「来てくれたんだね。嬉しいなあ。
ありがとうね。忙しいのに悪いねえ」
おばあちゃん・・・
枕元に座り、おばあちゃんの手を握る。
おばあちゃん・・・
「嬉しいなあ。こんな幸せなことないよ」
あんな、元気だった、おばあちゃん。
弱々しくなっちゃった。
涙が溢れてくる。
おばあちゃんは、自分の病気のことは、きっと知らないだろう。
泣いたりしたら、不安にしてしまう。
泣かないと思ってたのに、涙が溢れる。
おばあちゃんの瞳からも、涙がこぼれている。
ぽろぽろ。ぽろぽろ。
お互いが、お互いの瞳を見ている。
「おばあちゃん、元気になって・・・」
いろいろなことを、思い出す。
おばあちゃんの家。
七夕、スイカ、夏祭り、カルピス、浴衣、花火、蚊取り線香。
泊まりに行くと、寝るとき、蚊帳を吊ってくれた。
おばあちゃん、いつまでも団扇で扇いでいてくれた。
共働きの両親に変わって、保育園に向かえに来てくれた。
一緒に帰る。
帰り道、ウルトラマンのハンカチを買ってもらった。
帰り道、やきそばパンを買ってもらった。
大きな樫の木が見えると、もうすぐ、おばあちゃんの家だ。
時には、木陰で休んだ。
時には、どんぐりを集めた。
母が仕事帰りに向かえに来るまで、おばあちゃんの家で過ごした。
幼稚園に通う。
おばあちゃんは、毎朝、家に通って来てくれた。
両親に変わって、留守番と家事をしてくれていた。
小学校から帰ると、おばあちゃんは、大好きな水戸黄門を見ている。
「焼き芋があるよ」
この言葉を聞くと、何だか嬉しくなった。
二つ年下の妹は、焼き芋が大好きだった。
おばあちゃんは、コタツから焼き芋を出して、お茶の用意をした。
敬老の日に贈った、肩叩き券は使われなかった。
いつまでも大切に持っていてくれた。
うるさいロックを聞いていた。
家族みんなから、不評だった。
「何だか楽しい気持ちになるね。踊り出したくなるよ」
おばあちゃんが、耳もとで言った。
いたずらな少女の顔で言った。
高校に合格した。
「良かったーーー」
おばあちゃんが飛びついてきた。
抱きしめられた。
涙を流していた。
「良かったーー良かったーー
お母さんが、どんなに大変な思いをしていたか。
良かったーー良かったよー」
まっすぐな感情表現に戸惑いながらも嬉しかった。
何も言えず、ただ、そのまま立っていた。
おばあちゃん、ちいさくなったなと思った。
あの感覚は忘れない。
おじいさんは、数年前に亡くなった。
おばあちゃんの家が取り壊される事になった。
一緒に住むことになった。
大学に通い、ひとり暮らしを始めた。
就職をして、大阪に配属された。
おばあちゃんには、たまにしか会えなくなった。
いつまでも、手を振ってくれた。
家に帰って、別れる時。
道に出て、見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも、手を振ってくれた。
「みんなに迷惑かけちゃってねえ。悪いねえ」
人の世話になるのが、嫌いな、おばあちゃんは
元気な時から、よく、そんな事を言っていた。
「悪くなんかないよ。誰も、そんなこと思ってないんだから。
それより、はやく元気になって」
「ありがとう、こんなに生かせてもらえて幸せだよ」
「そんな事、言わないでさあ。
大丈夫だよ。すぐ元気になるよ。元気出して」
おばあちゃんは、風邪をひいた時でさえ
寝たきりになるといけないからと、すぐ起きてしまった。
誰もが100歳くらいまで、生きてくれるんじゃないかと思っていた。
その元気な、おばあちゃんが寝込んでしまうなんて
きっと、かなり体が大変なんだろう。
代われるものなら、代わってあげたい。
「おばあちゃん、元気になって」
言葉にしない、ありがとうと共に告げる。
いつの間にか、雨が降り始めた。
ビニールハウスに落ちる春の雨音が優しい。