その2 99.6.2

 2回目のテーマは、基礎・基本・根本・本質を見る目がなぜ大事なのか、また、どうしたら基礎的なものの見方や考え方、それらに裏打ちされた実践力を身につけられるのかについてです。

 「虚数」や、それを元にした「複素数」というのを思い出してください。ものを知らない強みで簡単に言ってしまうと、2乗すると−1になる例のやつです。数学で考え出された新しい概念で、一見すると現実社会では何の役にも立たないように思われていたのが、科学(技術)の発達の中で、コンピュータなどの電子工学ではなくてはならない「実用必須の概念」になっているのだそうです。物理でもあのドップラー効果の発見が、病気の診断に威力を発揮する超音波などを利用した医療機器の中に生かされています。
 私などほんの少ししか知りませんが、それまでまったく抽象的で何の役にも立たないと思われていた理論や原理、現象が人間の生活の重要な部分でほとんど不可欠な存在(具体的なものやソフト・システムとして)となっているのです。
 今日の分子生物学やバイオテクノロジー、遺伝子工学の草分け的学者で『生命の起源』の著者であるロシアのオパーリンは、概略「基礎的・基本的なものは抽象的で役に立たないように思われがちだが、実は一番実用的で役に立つものなのだ」と語っています。

 では、次に基礎・基本・根本・本質というテーマを、少し視点を変えて考えてみましょう。「夢」と「宇宙論」、そして今流行の「成功理論」「成功哲学」です。
 人類のたゆみなく夢をみる性癖、時に妄想とその夢の実現へのあくなき挑戦が、今日の文明をもたらしていることは誰も否定できないことかと思います。そんななかで、「人間の認識の深まりと広がりとともに現実世界も深まり、広がる」(否定的に、あるいは危惧的に考えると深まりや広がりは、必ずしも人間にとって好都合な方向にばかり進むのではなく、きわめて破壊的な方向に進む。しかも、その方が加速的なスピードであるとも言われる。つまり、人間は何でもあり”という考え方もできます)という認識論があります。
 この宇宙の「成り立ちとこれから」を探る宇宙論は、その分わかりやすい例かもしれません。人間の宇宙に対するイメージ、認識、理論構成の深化(進化)に連れて、その通りの宇宙の姿が、(認識や理論の進化の)一方にある(観測や測定)技術の進化によって次々と確認されてきているのです。この2つの進化(深化)は、時に一方的であり、時に双方向の関係で進んでいます。
 これと似ているのが、成功理論や成功哲学と呼ばれるものです。成功へ向けての自分の考え、想い、イメージや構想、計画を文章や企画書、計画書として具体的に書き込み、とことん詰めていくと、それがほとんどそのまま現実のものとなる、すなわち成功するというのです。4年前に会った名古屋の公認会計士は、その典型的な人物でした。この種の本が流行る前でしたが、彼がとうとうと喋る成功理論を聞いて、私たちの編集事務所を立ち上げたばかりの仕事をどう展開するかを考えていた時でしたから、編集者としての私は「バブルが弾け、逼塞状況の時代だけに、これは売れるはず」とピンときました。
 彼もその気になっていたので、何回か話を聞き、コンテを作って、いざまとめの本格的なインタビューを始めようかとなった段階で、何故か出版の費用を出したくなくなり、この話はポシャってしまいました。そして、今日のブームです。つまり、その段階で彼の成功理論は残念ながら「不完全」だったため、この種の本の先駆者になるという意味での成功の芽を見落としてしまったのかもしれません。当方にとっても、残念な結果でした。

 おおざっぱにまとめましたが、基礎・基本・根本・本質ということが、どんな意味を持っているか、あるいはこれから持ちそうか、少しくらいイメージできたでしょうか。私は「より良く生きていく」うえで、とても重要な考えるべきテーマと思っています。
 ところが、先日、大学の教師をしている友人が「大学では数年前から原理・原則といった基礎・基本から物事を考える講義をとったり、学科を専攻する学生が急減してきている。
 ……大学院の学生たちも、すぐに『そんな基礎的な実験をしても良い論文を書くには役に立たない』とか『そんな原理・原論は必要ない。役立つ情報だけあればいい』などと平気で言う」と伝えてきました。欧米では、驚くほど原理・原則にこだわった実に基礎的な研究は実験、調査が多いのに比べると、日本はあまりにも「役立つか」に右往左往する表層的な研究所研究(者)が多すぎるというのが、彼の嘆きでした。こうした基礎研究の弱さ、基礎・基本への関心の薄さが、日本の科学研究と技術におけるオリジナリティーや独創性の弱さの背景にある、というのは、彼に限らず、多くの関係者の指摘するところです。
 今日の経済の低迷と混乱、混迷からなかなか立ち直りない問題も、日本人とその社会が、こうした問題・課題の本質・根本を見据え、核心に迫る取り組みを軽んじてきたツケなのかもしれません。

 ここまで書いてきたことは、私たちが日常の仕事を「より良くする」ためにも忘れてはならないポイントのように思います。問題や課題に直面したとき、その対象(相手)の根っこの仕組みや構造、性格さらにそれらを支える組織・体制・実後部隊(人)、そしてそこを流れる理念や方針などの根本の要素・要件に迫り(把握し)、そこから答えを引き出すやり方が、一見遠回りのようで、実は問題や課題の処理と解決の早道なのです。表現を変えると、対象を構成する基礎的・基本的・根本的・本質的なものに関する情報を的確かつ迅速に把握し、処理・対応することで、良い仕事をする、またリスクマネジメントの基本なのです。
 そうした視点で仕事や人、組織を捉える訓練をしてみてください。きっと、見える風景や、やる仕事が変化してくるはずです。

     

目次に戻る