□ 第十六回「モンスターロアの迷宮〜One on One」〜ヴァイオラの徒然日記 □
- 460年6/8
- たぶん真夜中。ゆっくり休んで呪文を回復。といっても、ハイブ相手にクレリックのできる事なんざ多寡が知れている。ジーさんがラルキアの呪文をどうするか訊いてきたので、ファイアーボールを多くとっとけと言う。どうせこの面子じゃヘイスト使っても突破力ないし。このダンジョン構成を見るに、相手は面での攻撃を仕掛けてくる。それを出会い頭にどれだけ減らせるかで、このパーティの生き死にが決まるんじゃないかな。
奈落の底への階段の先には、両手以上のハイブとテレポート鏡。しかも危惧した通りにだだっ広い大部屋。遮蔽もなにもなく、奥の張り出しの上にはまたしても弓矢ハイブ。さらに床が上下に揺れるという大盤振る舞い。
……誰だこんなダンジョン造った奴は。
片側にファイアーボール食らわして、もう片方は対ハイブ用盲目戦術で足止め。その間にゴンが掃討。やっぱりヘイスト取らなくて良かったね。おまけの火炎瓶で始末をつける。
いやぁ、必死になって乏しい知識で組み立てた対ハイブ戦術が生きてるね。火炎瓶と「暗闇と静寂」が大活躍。
さて、ここには鏡が三枚。正面とその両脇の張り出しに一枚ずつ。一応人数制限二人用の水晶が嵌っていたが、試しに物を投げ込むと左鏡→右鏡→どっか別の場所、の順らしい事がわかった。前の事を考えると、別の鏡は別の場所に行くような気もするから、皆で正面の鏡から順番にジャンプしようという事になる。
まずは露払いにゴン、ハイブの死体を投げ込んでわたしも後に続いた。
――が、やはり鏡は三枚全部を使う必要があったらしい。
鏡を通り抜けた途端、ひんやりした空気と湿った土の匂いに囲まれた。音の響き具合で相当広い場所だというのがわかる。目の前にはゴン、エリオット、なんかその他大勢と相変わらずズタボロなアルバン。そして、足元には背中に剣を括り付けられたセイ君。
……死体? かと思ったよ。かろうじて息があるけど危険な状態。こんなこともあろうかと、残しておいた治癒をかけた。しかし目を覚まさない。顔色は大分良くなったから、ちょっとひと安心。……にしても。傷も相当だけれど、この鎧があちこち凹んでいるのは一体何なんだろうか。
エリオットが意外にあっさりと状況を説明してくれた。例の鏡に向かう一本道で、ハイブと戦闘中、足払いをくらって落ちたらしい。
あー、もう。馬鹿だね、この子は。
うちのとこにクレリックが集まっていた以上、他のチームに回復役がいなかったのは当然。それならもうちょっと戦い方を考えなさいよ。どうせ馬鹿のひとつ覚えで平押ししたんでしょうけど、倒れちゃったらおしまいじゃないの。ほんとにしょうもない。
しかもエリオットの目の前で醜態晒してどうするの。
とにかくこうしていてもしょうがない。どっか休めるところを探してそこで休憩しないと。テラルの見立てでは、ここは地下三層、両側に部屋があるらしい。移動しようかというところで、それを待っていたかのように、周り中から骨がわらわらと湧いて出た。
切迫した状況にもかかわらず、なんだかやけに壮観だった。きっと久しぶりにハイブ以外のものを見たせいに違いない。
テラルが加速呪文を使ったおかげでみるみる数が減ってゆく。いやあ、このくらいの実力になれば、骨ごとき、一太刀で倒せてしまえるものなのね。クレリックとしてはあんまりそれやってほしくないんだけどね。今ならターンすれば浄化できるんだから。
何十体だかの骨を掃討し、じゃあ改めて進もうかというところで、またしても湧いて出るスケスケ共。えーいしつこいな。とっととあの世へ還りなさい。
どうやらこの階層はアンデッドばかり。奥の部屋にはミイラが5体お出迎え。鏡の中から飛び出した連中を片づけると、反対側の部屋に入れるようになった。こっちは確実にいつものテレポーター鏡らしいので、とりあえずここで休む。
見立てでは朝。
ものすごぉーくやりたくなかったが、涙をのんで治癒呪文だけを覚える。やだなぁ。最低一つは防御魔法か探知呪文が必須なのに。ああ、やっぱりラッキーに杖持たせたのは失敗だったなぁ。どうもわたしのいるチームは、回復力ないのに傷ついてる連中ばかりでバランス悪い。
さて。というわけで、小康状態のまま寝っぱなしのセイ君に3発連続治癒投射。気合いが入ったせいか珍しく治りがいい。
ぽけっと目を覚ましたその顔を見たら、むらむらと言いたくなった。
「馬鹿だね、この子は」
「だって、落ちたんだもん!」
セイ君は口を尖らせてすねた。
……「落ちたんだもん」じゃないだろ。お前は木登りに失敗したガキか。
わたしは目からウロコが落ちた。
前々から子供だガキんちょだと思っていたけれど、一応年相応の扱いはしていた。し・か・し。これからはまともに子供として対応する事にしよう。現在推定精神年齢12才。よし、一から躾直して、目指すは立派な17才だ。がんばれ、セイ君。がんばろう、わたし。
そうでもしなけりゃ、ジーさんが可哀相すぎる。
アルバンやギルティも回復させて治癒は打ち止め。鏡は一人用だしまたバラけるだろうからと思って、気休めに祝福しておいた。
鏡を抜けるとそこは個室。奥の壁には何やら虚仮威しを述べた文句が並ぶ。なんだかなー。
このダンジョン造った奴は、根暗で覗き趣味の自分に酔うラストン人タイプに違いない。道具立ては大袈裟だけど品がない。などと考えていると、後ろからガウアーがひょっこり現れた。ちっ、ゴンじゃないのか。交換日記が書けるかと思ったのに。
軽く挨拶をして進もうとしたら引き留められた。何か話があるらしい。で、彼曰く、「一からつき合いを始めてみないか?」
それ、こういうところでする話? まあ、いいけど。
彼とつき合うのは別に構わない。ただ、ガウアーが望むような関係――そう、例えば結婚を前提としたおつき合いみたいな――にはなれないと思う。
だって、そこで応えちゃったら不実じゃない? 人として。
結婚なんてただの契約だから、別にしたっていいけど。彼にとっては互いが互いの「唯一人」でないとダメっぽい。トールやキーロゥは、その辺をちゃんと弁えているから好きなんだけど。ガウアーはそういう割り切りができなさそうなのよね……
でも、いろいろと気にかけてくれたのには、多少ほろりとさせられたかな。とはいえ、そうそう気軽に助力を受ける気にはなれない。関係ないところに火の粉が飛んだら寝覚めが悪いし。いよいよとなったら、わたしが勘当されて家とは縁を切っちゃえばいいんだからね。
ま、利用価値を無くすのが一番の手じゃないかな。で、一応旦那の家の資金源を潰してくれるよう頼んでおく。腐っても侯爵、そのぐらいじゃ潰れないでしょう。たぶん。
それにしても、ガウアーってにぶいのね。
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文責:柳田久緒