□ 第七回 「錯綜」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年3/14
夕食を恙なく終えて、明日の準備に入った。最初は3人共ついて来るという話だったが、庇いきれないだろうという結論に達した。それで、ガザラックのみ案内人として同行という事に。他の二人は不服そうだったが、こんなところで死なれても困るし、何より猟師を庇って全滅するのはもうコリゴリである。ジェイの時がいい例――いや悪い例か?――だ。
昼間にあんな事があった割にはみんな平静を保っている。後で反動が来ないといいけれど。

ラッキーが二ヶ月前の晩にあったことを羊皮紙に書いて告白してきた。……おかげで「ジャロス疑惑」が「ジャロスの梟飛ばし事件」になった。
これをどう見るべきか。短絡的にユートピア教連絡員だと考えてもいいのだが――なぜ口封じをしなかったのだろう。解せない。
 
3/15
早朝より出発。ガザラックの先導で、川を越え森の奥深くへと進む。彼らが襲われたという馬車のある辺りで、ふいにセイ君とジーさんが右を向いて止まった。ハイブの待ち伏せだった。二人は、ちらりとこちらを振り返り、身振りで「どうする?」と訊いてくる。どうやら向こうは気づいてないらしく、今なら先手を打てそうだった。後ろのボーヤもやる気十分だったので、わたしは頷いて祝福の呪文を唱えた。
いきなり駆けだした三人に驚いたのは村長の息子と猟師だけで、さすがに仲間達はすぐさま臨戦態勢へと移行した。こうしてみると、いつの間にかパーティとしての連携ができるようになっていたらしい。そんな場合ではないのだけれど、わたしはしみじみと感慨に耽ってしまった。――仲間っていいねぇ。
突撃部隊と後方からの援護が上手く噛み合ったようで、途中セイ君が囲まれたりもしたが、薬を使うまでもなく蹴散らす。リーダーが逃げたものの、まあ上出来でしょう。ハイブの首を落としている間に馬車を調べてみたけれど、さしたる手がかりもない。ただ、2台あるのが気にかかる。餌か巣の増強用に誰か連れてきていたのかもしれない。

とにかく「やっちまおう」と、マザーとマインドを引きずった跡を辿りさらに進んだ。猟師もロッツ君も追跡が得意なのか、さくさく奥へ進んでいく。さすがに本職は違うなー。でも、もうちょっと周りに気を配ってほしい。
ぴりっと何かが首の脇を通った。嫌な予感。木々の間を透かし見ると、背後から迫りくるハイブの姿。しかもその中には、哀れな猟師のなれの果てが。ボーヤも気づいていたらしく、目で問いかけてきた。ひとまずさっきの例に倣って周りの人間にこっそり教えようとしたのだが、今回は向こうの方が上手だった。一気に戦闘態勢に突入する。
さっきと違い、数も多いし距離もある。突撃部隊は虫除け薬を飲んだ。とにかくハイブ化した猟師は捕獲せねばなるまい。接近戦をやることも想定して、念のために防御呪文をかけておいた。が、あんまり意味がなかった。
ハイブは思ったより高位の呪文を駆使する。変な巨人が召還されるは、マジックミサイルで死にそうになるは、空間を飛び越えてくるは。あっと思ったときには遅かった。背後に回られて、振り向いた瞬間、振りかぶったハイブの腕が――。
このっっ、ただでやられると……!

…………。

木に囲まれた空を背景に、ちびがおろおろしていた。状況はすでに殲滅戦へと移行している。たいして援護もいらないようだ。わたしは力の入らない身体を引きずり、灌木の間に身を寄せた。気休めに回復魔法をかけたが、痛みのせいでうまく集中できない。それでもちょっと気分は良くなった。
んー、またやられちゃったのか。別に突っ込んでいったりするわけじゃないんだけど、なぜかわたしって攻撃されやすい……。こう何度も倒れるようじゃ、戦闘スタイルを見直すべきかも。少なくとも、ハイブとやる時には全員で薬を飲むべきでしょう。ばんばん魔法を使ってくるから、普段は守られている後衛もばりばり攻撃範囲内だものね。
考えている間にやるべきことを終え、皆が戻ってきた。首尾良くハイブ猟師も捕獲済みだ。なぜか木の上に鎮座ましましたマインドも射撃部隊の手によって沈黙。あとはコアの位置を確定してマザーを殺るのみ。マインドがいたからにはこの辺り――しかもここいらには窪地があったはずだと猟師が言う。やっぱり探知呪文は必須だよねぇ。いつも通り覚えておいて良かった良かった。
窪地を隠蔽していた魔法を剥ぎ取り、下の方でうぞうぞしているマザーに火炎瓶と矢の雨をおみまいした。

さすがにふらふらだったのでこの先で一泊。戦士連中は夜通し起きて夜直するという。体力の限界に挑戦する気なのだろうか。若いっていいね。
とにかくハイブコアを潰せたのだし、ひとつのヤマは越えた。今回の事でいろいろ学んだから、次はもう少し上手くやれるでしょう。パーティ内の士気も久々に上向き。
ボーヤもちょっとは気が済んだかな。
 
3/16
朝、目が覚めると同時にボーヤとセイ君が睡魔に負けた。前言撤回。若さってよくない。考え無し。
仕方がないので起きるまで待機。そういえば、昨夜はジーさんの夢見の日だ。わたしは何気なくきいた。「昨夜はどんな夢だった?」
……失敗。こっそり聞くべきだった。
つまり、
ロッツ君はなんだかつらい過去があって(よく分からないが、かいぐりかいぐりしておいた)
コーラリックはくよくよ悩んでいて(何処の村長家でも同じか)
ボーヤは女難・凶運・独善の星の元に生まれていたので捨てられ(ひっどい母親だなー)
セイ君の母親と弟はハイブに噛まれていて(あ゛あ゛〜〜〜)
ラッキーはクロム・ロンダートが「究極のクレリック」として作り上げた108番目の作品で(やっぱり……)
ちびはそのクロムが転生用に選んだ109番目の身体(じゃ、ラッキーとは姉弟にして父娘?)
………。
………。
………。
なんか、うちのメンバーに普通の人っていないの?

出生の秘密を知ってしまったラッキーは壊れ、ちびは混乱した。
ジーさんは「口は災いの元」という言葉の意味を知った。ちょっと使い方が違うような気もするが。
今度からやばそうな夢を見たら、本人には言わずにわたしに言えといっておいた。
妙に明るいラッキーとおろおろ度5割増しのちび、見るからに後ろめたそうなジーさんを連れて、わたし達は無事村に戻った。当然だが、寝ていた連中にこの事は話していない。

ジーさんは他にもいろいろ、あの変に訳知りなトーラファンとちびの師匠エクシヴ、行方知れずのハーヴェイに気違いクロムの四人組は昔ヤバイ組織で暴れていたとか、何とかいう魔術師の「娘」が親父の魔力と前鬼・後鬼を奪い取ったらしいなどとも言っていた。変に横の繋がりが見えて嫌な気分。偶然と言うには重なりすぎている。しかも前鬼と後鬼?あれがそうなのかなぁ……。

(S)ハイブコア殲滅の報告

大司祭は良い買い物をした。
 
3/17
村長の口利きでフィルシム行きの隊商に便乗。帰りも2gpで護衛。三人に減ってしまった猟師達を連れ、スルフト村を出発。ハイブ猟師は村で保護を受けることになった。家族もいる事だし、生きていればなんとかなる。がんばれ猟師。
出がけにクダヒ神殿への手紙を送る。ハイブ退治の腕を見込まれ、忙しくて戻れないと書いておいた。

途中の山道でディスプレッサービーストが現れたが、説得されて帰っていった。これぞフィルシム魂。話せばわかる。
 
3/18〜20
もしかすると、街道を進む限りツェーレンの加護が及ぶのかもしれない。
 
3/21
暗くなり始めた頃にフィルシム着。ラッキーがトーラファン邸経由で修道院へ行くのに付き添い。ちと面を拝んでおこう。ここまでいろいろ関わっているのなら挨拶せねば。ラッキーの話では温和そうな人だが、きっと酸いも甘いも噛みつくした狸じーさんに違いない。
――やっぱり。

いきなりトーラファンから「リーダー疑惑」をかけられる。
リーダー? そんな人いたっけか。少なくとも、うちのパーティにそんな上等な役職は無い。坊ちゃんは「代表者」だったし、わたしは「養い親」だもの(でなければ「小学校の先生」か)。金を握る者が前面に立つというだけの事。重荷の方が大きすぎてうま味がほとんどないんだなー。まあ、メイなんかは「女王様と下僕達」になるかもしれないけれどね。

互いに話があるという意見に達したので、一度ラッキーを送ってから戻る。ボーヤには遅くなるからと伝言し、先に宿へ帰らせた。
で、この前ジーさんから仕入れた話の真偽を確かめる事に。じーさん、かなりの話好きらしい。ノリノリなヘルモーク氏よりも喋る喋る。こんなにすらすら答えられると、情報操作されているんじゃないかと疑いたくなる。 その結果、夢の情報はほぼ裏が取れた。ついでに「虚無の杖ヌルスタッフ」がラストン王家の汚れ仕事専門裏組織だという事もわかった。ラストン人サイテー。
話している内にやっぱりこのパーティは裏で繋がっているんだと再認識。じーさんも同意見。さらに不穏な事を言った。わたしは誰かの身代わりとしてあの任務に就いた疑いがある、と。その結果、微妙に運命だか女神の織り糸だかの軌道がずれたんだそうな。
運命? 神の思し召し? わたしは鼻で笑った。巡り合わせは否定しないが、そこから先は自分達の選んだ道だからね。神殿でこんなこと言ったら破門されるけど――そこだけは譲れない。
どうせだから「獣人族の問題」に心当たりがないかも訊いてみる。案の定知っていた。女神を召喚したどこぞの馬鹿のせいで魔力が減って、子供が生まれなくなったらしい。おまけにこの間、ショーテスのカーテン作りで無茶したから、余計にダメージを食らったんだそうな。このままいくと、獣人達が総出で人間を潰しにくるかもしれないとか。困ったね。

ついでにと、ちびにやらせた宿題の切れ端を見せた。やはり二枚ないと文に虫食いができるようだ。なんらかの起動装置らしいが……もう絶対にこのじーさんは信用しない。所詮はラストン人か。勝手に人の心を覗くなんて、なんというスケベじーさんだ。もしまたこんな事したら、あのスタチューに恥ずかしい落書きをしてやる。

遅くなったのでクリスタルスタチューと一緒に帰ろうとしたら、皆が迎えに来た。うーん、まるで遅くまで働いていた親を迎えに来る子供のようだ。
宿に戻るとなぜかドルトンがいて、護衛を頼んできた。なんかあったらしい。こんなヤツでも使い道はあるので、パーティぐるみで片道100GP(食料付き――アシが出ると言うので、はちみつを預けて食費を捻出させる事にした。どうせうちのルートは潰されたし)という出血大サービスで引き受けてやった。情けは人の為ならず。
いっそのこと、はちみつ委託販売もするか?

 
3/22
朝、警備隊長のルブトンなんたらが顔を出して修道院が焼けた話をした。あ〜あ、とうとうやられたか。皆で駆けつけたその先には、見事に丸焼けになった建物と薄汚れた住人達&がきんちょ共の姿が。幸いに死者も怪我人もいなかったようだ。ここまで綺麗に焼いておいて死人を出さないのは、やはり心理作戦か。変に犠牲者を出すより、足枷をいっぱい作った方がダメージでかいものね。エドウィナをやった事への報復の意味もあるのかもしれない。まさかスルフトコアの件じゃないと思うけど。
ラッキーは疲労困憊して爆睡していた。後ろでなにやら見舞金の心配をしている連中がいるが、そんなもん焼け石に水でしょうが。何人いると思っているの。
まずは住まいの確保が先決。ということで、院長に入れ智恵。幸いトーラファンとは肝胆相照らす仲だったようで、すんなり落ち着き先が決まる。ここならラッキーも安心する……かな〜? 微妙なところなんだよねぇ。

ロッツ君からジール情報に新たな進展あり。なんでも場末のあいまい宿で客を取っているという。子供も一人いるらしい。明日会いに行ってみるかな。

 

 

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文責:柳田久緒