□ 第八回 「エイト・ナイト・カーニバル」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年3/23
午前中焼け跡の片付けを手伝った後、昼頃ロッツ君の案内でジールに会いに行く。うらぶれた貧民街の片隅の路地でぼんやりしている彼女を発見。娘はその横でなにやら一人遊び。今日は天気もいいことだし、まずはゆっくり話が出来るよう、近所の公園に引っ張り出す事にする。
まずは下町訛りでなるたけ軽く、
「あら、ジールじゃない久しぶり! ほら、わたしよ、ヴァイオラ!」
そして不審を感じる間もなく、
「やだ、忘れちゃったの? ほら、あそこの店で」
ロッツ君に聞いていた適当な酒場の名を出して警戒を解く。
「ホント久しぶりよね。あなたも元気みたいじゃない?」
にこにこしながら娘の頭を撫でつつ、畳み掛ける。
「最近どうしてたのよ。あの後ずっと見かけなかったから気になってねー。そうね、いい天気だし、ちょっと散歩でもしない? あっちの公園でさっき美味しそうな匂いがしてたわよ」
ジールは訝しげながらも術にはまった。クダヒでの経験が無駄ではなかった事を実感。
近所の屋台で串焼きと泡菓子を買って空き地の空箱の上に腰を下ろす。
ちょっと落ち着いたところで、ジールがまともに「理由」を尋ねてきた。最初は流そうとも思ったけれど、やはり真面目に応対するべきか。娘のアズを撫でつつ考える。
「わたしは……そう、あなたにとっての道しるべ、かな」
――今の生活という道が一本、修道院の下働きという道が一本、目の前にあります。どっちを選びますか。
ジールは賢くわたしという道しるべを選択した。

その日の夕方には新しい住まいに落ち着いた二人を見届け、わたしはとりあえずサラさんの依頼を果たしてほっとした。もっとも、彼女にはしばらくこの話をするつもりはないけれど。ジールも気持ちが落ち着くまでサラさんには会いたくないだろうしね。
宿に戻ると、なぜか泣きながら出ていくエステラ嬢とすれ違った。一体何があったのやら。複雑な表情をしたセイ君がどうやら元凶らしい。後で聞いてみよう。
ドルトンが来て明日の朝出発だというので、トーラファンところに行く。ラッキーに知らせなきゃいけないし、ジールの件で院長にお礼もしたい。ついでにトーラファンにクロム・ロンダートの嗜好の類を聞いておこうと思った。結果的には何も知らなかった。つまんないじーさんだ。

ちびの精神修養の一環として日記をつけさせる事にする。物心ついた時からいままでのこと、この先に思ったこと、感じたことを書いてみると、結構奴との違いがはっきりしてくるんじゃないかな。
そういうわけで、新しく冊子を作るようにちびに言ったら、何も聞き返さずにいい返事が戻ってきた。……なんというか、もうちょっとこう、ねぇ? いやいや、これがちびの持ち味なのかも。
 
3/24
いつもよりちょっと遅くの出発。ドルトン達はやけに大人数を連れていた。見るからに新人冒険者パーティとゴロツキが4人、いかにも官僚風が一人。例の執政官だろうと思って挨拶しておく。が、ゴロツキはフィルシムで募集をかけられた猟師だった。ガルモートめ勝手なことを。となると、例の新人は我々の後釜として呼ばれたのか。ふーん。
 
3/25
夜直時にキャリクロが襲ってきた。昔嫌ぁな目にあったせいか、こいつが近づくとすぐわかるようになった。早期発見したおかげでさっくり片づく。
新人パーティはとても新人で、ゴロツキはやはりごろつきだった。
 
3/26,27
セイ君は新人坊主達に懐かれている。男殺しめ。
 
3/28
夜、バブーン共の襲撃。ちゃっちゃと倒す。最近、敵襲警報に防犯ブザーが標準装備になった模様。
 
3/29
度重なる夜襲は、やはりツェーレンに御神酒を捧げていなかったせいに違いない。夜、フィルシムの酒を地に撒く。
 
3/30
呆れたことに道の真ん中に関所。狼族もとうとう頭がおかしくなったらしい。馬鹿め。ここまでする必要がどこにあるのか。そんな暇があるなら、とっとと魔力の回復手段でも探しに行くがいい。
守らねばならないものが多すぎるし、数が違いすぎる。今回は通行料を支払った。ガーウが隅っこでびくびくしていたので、今日は見逃してやると言っておいた。
 
4/1
今日は「夜日」。一日中真っ暗だ。みんなやけに大人しい。
この日がくればもう春だ。
 
4/2
村の入り口でリールがわざわざ待ちかまえていた。巫女としての勤めを果たす為だったらしい。いきなりメンバーの各人を名指し(したも同然)して、選択の道を進めと歌で言われた。これはもはや神託といってもいいのでは。
……とりあえずわたしの考えていることに賛同はしているらしい。道は間違っていないという事か。
疲れで倒れたリールはラッキー達にまかせ、ガサラック達を連れてドルトン達と村長宅へ向かった。ベルモートは相変わらず使いっぱだったが、フェリアがここにいない理由を喜々として教えてくれた。ガルモートってああいう女性が好みなんだ。へー。村の女性達にはその方がいいかも。
結局、例のフィルシム組エセ猟師達はガルモートが勝手に手配した連中だった。やっぱりというかなんというか。元々ガルモートの息がかかっている奴らかどうかはわからないけれど、このままいくと奴の手下として問題を起こしそう。どうするかな。ベアード・ギルシェも連中には頭が痛そうだった。なるたけ力になると言っておいた。
明日契約変更の件で話があると――クビにする気まんまんで――ガルモートが偉そうに言った。ビンタの痕が笑えたので許してやった。

樵亭に食事しにいくと、フェリアがいたので挨拶した。前から思っていたが、スカルシの人間は皆こんななのだろうか。まあ、まともな人間が一人でも欲しい時なので、ここに残ってくれるのは助かる。
女神亭に顔を出すとジャロスに川べりへ引っ張り出された。酒を飲みつつ近況を話し合う。ブリジッタとカーレンを残し、彼らはフィルシムへ行くらしい。これは二人を頼むという意味なのだろうか。一応気に留めておくことにする。何か珍しく自分たちの事をいろいろと話してくれた。ジャロスとスコルは昔から一緒にいたらしいとか、レイは最初に仲間(だったか、なるはずだったか?)の魔術師が死んだので補充に入ってきたとか。
……どうもわたしは疑り深くなっている。いま、ウィーリーの夢を思い出してしまった。
女神亭に戻ると、フィルシム土産に置いといた酒は空だった。連中に奢らせる。

新人パーティのシーフが行方不明に足を突っ込みかけているらしい。明日になっても戻ってこなかったら口を出すことにする。
それにしても……この村に入った直後、ちびが村長宅の地下を凝視していたのには驚いた。「奴」はそんなに力が強いのかと思うと、背筋が寒くなる。トーラファンの時の事もあるし、例の巻物に関わる話に触れてくるような時は、頭の中で何か違うことを考える癖をつける事にしよう。
 
4/3
シーフは戻ってこなかった。警備隊詰め所に訊いたら、前の晩、早い時間に外へ出てそのままだったという。新人達を外にだしていきなり二次遭難されてもこまるし、軽く食事前の運動ということで探しに行く。足跡追跡のためにガサラックを呼び出し、跡を辿ってもらう。その結果、しばらく先の川の中に入っていったことが判明。そこでいきなり通りすがりのシャドウに襲われたが退治。近くに死体も荒らされた跡もなかったのでとりあえず帰る。
前後の状況を見ると、チャーム系っぽくてちょっと嫌な感じだ。

村長宅に行くと予想通りクビだった。いろいろ交渉するのも無駄っぽいのでパスの件だけ訊いてみたが、やはり自前で払う事に。よくわからない理由で難癖つけてきたので、猟師歓迎会は太っ腹なあなたが自腹を切ったらどうですかと言っておいた。ほんとに頭悪い男だ。
とにかくタダメシ喰っていられる身分ではなくなったわけで、今後の暮らし方を見直す必要があった。今の離れはメシ無しで一日10GP。それぐらいならいっその事、借家を年契約で借りたらどうかと提案してみた。皆には相変わらず異存が無いようなので、キャスリーン婆さんのところへ行ってその旨を伝える。
川沿いの、一番村の端に丁度良いのが空いているというので、早速引っ越す事に。離れで使っている物を流用するとしても、雑貨類や食器の類も買わなければならないので結構出費が嵩んだ。今回の購入物品は以下の通り。
鍋と包丁はキャスリーン婆さんがお古をわけてくれた。
借家料は年150GP。月極入村パス(×6)180GPとあわせると、明日精算されてくる今までの護衛料が全部吹っ飛ぶ。尚かつアシも出る模様。これは貧乏解消の為にどっかのダンジョンに潜る必要がある。

ラストン人の手抜き用魔法で掃除を済ませ、家の中に什器を運び込むと、結構いい感じになった。裏に風呂桶と遮蔽用カーテンも設置したので、水さえ汲めばいつでも風呂に入れる。湯加減はラストン人の手抜き魔法でOK。 いち早く屋根裏に登ったジーさんがひょいと顔を出したので、「家」が出来たねと言ったら、嬉しそうに笑った。(→間取り俯瞰図

家から手紙が届いた。なんと、両親希望の星ナルーシャが、なんとかいう侯爵の次男と結婚するという。へー、へー、すごいじゃないの。とうとう大金星を引き当てたんだねー。ああ、良かった。これでもうワケのわかんない婚約話が降ってくることもない。
それにしても、侯爵ねぇ。一体どこでどうやってそんなお方の目に止まったのやら。いくらナルーシャが美人だといったって、所詮小役人の娘。よほど強力な後ろ盾だとか、影響力のある人からの後押しでもなければそうそう……。
わたしは部屋の奥でスクロールに走り書きした。返ってきた返事を見てもあまり驚きは感じなかった。そうだよね、やっぱりそう来るよね――ユートピア教。
 
4/4
いろいろ考えたが、ゴロツキーズはこちらに取り込んだ方が手がかからない気がする。4人で固めておくと悪さするかもしれないので、一人ずつ切り崩していきたいんだといったら、ジーさんは賛成してくれた。ちょうどラッキーが森へ薬草採りに行くというので、ピクニックのつもりで誘ってみるという。よしよし。日々成長しているようでわたしは嬉しい。
セイ君はフェリアさんと話をしたいというので一応付き添ったが、必要なかったみたい。これがあの無口で無愛想でとっつきにくかったセイ君かと思うと……いやー、人って変わるものなのね。ジーさんと一緒の部屋なのが、そんなに嬉しかったのかな。
明日はエイトナイトカーニバルまで出稼ぎへ行くことになった。一応空振りだった時のために、ヘルモーク氏に遺跡を見繕っておいてくれるように頼む。
 
4/5
朝出発。ロッツ君に覚えてもらった赤松を目指す。
 
4/6
御神酒のおかげで難なく着いた。
謎解きにあった文句に沿って、「最初に朝日を」拝むために今晩はここで野営。
 
4/7
ダンションの入り口はすんなり見つかった。朝日と共に岩が光ったので見に行く。上部に数字が刻み込まれ押せるようになっていた。古文書の謎解きを考えるまでもなく、「88」を押せばいいんだろうと皆が頷きあったその時――

ポチッ、とな。
瞬時にボーヤの姿が消えた。

やはりボーヤは坊ちゃんよりもおバカである。この「おバカイン」の行動は大変危険。ラッキーをひっ掴んですぐに後を追いかけて叱る。が、よくわかっていない模様。生きてここを出られたら、ちょいとシメておくことにする。

中央の部屋の魔法円に、8つの部屋に対応するキーアイテムを埋め込んでいくと、最後にアイテムが貰えるという構造のようだ。地水火風の属性がポイントらしい。
途中、妙に少女趣味なモンスターにチャームされ、ちびをどついたらスゴイ顔で睨まれた。操られたのは屈辱以外の何物でもないが、それよりもちびが覚醒し始めた事の方が気になる。しかもその後、わたしの方に絶対背を向けなくなった。
まずいな。
さらにその後の部屋で魔晶石に目の色変え、クロムが半分顔を出す。どうするのよ、この状態。このままいくと、奴が復活する日も近いんじゃないの?
 
4/8
実際には地下なので、今日かどうかよくわからない。
探知呪文があれば大抵のことは凌いでいけたが、変な管付きゴーレムにはさすがにちょっとばかり手こずった。いまいちスイッチの関連もわかんないし。まあそれも呪文を揃えてあたればなんとかなるでしょう。
今のところ、ちびの様子に変化はない。けれども油断はできない。このもやもやした不安を誤魔化すべく、そこらを飛んでいたアンデットをターンしまくって憂さ晴らしする。
 
4/9
準備万端でゴーレムを瞬殺。
最後の石を嵌め込み、クリア。幸い皆無事だったが、どのアイテム箱を選ぶかで長考。なんだっていいじゃないの、とにかく貰っておけば。
結局ラッキーが「水」のシンボルを選んで、ホーリーネスリングとヒーリングスタッフを手に入れた。大変素晴らしい。これで回復力はさらに倍増。
でも、やはり貧乏は解消されなかった。
迷宮を出ると昼過ぎだった。

夕方、おバカインをシメるため、薪拾いに呼び出す。一応反省はしているようなので、叱責ではなく諭しモードに切り替える。よさそうな枯れ木を拾いつつ、
「ボーヤは死にたがり屋さんだね」
どうせ何も言わないだろうと思ったら、やっぱり何も言わない。
「もうちょっと自分を大事にしなさいよ。ブタ箱でのセイ君にお説教したぐらいだから、戦士の仕事はちゃんと心得ているんでしょ。自分の身ぐらい自分で守んなさい」
反応はない。こういう時は坊ちゃんの方がやりやすかったな。今度は切り口を変えてみる。
「ボーヤはどう思っているか知らないけど、このパーティの仲間は君に何かあったら、きっと――」
と、言葉を切り遠くを眺める、フリをしてみた。
確かに皆ショックを受けるだろうけれど、それよりラッキーが回復不能になるのが怖い。でも本音を言う必要もないし、美しい誤解でもしてもらうとしましょうか。
「……だから、ああいう軽はずみな事は止めなさいね。頼むから」
「……一つだけ聞かせてもらいたい、ヴァイオラ。貴女にとって「奴」の死はどんな意味を持っている?」
おや、一応考える事は考えているのね。さすがに坊ちゃんの影は重いらしい。わたしは粗朶を縛りながら答えた。
「神官としての思いやりに溢れた回答と、そのものずばりだけど他人からはわかりにくい答え、どっちが聞きたい?」
真面目な顔で目の前に指を二本立てる。
「ちなみにどっちも、というのは無しね」
「あなたの本音が聞きたくて始めた話だ。……後者を聞かせて欲しい」
まあいいけど。
「聞いたからって何が変わるわけでもないんだけどね」
と肩を竦めてみせる。
「ずばり、呪い。全ての行動は、これを解くためにあるの。もうちょっと親切に言うならば――
どうしてもというので連帯責任者の判を押したら、いきなり多額の借金を残してトンズラされた状態、かな」
ボーヤはそれを聞いて「そうか」とだけ呟いて、野営地に戻り始めた。いいけどね、結局理解してくれたのかどうか、疑問。
 
4/10
夜になってセロ村に着いた。仮の宿りとはいえ、やはりホッとする。結局貧乏なままだし、明日にでもヘルモーク氏のところへ行くとしましょうか。何か良さそう物件があればいいのだけれどね。

 

 

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文責:柳田久緒