□ 第六回 「訣別」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年2/28
村葬に相応しい晴天。葬儀の朝は忙しなく行き交う村人の喧噪で賑やかなほどだった。昨日は村長の訃報を受けてシンと静まりかえっていたのが嘘のようだ。キャスリーン婆さんの頼みで、スコルの助祭を務める事になったから今日は一日忙しそうだ。念入りに身繕いを整えながら昨夜の事を思い返す。
いろいろと情報を教え合った後――対ユートピア用偽装工作の件と、ジーさんの「役割」、獣人族のことなど、なかなか実の詰まった話し合いだった――、霊廟のアンデット騒ぎのせいで引っ込んだ警備隊の頑固親父の家へ向かった。しかしすねて出てこなかったので、ツェット爺さんと酒を飲む事にした。が、爺さんもジールの行方は知らなかった。やはり途中でギルティに邪魔されたせいか。ガギーソンもたいした事は知らなかったし、あとはスピットに訊いてみるしかない。それでも駄目ならロッツ君に頼むしかないだろう。まあ、このくらいはタダで動いてあげないと。サラさんにはセイ君がお世話になった事だしね。
何事もなく葬儀は終わったが、スコルに頼んで本当に良かったのかなぁ。村長、ガラナーク式に葬られてるんだけど……。長男が相変わらず仕切っていて煩かった。
村人がいなくなった後に、出席していなかったスピットとレイビルが霊廟に詣でていた。いろいろ肩身の狭い思いをしていたらしい。

ジーさんがレイビルの家に押し入って、乱暴狼藉を働いた。どうやら家の中は人間にとっての縄張りだという事がわからなかったらしい。巣穴を荒らされたら嫌だろうと言うと、やっと納得してくれた。やれやれ。

夕方からは村全体で広場に集まっての精進落とし。ほぼ全員が出席しているし、やはりこれからの事を考えるなら、はっきりさせておかないと。わたしは候補者達に後を継ぐ意志があるかを確認した。
ガルモートは予想通り。やたらでっかい声でアピールしているので、上手い具合に周りの注意を引いてくれた。馬鹿と鋏は使いよう。
ベルモートは、何やら思うことがあったらしい。口調は相変わらずへろへろしていたが、はっきりと継ぐつもりがあると答えた。まあ、いいんじゃないの。
ブリジッタ、彼女はいまひとつ掴めない性格をしている。今回の件も、どっちの答えでも「らしい」という感じで、見極めがしにくい。結局、継ぐつもりだということはわかったが。
ついでにベアード・ギルシェやヘルモーク氏とも打ち合わせをしておいた。

真夜中にセイ君のもとへ魔剣が夜這いにきた。そのくせ触ったら逃げていった。何をしに来たの、一体。
 
2/29
早朝、坊ちゃん塚の帰り道、挙動不審なセイ君を発見。しばらく見ていたが、思い詰めた様子で菜の花を育て始めた。あんなに穢れるのを嫌がっていたくせに、いきなり小魔法3連発。菜種油でも採りたかったのだろうか。ラストン人の考える事はよくわからない。
さらにちびとセイ君が、獣人やら知られざる種族に連なる者らしいと発覚。まあ、ラストン人だし。どんな魔導実験やっていても不思議じゃないからねぇ。

昨日今日と、ラッキーに手伝わせて主な余所者達の性格を調べてみた。事前情報があった方がこの先の手を打ちやすいだろう。ついでに探知呪文でこの村を巡って、怪しいところがないか確かめておいた。
・バーナード(どっちつかず): スコル(体制寄り): レイ(優柔不断)
・ガルモート(都合が良ければ何でもする): カウリー(自らの意志を貫くためには血を見る事も辞さない): バグレス(中立)
・ダルヴァッシュ(体制寄り): アナスターシャ(天秤にかけて最も効率の良い策を採る)
スピットの後釜に入り込んだカウリーがこれでは、裏で何をするかわからない。ひとまずキャスリーン婆さんに釘を刺しておいた。
関係ないが、エリオットのパーティは、奴のみが魔法の武器に身を固めているのがわかった。さもありなん。ガルモート達は全員がかなりのアイテム持ち。きっと真っ当じゃない手段で手に入れた物もあるに違いない。

「巻物」から抜粋した無作為の一文は、魔法でも読めなかった。ちびには更なる努力を要求する。
 
2/30
エステラ嬢と共にフィルシムへ出発。今回は大所帯で、スピット、レイビル一家の他、エリオット達も同行する。危険度は下がるが鬱陶しい。
 
3/1〜3
新月期だったが何事もなし。途中、すれ違ったドルトン達が何やら嫌みを言っていた。弱い犬ほど良く吠える。
 
3/4
昼間、道の真ん中に男が一人立っていた。この情景はどこかで見たなーと思っていたら、追いはぎだった。しかも、狼人。獣人族の誇りも忘れ、人まね子犬かおのれら。虎族の勢力が衰えたからといって、わざわざスカルシからこっちへ出張るとは。やはり何かあるのかもしれない。
聖章付きの男の横にはダイアウルフ。昼だしライトというのもねぇ。だいたいこれ見よがしにあんなものぶら下げているからには、かなり高位の使い手だろう。直接突っ込んでも呪縛されて終わりになりそうで嫌だ。幸いエリオットが傲慢パワー全開で突っ込んでいったので、前は任せてディテクト。呪文の使い手が「盾」無しでふらふらするのは変だし、狼が単独行動をとるわけがない。どうせ囲まれているんだろう。――やっぱり。
面倒くさいことに、両脇からわいてきたダイアウルフには獣人が混ざっていた。魔法の武器に乏しいわたし達には嫌な相手だ。とはいえ、さすがに人数が多いだけあってたいした被害を受けることなく撃退した。リーダーは取り逃がしたが、絞め落としたやつが一人いる。厳重にふんじばって、捕虜。

気弱な下っ端だったので、暴れなくて楽だった。とっかかりとしては、ま、いいでしょう。
ヘルモーク氏はな〜んにも言わないけど、今現在起こっている事の一端に、かなりの割合で獣人族が関わっていると思う。それだけでなく、リムリスを信仰するからには「月」については詳しいはずだ。ジーさんの事もあるし、獣人特有の逸話や言い伝えが聞ければ何かの足しにはなるだろう。
「オレは下っ端で」というのをいなし――そんな下っ端で事足りるほど人間は襲いやすい相手なのか?――、いくつかの情報を手に入れた。それによると、現在スカルシ村に狼族はいないとのことだった。よくわからないが、ヘルモーク氏が言っていた「獣人族全体の問題」がここでも関係しているようだ。さらに「四聖宝」。そんなものがあるという事を、とりあえず心に留め置いた。
 
3/5
約束通り、下っ端狼を解放する。走り去る後ろ姿に、「次に遭ったらすぐ逃げろよ」と、皆口々に声をかけていた。彼がゆくゆくは種族間の架け橋になるか、それとも恨みを募らせた宿敵になるか、結構微妙な線だけれど。どうせなら仲良くしたいよねぇ。
 
3/6
眠い。
 
3/7
焚き火を囲んでいる時に、カインがレスタトの事を訊いてきた。あれだけ似てる似てる言われりゃ、気にもなるだろう。実際、わたしはヤツと双子の兄弟に違いないと思っている。あれはガラナークの人間だったし、不吉だと言って捨てられている可能性は高い。ジーさんも同意見だったので、一応素性は教えておいた。
それにしても、彼はあれに劣らず失言小僧だ。これは遺伝か。

(S)明日フィルシムに着くと連絡を入れた。
 
3/8
ラッキーは修道院に一泊。一緒にセイ君もくっついていく。このおばコンめ。
ジールの件はもう少し情報が集まってから話すことにした。
隊商ギルドに、明日クダヒへ出発する護衛の斡旋をしてもらった。スルフトまで2gp。急な上に途中下車だが、口利きしてくれるだけの信用を得られたようだ。良い事だ。

ラッキーの知り合いだったらしい魔術師が、おバカインの指輪の解呪と下取りをしてくれたらしい。ついでに子供達の出生の秘密を教えてくれたという。何なんだか、一体。
それによると、セイ君は半獣人でなく超魔力の強い片親を持っていて、ちびは知られざる種族ではなく邪悪な魔術師の転生体だとか。ホントかねー。なんでそんな事知ってるの?
ちびが邪悪な魔術師になったらわかるような指輪をくれたそうだけど、そんなものいつも見ているワケにはいかないでしょうが。ここは頑張ってちびに強くなってもらわないと。さすがに知っている人間を殺すのは嫌だものね。

このパーティ、ますます普通の人間が減っているような気がする。
 
3/9
昨日下取りした金でツーハンドソード+1を購入し、フィルシムを出発。ジーさんがパーティ資金を供出してきた。ちびに会計をまかせようと思っていたんだけどね。今となってはそれもできない。
 
3/10〜12
こっちの街道はやはり整備されている。
 
3/13
スルフト村に着いた。ここには四ヶ月ぶりかな。相変わらず賑やかな村だ。セロ村とは大違い。
少々遅くなって着いたせいで正門は閉まっていたが、通用門で入村手続き受ける。何故かそこからミリーぐらいの女の子が一人、町中を歩くような格好で現れた。途端に周りがざわついた。皆は面識があったらしい。話によると、面識、だけだったようだが。
なんにせよ、普通の人間とは思えないとジーさんが息巻くので、噂に聞いたミスティックかもしれないと言ったら、それはないと言われた。相変わらず変なことをたくさん知っている子だ。例のお義母さんは教育の仕方を間違っていると思う。知識に偏りがありすぎ。もっと常識とか一般教養を教えるべきだったんじゃないの。
すでに習い性になっている探知呪文をかけたら、不可視の魔法的存在が2体、彼女を守っていた。術の発動に気を悪くしたらしく、いきなり敵意が高まったので謝った。今度やる時は、あさっての方向を見て術をかける事にしよう。振り向いたらたまたま見えてしまったという事で。それなら仕方がないでしょう。

隊商と別れ、村一番の宿「百年紀」亭に向かう。せっかく公的な使者として来たのだし、久しぶりに良い宿を楽しみたい。受付で支配人を呼んで封書を見せると、何も言わずに最上階に通された。大変よろしい。風呂も食事も申し分なく、預けた手紙の返事には明日会見したいとあったので、今晩はゆっくりできた。
 
3/14
朝、食事に行こうとしたところで、向かいの扉からラッキーの偽物が現れた。噂に聞く、ボーヤの恋人ジェラルディンだった。
怪しい。タイミングが良すぎる。わたしはすぐさま魔法検知をかけた。が、何も引っ掛からず。魔法生物でも操られているわけでもなかったので、とりあえずボーヤと二人きりにしてあげた。しかし肝心のボーヤはいろいろあったせいか、かなり疑心暗鬼になっているようだ。イビル反応の有無まで確認しなければ気が済まないらしい。仕方ないので、廊下の向こうからかけてやった。反応無しの応答に、やっと緊張を解く。
――わかるけど、最も近しい人を疑わねばならないなんて、悲しいよねぇ。ましてや、その懸念が当たっていたのであれば。

彼女はユートピア教の手先となっていた。その事がばれた瞬間、お決まりの結末。

ジェラルディンの死は、ようやく積み上げた石塚を根底からひっくり返す事になるかもしれない。この最低な出会いは仕組まれていたのだろうか。現時点でのパーティ内テンションは地の底を這っている。
もう、なるようになれとしか言えない。これ以上の干渉は事を拗らす。わたしは各々の裁量に任せることにした。傷の舐めあいなんて不毛な真似は金輪際御免だから。そんな後ろ向きな事をしている暇なぞない。

事後処理の手配が終わってから村長のところへ出向いた。思うところがあるらしく、セイ君がついてくる。こういう席に顔を出すなんて珍しい。さすがに、この状況に居たたまれなかったのかもしれない。
村長の次男も同席し、移住予定の猟師達についての話を聞いた。セロ村にはもったいないほど粒の揃った若者達のようだ。このまますんなり戻れればいいのに。そう思った事が引き金になったとでもいうのか、更なる凶報が舞い込んだ。
新しいハイブコアが見つかったのだ。しかも、移住予定の猟師が襲われた。……わたしは眩暈を感じた。なぜ、こうもハイブに付き纏われる? ユートピア教と関わるつもりなどないのに、悉く道を塞いでくるのは一体何の符丁なのか。
――いい加減にしろと叫びたい。

カークランド村長は手近なわたし達に討伐依頼をかけてきた。裕福なだけに支援や報酬もそれなりにしてくれるらしい。他の連中と相談すると言ってその場は去ったが、十中八九受けることになるだろう。戦力的には少々厳しいが。
なにしろ、わたし達は一度負けている。ここで引いたら二度とハイブとは戦えなくなるだろう。できたばかりのコアなら雪辱戦には丁度良い。
ボーヤ達もこれで少し気が紛れると良いのだけれど。

 

 

▲ 第五回へ
▼ 幕間2へ
■ 回廊へ

 

文責:柳田久緒