インドでエアコンは、かなりの贅沢品。

            エアコンを完備している宿は、ほとんどない。

            ガイド・ブックで探してみる。

            ここから歩いて行けて、ガンジス河にも近い宿。

            「ガンガー・フジ・ホーム」にエアコンの部屋を見つける。

            一泊が400ルピー(1040円)

            今のドミトリーは一泊30ルピー(78円)

            すごい格差だが、お金を惜しんでる場合じゃない。

             とにかく出よう。


            もう陽は暮れ始めていた。


            街中に、ものすごい数の人間が蠢き

            まるで祭りの人混みを歩いているようである。

            車やリキシャーの流れも絶えない。

            耐え難い喧噪に、後戻りしそうになる。

            街中がホコリっぽく、息苦しい。


            ずっと寝てたのでバラナシの地理を全く把握してない。

            路地は思った以上に複雑に入り組んでいる。

            迷路のようだ。

            地図が役に立たない。

            物売りが、ずけずけと話しかけてくる。

            同じ道を、いつの間にか歩いている。

            排泄物とゴミの腐敗臭で吐きそうになる。


            道を聞きいてみるが行き着けない。

            「この道をまっすぐ2分」と言われ歩くと

            30秒もしないでにガンジス河に出てしまったりする。

            警察には声をかけた途端に「ノー!」と言われた。

            本当に、この国の警察はろくでもない。


            完全に日が暮れた。


            人々は、ますます活発に動き回る。

            クラクションが鳴り止まない。


            いったい、どこにあるんだ。


            だんだん意識が朦朧としてくる。

            気分が悪い。

            足どりが重い。

            ホコリまみれの空気。

            饐えた臭気。


            もう、だめだ。
            
            もう、これ以上は動けない。

            道端にしゃがみ込む。

            肩で息をする。

            動けない。


            どれくらい、じっとしていただろう。


            急に暗闇に包まれる。


            停電だ。

            完璧な闇だ。


            熱く濃厚な空気の中に

            ぎらぎらしたインド人の眼差しが見えるようだ。

            バラナシは危険な街である。

            夜間外出禁止の宿も多い。

            毎年、十数名の旅行者が行方不明になる。


            しばらくすると自家発電なのか

            所々に微かなランプが灯り始めた。

            立ち上がらないと。

            歩き出さないと。

            あと少し歩けば。


            今まで通ってない路地を、よたよたと進む。


            見つけた。

            「ガンガー・フジ」の看板だ。

            宿と同じ名前のレストランだった。

            停電のため、ロウソクを灯して営業している。

            店員に話して、更に細い路地にある宿に案内してもらった。


            やっと着いた。

            「ガンガー・フジ・ホーム」

            エアコン。


            ソファーに座り込む。

            汗が噴きだす。

            これ以上は動けない。

            冷たいミネラル・ウォーターを貰った。

            少し、落ち着いてきた。

            やさしそうな、おばあちゃんが団扇であおいでくれた。

            富士山の写真が壁に掛かっていた。

            妙に、ホッとした。