大事なのは今できる最善をつくすことじゃないかな。たとえ結果が出なかったとしてもね」
「それ、キャプテンとしての経験?」
「まあね」
 シャロンは軽くため息をついて、また窓の外を見た。街路樹のナナカマドの葉が美しく色づき、何枚かは石畳の上に落ちている。いつの間にか日が暮れかかっている。街灯がともりはじめた。シャロンは独り言のようにつぶやいた。
「もうすっかり秋だね」
「ああ。……ベルウィックに行ったらこういう景色も見られないんだね」
「うん」
「それに、そんな服も」
「うん」
「それでも行きたいのかい?」
「キャプテンにはわかんないだろうけど、やっぱり、あそこがオレの故郷なんだ。それに、あそこで生まれたオレが帰らなかったら、誰が帰るんだろうって。……オレ一人で気負ってバカみたいだけどね」
「それは違うよ。一人一人そうやって頑張らなかったらうまくいくはずないじゃないか」
「ありがと」
「治安はどうなんだろ?」
「うん、カチュアに聞いた返事が返ってきたんだけど、最近は戦闘もほとんどないんだって」
「そうか」とスコットはおでこに手をやった。「あっちに行ったらカチュアとはすぐ会えるようになるのか」
「すぐってほどでもないけどね」
「ここと比べたらすぐだよ。それに、君と彼女は同い年だったね」
「うん。だけど、彼女飛び級したから学年は1コ上。奨学金ももらってるんだって」
「うらやましいのかい?」
「んーー、どうだろ?」
「まあ、ククトの政府は人材集めにやっきになってるっていうから……」
「それだけじゃないよ。あいつ頭いいのに、努力もひと一倍だから」
「ジェイナスにいたときもそうだったからね」
「うん、あの時はわかんなかったけど、いま思うと、ね」
「君とは大違い?」
シャロンは軽く笑った。
「そういうこと。法律を勉強したいって頑張ってるってよ。オレには真似できないな」
「君は何になりたい?」
「そんなの……、まだわかんないよ。ベルウィックへ行ってうまくやってけるか全然自信ないし」
「でも、君やカチュアは偉いよ。ちゃんと自分でこうと決めて実行してるんだからね」
「キャプテンだってそうだろ?」
「僕は……。本当は君に偉そうなことは言えたもんじゃないんだ」
スコットは一瞬目を伏せた。
「――いや、いいんだ。……ジミーはどうしてるかきいたかい?」
「なんか、ケンツより背が高くなったみたいだよ」
スコットはかなり真剣に驚いた。
「へぇーっ、それ、ケンツから聞いたの?」
「まさか。けどあいつ隠すのヘタだから」
と言ってシャロンが笑うと、スコットも「そうだね」と答えて笑った。
「だけど、どうせ君のことだから誘導尋問かなんかでひっかけたんだろ?」
「あ、ばれた?」
「いけないな、そうやって純情な少年を傷つけちゃ」
と言いつつ、彼は笑いをかみ殺せなかった。その場面が目に浮かぶようだった。
「その顔で言っても説得力ないな」
「そ、そう?」
まだくっくと笑っているスコットを見ながらシャロンは紅茶を飲み干した。
「行く?」
「そうだね」
 シャロンは黒のチューリップハットをとって立ち上がった。立ったシャロンが思ったより背が高いのにスコットは内心驚いた。見ると、足元も別にハイヒールではなかった。ひょっとしてクレアより高いんじゃないかとスコットは思った。
「背、伸びたね」
「ああ、うん、おかげでしょっちゅう服、買い替えなくちゃならなくて。最近やっと止まったみたいなんだけど」
「ふーん」と言いながらスコットは伝票をつかんだ。シャロンはすかさず、
「ごちそうさまでした」
「そういうところは昔と変わらないんだね」
スコットはあきれつつもちょっと安心した。
「キャプテンも昔みたいに怒ってよ」
「シャロン! まったく、どうして君はいつもそうなんだ?」
「あ、り、が、と」

おしまい

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