「あいつ、そろそろ地下に潜ってる頃かな・・・ま、あの体力バカのことだ、激務ってぐらいで丁度いいぜ」
そんな独り言を言いながら、サンジは街を歩いていた。黒縁の伊達眼鏡に、今日は灰色の背広。この街ではありふれた「炭鉱会社や工場関係の営業マン」の格好であり、目立たずに済む。
宿で出された食事は、素朴で美味しかったがやはり少々物足りず、彼は早々に「滞在中は自分が調理する」宣言をしていて、足りない調味料などを買いに出た所だ。
なお、ゾロからは「暇だから、身体が鈍らないよう働きに行く」とだけ聞かされている。目的は薄々察していたが、素直に有り難がるのも照れくさく、「せいぜい稼いできやがれクソ野郎」と、いつもの調子で見送っていた。
中央通りの食品店に、ざっとチェックを入れた後、脇道に入ってみる。こういう所に案外、穴場のような良い店があったりするのだ。
サンジは程なく、一軒の小さな食堂を見つける。まだ新しい看板には「月夜の小唄亭」の文字。素朴な木造の外装から見て、「おふくろの味」を売りにする、大衆料理の店だろうか。
・・・不意に、その店内から怒鳴り声がした。
「馬鹿にしてんのか! こんな料理で金取ろうだなんて、ふざけてんじゃねえぞ!」
思わず、窓をのぞき込んだサンジが見たのは、テーブルを囲む数人の海兵だった。そして、彼らの前で縮こまっている、給仕らしい栗色の髪の女性。他にも店員らしい女たちがいるが、おろおろと様子を見守るばかりだ。
「シチューの野菜は煮えてねぇし、鶏は焦げてるくせに、中まで火が通ってねぇ! 何考えて作ってんだ!」
「もっ、申し訳ありません! すぐに代わりを・・・」
女性は、すっかり怯えきっている。
いつものサンジなら、その場で飛び込んで「レディを脅すとは何事だクソ野郎!」と蹴りつけている所だが。ナミの「絶対に騒ぎは起こさないで」との命令が、脳裏をよぎる。
彼が葛藤している間に、その海兵が席を蹴った。
「もういい、こんな店にゃ二度と来ねえよ!」
他の海兵たちも、そうだそうだと言いつつ後に続く。出てゆく彼らに歯噛みしつつ、サンジは店内に視線を戻した。どうやら、客はこの海兵たちだけだったらしい。
すくんでいた給仕の女性が、その場に座り込んだ。同僚たちの中から金髪の女性が駆け寄り、慰めるようにそっと肩を抱くと、堰を切ったようにしゃくり上げ始めた。
「怖かったよぉ、セレナぁ・・・」
どうやら、セレナと呼ばれた彼女が、店の女たちのリーダー格に見えた。年こそ若いが、金髪をきりっと後ろで束ね、気丈なおかみさんといった風情を漂わせている。
普通なら、こんなおかみさんのいる店が、不味いはずはない。サンジはそう思っている。ならば、熱意に技術がついて行ってないだけだ、と。
(・・・これを助けなきゃ、男として、コックとして失格だぜ!)
瞬時に決意したサンジは、扉を開け、中に踏み込んだ。
「ご婦人方、お取り込み中失礼するぜ」
女に囲まれる状況で、例のごとくデレデレにならなかったのは、コックとしてのプロ意識が先に立ったからだろう。海兵たちのいたテーブルに、つかつかと歩み寄ると、サンジはスプーンを手にし、残っていたシチューをすくい上げた。
「あっ、お客様、それは・・・」
「心配ご無用。俺は通りすがりのコック。そして常に、悩めるレディたちの味方です」
セレナを片手で制して、サンジはシチューを口へ運ぶ。
(・・・確かに、味のバランスが悪い・・・素材は良いのにな。具の大きさが揃ってないから、火が通らなかったり、逆に煮崩れてたりするんだ。それに、調味料も使いすぎてる)
だが、単なる技術の問題だけではない、冴えない味はどうしたことだろう。素人の味付けでも、何というか、もう少し「全体のまとまり」があるはずだ。
テーブルにもたれ、味見を続けるサンジ。彼を見つめる女たちの、あっけに取られた様子が、希望にすがるものに変わっていく。
まだ少女のような年齢から、上は三十ぐらいか。いずれもまだ若く、どこか頼りない雰囲気を漂わせながら、どの眼も必死だった。
この店を離れたら、行き場がないのだ、と言いたげに。
・・・彼女たちを、微笑と共に見回すと、サンジは言った。
「あなた方の苦難を放ってはおけない。もし良ければ、少しばかり、料理の指導をさせて下さい」
このぐらいなら、ナミも許してくれるだろう。少々甘い見通しと共に、サンジは彼女たちに問う。
「ところで、店長さんは誰? それからコックは?」
どうやら店には、女の店員しかいないらしい。とすれば、店長もコックもこの中にいる。
「・・・店長は、いません」
セレナが、一瞬の逡巡の後に答えた。
「留守か。いつ頃戻るんですか?」
「いないんです。この店は、私たちみんなで共同経営していて」
そう聞いて、サンジはやはり、と思った。ここの給仕もコックも、素人同然の彼女たちが、必死でこなしているのではないか。
それを裏付けるように、セレナが言葉を続ける。
「美味しくないのも、仕方ないですよね。所詮は素人商売だし・・・私たち、この店を出すまでは、ただの炭坑夫の女房だったんです」
BACK
NEXT
|