宿へ戻り、ささやかなディナーを済ませた後。サンジがキッチンへ片付けに行き、他の面々も食堂から引き上げた所で、ゾロは航海士を呼び止めた。
「ナミ、話があるんだが」
 そして、一枚のチラシを、テーブルの酒瓶の隣に置く。
『炭坑夫急募 体力に自信のある方 高給保障』
 そんな文字が、荒い印刷で並べられていた。
「どうしたの、これ・・・」
 ゾロの側に立ち、チラシをのぞき込みつつ、ナミは少し戸惑う。
「酒場で貰った。働いてみねぇかって誘われたんだ」
 さっき、ゾロに声をかけた男は、炭鉱会社のスカウトだった。
「金は、必要だろ。だが俺たちは、騒ぎを起こす訳にはいかねえ。賞金首を捕らえたり、他の海賊から奪ったりはできねえし、そもそも海軍基地の街に、そんな連中がいる訳もねえ」
「・・・だから、働きに行こうって訳なのね?」
「ああ。丁度、こうして変装もしてるし、まとまった時間もある。ぶらぶらしてるぐらいなら、その方がいい」
 そう言うゾロに、ナミは危惧を見せる。
「ゾロ、無理しなくたって・・・他人に接触すれば、それだけ正体がばれやすくなるわ」
「大丈夫、気をつける。伊達に何年も、危ねえ橋渡って賞金稼ぎやってた訳じゃねえんだ」
「でも・・・私が何のために、必死でお宝をため込んでると思ってるの? 一月や二月の生活費なら、いつでもキープしてあるのよ」
 言いつのるナミ。だがゾロは退かない。
「知ってるさ。俺自身が、必要なんだよ。・・・もうじき、サンジの誕生日だろ? 稼いだ金で、プレゼントを買いてぇんだ」



 それは少し前、二人で買い出しに出た時だった。サンジがふと立ち止まり、近くのショーウィンドーを見ながら呟いた。
『おっ、“サンタンジェ”か』
 ぴかぴかの鍋やフライパンや、様々な調理器具がディスプレイされている。小さな翼のマークが刻まれたそれは、コックの間では著名なブランドらしい。
『あれ、バラティエでも使ってたんだ。GM号備え付けのも悪かねえが、あの使い心地にはかなわねぇや』
 旧知の友に出会ったかのように、嬉しげに眼を細めるサンジ。
『何たって今時、工場製品じゃなくて、職人の手作りなんだぜ』
 彼はバラティエを立つ際、包丁は持ってきたものの、その他の色々な器具までは持ち込んではいない。壊れてしまった物もあるし、そろそろ新しい物が欲しい所だった。
『それじゃ、俺が買ってやろうか? もうすぐ誕生日だろ、プレゼントにしてやるよ』
 ゾロは、思わずそう答えていた。サンジがふと口元を歪め、言い返す。
『どこにそんな金持ってんだよ、クソ腹巻き。ちなみに、「プロフェッショナル・セットB−3」がいいんじゃねぇかと思うんだが、確か四十五万ベリーだぜ』
 たかが鍋釜に四十五万?! と口走りかけて、ゾロは慌てて言葉を呑み込む。剣士が刀にかける金に比べたら、まだ安い方だ。
『どうした、驚いて声も出ねえかよ』
『馬鹿にすんな。海賊狩り時代にゃそんなの、はした金だったぜ』
 ニヤニヤするサンジに言い返すゾロ。もっとも、当時の稼ぎは何だかんだで、ほとんど手元に残らなかったのだが。
『だよな。いくら高いったって、百万ベリーの賞金首ひとり捕まえりゃ、ブローカーに半分持ってかれたってお釣りが来るか。へへっ、海賊狩り様々だね』
 ゾロのように、自分自身もお尋ね者になってしまうと、賞金首を捕らえても海軍には連れて行けない。そういう場合、闇ブローカーに賞金の何割かを払って、中継ぎをしてもらうのだ。
『それじゃ、せいぜい気合い入れて稼いで来やがれ!』
 そう言うサンジの、生意気だが輝くような笑顔を前に、ゾロは少し、胸の痛みを覚える。が、それを表には出さず、威勢良く答えた。
『おう、待ってろ。誕生日にゃ必ず、あの一揃いを手に入れてやるからな。約束だ』
 ゾロにとって絶対の言葉、「約束」。それも、相棒であり恋人である相手との。決して破ることは出来ない・・・なのに、適当な賞金首を捕らえる前に、今の事態になってしまったのである。



「プレゼント代ぐらい、貸してあげるわよ。事情が事情だから、今なら無利子にしといてあげる。正体がばれて捕まるより、懐を痛める方がましだからね」
 強欲魔女の異名を取るナミが、ここまで譲歩するのは初めてのことだ。
「そんなへまはしねえ。万が一捕まっても、皆の居場所は死んでも吐かねえよ」
「だって・・・サンジ君がどう思うか・・・」
「だから、あいつに約束したんだって言ってるだろ。それに俺は、これ以上借金増やしたくねえ」
 言い出したら聞かないゾロ。その性格を知りつつ、ナミは改めて問いかける。
「・・・ねえ、分かってるの? 賞金稼ぎだったあんたに、働いてそれだけ稼ぐってことが・・・」
「そのぐらい出来なくて、何が世界一だ」
 言い切るゾロに、ナミは半ば呆れたように呟いた。
「全く、サンジ君ったら幸せなんだか、不幸なんだか・・・」



 翌朝の、街の中央通り。求人チラシを握りしめた、栗色の髪と濃緑の瞳の青年が、炭鉱会社の大きな建物を目指して歩いていた。
 たくましい体格と、生真面目な表情の彼は、すぐに採用が決まった。・・・ただ、採用係官は、彼が「デューク」と名乗った時に、少しだけいぶかしげな顔をした。


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サン誕物なのに、サンジの出番少なくてゴメン(^^;
さて次回、炭坑のゾロ&留守番のサンジを待つものは・・・?

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