「よう、どうだ俺様の変装?」
着替えを済ませ、宿の廊下に出てきたサンジが、ゾロに向かってにやりと笑う。
「まあまあだ」
「・・・何だよ、キャー素敵ー、とか言わねえの?」
「言うかバカ。そもそも、目立たない方がいいんだろ?」
サンジは、ベージュ系のカジュアルスーツの上下を着込み、黒縁の伊達眼鏡をかけていた。彼のカジュアルスタイルは、日頃の反動か派手になりやすいのだが、今回ばかりは地味にまとめている。
「そうだな、だったら上出来か。・・・てめえもなかなかだぜ。普段はダサ過ぎて目立ってるからよ、やっと普通になったな」
「何だとぉ?」
「おっと、喧嘩は無しだぜ」
ゾロも腹巻きを外し、ジーパンと茶色い革ジャンを着けている。三つのピアスも外して、穴を隠すため、耳たぶを覆うシルバーのイヤリングを装着していた。
剣帯代わりの腹巻きを着けない、ということは、刀も持たないということだ。そもそも「剣士である」ことも隠した方がいいと、仲間全員(ルフィを除く)の意見が一致していた。滞在中に、決闘でも挑まれたら始末が悪い。彼の圧倒的な強さは、変装など何の甲斐もなく「ロロノア・ゾロここにあり」という証明になってしまう。
念のための護身用には、ナミが予備の三節棍を貸してくれた。ウソップが「威力を高めるため」と鉛を仕込んだ所、重くなりすぎてナミには使えず、お蔵入りしていた物だ。・・・にもかかわらず、しっかりレンタル料を要求されたのは言うまでもない。
そのナミは今、玄関ホールで彼らを待っている。これから三人で、周辺の偵察を兼ねて出かけるのだ。ゾロが加わっているのは、宿近辺の地理を早いうちに叩き込み、外出して戻れなくなる事態を防ぐためである。
「レディを待たせるもんじゃねえ、さっさと行こうぜ・・・おっと、忘れる所だった」
サンジは、ジャケットの内ポケットからサングラスを取り出し、ゾロの耳にひょいと掛ける。
「これ、さっき集まった部屋に忘れてただろ?」
宿から、活気に満ちた中央通りまでは一本道だ。そして曲がり角には、大きな黒猫の看板が出た喫茶店がある。この店の名と特徴を、ゾロは覚えさせられた。結構有名な店らしく、ここさえ分かれば帰ってこられる、ということで。
それからまず、港へ出て船大工と交渉。引き返して、チョッパーに頼まれた薬品を購入。その間にも、ナミとサンジから、店名と特徴をしつこく尋ねられるゾロ。これではもう、忘れようにも忘れられない。
道中、海兵の一集団とすれ違う、という緊迫の場面もあった。しかし彼らは、かなりの人数がいながら、揃って何事もなかったように通過していく。麦わら一味が、変装して人混みに紛れていることを、誰も気づかなかったようだ。
そして、多少の買い物が済むと(ルフィが食欲を無くし、点滴で生き延びている現状では、そんなに買い込む必要もない)、三人は酒場へ入った。軽く一杯やりつつ、バーテンあたりから街の事情などを聞くつもりで。
店内は、早めの時間にも関わらず、かなりの盛況だ。海軍本部のお膝元だけに、無法者の類は居ないようだが、いかつい男たちが、気前よく金を払って飲んでいる。
その金の中に、ベリー札ではなく、金券のようなものがあった。
「炭坑夫ね・・・鉱山会社の金券だわ、多分。宵越しの銭は持たない、っていうのが彼らの気風だから」
ナミが呟いた。炭坑の街によくあることだという。鉱山会社は、日当を金券で支払い、その金券は会社関連の様々な店で、現金同様に使用できる。
「じゃああいつら、現金が要る時はどうすれば?」
「それは会社が、月に一度か二度、決まった日に換金することになってるみたいよ」
「よくご存じですね、素敵だ〜」
そんな会話を交わしつつ、サンジとナミはテーブルにつく。
(けっ、何が『素敵だ〜』だよ。その炭坑があるから、海軍がでかい基地を置いてんじゃねえか)
内心、八つ当たり的に毒づきつつ、ゾロもその隣に座った。
ほのかな灯火が、茶色く染められたサンジの髪を照らす。こういう明かりに映える金髪だけに、少し惜しい気もした。だが、おかげで無闇に他人の目を引くこともなく、いつもより少しはやきもきせずにいられる。・・・そんなことを思うゾロは、気づいてはいなかった。彼らがいつもより人目を引かないのは、刀を持たず殺気を消したゾロのせいでもあると。
側を通ったウェイターに、ナミはさりげなく注文する。
「この赤ワイン、お願いね。・・・アンジュ君も同じでいい?」
さきほど宿で打ち合わせておいた、サンジの偽名を呼びながら。
「はい、アニタさん。で、デュークはどうする?」
・・・ゾロの反応は、一瞬遅れた。
「あ、ああ。何か強いやつを」
「何ボーっとしてんだよ、アル中みてえだぞ。というかてめえ、マジでアル中になるから、今日はビールにしとけ。なぁデューク?」
思わせぶりに、というより言い聞かせるように、サンジはゾロの偽名を繰り返す。
(全く、小説から名前を取ったりしやがって。覚えにくいんだよ)
ため息をつきつつ、ゾロは酒が来るのを待った。三つの偽名はいずれも、GM号の本棚にあった、子供向け冒険小説の登場人物から取ったらしい。
何でも、デュークが黒髪の大剣使いで、アンジュがその相棒の金髪のガンマン、そしてアニタが、二人に絡む謎の美少女だとか。イーストブルーでは、子供たちにそこそこ人気があった小説らしいのだが、ゾロはよく知らない。
「デューク、酒が来たぞ。取りあえず乾杯な、アニタさんの美貌を称えて」
「アンジュ君、浮かれすぎちゃ駄目よ」
「は〜い」
酒場のざわめきの中、杯を傾ける彼らも、自分自身さえも「見慣れない」と感じてしまう奇妙さ。紛れもない自分であり、仲間であるのに。
(本当に俺は、ここにいる間、『お尋ね者のロロノア・ゾロ』じゃ無くなるんだ・・・)
改めて、そう思わずにいられない。姿を変え、偽名を名乗り、しばしの間、不自由なこの仮面をかぶって。
・・・帰り際、ゾロはトイレに寄った。出て、サンジたちと合流しようと周囲を見回していると、不意に後ろから、声をかけてきた男がいた。
「兄ちゃん、どっから来たんだ? いい身体してるねぇ」
何だ、口説く気か? と、前にも時折あったこういう状況を思い出しつつ(かつてゾロの身体を狙い、刀の錆にされた男は少なからずいる)、少々険悪な気分で振り向くと、中年の男が目に入る。
「今、会社で求人をしてるんだけど、ちょっと稼いでみる気はないかい? いや、後ろ指さされるような仕事じゃないよ、良かったら話を・・・」
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