納棺が終わって通夜までの間
一時間半くらいの待ち時間があった。
集まった親族達の話題も、おばあちゃんの思い出話から
しばらくすると、それぞれの話に移った。
席を立って庭にでた。
その時、急に思いもよらない、ある考えが思い浮かんできた。
「おばあちゃんの家まで歩こう」
おばあちゃん、きっと歩きたかったんだ。
今にも雨が落ちてきそうな空だったけど、絶対、降らないと思った。
お通夜までには戻ってこれるだろう。
おばあちゃんと一緒に歩く。
喪服のまま、おばあちゃんが毎日毎日歩いていた道を一緒に歩く。
花や、雀や、ネギ坊主や、生け垣や、犬や、おばさんや、サッカーボールや
赤いねじりハチマキや、うす紫の硬い雄しべや、競争する自転車を見ながら
ゆっくり歩いた。
おばあちゃんは唐沢堀に白鷺が飛んでくるのを楽しみにしていた。
「嬉しいねえ。嬉しいねえ」
白鷺を見ると、良く言っていた。
ゆっくりゆっくり、色々な物を見て、立ち話をしながら
この道を歩くのが大好きだったんだ。
一緒に歩いて良く分かった。
滝澤酒屋の赤煉瓦の路地を抜けて中山道に出た。
毎日通ったお菓子屋さんが、時を止めたように、ひっそりと開いていた。
おばあちゃんの家は、その横の路地にあった。
傾いた質素な長屋に、近所の人達と明るく誠実に暮らしていた。
路地が、まだ残っていた。
入り口に井戸の跡も残っていた。
おばあちゃんの家があった場所には、新しい家が建っていた。
向かい側の路地の半分はそのままに残っていた。
もう誰も住んでない棟もあるようだ。
路地を裏の道まで抜けて、かしの実保育園の方向に歩いた。
保育園の帰りにおばあちゃんが休んだ樫の木は、駐車場になっていた。
おばあちゃんが、お世話になっていた吉田医院の前を通って
近所の人達と背中を流しあった清の湯の前を通って戻ってきた。
道は全て舗装されて、車の通りもずいぶん増えていた。
いつまでも、お年寄りが安全に歩ける道であって欲しいと思った。
途中、おばあちゃんくらいの背丈のおばあさんが
乳母車を押しながら歩いていた。
てくてく歩くおばあちゃんの姿が重なった。
おばあちゃんが元気に毎日歩く姿は、きっと付近の人達に
見るだけで安心感を与える存在になっていたと思う。
淡々と働いて、文句を言わず、欲を出さず
自分の足がついている地面をよく見て、歩いてゆく。
生活と自然と人々と生きていることに感謝して
自分の人生を明るく誠実に歩いてゆく。
そんな、おばあちゃんを、これから何度も思い出すと思う。