炭坑での仕事について、一通りの説明が終わる。指導員のバークは、荒い文字で埋まった黒板の前に立ち、志願者たちを見回した。
「よぉし、以上だ! 後は実地で訓練してもらうが、何か質問はあるか?」
そう聞いて、ゾロは勢いよく手を挙げた。実は、日給の説明のあたりで居眠りしてしまって、分からなかった部分がある。彼にとっては、一番重要な所だというのに。
指名を待たず、立ち上がって尋ねる。
「月末までに、五十万ベリーほど要るんだが、間に合うか?」
一瞬、バークはあっけに取られたような顔をした。
しばしの沈黙。その時になって、ゾロは思い出す。来る前に、ナミから『くれぐれも目立つようなことはするな』と厳命されていたことを。
まさか、正体に気づかれたか。だが、やってしまったことは仕方がない。そう腹をくくったゾロに、気を取り直した様子のバークが聞き返す。
「・・・兄ちゃん、借金でもあるのか? それとも何か買いてぇのか」
その口調には、悪名高い海賊を相手にする緊張感はない。むしろ、親身になってくれている様子だ。
「あー、その・・・『サンタンジェ』って店の調理器具セットで、四十五万ベリーのを買うんだが・・・」
何も、具体的な話をしなくても良かったのだが、ゾロは思わず口走ってしまった。
少し考え込んでから、バークは答える。
「サンタンジェで、四十五万ベリーか・・・なら、間に合うはずだぜ。ただし、地上の選炭作業じゃなく、地下の方へ回ってもらうがな。仕事はきついが、その分は見返りがあるってこった」
その表情はいまだ、驚きを押し殺しているものだ。が、その気配に全く「殺気」がなかったため、「間に合うはず」の言葉に浮かれたゾロは気づかずじまいだった。
新入り炭坑夫たちは、支給された作業服に着替えた。ヘルメットに小さなランプを取り付けて、坑道前に集合する。いよいよ、地下へ潜るのだ。
数人ずつ、炭坑内での作業班に振り分けられ、そこで実地研修をするらしい。大勢の炭坑夫の中、ゾロがまごついていると、さきほどの講師だったバークに声をかけられた。
「デューク、と言ったな。こっちだ、早く来い」
偽名で呼ばれ、一瞬反応が遅れたが、ゾロは内心ほっとしつつ男に駆け寄る。何のことはない、すぐ側に整列していた一群が、ゾロの作業班だった。
「さっきも言ったが、この十一班の頭は俺だ。よろしくな」
「あ、ああ。よろしく」
バークの態度に敵意こそ感じないが、ゾロはその時ふと、奇妙な居心地の悪さを覚えた。その感覚が何を意味しているのか、よく分からない。
危険、という感じはしなかった。むしろ、自分の方が何か、ひどい迷惑をかけてしまっているのに、向こうは変わらず親身にしてくれる、そんな時のいたたまれない感覚にどこか似ている。
だが、その感じの正体を考えている暇はなかった。炭坑夫たちは班ごとに、地下行きのトロッコに乗せられる。
「・・・で、着いたらつるはし作業か、班長?」
何気なく訪ねるゾロ。剣とはだいぶ違うだろうが、棒を振り回すあたりは同じだ。ただの素人よりは、上手くやれる自信がある。
だが、返答は少し期待外れだ。
「新入りは取りあえず、石炭の運び出し作業だ。つるはしを使うのは、もっと慣れてからだな。この班から、怪我人は出したくねぇ」
何だ、とため息をついたゾロの肩を、バークは大きな手で叩きながら笑う。どうやら、不安がっていると思われたらしい。
「シケた面すんな、新入り! 俺の下で炭坑に入るからにゃ、必ず無事に帰してやるからよ! よぉし、行くぞ!」
その声と同時に、トロッコは音を立てて走り出した。レールの先の暗がりへ、地下の坑道へと。
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