□ 幕間 「きっと一番長い日」〜460年 1/23の出来事 □

昨日の陰鬱な雨が嘘のように、快晴。

 

言葉少なに朝食をとった後、ヴァイオラとラクリマは村長を訪ねた。あの事件のような事が二度と起きないよう、基本的にパーティと自警団と村人が一体となり、村から犠牲者を出さずになんとか生計をたてる方向で考えてもらいたい。その一環として、森への冒険者及び村人の立ち入り禁止の周知をしてほしいと頼むためだった(例外は護衛がついている場合のみ)。

アズベクト村長はベルモートを連れ、すぐに応接室へ現れた。ヴァイオラの提案を聞くと、一つ咳払いをして言った。
「基本的には、判った。しかし、冒険者に対して外出禁止を打ち出すことは出来ない。危険がある事を伝えて注意を促すことは出来る。だが、かえって逆効果になることの方が多いと思うが……。
村人は、ジェイの件で、危機感を持っている。素直にいう事を聞くであろう」
又、咳払いをして、
「ところで、そなたはどのようにして、生計を立てるつもりか?考えを聞かせてもらおう」

最初の頃のような迷惑そうでもいやみな口調でもなく、真摯にモノをたずねる口調で問うてきた。

傍らに座ったベルモートは、ラクリマと同じようにじっと話しを聞いている。

ヴァイオラは少し目を眇めて村長を見返した。
「この村のことはあなたが一番良く知っていらっしゃるでしょうから、余所者で一冒険者たるわたしが意見するような事ではないと思いますが」
そう言って軽く指を組む。
「ただ、猟師組合はほぼ確実に機能しません。となればこの村の自活収入源が半分になったということです。つまり、もしかしたら廃村の危険性もあるわけですよね?この場合、村を存続させるのか、それともすっぱり諦めて近在の村なり町なりに移住するのか。一時的に避難して、捲土重来を期するのか。その辺りをどうお考えなのですか?」

そう問い返された村長は「うむ」と、少し考え込み、
「実は、ここを西に直進したところにスルフト村という村がある。クダヒとフィルシムの交通の要所だ。そことなら少し交流がある。
 フィルシムで猟師を募集する手もあるが、その場合、『ならず者』が来る可能性が高い。スルフト村なら、まだしっかりした者が来るであろう。まあ、それなりの代償は、覚悟しなければならないが……」
と遠い目をした。
「猟師組合が壊滅的な現状は変わりないが、村としての存続は、冒険者が来る限り、大丈夫じゃろう。村の収入の大部分は、冒険者に頼っているからの。しかし、猟師や木こりの生活を保護しなければならないな。
 ベルモート、猟師と木こりに3ヶ月間税の特例を認めよう。早速書状を作って回覧するように」

いきなり話を振られて驚いたものの、仕事を任されたことが嬉しいらしく、ベルモートはすぐさま部屋を出ていった。
(ここでわざわざベルモートを外すのは……密談、という事かしら?)

そんな思いが頭を過ぎり、ヴァイオラは軽く探りを入れた。
「……ハイブコアが存在する限り、冒険者はその潜在的な支援者となります。おそらくバーナード達程度の強さがないと、自由にこの辺りを闊歩できないでしょう。
 だから、コアを潰すまで冒険者への自由行動を認めて欲しくないのです。わざわざ敵に戦力を提供することもない」

それとも、何か手だてでも? と問いかけると、村長は軽く首を振った。
「はっきり言えば手立ては無い。昔は、ヘルモークなどが新しい迷宮を見つけたら、それとなくフィルシムに情報を流して、冒険者を呼び込むようなことをしていたが、今となってはそれも出来ない。
 かといって、冒険者が来るのを止める手立ても無い。『危険だ』とか『ハイブがいる』などという情報を流せば、逆に冒険者が寄って来ることになりかねない。冒険者を止める手立ては、無いのだよ」
 一呼吸置いて、
「ハイブコアを潰すためにフィルシム王宮が何かしらの援助をしてくれれば良いが、それも余り期待できんな。我々は、自分らの出来る事のみをしよう」
と、ため息を付いた。
「ところで、ヴァイオラ殿。折り入ってそなたに話しがある。ラクリマ殿は、少し席を離れてくれぬか」

先程から一言も喋らず、ずっと二人の話を聞いているだけだったラクリマは、「はい」と言って素直に部屋を出た。その後ろ姿にヴァイオラは軽く眉を顰めた。例の事件でかなりまずい精神状態にあるのはわかっていた。だから何かの刺激になればと思い、わざわざこの場に連れてきたのだが……。
(やはり、彼女は戻った方がいいのかもしれない)

ヴァイオラはそっと目を伏せた。

 
「さて、折り入った話しとは、他でもない。次期村長のことじゃ。この通り儂ももう歳じゃ。本来ならベルモートにその地位を譲って引退してもおかしくはないのじゃが、見ての通り、ベルモートは少々気弱なところがある。儂は本当は、ブリジッタに譲るつもりじゃったんだ。このセロ村を作ったとされる人物も女性だし、このフィルシムの初代王も女性じゃ。なんら不思議なことでは無いのじゃが……」
とちょっと遠い顔をした。
「ブリジッタは儂の子の中で、一番良くできた子じゃった。しかし、男を見る目は無かったようじゃの。はっきり言って儂は、あのバーナードという男は信用ならん」

段々と語気が荒まっていく。
「こほん」と咳払いをして、口調を戻し
「話がそれてしまった。もし儂に何かあった場合、ベルモートでは、不安が残る。かといって他に候補がいるわけではない。そこで、お主に頼みたいことがある。ベルモートが、皆に村長と認められるようになったら、この『巻物』を渡して欲しい。それまで預かっていてくれぬか。
 本来この『巻物』は獣人族の代表が持っていたものだ。しかし、彼らがこの村をでていってしまってから私が預かることとなった。ヘルモークに頼んだが、にべもなく断られてしまった。『巻物』は半分になっている。もう半分は、本来ベルモートが持つものじゃが、同じように村内のある人物にお願いしている。
 獣人に託した昔の人間の思いを考えるに、村を一歩離れたところから見れる人物に、という趣旨があったのだと思う。神殿のスピットならとも考えたが、村人と結婚している以上、一応村人という扱いにあるであろう。
 そこで、村内の人物の人望も厚く、神官として出自のしっかりしたお主に頼むことにしたのだ。
 もし、獣人が戻ってくるようならこの『巻物』を本来の持ち主である、獣人に返してもらってもかまわない。お主なら、ヘルモークとも仲がよいから、話しもしやすかろう。
 後、余り考えたくはないが、ベルモートが失格の烙印を押された時は、村人が認め、お主が、村長の器だと思う者に託してくれ。お主を見込んでのことじゃ、頼まれてくれぬか」
と、じっとヴァイオラを見つめている。その顔からは、村の将来のこと本気で心配していることが容易に窺える。

思いがけない話を聞かされ、ヴァイオラは驚きに目を瞠った。しばし村長を凝視し、ゆっくり腕を組み直した。
「……それは光栄なことです。ですがわたしは冒険者ゆえ、いつこの地を離れるか判りません。でなくとも、いつ野垂れ死んでもおかしくない立場にあります。それでもよろしいのでしょうか?」
「ハイブ騒動が終わるまでは、この村に居てもらうつもりではあるし、お主の言動や行動を見ていると、命を粗末にするタイプにも見えん。神はきっとお主を導いてくれるであろう。もし、お主に不幸があったのなら、儂の見る目が無かったと素直に諦めよう」
と、さっぱりした顔でそう答えた。了承とも取れる返答を受け、一気に肩の荷が下りたようだ。

そんな村長の様子を眺め、ヴァイオラはしばらく答えず襟元に手を当て、襟飾りを撫でながら考え込んだ。
「自分らしさ」を否定されてきた子供時代の反動なのか、彼女は自らの行動を受け入れてもらう事に理屈抜きの喜びを感じる――だからといって、迎合する気などさらさらなく、反対されようとも常に自分の考えを貫いてきたが。こうして信頼をうけると、つい応えたくなるのが人情というものだ。
「……やはり、その申し出を受けないと、巻物の内容を聞いてはいけないのでしょうね?」
「そうだな。村の秘密に関わることだからな」
「――わかりました。お受けしましょう」

思いの外あっさり頷いた彼女に、村長は今度こそ本当に肩の荷を下ろした。
「儂も『巻物』の内容は実は詳しくは知らないのだ。この村の存在に関わることだとしか伝わっていない。開いて見て欲しくはないのだが、たとえ見たところで、その内容は判らないだろう。何故なら、古の魔術師の言葉で書かれているから。冒険者であれば、それを解き明かすことも出来ようが、儂はそれを勧めん。そうした方が良いのなら、とっくにそうしているに違いにからな。
 もう一つの『巻物』は、キャスリーンに預けてある。この村で一番信用のおける人物であるからな。『巻物』や秘密ついては、ベルモートや他の子供達は知らないはずだ。このことを知っているのは、キャスリーンと出ていった虎族の族長ダーガイムぐらいなはずじゃ。もっとも、ヘルモークなら何か知っているかも知れんがな。
なので、その存在自体、秘密にしておいて欲しいのだ。もし何か相談事があるのなら、キャスリーンにするが良い」

村長は簡素だけれど造りのしっかりしたスクロールケースを取り出した。
「では頼みましたぞ」

 

□          □          □

 

村長宅からの帰り道、考えをまとめるためもあり、ヴァイオラはふらりと河原へ足を向けた。

その後ろを何も言わずについて歩くラクリマ。

しばらく無言の散策が続いた後、ヴァイオラがふと思いついたように振り向いた。
「ラッキーはどうしたい?」

ラクリマは「え?」というように無言で顔をあげた。
「あの馬鹿はいなくなったでしょう?なら、最初の任務は終了したって事」

ヴァイオラは少し屈み、ラクリマと目線の高さを合わせた。
「わたしはしたい事があるからここに残るけど、どうする? フィルシムに帰るなら、バーナード達が戻ってからだったら送ってあげるけど」
 どうせマスタリーを習いに行かないと駄目だしね。と続けた後、もの凄く真剣な顔で言葉を継ぐ。
「でも、もしもこの村に残るつもりなら、覚悟して。これから先は自分の意志で進んでいかなければならない道だから。もう、甘えさせてはあげられないと思うし、甘えないでほしいの。だから、自分の足で立てないのなら」

――フィルシムに戻りなさい。

 

よく考えてね、そう言ってヴァイオラは立ち去った。

 

□          □          □

 

一人宿に戻ったヴァイオラに、舎弟のロッツが勢い込んで報告を始めた。彼は午前中、ギルドでレスタトの素性を調べていたのだ。

それによると、レスタト=エンドーヴァー、本名グィンレスターシアード=アンプールは、ガラナーク第2の都市ライニスの領主家であるアンプール家の正当な家系の者であるという。この家系は代々女性が家を継ぐので、男子である彼は家を出ることが許されたらしい。

なお、神託の件は、ガラナーク国内の一部(主に神殿)では有名らしい。が、現在ハイブの脅威にさらされているので、実体を探るだけの資金提供をするにとどまっているのだという。

ヴァイオラはそこまで聞くと、ロッツにとある頼み事をした――

 

□          □          □

 

ロッツとの話をした後、ヴァイオラはキャスリーン婆さんのもとへ向かった。片割れを持つ婆さんに、自分が引き受けた役目を伝えておこうと思ったからだ。

夕暮れの冷たい風を受けながら彼女は思う。なんとも「人」のいない村だ、と。

 

訪ねたキャスリーン婆さんは、いつにもまして不機嫌な顔をしていた。が、ものともせず部屋に入る。
「すみません、少々お時間をいただけますか」
「何か用かね」

ぶっきらぼうに、しかも短く迷惑そうに聞いてきた。ヴァイオラは年寄りの不機嫌な顔には慣れっこだった。なので気にせず「巻物」を預かった旨伝えた。
「そういう事なので、しばらくわたしが代行します。万が一わたしに何かあったら、宿の小櫃を覗いてください」

言うことだけ言って、辞去の挨拶と共に扉の方へ歩いていく彼女の耳に、
「よろしく頼むよ」
と、独り言とも取れる呟きが聞こえた。

 

□          □          □

 

夕方。村に一通の鳩が飛んできた。この情報はすぐさま村の各所にて公開された。

 

* ---------------------------------------------------------------- *


ショートランド歴459年12月30日。ドラゴン及びマンティコア、アンデットを含んだカノカンナ軍は、通行不可能なはずのディバハ湿地を抜け、闇夜に乗じてディバハ市に侵攻した。

 この電撃作戦は、見事成功を収め、翌SL460年1月1日朝方にはディバハ市は陥落。ラストン臨時政府は瓦解し、ラストン王国の長い歴史は幕を閉じた。

 尚この作戦遂行に当たり、カノカンナ軍には、略奪許可が出ていた模様で、金品や食糧、マジックアイテムなどの略奪、女性に対する暴行、殺人など、市民に多数の被害が出た。又、被害を逃れるため、市民がディバハ市を脱出、難民となって周辺6町村に向かったものの、怪物や折から騒がれていたハイブの被害により多数の行方不明者を出すという二次被害も多数発生した模様。

 更に周辺情報として、周辺町村のうち最大規模を誇るフランチェスコ町は早々にカノカンナに恭順の意を示した。この素早い対応に対して、一部では内通者がいたのではと言われている。他の5村に関しては、未だ態度を保留している模様で、近くそれらの村に対して掃討作戦が行われると見られている。この作戦の成功如何では、食糧のさらなる高騰が予想される。

 この勢力図の変更により、カノカンナは正式にカノカンナ王国の設立を宣言、完全にフィルシム王国から独立した。現在、フィルシム王国とガラナーク王国は態度を保留。確かな筋の情報によると、ガラナーク王国は、ハイブ騒動の決着次第で、フィルシム王国は独立を認めない方針だと言われている。ただ、ラストン臨時政府の高官、メディヴェ・オッファルトとライカールト・マクウィニーは共に行方をくらましており、もし仮にラストン市内に他のラストン政府高官が、生き残っていた場合、さらなる事態の転換が予想される。


〜冒険者ギルドディバハ支局情報部


* ---------------------------------------------------------------- *

 

□          □          □

 

ヴァイオラは夕食後すぐ一同を集めた。なんにせよ今後の方針を固めておく必要があったからである。基本方針としては、

・ハイブコアを潰すまでこのパーティで活動続行
・この村を守れるだけのパーティが現れたら、スキル取得及び世界情勢把握のためにフィルシムへ行く

である。
「――それで、色々思うところはあるだろうけれど、皆の覚悟を訊きたいなと思ってね」

代表者のレスタトがいないという事は、最初の依頼者であり要であるところの人物を失ったという事だ。だから現在、皆はなんとなく一緒にいるだけで、明確な目標をもっているとしても、その意識の方向は統合されていない状態にある。特に、今回のラストン消滅の報により、セリフィアなどは迷いが生まれているに違いない。

ヴァイオラは「任務続行」するつもりだった。そうとなれば、最初の時点でどこまで使えるか把握する必要がある。


答えを促すように、ヴァイオラはぐるりと座を見渡した。

それを受けて、ロッツが勢いよく立ち上がって言った。
「あっしは当然、何処まででもついて行かせていただきます。坊ちゃんに頂いたこの命、姐さんのために全力で尽くさせて頂きます」
「僕は……構いませんが。……皆さん、改めてよろしくお願いします」

ペコリと頭を下げるアルト。

その横に座っていたセリフィアは、しばし間をあけてから答えた。
「……俺は、ここに残る。」

どうやらディバハへ行く気はないらしい。

ラクリマは片方の手でもう片方の手をぬぐうような仕草をしながら、
「……私……私、フィルシムに……帰ります」

言ったきり、俯いて誰とも目を合わせようとしなかった。

やはりそうか、とヴァイオラは心の中で溜息をつく。

Gは途中まで少々考え込んでいたが、
「他にやる事も行くところ無いですから」
と、ぽつりと言ってにっこり笑うと、思い出したように付け加えた。
「あー、そうだ。私やっぱり獣人みたいです……今日銀の剣買いに行ったんですけど持てませんでしたー。おわり」

一応平静を装ってはいるが、微妙に視線が中空を泳いでいる。
(ああ……やっと自分に向き合うことができたんだな)

一生懸命なGを見遣り、ヴァイオラはちょっと笑った。セリフィアも何やら感じるところがあったのか、
「そうか。じゃあ、銀の武器を持った敵は俺が相手するよ」
といって、にっと笑った――。

 

 

話し合いを終え、毛布にくるまりながらヴァイオラは長かった一日を振り返る。たった一日であまりにも色々な事がありすぎた。そのせいか、あれだけ悔しかったレスタトの死が、遙か昔のことのように感じる。それが良いことなのか悪いことなのかは判らない。なんにせよ、自分にやれることをやれば良いと眠りに落ちながら思った。

 

 

▲ 第三回へ
▼ 第四回へ
■ 回廊へ

 

文責:柳田久緒