結局午後じゅうシャロンの顔は見ずじまいだった。この件はみんなには、とくに女の子たちには、とても明かせなかった。二人はRVの整備で気を紛らせようとしたが、できなかった。何か話すとすぐこのことになりそうだった。だいいち、バイファムもネオファムもちょっと前に整備したばかりだった。ロディは、いっそ敵が来ればとさえ念じた。バーツは、「てめえがやっちまったことだから」となかばあきらめていた。二人はなるべくみんなと顔をあわせないようにして、そのまま夕食どきをむかえた。
ロディはわざとゆっくり食堂に近づき、中の様子をうかがってみた。バーツは実はもう観念して腹をくくっていた。しかしロディの気持ちも分かるので彼につきあっている。食堂からはいつものざわめきが聞こえてきた。二人はそのまま中に入った。シャロンはいない。二人とも一瞬ほっとしたが、次の瞬間思わず足が止まった。みんなの顔がこちらを向いたからだが、彼らは何気なく見やっただけだった。みんなまだ何も知らないようだ。
食堂の中は今日もにぎやかだ。ジミーはもうナイフとフォークを持っている。ケンツはマキに催促している。フレッドとペンチはノートをひろげておしゃべりしている。カチュアは手を洗っている。マルロとルチーナはおとなしく座っていられなかった。スコットはみんなの様子を眺めて満足そうな顔をしていた。そんなみんなと一緒にここにいるのが後ろめたかった。本当ならマキとクレアの料理を楽しめるはずだった。食事の支度はそろそろできていた。クレアがみんなに呼びかけた。
「シャロン遅いね」とフレッドが言ったのが耳に入った。
「あいつ、来ないかもしれないな」
マキにトレーを渡されながらバーツはつぶやいた。ロディも自分の分を受け取る。確かにありそうなことだ。そうなったら、とみんなに白状するときのことを考える。ため息がもれる。
「……まずいことになったよな」
マキが「まずい」を聞きとがめたのに急いで訂正した。バーツはトレーに目を落とした。今夜は魚だ。
「飯も食えないってなると、相当深刻だぜ。……今からもっぺん行ってみるか?」
「おー、今夜のメシはなんだー?」
とっさに声のほうに振り向いた。そこに立っているのはまさしくシャロンだ。二人は顔を見あわせた。二人のスープが少しこぼれていた。シャロンは二人のほうには目もくれず、涼しい顔をしていた。二人はとりあえず席に着こうとして、サラダを取り忘れているのをクレアに注意された。やがて全員席につき、ペンチが食前のお祈りを始めた。食堂は静かになった。そしてスコットがいただきますを言った。
シャロンの目がこちらを見たので、視線がばっちりあってしまった。二人はあわてて目を伏せ、また食事をつっつき始めた。タラの身がくずれている。
「オッ、おめーら珍しく腹が減ってないみたいだな。ちゃんと食わなきゃダメだぜ。いっちょまえの男なんだろ」
何気ないような最後の言葉に、二人は縮こまるばかりだった。そんな二人をよそに、シャロンはもう食事をたいらげていた。彼女はごちそうさまを言うと、食器を始末してさっさと出ていった。爪楊枝で歯をせせるのをクレアにたしなめられるのも普段どおりだ。なにも彼女が食べるのがはやいのではない。ケンツもジミーもあらかた食べ終えている(二人ともおかわりしていた)。スコットはコーヒーをすすっている。ロディはパンの残りをほおばり、スープでそれをのどに押し込んだ。バーツが立ち上がった。ロディも席をたつ。クレアとマキの視線を感じていたので、二人ともそそくさと食べ残しと食器を片づけた。二人は周歩廊の暗がりに出た。
ほっと一息つき、シャロンを追いかけようとする二人を呼び止めたのはペンチだった。彼女は二人の前に回り込んだ。
「あなたたち、シャロンによほどひどいことを言ったんでしょう」
やはりそうきた。しかし二人には彼女の表情はうかがえなかった。それで二人とも黙っていたので、ペンチはそのまま続けた。
「あたし、びっくりしちゃった。あのあと部屋に入ったら、いきなりシャロンに抱きつかれたんだもん。シャロンったらあたしにすがりついて、ずいぶん長いこと泣きじゃくっていたのよ。彼女、みんなの前では平気な顔してるけど、二人ともちゃんと謝んなさいね」
「とっくに謝ったよ」
「そうさ、君が部屋に戻る前にね」
「それで、なんて言ったの?」
「えっ? それはもちろん、嫌なことを聞いてすまなかった、って……」
「あら、それじゃダメよ。いい? シャロンは自分よりも、お母さまのことで謝ってほしいんじゃないかしら。シャロンはね、泣いている間ずっと、おふくろ、おふくろ、って何度も言ってたんだから。きっととてもいいかたなのね、シャロンのお母さまって」
あの時のシャロンの声がぽっと浮かんできた。おふくろをバカにすんな。おふくろはオレをちゃんと食わしてんだ。おふくろの仕事に文句あんのか……。
今度は二人がペンチに抱きつく番だった。あやうく抱きつきかけてもう一度はっと気づいた。バーツは、もしかしたら自分よりシャロンの方がよほど大人びているということを。ロディは、自分の知らなかったシャロンをまたかいま見てしまったことを。そして二人とも照れくさかった。かわりに声をそろえて大きく、サンキュ、ありがとう、と言うと、二人は駆け出した。さっきよりはずっと軽い足取りで。「あたしがしゃべったってシャロンには内緒よ」とペンチの声が追いかけてきた。