タイトル■愛の400メートル自己批判 〜新・オナンの末裔〜
書き手 ■高井ジロル

「自己批判コラムを書かせていただく所存。
 今までに自分が書いたものとか、編集として
 携わってきたものとかを客観的に見たつもりで
 主観的に辛辣批評する予定なのだ」
と本人が語る、自分の作品を自己批判する企画。
真のナルシストによる新しい自画自賛の形?


■ ■ 第一の自己批判 ■ ■

「自殺はまだいいですが
 他人殺しはやめましょう」

       (発表/1993年)

ときは1993年。
鶴見済の『完全自殺マニュアル』が世の中に
ちょっとした騒動を巻き起こしていたその年。

一人の痩せぎすな若者が、
その『完全自殺マニュアル』に影響されて、
「大部分の人は読まなくていいページ
〜for一部の馬鹿者ONLY〜」と自ら銘打った
1ページ記事を世に問うた。

それがこれ。

一応、右端の黒地に黄色文字がタイトルであろう。
「他人殺しはやめましょう」と大書してある以上は、
「他人殺しはやめましょう」と言いたかったのであろう。
万全を期したつもりで
「自殺はまだいいですが」と添えられたそのタイトルからは、
如実に『完全自殺マニュアル』の影響が見てとれる。

ビジュアルといえそうなものは、
交通標識をベースにアレンジしたものであろう、
「刺殺禁止」とか「撲殺禁止」とかを図示した、
殺人禁止標識みたいなものが5つあるだけ。

その下には、死ぬとできなくなることの例がキャッチふうに8本。
ラーメンが食えなくなる!とか、
まんがが読めなくなる!とか、
そんなことをビックリマークつきで言われてもな…
というものばかり。

左の方には、どっかの資料から書き写しただけの、
殺人に関するデータ類が少々。
強調されているのは、
1年間で人を殺した人の数と、
殺された人の数。

そして、少々異彩を放っているのは、
左下に置かれたピンク色の絵だ。
画像ではよくわからないだろうが、
これは女の子の線画イラスト。
おそらくは当時の男子陣の憧れ、
森高千里がモチーフではないかと思われる女性の絵に、
「人殺しはやめようね・(ジュン・22才・OL)」
というセリフがつけられている。

さらに、クレジットには、
「担当◎ジュン(22才・OL)」の文字が。
本文には
「ジュンのお・ね・が・い・」という文句もあり、
あくまでこのページはお年頃の美人女子が
書いたものであると
担当者は無理矢理にでも見せたかったようである。

痩せぎすの無名男性が熱く訴えかけることのうざったさを、
かわいい女の子がささやきかけるスタイルの採用で、
なんとか補おうとした担当者の胸の内は、
察するに余りある。
無駄な努力をできることは若者の特権だ。
だが、そんな小手先のワン工夫で
なんとかなると思ってしまった時点で、
やはり彼は負け組であった。

結果として、
「なに偉そうにぬかしてんだこいつ、
そんなことぐらいテメエなんぞに
言われなくたってわかってんだよ、
一人で正義漢ぶりやがって何考えてんだよババア!」
と思われて当然のこのページは、
「もしかして『完全自殺マニュアル』がらみで
マスコミとかに注目されたりしてな、ウヒヒ!」という、
担当者の密かな、だが強烈な期待を裏切り、
誰からも相手にされず、
深い眠りについたのであった。

歌でいえば、
「アンサーソングは哀愁」(早見優)。
『完全自殺マニュアル』への彼なりの返歌は、
哀しい愁いだけを残しながら、
深い眠りについたのであった。

「自殺はもしかしたら別に悪くないのかもしれないけど、
他殺はダメ!ダメって言ったらダメ!
そんなの百億年前からダメに決定済みなの!」。
本文にはそう書かれているが、
百億年前からダメに決定済みだったのは、
もちろんこのページそのものだったであろう。

今回、ここで取り上げるにあたって、
実はほのかな期待を抱いていたことを告白せざるを得ない。
8年前は単に時期尚早だっただけで、
時代がこのページに追いついていなかっただけで、
世界を震撼させる大事件が勃発してしまった今ならば、
もしかして俄然断然イケて見えるのではないか、と。

人を殺すことはいけない。
そんな当たり前の価値判断を、
無用な恥じらいを捨て、
勇気を出して叫ぶことこそが、
人間が人間であるために、
非常に大事な行動なのではないか、と。

そうでもなければ、
当時こんなページを世に出した編集部の
良識が問われるのではないか、と。

だが、この原稿のためにページを読み返した今、
百億年前から決定済みだったことは、
百億年後になっても決して覆らないということを、
潔く認めざるを得ない。

せめて標識ビジュアルに
「黙殺禁止」
も入れていれば。

今でも痩せぎすな担当者は
今でもそう思っているに違いない。

(了)




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