□ 第三回 「冷たい雨」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年 1/16
午後。ヘルモーク氏には会えなかったことだし、別の場所でネタを仕入れる事にする。わたしは上の階の、とある扉をノックした。出てきたのは軟派戦士。スコルとレイに用があると告げると、大袈裟に残念がって見せた。ここまで型にはまったリアクションをされるといっそ清々しい。
「で、どっちがお好みだい?」と聞いてきたので、
「わたしは欲張りなのでお二人共」
と言って、流し目気味な笑いを向けてあげた。

いい天気だったので、川べりを散歩しながら二人に魔法的封印と呪いについて尋ねてみた。基礎的なこと以外、あまりはかばかしい返答は得られなかったけれど、こちらも一般論的に訊いているので仕方ないかな。まあ、話せば答えを返してくれる人達だとわかっただけでも良しとしましょうか。
結論としてジーさんはやはり獣人として魔力にあてられたみたいね。なにか対策を立てておかないと。

リールがまた不思議な歌を唱っていた。月の歌。スコルはリールの石塚に花を供えた。
(一体その花、どこから出したの。今は冬……)
その呟きが聞こえたらしく、「トムの店で買った」と答えが返ってきた。
いえ、だからね、そういう意味ではなく(なんだかセイ君との遣り取りのような……)。どこにそんなもの隠し持っていたのよ。というより、何で散歩へ行くのにわざわざ花を持ち歩いているの。そして、隣にはその事に何の疑問も持たずに、喜々として蘊蓄ウンチク垂れるレイ。
――あなた達、変。

長逗留が決まった時から考えていた住環境改善計画を実施。離れの10人部屋を改装。坊ちゃんの情報資金で買い揃えた什器は以下の通り。
ロープを張ってカーテンで仕切り、共用部、女性部、男性部と三つに分けた。長く居るのだし、これぐらいはしておかないと。一応年頃の男女なのだしね。(→ 間取り

その夜、満月からほんの少し欠けたものの、まだほぼ真円に近い月が今日も夜空に浮かび上がっていた。
冬なのに首筋に粘り着くようなじっとりとした汗が滲み出る……ような気がした。絶えず誰かに、いや何かに監視されているかのような感覚が精神をさいなむ。この不快な感覚は、はっきり言ってあまり出会いたくない感覚である。精神に引きずられるかのように肉体も普段より疲労感が増している。明日に備えて早めに寝た方が良さそうだ、などと思う。
どこかで狼の遠吠えが聞こえた……

そして月に狂った狼達が村を襲った。
東門防衛に駆けつけた時には、すでに樵一名の犠牲が出ていた。探知呪文をかけると、狼達もセイ君もジーさんも身体が魔力を帯びていた。さらに恐ろしいことに、月光自体が魔力を帯びて辺り一面光輝いていた。一生の不覚。わたしはしばらく目が見えなくなった。

教訓:満月の夜は遮光めかくししてからディテクト

なんとか狼は退治したものの、親切にも手を貸してくれたレイがいなければ際どいところだった。やれやれ、ほんと、何とかしないと。いつか全滅するかもしれない。
 
1/17 
今日は猟師の護衛だったはずだけれど、昨夜の襲撃を警戒してか、村長から村の夜警をするよう指示が出た。

ヘルモーク氏が朝の一杯をやりに現れた。氏の言うことには、狼の眷属共は元々スカルシ村が縄張りらしい。ジーさんの件で家までくっついて行く。当然だが、ジーさんが獣人の中でも特殊な位置にいることも、羽のことも知っていた。ついでに、ジーさんを助けた白い虎はやっぱりヘルモーク氏だった。
どういう風の吹き回しか、訊けば何でも答えてくれると、随分愛想が良かった。最初の頃とはえらい違い。が、今のところ余計な重荷をさらに増やす気はない。ジーさんの体調管理に関してだけ聞いておいた。
……正体を失うほどのジーさんのトラウマってなんだろう。

教えられた薬草を買いにラッキーとキャスリーン婆さんのところへ行く。満月を挟んで三日はこの薬のお世話になるらしい。新月は逆に鬱が入るようなので、注意した方がいいようだ。

何事もなく過ぎる。
 
1/18 
昨日に引き続き村での待機命令。今日は満潮でも大潮でもないから、月の魔力は無いはず。などと言ってみたところで、納得させられるはずもない。
今日はバーナード達の出発日。カーレンを婆さんに預けて遠出するらしい。自分の生家がある村で他人に子供を預けるんだから、いろいろ苦労が多くて大変だね。

昼過ぎに坊ちゃんが悪い知らせを運んできた。猟師組合の若いもんが三人ばかり、しびれを切らして森へ狩りに行ったらしい。さらに、それを止めようとしたダグ親父まで一緒について行ったという。何を馬鹿なことを。たった4人じゃ襲ってくださいといわんばかりじゃないの。ただでさえ猟師は単独行動が多くて危ないというのに。
仕方がないので坊ちゃんを連れてエリリアの家に行く。そう言ったら坊ちゃんは「誰?」という顔になった。エリリアのことを覚えてないらしいので、一応説明してあげた。我ながら最近親切。
親父達が向かった猟場を知っているのはおそらくジェイしかいないが、案内役を素直に引き受けるとは思えない。なにしろ、我々と彼との間には深くて暗い溝がある。だから、恋人のエリリアを動かして口添えしてもらうというわけ。
……しかしエリリアはジェイとデート中だった。

結局ぶーたれるジェイを押し切って、その日の午後遅く、わたしたちは一番近い猟場に向かった。結果はスカ。仕方ないので一度村に戻ることにする。
 
1/19 
村に戻ると、ツェーレン達の隊商が来ていた。懐かしい顔ぶれと挨拶を交わしていると、なぜかそこにロッツ君がいた。相変わらず、かっとばした子だった。なんでもシーフギルドに登録したとかで、こちらとしても渡りに船。パーティメンバーに参入決定。
さらに一緒にきたアルトという子供魔術師がおまけで加入。有望なパーティだとツェーレンに担がれたらしい。可哀相に。まあ、がんばって。

相変わらず不機嫌な顔のスチュアーから、以前神殿に出した報告書への返書を受け取った。嵩張る皮袋付き。ちょっと期待に胸を膨らませ、ざっと中身を読んだ。……正当な評価を受けるのって、嬉しい事ね。さらに思わぬ余録もついていて、わたしとしてはかなり気分がいい。
その晩は大いに飲み喰いし、近況報告をしつつ親好を深めた。

離れに戻る前に、酔いを醒ましがてら神殿からの親書を読み直した。

 


* ---------------------------------------------------------------- *

 

親 書

 

 

親愛なるヨカナン・トルゥ=ヴァイオラ殿

 

この度のセロ村での探索行、大儀である。そなたより受け取った信頼性の高い情報は、我々、フィルシム神殿にとって、大変有意義なものである。早速、王宮を動かし、ハイブコアの探索及び掃討、今回の事件を背後から操っているユートピア教の殲滅に全力を傾けるよう努力しよう。

今後の捜査の役に立てるよう以前の事件についての要約を伝える。

459年8月に起こったフィルシム内でのハイブ騒ぎは、街の中であったにもかかわらず、発見が遅れ、コアはかなりの規模になっていた。これは、初期にコアに対して駆け出しの冒険者が送り込まれ、コアの強化がはかられていたこと、コア自体がうち捨てられた迷宮内にあり、発見、殲滅に時間がかかったことがその理由として挙げられる。

結局この事件は、ラストンから流れて来たルギア・ドレイクと名乗る大魔術師(ネームレベル以上)を初めとするネームレベル直前の急造パーティが殲滅する事ができた。

しかし、この事件で我々がつかんだことは、冒険者を雇うことが出来る組織力と資金力を持つ組織でかつ、打ち捨てられた迷宮を探索、復元できるだけの技術力と能力を持っている、ということまでしか判らなかった。ラストンの陰謀説、ガラナークの陰謀説、カノカンナの陰謀説、又は自国内のテロ活動など、諸説出たがどれも決定的な証拠は出てこなかった。

今回その背後関係が判ったことが、最も重要なことである。そして同時に脅威でもある。ユートピア教を名乗る者達の台頭は、頭の痛い問題である。このような状況下において、邪教徒が勢力を伸ばすには絶好の機会とも言える。しかし、正直ここまでの組織力を持っているとは考えていなかった。

我々は、全力をもって邪教徒を排除しなければならない。当然人間にとって脅威となるハイブもである。このような事件は、フィルシムの周辺の村々でも起こっていることであろう。早速その調査に乗り出そうと思う。

それで、既にハイブコアがあることが判っているセロ村については、早々に前例に倣い、ネームレベルに近い冒険者を捜し、討伐に向かわせるように手配する。それまで、そなた達には、少々荷が重いかも知れぬが、ハイブコアの所在の調査、及び周辺のハイブの討伐を行ってもらいたい。又、村人に被害が出ないように注意してもらいたい。

以下にあげるものは、今回の調査費用及びもしもの時に使用して欲しい。そなたの仲間又は、セロ村の重要人物が被害にあった時、完全なハイブブルードになる前なら、治すことが出来る。

諸君らの健闘と安全を祈っている。

 

フィルシム神殿大司祭代理 レグレタヴル・ロウニリス

hse.gif

 

同封物

ガーネット(100gp相当)10個

スクロール「キュアディジーズ」

 

 

 

 

* ---------------------------------------------------------------- *
 
それにしても、セイ君の親父さんの足取りがここで掴めるとは思わなかった。ある意味タイミングが悪い。下手すると、親父さんを追ってフィルシムへ突っ走る可能性があるからだ。
もっとも、いままでのような自力調査ではたかが知れているし、そのことは彼もよくわかっているでしょう。わたしとしては、こちらに預けてくれるなら、神殿経由で調査依頼をかけてもいい。ここで戦士に抜けられるのは困るしね。
そう持ちかけたらセイ君はむすっとした顔で頼む、と言った。このところサワヤカだったせいで、元の表情が殊更無愛想に感じられる。……なんだか躁鬱病患者みたい。
 
1/20 
ジェイの案内で別の猟場へ行く。どうやらこちらがあたりだったみたい。野営の跡があった。
 
1/21 
とうとう戦闘で全滅した。


誰かがデスウィッシュを使った。たぶん馬鹿が死んだ。


ラッキーは逃げ延びたかどうかわからない。


 
1/22 
ラッキーを探しに森へ入る。錯乱していたがなんとか無事だった。
これで誰がデスウィッシュを使ったか確定した。あの馬鹿だ。

ツェーレン達一行が出発するというので、ガラナーク神殿とフィルシム神殿宛に手紙を頼む。ガラナークへはレスタトの暫定死亡報告を、フィルシムにはおおよそのコアの所在地確認と第一次任務終了報告。
……これでわたしとラッキーは任を解かれた事になる。わたしはともかく、ラッキーは神殿に戻った方がいいかもしれない。あの馬鹿のせいで、彼女の選択は全く意味のない、いや、むしろ卑陋ひろうなものへと貶められた。自らが信じるものを拠り所に立ち直れればいいが、それもこの状況では……。

夕方、ジェイが親父の事にショックを受けて出奔したらしい。悪いけど、とても面倒見切れない。
村長には村の現状を理解して貰った。しかしこの状況で何ができるというのか。

夜はとてもすぐに眠れず、ハイブ対策を遅くまで話し合う。
皆の顔は厳しい。
窓の外は雨。
 
1/23 
――明け方。
浅い眠りは二度ほど破られた。隣に寝ているはずの二人は思うところがあるらしく、ひっそりと部屋から出ていった。わたしも起き上がって身支度を整える。外はまだ薄暗く、身を切るような空気に元々ない眠気が全部吹き飛ぶ。
考え事をする時は、なぜだか川べりへと足が向いてしまう。暗い川面を見ながら、わたしはぺたりと座り込んだ。

*    *    *    *


村の入り口に座り込んでいたあの時。グリニードと言葉を交わし、自分が何処にいるかを知った時からずっと。頭の中でぐるぐる回っている言葉がある。


ふざけるな、馬鹿野郎。


……あの時、変わり果てたダグ達と戦っていた時。ただバラバラに漠然と戦うだけでは勝てないと知っていたにもかかわらず、わたしは何もしなかった。どこかでなんとかなると思っていた。でも、現実はそれほど甘くはない。そのツケが回ってきたのだ。
次々と倒れる皆を見捨てて逃げ出すのは、自らの矜持が許さない。そんな事をするぐらいなら、こんな契約を交わさずに、最初の時点で手を引いた。だから、ここで倒れるのは自業自得だ。連中を鍛えきれなかった自分の不手際であり、この事態を予測していたにもかかわらず、何の手だても講じなかったわたしの怠慢でもある。

だから仕方ないと、そう思った。せめて逃げられるものなら逃げて欲しいと、ラッキーに声をかけ……
以降の記憶はない。ただ、強い衝撃と凍り付くような熱さを感じた。
そして気がついたら、村の入り口に座り込んでいたのだ。

何が起こったかに思い至った時、わたしは目の前が真っ赤になるほど猛烈に腹がたった。
デスウィッシュ。自らの存在を以て祈願の履行を強要する行い。
どちらがやったのかは知らないが、――いや、おそらく十中八、九あの馬鹿だ――なんという事をしたのだ。なんという事を……!

*    *    *    *


不思議と、彼を悼む気持ちは湧いてこなかった。そして、身を挺して救ってくれたことへの感謝も無く。
ただあるのは、
自らの重荷を押しつけて逃げた事への憤りと
生きる事の意味を理解せずにそれを捧げてしまった彼への憐れみと
彼をそうあらしめた「家」と「神殿」に対する非難
そして、たったひとつの事でさえ教え込めなかった悔しさ――
それらが強い力で身の内から込み上げて来る。その度にわたしは歯を食いしばって、わめき出したい衝動をやり過ごした。ここで無駄に発散する気はなかった。これは目的を果たすための原動力なのだから。

リールのようにひとつひとつ石を積む。小さな塚がだんだん高くなるのを眺め、わたしは思った。こうして石を積むたびに、この感情を掻き立て直し、目標を見失わないようにすればいい。まずは強くなること。コアを潰し、セロ村からの行動半径を広げる。そして、あの神託の本当の意味を解き明かし、彼の代わりにその指し示す道を進む。
それが、あの馬鹿が死ぬことでかけた頸木ギアスから逃れる、ただ一つの方策だろう。ああ、本当に死んでからも厄介をかける子だ。

他の連中にも覚悟を決めて貰おう。セリフィアとGは少なくともコアを潰すまで一緒に来るはずだ。もっとも、Gは神託の事もあるから逃がすつもりはない。セリフィアは親父の件で釣ればしばらくは大丈夫だろう。
ラクリマは――やはり神殿に戻した方が良さそうだ。自分の意志でついてくるのでなければ、この先死ぬだけだ。選ぶのは彼女だけれど、一緒に行くならもう甘やかしてはいられない。
アルトとロッツは考えどころ。いきなりあんな場面に巻き込まれ、もう懲り懲りだと言ってもおかしくない。ただ、二人とも妙に律儀な性格だから、あの馬鹿に恩を受けたと素直に信じていることだろう。それならそれで、存分に働いて恩返ししてもらえばいい。

――いつのまにか朝日が川面に差し込んでいた。赤みを帯びた金色の光が揺れている。ずっと同じ格好で座っていた身体は、寒さのせいで立ち上がるとぎしぎしいった。軽く服の裾を叩き、足元の「坊ちゃん塚」に蹴りをいれる。
「見てなさいよ、すぐに任務達成してあげるから」
そうしたら、この塚をヴェスパーでぶっ潰して、とっととこの村から出ていくわね。世の中に神の意向を実現して名を残すのはわたし達。今更悔しがってもあんたが悪い。せいぜいそこで地団駄踏んでなさい。わたし達に自分の仕事を押しつけたんだから、文句は言えないでしょ。

わたしは一度深呼吸をしてからきびすを返した。今日からは忙しくなる。死者と話すのは全てが終わった後で良い。もう、彼らに時間は関係ないのだから。

 

 

▲ 第二回へ
▼ 幕間へ
■ 回廊へ

 

文責:柳田久緒