2月26日(土)


朝6時。


目覚まし時計が鳴る。


やがて追いかけるように角笛が鳴る。


弓場農場では、朝6時、昼12時、夜6時に角笛が鳴る。


これが食事の合図なのだ。



今日はマンゴーの収穫を手伝う。


指導をしてくれたのは小学6年生のライタ。


弓場農場では子供たちにも労働義務がある。


放課後と学校が休みである土曜日には子供たちも大人に混ざって働くのだ。



「黄色くなったのはとっていいから」


ライタは、どんどんとマンゴーを籠の中へと入れてゆく。


「これは、もう採って良い?」


始めは確認しながら、もぎとってゆく。



緑色をしていた固いマンゴーの果実は、やがて赤みを帯びながら大きく膨らむ。


現在は、どの木にも、がちょうの卵ほどもある赤いマンゴーがたわわに実っている。


その赤い色に黄色が混ざり始めたら熟してきた兆しなのだ。



お尻の部分から熟れ始めるので、ひとつひとつ手にとって確認してゆく。


触った瞬間に「もう我慢できません」と手の中に落ちてくるマンゴーもある。


だんだんと目が慣れてくる。


木を見て、「あれとあれは採れる」といったことが分かるようになる。


「カネコ、あれとって」


ライタが背が届かない所のマンゴーを指差す。



両手には軍手をはめている。


マンゴーの果汁が肌に付くと火傷のようにただれてしまうからだ。


左手で果実をもいで、右手に持った網に入れてゆく。


この網には、高い所に生ったマンゴーを採るために、長い棒が付いている。


マンゴーはずっしりと重い。


8個ほどのマンゴーを採ると、網が一杯になり、片手で持てないほどの重さになる。


それを足元に置いたプラスチックの籠に移してゆく。



「カネコ、お化け見たことある?」


「じゃあさ、UFOは?」


「ふーん、ライタも見たいなあ。カネコ、マンガは何が好き?」


「ドラゴンボールは知ってる?」


「犬夜叉は見たことある?」


仕事の手を止めてライタが話しかけてくる。


「子供の頃は、ドラえもんが好きだったなあ」


「ライタも好き。面白いよね。ドラえもん」



いつの間にか太陽が高い。


マンゴーの木の作る日陰が、瞬く間に無くなった。


収穫は午前中で終わった。


腹へった。



弓場農場では自給自足の生活を行っている。


米、味噌、しょう油、豆腐、納豆なども全て農場内で作られる。


ニワトリ、豚、牛も飼われている。


肉も卵も新鮮で安全だ。



今日の午後には豚を潰すそうだ。


見せてもらうことにした。



「やらないで済むなら、やるもんじゃないね。手に残った感覚は消えないよ」


一瞬で心臓が突かれた。


断末魔の叫び。


血の海が広がってゆく。


巨大な豚が、のた打ち回る。


約120秒。


動かなくなった。



湯気が立ちのぼる。


80度に保った熱湯をかけながら、体毛を剃り落としてゆく。


灰色をした針金のような毛が次々に削がれ、真っ白な肌が現れる。


微笑んでいるようにも見える表情で目が閉じられている。


血が抜かれ、爪が剥がされ、股関節が砕かれる。


下腹部から咽元までが開かれる。


心臓、腎臓、肝臓、膵臓、胃袋。


さっきまで動いていた内臓たち。


血に濡れてぬらぬらとしている。


生の気配が残っている。


首が切り落とされる。


開かれた体が背骨に沿って半分にされる。


あばら骨の周りには赤い筋肉。


その周りには数センチの厚さで白い皮下脂肪。


肉屋に並んでいるのと同じ、肉の固まりだ。







生きていた命が肉塊となった。


その日、生きていた命は、その夜、俺の血となり肉となった。


命は命をいただいて、その命を生きる。


命を命に変えてゆく以外の方法で生きることは出来ない。


生きようとする命の不思議さ。



おいしく食べること。


自分の生を生きること。


それが、いただいた命に対する感謝の現し方なのだと思う。