□ 第五回 「転機」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年 2/5
皆はそれぞれ金策を始めたようだ。
クダヒに先月分の活動費を請求した。

セイ君はサラさんの旦那から+1のノーマルソードを貸して貰ったらしい。太っ腹な。
ただ、ちょっと気になるのがその剣の名前。「セフィロム・バスター・コンプリート」……。セロ村の創始者の名前だよねぇ、セフィロムって。
どういう事?
 
2/6
夜はほぼ全員バイトでいない。が、何故かちびは道場へ行くのを止めた。彼なりにいろいろ考えて、魔術の修得を優先したらしい。
 
2/7
以前ガラナーク神殿に送った手紙の返事が返ってきた。
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親 書

 

 

親愛なる同志 ヨカナン・トルゥ=ヴァイオラ殿

 

この度の報告ご苦労であった。
今後の支援に関してだが、フィルシム国内のことであり、政治的な意味合いでもガラナーク神殿が積極的な関与をする事は大変難しい状況となっている。
 しかし、ハイブは女神エオリスに認められていない、全世界共通の敵であり、このショートランドから駆逐しなければならない存在である。
 同志が、貴国内のセロ村にあるハイブコアを駆逐し、世界平和に貢献することを期待する。
 同志の未来に女神エオリスの祝福があらんことを。

 

ガラナーク大神殿 大司教 フィッツ・G・トゥルシーズ

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同志の質問事項に対する返答を以下に記す。
解釈についてだが、神託の解釈は大変難しいモノであり、ガラナーク神殿は神託を受けた本人に解釈を委任してあった。

 


北の大地、深い森の中、前方には雪を被った山脈
見上げれば、降り始める、白き雪
翼をもがれた天使が、大空を飛ぶことを忘れ大地に横たわる

雪は全てを覆い隠す
深き森の北の端、魔導師達の夢の跡
いにしえより旅人達で賑わう村
深きところ、浅きところで人々の生業に寄生する
静かに、徐々に、しかし、確実に

心に光を持ちし者達
かの地で、真実を見付けるだろう
それが、正しき『道』?
それともまがいものの『道』?
それらを見る『眼』はきっとそなた達の中にある

 

 

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やはりガラナーク人は使えなかった。

道場から出ると、いきなりセイ君が夜のお姉さんと揉めていた。どこぞの奇特な方が、セイ君をおとこにしてあげようと骨をおったらしい。どうせユートピア教の陰謀だろうし、そんな怪しい申し出は断って正解だが、セイ君だけにこういう時の姫のあしらい方など期待するだけ無駄だった。
こういう人達を敵に回すと後々厄介なのにねー。仕方ないのでカインに誑かされているんだと言っておいた。彼女はなんとか宥められたが、実際のところ、セイ君はそういうのに全く興味がないのだろうか。一応本人の意思を確認したが――全部訓練で昇華されちゃっているというのは、男として少々問題があるような。それとも、やはり春じゃないと駄目な身体? ……うーん、どうだろう。微妙。
真面目な話、機会があったらいいを紹介してあげようか。さっきの彼女、セルレリアに頼んでもいい。

……などと悠長な事を考える間もなく、わたし達の部屋で彼女は殺されてしまった。第一発見者はセイ君。よくぞここまで仕組んでくれたものだ。
同時にカインの方でも呼び出しがあったという。更にわたしのところにもクダヒから召還命令が届いた。畳み掛けるように各個撃破とは、あまりに見え見えで力業すぎる。今回指揮を執っている奴は、実行力はあるものの頭は良くないらしい。洗練という言葉のカケラもなし。
とはいえ、この場はどうしようもないので、付き添いとして詰め所の仮眠室に腰を据える。皆には絶対に離ればなれになるなと言っておいた。

結局のところ、セイ君の嫌疑は晴らしようがなく、仕方ないのでパシエンスのサラさんにご足労願うことにした。セイ君は檻の中の熊状態だったので、明日まで大人しくしていられるかちょっと心配。
 
2/8
朝早くサラさんに事情を説明して詰め所まで来て貰った。死者との対話を試みてもらう為である。が、結果的にいうと何もわからなかった。旧友の息子に対する冤罪を晴らすためとはいえ、例の呪文はクダヒ標準価格表で9000GPはする。その事を知ってか知らずか、セイ君の顔は心なし青ざめていた。

こうなれば手っ取り早く保釈金を積むしかないか。仕方ないので――やりたくなかったのだが――大司祭に繋ぎをとった。
さすがというべきなのか、大司祭はすでに我々の事情をあらかた知っていた。なので、率直にクダヒに戻る気は無いので大司祭預かりにして欲しいと頼んだ。すると、どう解釈すべきか、彼も率直に理由を述べた上であっさり断られた。
とはいえ、どこぞの役立たずとは違い、裏での支援を確約してもらった。まあ、自分ところが荒らされているのだから当然といえば当然か。腹心の部下がいないらしいし、渡りに船だったことだろう。
活動資金として5000GP相当のジェム、対ハイブ用に虫除けのポーションが人数分。それに、最も重要なコミュニケーションスクロール。だだ漏れ情報防止と迅速な情報交換には最適だ。前にお願いしておいた事を覚えていてくれたらしい。私財から供出しているというのだから、なかなかに太っ腹な事だ。
そう思っていたら、突然カジャおじさんの名前が出てきて驚いた。うーん、さすがはおじさん。押さえるところは押さえている。
一体今どこで何をしているのやらさっぱりだけど。相変わらず優しいね。

これ以降、大司祭とは表向き繋がりを切るために軽く諍いを演じ、わたしは項垂れたまま書庫を目指した。どうせ今日はマスタリーを休んでいるし、前から調べようと思っていたハイブコアダンジョンの資料を漁りたかったのだ。
半日程度では、カートが近くまで入れる位置にあることぐらいしかわからなかった。それから、いずれもサーランド後期のモンスター研究に関係していたという事。詳しい地図はギルドで買うしかないかな。

皆でセイ君の保釈金を払いに詰め所へ行った。セイ君はかなりよれよれだった。ひとまず無事で何より。
どこから保釈金を融通したんだと聞かれたので、身売りしたと言っておいた。実際、似たようなものだろう。

夜は暇なのでちびに芸を仕込む事にする。
――しかし、道程は遠い。
 
2/9
ちびの手技は一進一退を繰り返している。というより、全然進歩しない。魔術師なんだから手先が器用でないと駄目なのでは?
 
2/10
スルフト村から返書が届いた。セロ村便は今のところ月一回だから、わたし達が届けることになるのか。そう思っていたら、なんと、ロビィの婚約者が跡を継ぐらしい。心情は理解できるものの、あんなお嬢さんがあの行程に耐えられるのか。しかも利益はかつかつ……。
ちょっと私情が入るけれど。ツェーレンに頼まれたことだし――皆には悪いが――格安で護衛を申し出てみるかな。どうせ行く方向一緒だもの。最初の時はお荷物だった事を考えると、収入がある分だけ段違いだという事で。食料は村長から貰った分があるから問題なし。
――たぶん、かなりおっとり育てられたお嬢様なのだろうから。最初の仕事で躓いて嫌になられては困るのだ。わたし達があのコアを潰すにはセロ村を拠点にする以外ない。だから、隊商が滞って村ががたがたになる事態は避けるべきだ。
わたしは隊商ギルドにエステラ嬢宛のメモを預けた。

ちびに頼んでおいたダンジョンの資料は、わたしの調べた内容と大して変わらなかった。やはりギルド内部で情報を買うしかないのか。しかしそれも何だかな。
 
2/11
夕方。メモを見たエステラ嬢が宿を訪ねて来た。隊商ギルドでわたし達がロビィ達と懇意にしていた事を聞いて、護衛を頼もうと思っていたという。もちろん、あの遺品を届けた経緯も関係しているようだ。
ドルトン達に隊商の引継ぎを承認してもらい次第、正式に護衛の依頼をしたいという事なので、他のみんなに話す都合上、後日改めて来訪をお願いした。

ロッツ君は最近よくボロクソになって帰ってくる。あんまりヤバイところへ行くなと言っておいたのに。ロッツ君に何かあったら、わたしは泣くよ。
 
2/12〜14
今のところ何事もなく過ぎる。
ちびに進歩は見られない。
 
2/15
エステラ嬢が現れた。正式に隊商の認可を受けたらしい。片道しか付き添えない事を了承してもらった上で、一人頭10GPの出血大サービス価格を提示した。さすがに彼女も驚いていたが、実はわたし自身も驚いている。
本当のところ、もう少し高くするつもりだったのだ。けれど、どうもこういう健気な人を見ると肩入れしたくなるんだなー。どん底から這い上がる人とか、失意の最中でも精一杯前を見ようとする人が好きだから。

 
2/16
昨夜は満月。ジーさんに今回は夢を見たか訊いてみた。なんだか受け答えが変だった。口調が妙にさばけている。どうやら夢で過去の記憶を垣間見て、少しだけ「自分」を思い出したらしい。断片的過ぎて説明できないと繰り返していたが、しばらく待ってみたら、やっぱり内容を話してくれた。
できる事なんて何もないけれど、口にする事ではっきり自覚する思いもある。だからどんどん話しなさい。
そう思っている事を知ったかのように、夢に出てきたジーさんに惚れているらしい――しかし自分は何とも思っていないんだ、という注釈が入った――同族の人相を説明された。見かけたら知らせてくれというので頷いた。
 
2/17
他の連中はこの日が道場最終日だった。
そういえば、ジェイ・リード達はいつの間にかいなくなっていた。
 
2/18
本日マスタリー終了。やれやれ、やっと終わった。
セイ君はサラさんの旦那に会いに行くというので、ハイブに縁があるという意味を聞いておいてと言おうとしたら、もういなかった。ま、ジーさん連れてのデートみたいなものだし、そんな話を振るのも野暮か。
あの二人は最近良い感じだけど、まさかセイ君が泡の人なのかな。うーん、それじゃあんまり出来過ぎだ。もし記憶が戻って別人だったらどうなるんだろう。気になる。
 
2/19
朝、目を覚ますとロッツ君がいなかった。何の役にも立たない書き置きが一枚。今日は隊商と一緒に出発する日だというのに、一体何を考えているの。まさか、変な事件に巻き込まれていないでしょうね。
とにかく、「必ず追いつく」というんだから仕方ない。わたし達は先行する事にした。

昔セロ村便を仕切っていただけあって、ミットルジュ爺さんの手綱さばきに迷いはない。あんまり役に立ちそうにない中年戦士を後ろに連れて、午前中何事もなく馬車は進んだ。
と、前方に人影が。こちらを待ちかまえているような立ち姿に、嫌な予感が走る。近づいてわかった。エドウィナとかいう例の盗賊だった。
ほとんど無意識のうちに、小さく探知呪文を唱えていた。どうもこの一件に関わって以来、最初にこれを唱えておくのが癖になっている。手札を伏せてくるユートピア教相手には、かなり有効な呪文なのだ。
やはりというべきか、彼女の足元に6体、向かって右の木の陰に一体反応がある。全員に聞こえるよう警告を発したら、彼女は何故か嫌な顔をした。何を今更。うちのパーティに術者が多いことくらい、事前情報で知っているだろうに。
久しぶりにユートピア教信徒と対話したせいか、ディライト兄弟の事を思いだした。彼らは訳の分からない理想論を振りかざしていたけれど、彼女もやっぱりうだうだと自らの信じる道を語り始めた。なぜ皆まともに相手をしているのだろう。この手の手合いは反論されればされるほど自己陶酔するから、話し合っても無駄なのに。
んー、でも彼女、ひょっとしたら……。いや、考えてもしょうがない。よしんば兄や修道院の事が本心だとしても、彼女は全部わかった上で行動しているのだ。わたし達が刈り取ってやる筋合いではないだろう。

連中は相変わらずアンデットを侍らすのが好きらしい。少し抵抗が強いトピが相手なので、ちょこちょこ地道にターンする。今回はそれほど危ない場面もなく、なんとかエドウィナを倒せた。途中変な剣が襲ってきたが、ちびがウェブで押さえ込んだ。なかなか戦闘指揮も的確だし、がんばって勉強した甲斐はあったみたいね。えらいえらい。
右手にいたゾンビはカインの元パーティリーダーだったらしい。という事は、非常に厄介な事態なのでは?前から思っていたけれど、ハイブ使いのような連中がいるのかもしれない。でなければ、強力な虫除け薬を使っているのか。
エドウィナとゾンビになった彼を埋葬し、出発した。エステラ嬢は素直に皆さん強いですねと言っていたが、わたし達がいたせいで戦闘になったんだよね……。まあ、いい。隊商に被害が出なくて良かった。ちなみに中年戦士は何もしなかった。

カインが坊ちゃんとは違う点を一つ発見した。エドウィナがしていたマジックリングをいきなり指に填めたのだ。馬鹿?
案の定、指から抜けなくなっていた。スペルストアリングだという事はわかったけれど。それって、井戸の深さを測る為に中へ飛び込むようなものでしょうが。

大司祭には事の顛末を報告しておいた。警備隊にはあちらから知らせてくれるだろう。暇があれば墓を掘り起こして呪文で情報を聞き出すぐらいしてくれると助かる。
 
2/20
カインが考え無しの報いを受ける。例の指輪から出たと思しい魔力剣が持ち主に襲いかかった。犠牲者がはっきりしている分、対処しやすい。対策を講じる間、後ろから蠅叩きの援護。普通の武器では効かないようだったが、ジーさんとセイ君でタコ殴りにしたら壊れた。ついでにセイ君のトゥーハンドも折れた。

今のでふと思った。もしかするとラルヴァン達を襲ったのって、エドウィナだったのかもしれない。

ロッツ君が無事に追いついてきた。念のため探知呪文を二重にかけてみたが異常なし。もっとも、薬系だったらひっかかんないけどね。シーフギルドの緊急招集だったらしいが、それならそれでもう少し書きようがあっただろうに。無駄に心配したじゃないの。
神殿と王宮から圧力がかかったのかな。とにかく、シーフギルドも面子と生き残りをかけてきたようだ。
 
2/21〜23
ツェーレンはまだわたし達を守っていてくれるらしい。
 
2/24
午後、例の現場に着いた。置き去りにされた馬車は、すでに傷みが目立ち始めている。エステラ嬢は気丈にも泣かなかったが、やはり辛そうな顔をした。
わたしもこの前の場所座り込み、用意してきた一本を向かいの草地に撒いた。いつもよりゆっくり酒樽を空けながら、森の暗闇に目を向ける。
一ヶ月ぶりねツェーレン。あのね、ジェイは助かっていたよ。良かったね。それに隊商はお嬢さんが跡を継いだの。ロビィの代わりに守ってあげてね。
 
2/25,26
順調そのもの。ツェーレンだけでなく、ロビィの加護もあるようだ。
 
2/27
懐かしきセロ村。一ヶ月離れていただけなのに、村はあきらかに様変わりしていた。どことは言えないけれど、匂い、が違った。
「村長が危篤だ」門を潜るなりスマックが言った。見るからに窶れた顔をして、急かすように村の奥を身振りで指し示す。
「あんた達が間に合って良かった。……すぐに村長のところへ行ってくれ」
とうとう来るべきものが来た。わたしは「巻物」が入ったツェーレンのバックパックを掴むと、ラッキーを連れて走り出した。
村長宅には村長の三人の子供達――昔飛び出したっきりの長男が戻ってきていた――と、キャスリーン婆さんがいた。挨拶もそこそこに、婆さんと二人で村長の寝室へ向かった。なにやらごちゃごちゃ言っていた外野(主に長男)は問答無用で締め出す。向こうからすれば、見知らぬ人間に自分の家で好き勝手されるのは業腹だろう。が、時間がないのであえて黙殺。念の為に鍵もかけた。
わたし達が入ってくると、村長は待っていたかのように目を開けた。その表情がほんの少し和らぐ。
この場に居る全員があまり時間がない事を知っていた。だから余計な前置きなしにスルフト村の返書をキャスリーン婆さんに渡し、村長が読み易いよう介添えしてもらった。内容に満足したのか、そのままわたしにも読むように促してくる。それでわたしもざっと目を通してみた。
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コルツォネート・カークランド村長より

 

ご依頼の件、喜んでお手伝いさせて頂きます。若い未婚の猟師を4名ばかりそちらの村に移民させるよう手配を取りました。後日受け取りに来るよう願います。
 礼については、お気になさらずに。移民する者は、性格面を含めて我らがスルフト村と貴セロ村の品位を落とさないであろう人物を選定いたしました。彼らが、貴セロ村に受け入れられ、以後セロ村の村民として生活していけることを切に願います。

 

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「彼らの送り迎えを頼みたい。お主らにしか頼めるものはおらぬ」
村長は震える手で脇の文箱から羊皮紙を取り出した。契約書は既に作成してあったらしい。必要経費以外の報酬は全くない。最初の契約も料金据え置きだから、ものすごく格安で扱き使われる事になる。しかし現状でわたし達以外、動けるものがいないのは確かだ。臨終の床で価格交渉などする気はない。
「結構です。お引き受けしましょう」
わたしは書類にサインした。

更に村長は何枚かの羊皮紙をこちらに寄越した。
「わしが死んだ後、後継者を定めるまで三年間、村は合議制とする。その為にフィルシムから管財人も呼び寄せた」
受け取った書類を確認しながらわたしは頷いた。要するに子供達の資質を、その三年の間に見定めようというわけだ。続けて村長は言った。
「その間、そなたにアドバイザーとして合議に参加してもらいたい」
――つまり。村内運営に関しては後継者候補の三人(ガルモート、ブリジッタ、ベルモート)、村の重鎮キャスリーン、樵組合のガットとヘイズ、猟師組合のベアード・ギルシェが話し合いで決める。雇われ管財人は資産に関しての意見は具申するが、運営そのものには関与しない。さらにアドバイザーが二人、わたしとヘルモーク氏が外部の意見調整役として参加する。三年後、村内で最も多くの支持を得た者が村長に選ばれるのだ。
ちなみに管財人には月500GP、アドバイザーには月100GP(ヘルモーク氏は金はいらないと断ったらしい。やっぱり)が支払われる。この村のどこにそんな金がと思ったら、村長の財産を切り崩したらしい。
「……頼めるか」
目の前には、サインを待つばかりの書類と、お迎えがそこまで来ている村長。
あの「巻物」を受け取って以来、泥沼に足を突っ込んだ自覚はある。こうなれば底まで行き着いて、そのまま裏まで突き抜けてやるわよ。
断られる気など毛頭無い村長の期待に添うべく、わたしは無言でペンを取った。

やるべき事を終えてほっとしたのか、村長はぐったりと寝台に身体を埋めた。もうお暇した方がいいだろうとキャスリーン婆さんを振り向いたところで、何故か村長は彼女に席を外させた。
もう最期だからか、それとも部外者への気安さからなのか。訥々と今までの子育てを振り返り、次期村長について胸の裡を語り始めた。
曰く――
次女ブリジッタ。今でもイチオシだが、旦那のバーナードの得体が知れない為不安が残る。
――あれだけはどうにも認められないと、長年の勘が囁くらしい。これは少々探りを入れるべきか。
次男ベルモート。どうにも頼りないが、その点積極的に害を為すことはありえない。助言者次第で伸びる可能性あり。
――それはつまりバックアップしろという事なのだろうか。しかし、あの年でそれっていうのもねぇ。
長男ガルモート。問題外。本人だけでなく、周りの連中、特にクレリックが危ない。しかし下手に拒否すると暴発のおそれあり。
――見ただけでそれはわかった。しかし周りがヤバイのは面倒くさいな。
言うだけ言うと村長は目を閉じた。気力を使い果たしたのに違いない。最後に一礼してわたしは静かに部屋を出た。
心残りが無くなったという事なのか、村長はその数時間後、息を引き取った。

翌日の村葬についての打ち合わせをした後、わたしはヘルモーク氏と共に離れへ戻った。毎回彼にご足労願っているが、(一応)中立の立場で忌憚ない意見を聞くには彼が一番だと思う。皆もすっかり信頼しているようだし。
スルフト村に若手猟師を迎えにいくことになったという話をしたら、カインが嫌な顔をした。勝手に契約を結んだ事が気にくわなかったらしい。他の連中からも、今ここを離れるのはマズイのではという声があがった。とはいえ、今現在この村にいるパーティの中で、まともにこの依頼を受けられるのはわたし達ぐらいだろう。そう言うと、古株メンバーは皆納得したように頷いた。が、新参者には全くその意味がわからなかったらしい。仕方ないよね、新参者だし。

ヘルモーク氏は珍しく自分から虎族の話をしてくれた。しかし、肝心な部分を伏せているらしく、族長が原因で村を出たとか、獣人族全体が困った状況にあるとかだけで、何のことやらサッパリだった。思わせぶりな事を言っておいて、核心に触れると「それはちょっと」の一点張り。話す気が無いなら黙っててよ。
おまけに「獣人族の問題を解決したら、村長の指名権は君のものだ」などと言う。結局、助力して欲しいの?

ジーさんが「審判」の話をして、「巻き込んでしまうかもしれない」などと殊勝な事を言う。何を今更。そもそもわたし達がここへ来たのは、いったい何の為だったと思っているのよ。坊ちゃんの神託に関わった以上、とっくの昔に当事者なの。
「神の眼」が見極める道が何なのかは知らない。でも、今まで辿ってきた道と同じように、これからも一緒に歩くつもりだとわたしは宣言した。当然皆も口々に同意する。
が、おまけでくっついてきた少年にはちんぷんかんぷんだったようだ。ちびもそこまでは話していなかったらしい。というワケでカインがキレた。
「俺には何が何だかさっぱりだ!最初からわかるように説明してくれよ!」
むくれて焦れたように床を叩いて叫ぶ。座っていなかったら地団駄を踏んだことだろう。
その時、やっと「彼」を認識できた。――ああ、カインだ。坊ちゃんじゃない。
子供じみた素振りで腕を振り回す彼を見ているうちに、ふと笑みが零れた。今度こそわたしの手が間に合いますように。
「まあまあ落ち着いて、ボーヤ。ちゃんと説明してあげるから」
わたしは最初の石を投じた。彼から応えは返ってくるだろうか。

 

 

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文責:柳田久緒