大作曲家と楽器
第3回:モーツァルト

 今回はかの神童、天才の誉れ高いW.A.モーツァルト(1756-1791) と楽器の関わりについてお話しましょう。 彼の父レオポルドは有名なヴァイオリン奏者でもあり当然ヴァイオリン、 ヴィオラそして鍵盤楽器を弾きこなしました。
 さて、モーツァルトの時代はまさにチェンバロからピアノへの過渡期に当たります。 モーツァルト自身の主な使用鍵盤楽器がチェンバロ・ クラビコードからピアノに移ったのはおおよそ1770年代だと思われます。 この頃ウィーンでは、大バッハの回でも紹介したジルバ−マンの製作したピアノを基に、 弟子のヨハン・アンドレアス・ シュタインが跳ね上げ式アクションとエスケ−プメント装置を組み込んだ、 所謂ウィ−ン式アクションのピアノを製作していました。 モーツァルトはこのピアノを1777年にアウグスブルグで聞き大変惚れ込んでいます。 ウィーンに移ってからはこのシュタインのピアノを更に改良したアントン・ ヴァルターのピアノを購入し、現在まで知られている多くのピアノ曲を作曲しました。 ウィーンのピアノの特徴は、まずハンマーが小さく、軽いことでした。現在使われている、 フェルト製のハンマーに比べると、ずっと小さく、 木の外側に鹿のなめし皮をまいてありました。 打鍵に必要な力は、今のピアノの約3分の1。その音は繊細で、明るく、 装飾音もくっきり演奏ができたそうです。ただし、 このようなウィーン式アクションのピアノでは現代のピアノのような力強い弾き方はできません。 シュタインやアントン・ヴァルターのピアノの標準的な音域は、 約5オクターブ(F1-f3)でした 。 音域による音色の違いが現代のピアノに比べて際立っているため、 モーツァルトの作品を効果的に演奏するには当時の楽器の方が相応しいように思えます。
 モーツァルトのオ−ケストラ作品を演奏すると、その意外な難しさに気付くと思いますが、 今よりも演奏が難しかった当時の楽器を使っていたオーケストラにとっては、 更に深刻な問題であったようです。父レオポルドはそのことを心配して1780年の手紙に 「お前の作品が凡庸なオーケストラで演奏されるといつも失敗する。 それは色々な楽器の性能をフルに使うように作られているからで、 イタリア音楽のように月並みではないからだ。」と書いています。なるほど、耳が痛い。 モーツァルトの作品は当時でも手強い相手であったようです。
 モーツァルトはクラリネットが大好きでした。 ザルツブルグ時代にマンハイムのオ−ケストラを聞いたモーツァルトは感動して、 父親に次のように書き送っています。「ああ、 もし我々のオーケストラがクラリネットを持てたら!  お父さんはフルート、オーボエ、 クラリネットを使ったシンフォニーのすばらしい効果を想像できないでしょう。」 この思いはパリで初めて実現することになります。晩年にモーツァルトはアントン・ シュタードラーという名手と親しくなり、彼のためにあの名作、 クラリネット5重奏やクラリネット協奏曲を書いたのです。 シュタードラーは低音域の演奏を得意としたらしく、 現在の楽器より長三度下まで出せるバセットクラリネットを使っていました。 この楽器は19世紀に廃れてしまったため、現在のように当時の楽器が復元されるまでは、 出せない音域の部分を1オクターブ上げるなどして演奏していました。 またモーツァルトは晩年に、 最初はクラリネットなしで書かれた交響曲40番にクラリネットパートを加えた編曲を行ったり、 交響曲第39番の第3楽章などのようなクラリネットが活躍する曲が多く作られています。
 以上述べてきましたようにモーツァルトはそれぞれの楽器の特性を良く理解し、 その効果を最大限に引き出すことのできた作曲家でした。 そのことが死後200年以上経っても愛好されつづける理由の一つでしょう。

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