小説 その5

Vd: 2007.9.2

(無題)

「ねえスコット、ニヤついてないであんたも考えてよ」
 スコットがむっとしたのも無理はない。彼は16回目の誕生日のプレゼントに、クレアからほっぺたに――、その、キスしてもらったからだ。
「考えるって、何を?」
「この子の名前」
 彼はマキの腕に抱えられた小さな生き物を見た。アストロ・ゲーターのステーションから紛れ込んできた見慣れぬ動物だ。大きな丸い目とネズミのようなしっぽを持っている。
「名前? 名前ね、名前と――。ま、それは君たちで考えてくれたまえ」
 まあ、実際明らかに彼は「今はそんな気分じゃない」という様子だった。
「ったく、あのねえ……」
 言いかけたマキの肩にバーツが手を乗せた。
「おいキャプテンよ、ついてんぜ、"あと"がさ」
「あと? "あと"って……?」
 と言いながらスコットは、バーツの視線を追って自分の頬に手を当てた。
「ばっちりだぜ」
「え? ええっ? えええ!?」
 真っ赤になったスコットは慌てて食堂を飛び出して洗面所に走った。クレアがバーツに噛みつく。
「ちょっと変なこと言わないでよ。つくはずないでしょっ」
「まーまー、いいでないの。ちっとからかいたくなっただけさ」
「で、さー」と、いつまでも肩にかかっているバーツの手をはずしながらマキが話を戻す。「名前なんだけど、何か案はない?」
 ペンチが小さく手を挙げて言った。
「やっぱりかわいい名前がいいと思います」
「かわいい名前って?」
 きくまでもないだろう、という視線がロディに集中したが、彼は気づかない。
「ペリーヌとか、アンネットとか――」
「なんか聞いたことあるね……ああっ、アハハハ、なんでもないよ、ペンチ、アハハ」
「こいつ、メスなのか?」と言ってバーツは、持ち上げて股間を覗いた。「変なとこ見ないで」とクレア。「仕方ないじゃん」とシャロン。わりと平然とした顔のマキ、カチュア、うつむいて顔を赤くしているペンチ。
「で、どっちなの?」シャロンがきいた。
「……わからん」
「そんなの調べるまでもないぜ。オス、オスに決まってんだろ! で、俺としてはだな……、ってーなー、何すんだよっ!?」
 ケンツの頭をこづいてシャロンが言った。
「オメーのパターンはわかりきってんの!」
「言ってみなきゃわかんねーだろ!」
「言わなくてもわかるっつーの!」
 じゃれる二人をよそに、「あの」とカチュアが切り出した。期待のこもった視線を浴びながら続ける。「今日は火曜なので"マルディ"というのはどうでしょう?」
「おねえちゃん、なんでかようだとマルディなの?」
「フランス語、だっけ?」
「はい。"チューズデイ"じゃあんまりかわいそうですから」
「それ、『ロビンソン・クルーソー』ね?」
「ええ、あまりひねりがないですけど……」
「特に異存がなければいいんじゃないかな?」
 と言って、ロディはみんなの顔を見渡した。
「決まりだな」
 とバーツが言い、みんなの拍手と歓声があがる(ペンチとケンツもそれなりに納得しているようだった)。マルロとルチーナは早速「マルディ」と呼びかける。ロディとバーツは祝杯とばかりにグラスに泡の出る液体をを注ぎあう。そこへ手をふきながら――どうやらついでに用を足してきたらしい――スコットが戻ってきた。彼はみんなの様子を眺めて言った。
「決まったの? あ、そう、それはよかった」
「随分そっけないわね」
 マキは心中、あんたのプレゼントが効きすぎてるんじゃないと思ったが口にしない。
「そ、そんなことないさ。おかげでやっと話が進むからね」
「どういうことだ?」
「もちろん、当番に決まってるじゃないか」
「当番??」スコット(とカチュア)以外の全員がオウム返しに口にした言葉は、スコット(とカチュア)以外の全員にとって不吉な言葉だった。
「そうさ。誰がこの――マルディの世話をするか、さ」
「だって、全員で持ち回りじゃないの?」
「もちろんそれでもいいよ。だけど、生き物はどうしても苦手な子もいるかもしれないし、かと言ってそれを理由に当番をやらないっていうのも肩身が狭いんじゃないかな。こういうのは是非とも好きな人がやるのが一番だと思うよ。誰もなり手がいなきゃしかたないけどね」
 全員黙り込む中、スコット一人がしゃべり続ける。その舌のなめらかさは、マキの思った通り、クレアのプレゼントが効果てきめんのようだった。
「キャプテンとして先に一言いっておきたいが、生き物を飼うからには、誰かが面倒を見なきゃならない。これはもちろん僕らの航海とは関係ないが、だからといって決しておろそかにできない、大事な当番だ。何しろこのマルディの命にかかわるからね。この役目がいつまで続くかはわからない。タウト星でお別れかもしれないし、もしかしたら地球まで連れていくことになるかもしれない。いずれにせよ、責任は重大だ。僕はキャプテンとして、みんなのうちの誰かが自発的に引き受けてくれるのを期待している。――さあ、誰かいないかい?」
 気まずい沈黙を打ち切るべく、カチュアが声を出そうとしたとき、ジミーが彼女の手をひっぱった。
「ジミー?」
 思わず声に出したために、全員が彼に注視する。ジミーは顔を赤らめてどもりながら切り出した。
「あ、あの……僕……やっても、いい……」
「本当かい?」
 ジミーは無言でうなずいて答を返す。
「そいつはいいや」と安堵の表情でもらしたバーツをマキがにらむ。バーツは、何だよ、お前だって人のこと言えないじゃないかとばかりににらみ返した。
「じゃ、お願いするよ。君なら餌をやり忘れたりしないだろうしね」
 ジミーはまた黙ってうなずく。
「ありがとう。よろしく頼むよ。ああ、それからみんなに言っておくけど、ジミーが引き受けてくれたからって、ほかのみんなが知らんぷりするのはよくないぞ。何か気がついたらやるくらいのことはするように」
 みんなはうなずいた。
「さーて、気を取り直してぱあっといくかあ!」
 バーツがテーブルの上に置いたグラスをとり、ぐっとあおる。
 誕生パーティはこの後単なる乱痴気騒ぎと化していったが、スコットはとやかく言わなかった。「みんな緊張しているから、たまには息抜きも必要だ」というのが理由だったが、今日の彼がやけに寛大な理由は言うまでもないだろう。

(つづかない)