□ 第十七回「コアでの戦い」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年6/8
鏡を潜った先には少し広めの部屋。奥にまたしても鏡が一枚。それと屍の山&聖章付きハイブ。どうみてもフィルシム兵士だから、これが噂の先遣隊か。なむなむ。
やることは決まっているのでまずは黙ってもらった。が、戦術の組み立てに失敗。部屋の広さを見積もり損ねて両脇が空いた。おまけに鎧なしで素早いことを忘れ、盲目戦法をとって相手に時間を稼がせてしまった。おかげでこっちもターンができなくなった。じりじりと、邪魔な死体をいなしつつ移動。その間に起き上がる死人の群れ。雑魚といえど、数をくらえばさすがにきつい。なんとか無音空間を抜けたところで一気に浄化した。
あー、痛かった。
帰れた時のために認識票と聖章を小袋に詰めた。珍しく身元の確認ができる連中に会ったなー。

さすがに今ので呪文も尽きたし身体もつらい。他の連中のことを考えると時間差が気になるが、どうせどっかで時間調整されるだろう。そういうわけで、灰と骨に囲まれて寝る。さっき寝たばっかりなのに、こんな墓場で熟睡できるなんて、やっぱりわたし達の神経はおかしいのかもしれない。

たぶん昼過ぎ。
ある程度回復してから鏡を通る。
またしても中規模部屋。武器のラックと鏡と手枷。拷問部屋にしてはまっとうな武器しかない。ちなみに今回の相方はトールだった。やー、あれから一日しか経っていないはずなのに、何度も不規則に休息したせいですごく久しぶりな気がする。
で、ここは拷問部屋もどきに相応しく、枷に誰かを繋がないと通れないという文句が書かれていた。やっぱり品が無いなー。こんなの鵜呑みにする奴がいるわけないし、威しにしたってヒネリが足りない。ま、とにかくできることは全てやってみましょうか。
散々調べ回ってわかった。要するにここに残された一人がハイブの餌食になるだろうという事。まあ予想でしかないけど、ほぼ確実。そして、その時にしか鏡は双方向にならないだろうという事。
どうするかねぇ。二人とも残ってハイブを退治るという手もあるけど、それで何にも来なかったらタダの馬鹿だし。かといって、どちらか一人を残して鏡を通るのは嫌だ。
幸い、前々回から覚えっぱなしの呪文がある。これでなんとかなるだろう。
――覗き魔野郎の思惑にのるなんて冗談じゃない。絶対に裏をかいてやる。

首尾良く通り抜けたそこには巨大マザー。周りにあるのは……フォースフィールドか。ムカツクやつだな。手が出せないじゃないのよ。それから真っ正面に横たわるマインドと、部屋一杯に溢れるハイブの群。それに対し、壁際に沿ってポツンポツンと現れる味方。戦力比は……
なんか、貧乏くじ引いたみたい。

気を取り直し、ゴンの後ろに駆け込む。がんばれゴン。しばらく盾になってくれれば、何とかするから。加速のついたテラルが反対側からすっとんできた。良かったね、ゴンの隣で。
うぞうぞするマインドの周りにサイレンス。あれはトロいからこれでオッケー。寄ってきたハイブ共はテラルが寝かせる。なんか姿を消した奴が寄ってきたのでゴンをけしかけておく。
ちょっと余裕ができたので周りを見てみた。向こうの方でブルードリングにたかられているの、全部余所のパーティに見えるんだけど。
うちの子達はどこよ。

トールを出しても大丈夫そうなので、ホールディングバッグの中から引っ張り出す。我ながらすごい変なことしていると思うわ。人を袋詰めにするなんて、常識人のすることじゃないよねぇ。
袋から出てきたトールはぐっすりとお休み中。少々手荒に転がしても、ぴくりとも動かない。当然だよね。だって、永遠に続く眠りの呪いをかけたんだもの。
「起きなさい、トール」
わたしは彼に口づけた。

意識のある状態で袋に入ると、狂ってしまうらしい。かといって、ヴェスパーで気絶させるのはマズイし。それならいっそ魔法で眠らせようと思ったのだ。でもわたしは魔術師じゃないし。使えるとすれば解呪リムーブカースの逆呪文だけ。
クレリックとしては忌避すべきだろうけれど。どんな力も目的次第。良くもなり、また悪くもなる。そうじゃないかな?
彼が素直に呪われてくれたのも、それがわかっているからだと思う――もっとも、わたしが最初に提示した条件、「名前を呼ばれたら目を覚ます」のままだったら抵抗したかもしれない。

爽やかに目覚めたトールの弓でマインドが死んだ途端、巨大マザーは逃亡した。なんつー姑息な。あれは噂に聞くコンティジェンシーか?おそらくマインドの死と同時にディメンジョンドアが発動する仕組みだったんだろう。フォースフィールドといい、これといい、覗き野郎は相当なレベルと見た。
しかしハイブ共はまだ残っている。ドラゴンに変身したローファシャのブレスや、後から出てきたバルジの魔法で大分楽にはなったけど。
リーダー相手に手こずるゴンを援護しようと火炎瓶を取り出し――

振り向いた。

ひゅっ、と風が脇腹をかすめる音。

目の前には、剣を振りきったロッツ君。

………。

「姐さん、すいやせん……あっしは」

………。

「こうするしかないんでやんす……」

………。

目を合わせる事もなく、彼は言い訳のように呟いた。

………。だから、何?
わたしは目の前の彼に向かって呪縛呪文ホールドパーソン投射キャストした。
けれど、抵抗された。
……そう、抵抗したのだ彼は。わたし達ではなく、その指に嵌めた指輪を選んだ。見慣れない、けれど良く知っている指輪。エドウィナと同じそれ。

――ああ、やっぱり。
最初に浮かんだのは、そんな思い。ずっと、頭の片隅で覚悟していたから。
だから、ロッツ君。彼らを選んだのだとしても、わたしは――
一歩、彼に向かって踏み出す。
が、彼は消えた。最後までわたしを見ずに。まるで怯えた子供のように逃げてしまった。

………。
………。
………。
………。
……ああ、そうかい。そう来るかい。いいよ、それでも。けどね、もう許してなんかやらない。
舎弟の分際で手をあげた上に、自分のしたことの言い訳だけして逃げるなんて、もう絶っっ対に許さない。

わたしはヴェスパーを床に叩き付けた。

残りのハイブ共を黙らせたところで、誰かが部屋の中央に現れた。たしか、ブランクとか名乗っていた奴だ。セイ君の親父さんに逆恨みしている「持たざる者」の片割れ。これ見よがしに子供のハイブを連れている。
何だ、こいつが覗き野郎か。
偉そうな口調でたらたら喋っていたが無視。どうせ実体じゃない。それよりもこのハイブ、もしかして……ラルキアじゃないかな。こいつのイヤらしい性格からしてありうる。しばらくすると勝手に満足して勝手に消えた。それは別にいいが、去り際に出口は無いとかほざいていた。どうだろう。
わたしは足元に転がっているハイブの鎧をヴェスパーでブッ叩き、まずは皆の注意を集めた。後ろでトールが何か言いたそうにしていたが、ぐずぐずしている暇はない。まずは各部屋に残されたメンバーを回収するのが先だ。ティバート達が壁を突き破ってこれたのなら、こちらから穴を開けられるはず。そういうわけで、魔法の武器持ちが次々と壁を取り壊しにかかった。
けれど結果的には、誰とも合流できなかった。その場の状況を見るに、やはりハイブが襲ってきたらしい。カイン、ジーさん、セイ君のところにはハイブの死体がいくつかあった。が、ラッキーは、ダメだったようだ。おそらく麻痺して連れ去られたのだろう。なんとか三人が助けに行ければ良いのだけれど……。
わたしはひとまず、割れずに転がっていた火炎瓶を拾い上げた。

他の部屋でズヴァールの死体を発見。後ろからショートソード系のもので斬られている。ハイブの死体がなく、尚かつ彼の死体があるという事は。……おそらく、相方が彼を殺ったのだろう。それが誰なのかは、考えるまでもない。
彼を同じパーティの人々にまかせ、更に別の壁を壊していくうちに不安が増していった。双方向に移動する手段はどう考えても鏡しかない。しかし、壁を壊すという事は鏡を壊すということだ。つまりは出口をわざわざ潰しているようなものなのだ。バルジが出てきたところとわたし達のところは確保できるが、ディメンジョンドアを使えるのは彼一人。全員を送り出すのに何日もかかってしまう。
そんな事を考えていたわたしの耳に、鋭く息を飲む音が聞こえた。

崩れた壁の向こうには無惨な死体がひとつ。枷に繋がれたエリオット――だろう、たぶん。顔がぐしゃぐしゃに潰されて、判別ができなかった。その足元に広がる血溜まりの中に転がっているのは、食いちぎられた……。

そんな風に憎しみを募らせるなんて、一体どんな仕打ちをされてきたのアナスターシャ。
わたしは棒立ちになった男達の間をすり抜け、彼の正視に耐えない姿を毛布で覆った。

全部の部屋を調べて出た結論は、一晩寝て呪文を回復しよう、だった。三人でロケートを取って出口を確認、それで駄目ならピストン輸送。実際ほかにしようがない。念のためパーティを組み合わせ、二つの部屋に別れて休むことにした。
ティバートがうるさいのでエリオットを枷から外す。戦斧で両手首を落としたから、全部で4つになっちゃったけどしょうがない。まとめてあれを入れてあった革袋の中にしまう。明日は腐敗防止呪文をとるよう、ルーとベーディナに言っておいた。

……まあなんとかなるでしょう。個室捜索の途中でこっそり大司祭に状況を報告したら、返事がちゃんと戻ってきたから。移動手段を持つ魔術師を寄越してくれるらしいしね。そうひどい事にはならないと思う。
 
6/9
おそらく夜明け前。
大司祭から連絡。現在地が判明。予想に反してフィルシムの近所だった。カインが全滅食らった例の洞窟らしい。ブランクめ、ますます嫌な野郎だ。
それと、別件ついでにコーラリックが迎えに来るらしい。とうとう親元を離れて修行に出たのかな。
クレリック三人で治癒とロケートを覚えまくる。やっぱり出口はないようだ。ラッキーの聖章にも反応はない。が、10’ソードにアタリが出た。しかも真上。
見られている感触はまだ続いている。でも、昨日からあのいやらしさは感じられなくなった。おまけに途中で鏡のルートが双方向になったようだし……
たぶん、彼らが上でなにがしかの手を打ったのだと思う。まあ、たとえ死体と剣だけだとしても、そこには空間があるという事だ。位置の特定ができればバルジに行って貰えるので、ルーのロケートも使って三角法で割り出しをかける。
大当たり。
うちの子たちは3人とも無事だった。なんとか話もできるようになった。

ここで初めて気が付いたが、わたしは相当に動揺しているらしい。他の人間の安否を問われ、ロッツ君に話が及んだ時、つい言ってしまったのだ。
「裏切った」、と。

言ってすぐさま後悔した。あー、馬鹿だ馬鹿だ。我ながら何を言っているんだか。「裏切った」じゃないでしょう。最初から向こうの人間だったのならば。
しかもこんな他のパーティが聞いているど真ん中で言う事じゃあない。
しばらくは、あまり喋らないようにしよう。また口を滑らせるかもしれない。

大司祭から連絡。ちょっと席を外す風を装って小部屋に入る。すでにあんまり意味がない気もするが、一応上から見えないように中身を確認。

『誰か寄越そうか』

……って、昨日の通信で「一日待て」と言ったのは、派遣する魔術師が呪文を覚え直すためじゃなかったんですか。わたしはてっきりそうだと思って安心していたんですがね。
とにかく最低でもディメンジョンドアが使えないと話にならないので、返事はそう書いておいた。

これからどうしようという話になっていたので、もうすぐ誰か魔術師が派遣されて来る予定だと言ったら、さすがにティバートが不審な顔をした。そりゃそうだ。自分でもさっきから怪しい事を言っていると思うよ。
助っ人兄貴は大人の余裕を見せて、それ以上突っ込んでは来なかった。いろいろ勘ぐってくれてもいいよ。何しろ我々は「大司教の直下」だからね。実力的には下でも裏技をたくさん持っているんだ。
――そういう事にしておいてよ。頼むから。
そんな話をしている内に迎えが現れた。寝間着姿のトーラファンだった。……確かに朝早いけどさ、わざわざ寝間着で来るのもどうよ。
とはいえ、さすがは昔ラストンでブイブイ言わせていただけの事はある。ラッキーの居場所もすぐ特定してくれたし、あっさりテレポートとディメンジョンドアでこの場から全員脱出させてくれた。死体二つはルー達に任せ――ついでに途中で回収した兵士達の遺品も押しつけた――、わたしとゴンとティバートは上に送ってもらった。

それなりに皆元気だった。軽く情報を交換して、ラルキアのハイブ化死体とヤバいダガーを確認。ダガーは触らないように革袋に入れて厳重に封をした。神殿なりトーラファンなりに処分を任せた方がいいだろう。
それから、その横に転がっていた小さな遺体に布をかけてやった。……いくら中身が別のところにいるとしても、せめてそれぐらいしてあげなさいよ、君たち。
暫し物思いに耽るべく、ヤバいダガーを包んでいた絨毯に腰を下ろす。が、ジーさんが何か言いたそうだったので相手をする。
ラルキアが「もう兄弟を殺したくない」と泣くので、自分で決着をつけろとハイブを斬ったらしい。それがラルキアの、奴を倒すという決意を促したようだ。ジーさんもだんだんに他人の事を考えるようになったねぇ。まあ、良いことだ。
ただ、エリオットが死んだことに泣かれたのには参った。そんなに仲良くなっていたとは気が付かなかったよ。あの死に様を見ていないのが救いだ。

セイ君達がラルキアを灰にした後は、夕方まで誰にも邪魔されずに済んだ。


岩壁に凭れたままふと手元を見ると、絨毯の上には毛玉がたくさんできていた。気が付かずに毟りとっていたらしい。
ずいぶん長いことぼんやりしていたようだ。入り口から差し込む明かりは、すでに夕焼けの色を呈している。そろそろラッキーが着く頃だ。もうぐだぐだとつまらない内面の拘り――いうなれば、二人の子育てに失敗した母親の気持ち――をポイして、理性的に考える時間だった。

――それに気づいたのは、いつの頃だったろう。

彼がそうかもしれないと思ったのは、いつのことだったか。よくは覚えていない。ただ、エドウィナに襲撃された日の朝、彼は書き置きを残していなくなった。いつもなら必要以上に情報を流すのに、メモにはたった一言だけ。
あの時から、疑いを持ち始めたのだと思う。
そうして考えてみれば、あの畳み掛けるようなユートピア教の襲撃の時に、彼は一度たりともその場に居合わせなかった。そしてシャバクの行方不明事件。あれが、わたしの中の疑いを決定的なものにした。
だから、わたしは馬鹿みたいだと思いつつも、わざわざ彼が居るときを見計らって女神亭でロケートを使った。ブラスティングボタンに反応するかどうか。
反応は無かった。だから、きっと考えすぎだと思っていたのに。考え過ぎなんだと、そう思いたかったのに。


……いま振り返ってみると、他にもいくつか不審な点はあった。
カインの仲間を調べてきた時、ジェラルディンのことを『お嬢にクリソツ』だと言っていた。なぜそんな風に言えるのか?
当然だ。彼はジェラルディンを知っていたのだから。
そして、もしかすると、コマンドワードを唱えたのは……

わたしは再び絨毯に目を落とした。毛玉は知らない内に向こうの隅へ吹き飛ばされていた。
(そういうことか)

『もう、死んだらどうするのよ。気をつけてって、言ってるじゃないの』
『へい、すいやせん』
『ほんとにわかってるの?』
『大丈夫でやんすよ、姐さん』

シーフのくせに、何度も何度も死にそうになる。その度に同じ会話を繰り返した。
今ならわかる。彼は死にたかったのだ。
――今日という日を迎える前に。


ジーさんの叫ぶ声がした。どうやらラッキーが無事辿り着いたらしい。外に出てみると、外は夕焼けで朱金色に染まっていた。木々の間を縫って、坂を上ってくる一団目がけてジーさんが駆け寄るのが見えた。
やれやれ、無事でよかった。
見張りをしていたティバートの脇をすり抜けようとした時、喜び合う二人が、ふとこちらを見上げた。いや、正確にはティバートを。

ラッキーの表情が綻んだ。その頬は夕日の照り返しよりも僅かに赤い。

……ありゃ。

思わず見遣った――カインが後ろで同じことをしているのが見ずともわかった――助っ人兄貴は、微笑み返しの真っ最中。なんというか、見ててこっちが恥ずかしい。貴様童女趣味か。

ま、いいけど。人間としてはそう悪くない奴だし、ラッキーが羞じらいを覚えるきっかけになったのなら、他にもいろいろ教えてくれるだろう。
でも、一応釘を刺しておくか。わたしは坂下に目を向けたまま、彼の右隣に並んで言った。
「……泣かせてもいいですが、傷つけたら、どうなっても知りませんよ」
だってうちの子達がみんな怒り狂うだろうから。
わたしの言葉に助っ人兄貴は苦笑した、らしい。見なくても彼がどんな表情なのかは想像できた。
「まだ何もしていないが……」
まだ?!
思わずカインとハモる。その答えのせいなのか、すっと反対側に並んだカインが直接的に威しをかけた。
「月夜の晩ばかりだと思うなよ」
典型的な恫喝だ。苦労しているとはいえ、まあ子供だからね。
両側を小姑に挟まれたティバートは、さらに苦笑の度合いを深めたようだ。
「そうならないよう、努力する」
是非ともそうしてほしい。わたしは圧力をかけるのを切り上げ、ラッキーを迎えに下りていった。

まだ身の内には整理できない感情が渦巻いているけれど、ひとつだけ良いことがあったね。いや、二つか。わたしはラッキーに遺留品の火炎瓶を手渡し、お祝いの言葉を述べた。
「やっとラッキーも女の子になったねぇ。おめでとう」
当然だが、彼らには意味がわからなかったようだ。

 

 

 

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文責:柳田久緒