□ 第四回 「心の傷」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年 1/24
夜明け前から小糠雨。空がどんよりしているせいか、気持ちも何やら下降線。
坊ちゃん塚に石を積んだ後は村長とスケジュールの打ち合わせ。さすがにガタガタしているせいか、しばらく開店休業になりそうだ。あまり暇なのも考えものなんだけれど。
出歩く気が失せたので大人しく部屋にこもる。外衣の裾が大分痛んでいたので、久方ぶりに刺繍をしてみた。昔はこの単調さが死ぬほど嫌いだったのに、今はそれが有り難い。ただ縫い目と針の返しを追って、何も考えずにいられるのが嬉しい。

いつものようにカウンターで食事をとっていると、ヘルモーク氏が現れた。やっとこさ帰ってきたらしい。ジーさんから話があると呼び出されたというので、一緒に酒瓶を抱えて離れへ戻る。
本題のジーさん話は、ヘルモーク氏の知っている限り「自分の事を教えて欲しい」というものだった。本当に自分と向き合う気になったんだね、ジーさん。わたしはひとつ肩の荷を下ろした。

酒瓶を返しがてら、アシを貸して貰えるよう頼むと、一日だけならと言われた。獣人族もいろいろ大変みたいだね。「巻物」の話をすると、余計な荷物を背負っていると鼻で笑われた。でもそういう自分こそめんどくさいと断った割には、いまだにこの村で関わりを持っているんだな。やはりその辺りが結構謎なひとだ。

宿に入ると久しぶりに新顔パーティがいた。見るからに頭悪そうな、そう、サムソン上流階級版とでもいおうか。やっぱり苦労性の神官と「女」を引き連れていた。こういうの最近多いな。
神官はガラナーク派の銀の聖章を下げていたので、坊ちゃんの神託について訊いてみた。が、エリオットと名乗る擬似サムソンまでくっついてくる。仕方がないのでいつもの酒を頼んだら、100GPのジェムを丸ごと出して「釣りはいらない」とぬかした。自分で稼いだことの無いボンボンらしい。親の顔が見てみたい。
おまけにひょっこり現れたジーさんが本当の事を口走ったおかげで、危うく第2回騒乱罪をくらうところだった。いくら侮辱されたとしても、宿屋の中でいきなり斬りかかろうとするのは普通じゃない。やはりガラナークの人間はどこか壊れているらしい。

それにしても、ユートピア教の手はかなり長い。フィルシムシーフギルド経由でエイトナイトカーニバルの情報を流しているのは、やはりハイブコアの強化の為だろう。はやいところ手を打たないと、コアが分裂してしまうんじゃないかと、それが心配だ。
 
1/25
朝、石を積んでいるとバカ二世のパーティが出ていくのが見えた。彼らのためでなく、この村のためにハイブに出会わないよう祈った。

昨日の勘違い男とゴマすりシーフの遣り取りで気になった事が一点ある。わたしはだらだらと過ごした後、昼下がりの暇な時間に女神亭へ顔を出した。案の定、女の子二人は休憩中でいなかった。わたしは雑用をしているガギーソンに、お茶を貰いながら尋ねた。
「ここって、そっちの斡旋もしてるの?」
「……あなたに必要があるとは思えませんが」
若主人はわざとなのか、微妙にずらした応えを返した。わたしは責めてるわけじゃないと肩を竦めてみせた。
どんな場所にも必要とされる職業なんだし――なにしろ、もっとも歴史が古いらしい――、それを本人達が自ら選んだのなら他人が口出す事じゃない。ただ、やはり重労働だし色々と微妙な問題が発生するわけで……。わたしはラッキーのように治癒術は使えないけれど、雇い主には言いにくいような事にも対処できる。だから、何かあったら声をかけてと言いたかったのだ。

そんな話をしているうちに、バーナード達が帰ってきた。やけに強行軍だったようで、みんな薄汚れている。念のために探知魔法をかけてみたが、単なる思い過ごしだった。良かった。でもウィーリーのレザーが光ったから、一応収穫があったらしい。
これでフィルシムに行けるかな。そう思って、バーナードに明日話をしたいんですが、というと嫌な顔をされた。何故。疲れているせいか?別にベルモートみたいに纏わり付いて長話したわけじゃないんだけど……。
相変わらずテンション高いジャロスが「いつもあんなものだ」と教えてくれた。この前のセイ君と話していた時の方が普通じゃなかったらしい。……実は女嫌いの隠れホモ?

レイとジャロスがパーティの方針を打ち出す役だというので、彼らに今の現状を説明し、しばらく村に常駐して欲しいと頼んだ。二人とも、ほぼ確実に引き受けてくれると太鼓判を押してくれた。明日は樵とピクニックの予定だったが、そこから引き受けてくれるというので、ほっと一安心。早速村長とヘルモーク氏に連絡に行った。

最初は渋っていた村長も、他に適当なパーティがいない――なにしろ、この一ヶ月の間に来た連中は「駆け出し」、「馬鹿」、「勘違い」と役立たずばかりだ――ので、渋々了承してくれた。おまけに一月前からは想像もつかないほど親身になってくれた。行き帰りの食料と滞在中の日当まで出して、名残惜しそうな顔をした。やけに気弱なんだけど、まさかお迎えが近いとかじゃないでしょうね。
 
1/26
早朝。しばらく積みにこれないので、いつもより多く積んでみた。この塚を早く叩き潰せる日が来るといい。

バーナード達に後はよろしくと挨拶をし、村の住人達から「強くなって帰ってこい」などと声援を送られ出発。虎さん達は付添い人がいないにもかかわらず、快く二日分の道程を走ってくれた。一度この速さに慣れてしまうと、もう馬には乗れない。虎に乗っている間は、モンスターに襲われないのが非常に嬉しい。
 
1/27
夕方、ツェーレン達の隊商の馬車が放置されているのを見つけた。一番あたってほしくない予想が現実になった。ハイブの襲撃、しかも待ち伏せだ。距離的に例のコアから離れ過ぎている事を考えると、第二のコアがある可能性が高い。
全員の荷物が残されている事もあり、生き残ったものは皆無らしい。食糧が根こそぎ、さらに馬まで姿を消している。暗澹たる空気のまま、少し離れた場所に野営を組んだ。

ツェーレンは大分心残りがあったらしい。当直している時に、わざわざ現れて一緒に酒を飲んだ。これが最後かと思うと、却って何も言えなかった。
みんなの遺品はちゃんと届けてあげるから安心して。今度来るときまで、しばらくこの酒でも飲んでいてね。
 
1/28
背中の荷物が重い。
 
1/29
ドルトン達と会った。ハイブの襲撃の事をセロ村に伝えてくれるよう頼む。珍しく人の話を聞いた。
ジェイ・リードは生きているらしい。が、素直にその事を喜べない。
 
1/30
最近モンスターが襲ってこない。姿を現すだけですぐにどこかへ行ってしまう。ツェーレン達が守ってくれているのかも。
 
2/1
強壮剤を使って強行軍開始。
ワイバーンが顔を出しただけで何事もなく野営。
しかし、その場所に戦闘の跡があるという。フィルシム方面から来たパーティが野営準備中に不意を打たれたらしい。襲ったのはかなり実力のある魔術師、盗賊、戦士を含む連中だと推測された。
それって、やられたのはセロ村派遣パーティじゃないの。わざわざ偽装工作までしているという事は、襲った事実を知られたくなかった。つまり、神殿内部の情報がユートピア教に漏れているという事――。

夜中、ユニコーンがやってきた。ジーさんがいるせいかな。すぐ側まで歩いて来た。久しぶりに綺麗なものを見た。
 
2/2
川岸に倒れている少年を拾った。彼のせいではないが、やめておけばよかったと思う。一瞬、ジーさんの言うとおり始末して川に流してもいいかなという気がした。――彼が、薄ら寒くなるほど坊ちゃんにそっくりだったので。

彼、カインは例のユートピア教の手に引っ掛かった一人だった。その耳障りな声と口調を差し引いても、彼の情報には価値があった。近くに別のハイブコアあるとわかったからだ。
仲間を目の前で失った彼には申し訳ないが、どうも坊ちゃんを見ているようで気持ちが悪い。自然と対応がつっけんどんになってしまう。
わたしの中には、あの時から溜め込み続けた様々な感情の塊がある。それはわざと昇華も放出もさせずにおいていたのに。それが、この生き写しな戦士のせいで外へ零れてしまいそうになる。
やめてよ。まだ何も始まっていないのに。

へろへろになったラッキーと体力が回復してないカインを鬱な戦士二人組が担いだ。この状態では強行軍を続けることもできず、フィルシムに着いたのは、すっかり日が暮れた頃だった。
なぜか門の前には、夜目にも目立つ10'ソードを担いだ女性が立っていた。そして当然のようにセイ君に剣術指南を申し出た。どういう経緯でここにいるのかは知らないが、スカルシ村やショーテスまで行く手間が省けたのは良かった。

ラッキーの申し出を受け、パシエンスに転がり込む。何故か余計なおまけも一緒についてくる。先からの素振りを見るに、どうも死んだ仲間の中にラッキーとそっくりなのがいたらしい。ああいう目を向けられてラッキーが耐えられるかどうか。ある意味、ここで別れて良かったのかもしれない。

ロッツ君にいくつかの頼み事をし、フィルシム神殿に行き大司祭――本当は大司祭代理だが――に面会を乞う。大分夜も遅いが事は一刻を争う。以前貰った親書が身元確認をしてくれた。下手に人を介さず直接会ってくれたのは大変助かる。本来ならわたしのような名も無きクダヒの一神官ごとき、部下に話を振られても仕方がないところだ。
やはり例の襲撃事件はセロ村派遣パーティだったらしい。さらに新しいコアの話は初耳だという。どうも先手を打たれ続けている感がある。やはり神殿内部に手の者が入り込んでいるのか。とにかく近所のコアには騎士団を派遣してくれる事になった。
ガラナーク、クダヒへの連絡文書と坊ちゃんの手紙を預けたところで、セロ村が陸の孤島だという事を再確認した。大司祭が差し出した一枚の羊皮紙には――

* ---------------------------------------------------------------- *

○ショーテス独立宣言
ショートランド歴460年1月15日夕刻。ガラナーク王国領ショーテスの領主マリス・エイストは、突如独立を宣言。ショーテス王国を復国させた。
ことの真相を確認するためにガラナーク王国は、サーランドに駐屯する青色騎士団を中心とする王国軍を派遣するが、ショーテス王国との領土の境に、魔法による謎の『カーテン』がしかれているため、内部の様子は分からなかった。
ガラナーク王国軍の精鋭斥候部隊が侵入を試みるも、未だ行方不明。この『カーテン』は、SL431年のショーテス侵攻時に見られたモノときわめて類似しており、ガラナーク王国は、当時の教訓(三国初の連合軍1万人の軍勢が一瞬のうちに失われた)をもとに『カーテン』の究明と除去に全力を注いでいる。


* ---------------------------------------------------------------- *

つまり、「月の魔力」現象はこのためだった。坊ちゃんの並外れた知覚が捉えた通り、引き出された魔力はショーテスへと注ぎ込まれたのだろう。
それにしてもみんな好き勝手にやっている。別に領主だの何だのに期待しているわけじゃないけれど、あまりに視野が狭くない? 自分のところが生き残れればいいという動機は理解できても、何かが違うと頭のどこかが頻りに囀る。
更に大司祭はこの背後関係について説明をしてくれた。よくわからない部分もあったが、つまり4大精霊が復活し、それと契約を結んだ連中が最近の騒動を引き起こしているという。カノカンナは水の王、ショーテスは地の王、というように。すると対抗勢力が風の王、火の王の元へ向かうんじゃなかろうか。両方とも東側にいるみたいだから、ラストン地方はそのうち三分割されるかもしれない。
群雄割拠の時代。歴史に逆行してるわね。

ロッツ君がギルドから戻ってきて同じような話をしてくれた。彼にはこれまでの依頼と併せて、更に動いて貰うわけだけれど……気を付けないといけない。そろそろ連中の反撃が来る頃合いだ。宿を移した方がいいかもしれない。
 
2/3
朝、カインとアルトを連れて神殿へ。しばらく待たされた後、書記官を連れた大司祭が現れた。今度来る時は早朝か深夜にしてくれと言われたが、それは昨日の段階で言っておいて欲しかった。無駄な時間を過ごしたじゃないの。
とにかくカインの供述を元に騎士団の派遣を約束された。まずは一安心か。
今後の事もあるので渡りをつける際に、腹心の部下を教えて欲しいと頼んだが無駄だった。信用できる者が名指しできないらしい。
駄目じゃん。

アルトと一緒にツェーレン達の遺品を配り歩く。ロビーの婚約者が隊商ギルドの前に立っているのを見た時は、さすがに少々気力が萎えた。人の死にばかり接していても、やはり慣れることはできない。特に、その人を悼む誰かを目の当たりにするというのは。
かける言葉もなく、門前まで送った。

ツェーレンも天涯孤独で遺品の引き取り手はないらしい。彼らしいけれど、それはそれで寂しい事だ。まあいい。あの場所を通るときは、わたしが一緒に酒をつき合うから。

村長の手紙も送ってしまい、午後も大分遅かったので修道院に戻る。
しかし、本当にアルトはおろおろするだけだった。なんというか、昔ミリーが餌をやっていたノラの子犬にそっくりなんだな。叱られて耳を垂れたところとか、下から見上げる湿った鼻面の感じとか、かまって欲しそうにうろうろ纏わり付く様子とか。
あの犬のように、「チビ」と呼んだら、やっぱり困った顔をするのだろうか。

戻ってすぐ、ロッツ君が頼んでいた調査報告を持って現れた。シーフギルドに司直の手が入ったらしいというので、これからまた様子を見に戻るらしい。出先機関を潰された以上、この場所はやはり危険だ。ロッツ君も同意見だったので、青龍亭へ移動する事にした。セイ君がまだだったので、戻り次第移ることにする。ロッツ君は直接宿へ行くように言っておいた。
ほんとによく働く子だ。さすがはトール、いい人材を紹介してくれたものだわね。持つべき者は友達、かな。
* ---------------------------------------------------------------- *

ロッツ君の調査報告1「ルギア・ドレイク」の行方
フィルシムでの依頼(ハイブコア殲滅)をこなした後、一人でどこかへ旅だってしまった。その理由として、当時の冒険者仲間と仲違いをしたのではといわれているが、よりハイブを多く倒せる場所に移ったのでは、とも言われている。
その後の足取りについては、現在ラストン王国主体の『第三次ハイブ討伐隊』メンバーにその名を見ることが出来るが、ラストン王国崩壊後、詳しい行方は不明である。
なお、ルギアの長子アーベル・ドレイクも一年ほど前にこのフィルシムを訪れている。当時、貧民街を中心に話題となっていた『ユートピア教団』の足取りをつかむ依頼を受け、仲間と共に行方不明となっている。現在の教団の台頭を見るにこの依頼は失敗したものだと思われる。

* ---------------------------------------------------------------- *


移動の前にラッキーに挨拶しようと思ったが、お籠もり中で会えず。その代わりに、前から話に聞いていたサラと話をした。セイ君の親父さんと一緒にセロ村に立ち寄った事があるとは聞いていたけれど――さすがに村の事には詳しかった。それによると、リールはやはりそっちの役目を負わされていたらしい。驚くことはない。どこの村や町だって、弱い者は底辺で生きるしかない。
ただ、今はそういう事はしていないように見受けられたのだけれど。
なんにせよ、ジールという娘についてはガギーソンに訊けばいいわね。

セイ君が帰ってきたので一同を集めてこれまでの情報を流した。ついでに、連中との軋轢による無駄な犠牲を出さないよう宿を移す旨も伝える。皆に異存などは全く無いようだった。
しかしこの子達、こんなに素直でいいのかな。わたしのお膳立てを疑う様子が全くない。悪い人にあっさり騙されて、さんざん悪行の片棒担がされたあげく、罪をなすりつけられて指名手配、とか簡単に陥りそうだ。
セイ君だけ脇へ呼んでロッツ君の知らせを伝えると、さすがに辛そうな顔をした。その顔を横目で見ながら思う。
――敵になっていないといいね。


「おー? ヴァーイじゃないか」
青龍亭に足を踏み入れた途端かけられた声に、わたしは思わず振り返った。
「トール?!」
クダヒにいるはずの友人が、「よぉ」と言いながらひらひらと手を振っていた。わたしは一瞬で後ろの連中を忘れ去り、歓声をあげて彼を思いきり抱擁した。久しぶりに会えた喜びを込めて、ぎゅうっと首に抱きつく。ばしばしと肩を叩きながら、どうしてここにと言いかけたところで、更にもう一人の知り合いを見つけて驚いた。
「やだ、ルーじゃないの。お久しぶり」
神学校時代の同期でお堅い優等生だったルーウィンリーク――長ったらしい名前だったので皆は「ルー」と呼んでいた――だった。上のお覚えもよく成績もトップだった彼のこと、てっきりクダヒ神殿で内務をしているか、騎士団専任司祭にでもなっていると思っていたのだけれど。その姿はどう見ても冒険者だった。ガヴォもそうだったけれど、同期の連中はなかなか思いがけない道を歩んでいるらしい。
トールと組んでいるのかな、そう思ってよくよく見るとテーブルには他にも何人か座っていて、一目でパーティを組んでいる事がわかった。皆が遠慮のない好奇の視線を注いでくる。それへ軽く会釈し、トールに詳しい話を聞こうとした瞬間、突然耳元で叫ばれた。
「君がヨカナン・トルゥ=ヴァイオラか!」
「……は?」
顔を上げたその先に、強張った表情で赤くなったり青くなったりしている青年が一人。育ちの良さそうな二枚目風。何故か拳を握りしめ、ぶるぶると怒りに震えている。全く見覚えのない人物に、さっぱりわけのわからない怒りをぶつけられ、わたしは困惑した。
誰よこれ?と、目で問いかけると、トールはニヤニヤ笑い始めた。向かい側ではルーも人の悪い笑いを浮かべている。トールならいざ知らず、彼がこんな笑い方をするのを初めて見た。埒があかないので直接本人に訊いてみる。
「――それで、あなたはどちら様で?」
「僕は、君の婚約者だ!」
「はぁっ?!」
途端に、二人の友人達は爆笑した。

――十五分後。
宿代を支払って部屋をとり、荷物を置いてから再び彼らのテーブルに戻ったわたしは、我が両親の仕打ちを聞いて天井を仰いだ。煤によって黒光りした梁には大きな蜘蛛の巣がかかっていた。たまには掃除しなさいよ、と束の間現実逃避してみる。しかし、横顔に「元・婚約者」の苛立った視線を感じて、仕方なく彼に向き直った。
……本人の居ない間に勝手な事を。いくらなんでもそれは無いでしょ、お父さん。

彼、ガウアーはアベラード家の息子らしい。かの家は格は低いもののなかなかの資産家で、確かうちとも取引だか融資だかがあったはずだ。どっちが言い出したのかは知らないが――お世話になっている家の息子に、わたしのような娘を黙って押しつけるとは。
おそらく、最初はナルーシャに来た話だったに違いない。それが、もっと上を狙えるはずだと出し惜しみして、わたしを代わりに差し出したのだろう。婿養子の悲しさで、小心者のくせに変にがめつい父らしい。わたしに話すと絶対断ると思って勝手に話を進めたあげく、本人不在のせいで破談になるなんて、笑い話にもならない。
ガウアーは婚約破棄は自分がへっぽこなせいだと思っていたようだが――彼には恐くて訊けないが、まさか恋文の代筆なんてしていないでしょうね、お母さん――、下手に話が拗れていたらうちの家計に大打撃を与えていたかもしれない。……まったく、我が父ながら情けない。

まあ、いいわ。初めは突っかかって来たガウアーも、誤解が解けたらあっさり和解を受け入れてくれたし。イマイチ彼の考え方が理解できない――たかが婚約破棄程度で冒険者になるのは何故――ものの、友人としてやっていけそう。ルーやトールが仲良くしているから、間違いはないでしょう。
ギルドから戻ったロッツ君も交えて、わたし達は旧交を温めあった。しばらくぶりに会えたし、トールとはゆっくり過ごしたかったのだけれど、次の日には出発するというので早めに部屋へ戻った。残念。

部屋に落ち着いてから、クダヒの事を考える。キーロゥ達が孤児院を開くのには、かなり資金がいるはずだった。かなり先の話になるだろう。わたしは彼らの為に何ができるだろうか?
今はやらなければいけない事があるから無理だけれど、この一連のヤマが終わったら、ある程度の力を手に入れられるだろう。神殿内での地位、影響力のようなもの、王国内での信用度、上層部内の人脈――。それを活用して孤児院の後援として神殿の名を借り、定期的に里子・徒弟として孤児達を近隣の村やギルドに斡旋するシステムを作ってみたらどうだろう。
例えば農繁期はそれこそ人手が欲しいはずだから、子供といえど貴重な労働力になる。しばらく一緒に暮らしてみてそのまま家族の一員として迎え入れてくれれば万々歳。もし駄目でも、その子は農家の仕事を覚える事ができる。そうしていろんな技術を身につけていけば、将来身を立てるのにきっと役立つはずだ。
もちろんこれは受け入れ先の理解が必要だし、孤児院自体の信用が高くないと駄目だけれど――なにせ、裏町の子供達が大半だろうから。でも、やってみる価値はあるかもしれない。
 
2/4
朝、いきなりパーティメンバーが二人増えた。

ラッキーは古巣に戻った事で、ある程度心の平安を得ることができたらしい。決死の表情でぶるぶる震えながら、もう一度仲間にいれてくれと言う。少しだけ前向きになったようだ。しかし、他の連中は彼女の心の葛藤に全く気が付いていなかったのか、何を今さらという顔できょとんとしていた。
ほらね、悩むだけ無駄だったでしょ。声には出さずにそう声をかける。
お帰りラッキー。

さらに朝食の後カインが現れて、仲間に入れて欲しいと頭を下げた。ちょっと憂さも晴れたし、顔は気にくわないけれど彼の境遇には同情の余地があるから、わたし自身に否やはなかった。
が、問題はラッキー。せっかく立ち直りかけたのに、彼とうり二つなカインを側に置いてもいいものだろうか。ラッキーは気丈にも耐えていたが、後で反動が来るかもしれない。気を付けておこう。

本日より各々マスタリーに勤しむ。
当然ながら費用がかかるが、皆にそんな大金の持ち合わせはなかった。ジーさんが持っているジュエリーでこの場を凌ぐ事にはなったものの、彼らは一体どこから資金を調達するつもりだったのか。相変わらず現状認識が甘い。
ガウアーがタダで宝石鑑定してくれたので助かったが、これでほぼすっからかんになる事が確定した。しかも、ほぼ全員がジーさんに借金していることになる。こういう時のために神殿から資金を引き出す工作はしているものの、さすがに全員分を賄う事はできないしする気もない。ただでさえ暮らしにくいこの街での生活費を捻出しているのだ。後のことは自分の裁量で何とかしてほしい。
とはいえ、助言だけはしてやっても良かろうと思い、以前からロッツ君に頼んでいた闇スペルの取引ルートの他、キャントリップでのスパイス闇物資ルートの開拓を依頼する。少しでも金を稼いでおけというわたしの言葉に、ちびとセイ君は諾々と従った。

道場にジェイ・リードがいた。謎のワル系パーティに拾ってもらったらしい。更に態度が頑なになっていた。どう見ても、ちんぴら養成への道を突っ走っているとしか思えない。ツェーレン達や坊ちゃんに救って貰った事をプラスに活かせないのは残念だが、それが彼の選択ならば仕方ない。自ら信じるものを信じて向かってくるならそれでもいい。わたしはいつでも見捨てる用意がある。

ロッツ君は今日もギルドへ行って来た。そろそろ危ないのであんまり一人で行動するなと言っておいた。

* ---------------------------------------------------------------- *

ロッツ君の調査報告2「セロ村の歴史」
セロ村の発祥の詳しいところは判っていない。一番有力な説として、サーランド王国中期に、セフィロム・ハッシマーという女性のサーランド貴族が、自分の奴隷と共に移り住んできたのが始まりとされている。
この女性が、何故、当時辺境だったこの地に移り住んできたのかはっきりしたことは判らないが、多分あまり人には言えない研究をするためだったと思われる。しかしこの辺境の地は、住んでいくには過酷な地で程なくして貴族達は村を捨てて出ていってしまったと言われている。残された奴隷達は、能力奴隷を中心にまとまり、現在の村の形を作っていったとされている。
現在の領主は、代々領主を務めているローンウェル家の嫡子。彼を除いて彼の兄弟は全て冒険者になって命を落としている。かなりの晩婚でしかも政略結婚の意味合いが強かった。彼の妻は、10年前、38歳で病死。以後、後妻は娶っていない。冒険者嫌いなのはつとに有名。理由は兄弟の件だけではないようだが、詳細は不明。

* ---------------------------------------------------------------- *

夕方、食事をしているとエドウィナと名乗るシーフが現れた。いきなり兄を助けてくれと泣きついてくる。
あからさまに怪しい。
一応話をきくと、兄がユートピア教信徒の嫌疑をかけられて捕まったという。しかし、実際にはどこぞのお嬢様を誑し込んでいたはずなので、彼は無実であるとの事。わたしは物柔らかい笑みを浮かべて言った。
「心配するのはわかりますが、それは杞憂というものでしょう。捕らえたのが司直の者であるならば、まずは情報を得ようとするはずです。辺鄙な地方の村でもあるまいし、魔術師の一人や二人、いないはずもありません。彼らにかかればあっさり本当にあったことを探り出すに違いありません。ですから、あなたのお兄さんが無実なら、何も心配する必要はないと思いますよ。――むしろ、有罪だったときの方が心配ですね。教団の口封じがとんでくるでしょうから」
そしてエドウィナを見てにやりと笑い、
「ま、無実なら関係のない話ですね」
と彼女の反応を待った。
表面上はしおらしく、しかし悪意のこもった捨てぜりふを吐いて彼女は出ていった。思った通り、ユートピア教の手の者だったようだ。部屋の戸締まりを厳重にしておこう。

さて、次はどんな手を打ってくるやら。

 

 

▲ 幕間へ
▼ 第五回へ
■ 回廊へ

 

文責:柳田久緒