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ニューデリー駅の2階には外国人用チケット窓口がある。
英語も通じるし楽勝だなと思っていた。
甘かった。
階段を上がる所に係員然とした男がいて呼び止められる。
「ここの外国人用窓口は無くなったから、チケットは買えない」
「じゃあ、どこで買えばいいんだ」
男は通りの向こうを指さし「あそこにオフィスがある」と言う。
「あの建物の2階が外国人用窓口になった。そこで買ってくれ」
そうなのか、とりあえず行ってみる。
しかし、なんだか見るからに怪しい。
建物の前に着いた時、消えていた2階の電気がつき
男が慌てて階段を上がって行くのが見えた。
怪しい。悪徳旅行会社のようだ。
インドでは脅されて法外な金額のツアーを組まされる被害が後を絶たない。
建物から出てきた男に、しつこく誘われるが、駅に引き返す。
階段には、さっきと同じ男がいる。
「ここでは買えないぞ」
「いや、ここで買えると聞いた」
「じゃあ、上がってみろ」
駅の2階は薄暗く、チケットを売っているようには見えなかった。
本当に、ここはクローズされたのだろうか。
「あそこのオフィスにもう一度行ってみろ」
戻る訳にはいかない。明らかに悪徳旅行会社だ。
(後ほど見たガイドには、この辺りの旅行会社注意、と書かれていた)
しょうがないので一般窓口に行ってみる。
8カ所ほどの窓口があって、どこもインド人の長い列が出来ていた。
係員の対応もゆっくりで、いつ順番が回って来るのか分かったものじゃない。
案内もヒンズー語でしか書かれていない。
どこに並んでいいのかも分からない。
周りの人に聞いてみるが英語が通じない。
急に肩をつかまれた。
チケット売場から出ろと指示される。
ワイシャツにネクタイを締めた男が言う。
「外国人はここでは買えない。ここに入っちゃダメだ」
じゃあ、一体、どこで買えばいいんだ。
「ガイドブックを出してみろ」
しぶしぶガイドを出す。
男はデリー中心地の地図を指さす。
「外国人はここで買うのだ」
そこには、はっきりと政府観光局と書かれていた。
「ここはビックオフィスだし、全てコンピュータ管理で、今日もやっている」
そして、始めに教えられた怪しい建物を指さす。
「あそこは危ない。行かなくて良かった」
地図を指さし更に続ける。
「ここに行け。リキシャーで5ルピー(13円)だ。それ以上は払っちゃダメだ」
そうなのか。親切な奴じゃないか。
男はリキシャーを捕まえ
「ここに行ってあげてくれ。5ルピーで行けよ」と念をおしてくれた。
親切な奴だ。
「ありがとう!」
リキシャーが降ろしてくれた建物には
はっきりと「政府観光局」と書かれていた。
やっとチケットが買えそうだ。
ブースに通され、かっぷくのいい男と机をはさんで座る。
壁には写真がたくさん貼られている。
インド人と一緒に写った、にこやかな日本人の女の子の写真ばかりだ。
イヤな予感がする。
隣のブースでは、日本人の女の子二人組が笑い声を上げている。
「インドは何度目だ?いつ来た?何日間いるんだ?」
こちらに来てから、何度も聞かれたお決まりの質問をされる。
「バラナシへのチケットが欲しいんだけど」
男はこちらの話など耳に入ってないかのように
「アーグラーには行ったか?タージマハルは奇麗だぞ。
あそこに行かなきゃインドに来た意味がない」と続ける。
初めは相づちを打っていたが、何時になっても話が進まない。
男を無視してメモ帳を出す。
「TODAY,TRAIN,from
DELHI to BANARAS,2nd.SLEEPER」
はっきり書いたメモを見せて「このチケットが欲しい」と告げる。
男は分かったといった身振りで電話をかけ始めた。
ヒンズー語でしゃべっているので全く内容は分からない。
しばらく話して電話を切ると男は「チケットはない」と言い放った。
なにー!
「セカンド・クラスはいっぱいで5月1日まで空きがない。
今日の便だとファースト・クラスが少しだけある」と続けた。
5月1日までは待てない。
バラナシに行ったとしても、戻ってこれないではないか。
「ファースト・クラスの値段は?」
「ノータカイ、ノータカイ」
「だから、いくらなんだ」
「2990ルピー(64ドル)」
念のため料金表を見せてもらったが、そこにも、2990ルピーと書かれていた。
払えない金額ではないが、インドの物価を考えると、かなり高いように思えた。
「もっと安い席はないのか。ホントに2等寝台は、いっぱいなのか」
男はその後もアーグラーへのツアーをしつこく薦めてきた。
「いいアイデアがある。スペシャル・バスがある。
それに乗ってアーグラーに行く。ナイス・ツアーだ。
アーグラーからならバラナシへの二等寝台がとれる。
バラナシのいいホテルも紹介しよう」
絶対、ウソだ。
デリーからアーグラーは、それほど離れていない。
指定席ならともかく、デリーから空きのない寝台が
アーグラーで空くとは考えられない。
それとアーグラーへのツアーは悪徳ツアーの定番なのだ。
列車の話をすると話をはぐらかす。
こいつと話していても、らちがあかない。
「待て、待て」と言う声を無視して外に出る。
(後ほど日本人から聞いた話だと、「政府観光局」と書かれた
インチキの旅行会社が政府観光局の隣にあるそうだ。
バラナシまでのファーストクラスの正規の料金は26ドルだった)
もう一度、駅に戻ってみよう。
「政府観光局」から離れた所でリキシャーをひろう。
「ニューデリー駅まで。5ルピーで」
しばらく乗っているとリキシャーが停車した。
そこは確かに駅であったが、今朝行ったニューデリー駅ではなかった。
「違うじゃないか。ニューデリーに行きたいんだ」
「ここがニューデリーだ」
そんなハズは無い。こんな建物じゃない。全然、違う。
駅名を確かめようにも、ヒンズー語は読めないし
どこに書いてあるのかさえも分からない。
「ほんとにここが?」
何度も聞き直すが、答えは同じだ。
そうこうする間に、5,6人のリキシャーの男達が集まってきた。
「なんだ、なんだ」
「どうした、どうした」
「どこから来た?どこに行く?」
男達が次々と同時に話しかけてくる。
彼らに聞いても、ここはニューデリーらしい。
もう、訳が分からない。
「バラナシに行くチケットはどこで買えばいい?」
また、5,6人の男が、同時にしゃべり出した。
何を言ってるのか全く分からない。
「ちょっと黙ってくれ。話が聞き取れない。あんたが代表して話てくれ」
一番、しっかりしてそうな男に頼む。
他の男達には黙っていてもらう。
「バラナシへのチケットなら、ここで買える」
男はガイドの地図を見て、先程、行ってきた場所を指さした。
他の男達もうなずく。
「そこへは行った。でも、買えなかった」
「だったらITDCだ。ここでも買える」
地図にITDCと書かれた場所を指さす。他の男達もうなずく。
もう、誰を信用していいのか分からなくなった。
「ありがとう」
とりあえずリキシャーを降りた。
もう、陽はかなり高くなっていた。
汗がぼたぼた落ちる。
のどが渇く。
すごく疲れているのに気づく。
ちょっと休もう。
駅の売店で、冷えたドリンクを買う。
ホントにITDCに行けば買えるのだろうか。
また、別の男が話しかけてきた。
もう、話をするのも、めんどうくさい。
適当に相手をする。
彼もチケットを買うならITDCに行けと言って去っていった。
インド人にまざり、道に座り込む。
しばらく、休んでいると、少し元気が出てきた。
とにかく行ってみよう。
リキシャーを止めて、念のため
ITDCで列車のチケットが買えるか聞いてみた。
「もちろん」
陽気な男の返事に、こちらも元気が出てきた。
とにかく行くしかない。
しばらくリキシャーに乗って風をきり気持ちよく走った。
今度こそチケットが買えそうだ。
しかし、着いた途端にがっかりした。
ITDCは広い道から裏通りに入った、さびれた建物で
看板だけが、やけに新しかった。
リキシャーの男は「ここで待ってるから。料金は後でいい」と陽気に言った。
建物に入っていくと、また、写真が目についた。
日本人の女の子が観光地でインド人とはしゃいでいる写真。
ああ、やっぱり。
ここもダメだな。
ここでも列車の席はなく、アーグラーのツアーをしつこく薦められた。
バラナシに行きたいだけなんだ。
もう、いい加減にしてくれ。
帰ろうとすると、腕を強く掴まれた。
触るな!
カウンターを蹴飛ばす。
「ふざけるな!もう、おまえは信用できない。」
「ちょっと、待ってくれ」
男は哀願するような目つきになった。
「これを見ろ。
ここのオフィスは日本の有名な旅行会社H.I.Sと提携している。
これが契約書だ。見てくれ。信用できるだろ」
その契約書を見て笑ってしまった。
男が取り出してきたのは、単なるH.I.Sが個人旅行者に対して発行した
空港で航空券を受け取る為の引換証だった。
H.I.Sと大きく印刷された下に、聞いたこともない日本人の名前があった。
こんなの俺だって持ってる。
そんな物で騙される奴はいないって!
建物を出るとリキシャーの男はいなかった。
自分がどこにいるのか分からないが、とにかく歩き出す。
しばらく歩くと、クラクションが後ろから激しく聞こえた。
ITDCまで乗ってきたリキシャーだった。
「ひどいじゃないかよ」
「おまえがいなかったんだろ。じゃあニューデリーの駅まで頼むよ」
リキシャーに乗り込む。
運転手の態度は先程までの陽気で親切な様子とは明らかに変わっていた。
その冷たい豹変振りは怖いくらいだった。
いったい、どうなるんだろう。
しばらく行った所でリキシャーが停まる。
「着いたぞ」
「ここは駅じゃないだろ」
「ここでチケットが買える」
リキシャーは、ある店の前に停まった。
この店は見るからに怪しい。
全ての窓に黒い幕が張ってあり、怪しい太った男が店から出てくる。
「ここでチケットが買える」
ドライバーはリキシャーを降りてしまった。
「ふざけんな!」
リキシャーに一発蹴りをいれ、ドライバーの目をにらみつける。
「駅まで行けよ」
彼は、そっぽを向いてしまい「ここが駅だ」と言った。
分かった。もう、いいよ。
気持ちを抑えて、何処だか分からない道を歩き始める。
いったい、ここは何処なんだ。
暑い。暑すぎる。
昨日、空港に着いた時の43度より、明らかに暑い。
もう、リキシャーに乗るのはイヤだ。
でも、とにかく駅に行かなくちゃ。
働いている、まじめそうな人に道を聞いてみる。
説明してくれた道順は理解できなかったが、駅の方向は分かった。
なんとか歩いて行ける距離のようだ。
とにかく歩こう。
暑さと疲労で足どりは重くなる。
汗がぼたぼた落ちる。
このままで、チケットが手に入るのだろうか。
バラナシには、たどり着けるのだろうか。
ここは何処なんだろう。
地図と照らし合わせても、さっぱり分からない。
とにかく、教えてもらった方向に歩いていこう。
だんだん、道行く人の数が増えてきた。
30分程歩くと見たことのある場所に出た。
ニューデリー駅だ。
ふーっ。
もうお昼だ。
なんだかんだで半日が過ぎた。
もう一度、2階の外国人用カウンターに行ってみよう。
階段の所には、朝とは別の係員然としたインド人がいる。
男に行く手をさえぎられる。
まただ。
「今日は祭りなので、ここは休みだ」
もう、だまされない。
無視して階段を上がる。
  
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