小説 その2(外伝)

Vd: 1999.11.11

"FOUR HANDS(仮)"外伝「痕跡」

 昼下がりのことだ。シャロンとソフィは暑い中を歩いている。マザービルの街外れに、丘がそびえている。こぶみたいな、小さな丘だ。都市計画では、この丘は公園になる予定だが、そこまで市街が来るにはまだ随分時間がかかりそうで、今のところ丘は全く手をつけられないままだ。この丘には、木が生い茂っている。よく考えると、これはちょっと不思議だ。川べりならともかく、丘は決して水が豊かなわけではない。それに気づいたのはソフィだった。そんなわけで、二人が向かっているのはその丘だ。高さ2、30mの、どうということのない丘だが、近づいてみると結構大きく見える。麓まで来て分かったが、丘を取り囲むように鉄条網が巡らせてあり、「造成中 立入禁止」と看板が何十mかおきに掲げられている。シャロンは、事もなげに鉄条網をくぐった。
「シャロン!」
「えっ?」
彼女は鉄条網の向こうから答えた。もう斜面に足をかけて登りかけている。
「別にどうってことないじゃん。バレなきゃいいんだよ」
「でも、危ないんじゃ…」
「んじゃ、オレ一人で行ってもいいんだぜ」
「そんな」
ちょっと迷ったが、結局ソフィも中に入ってしまった。スカートなので鉄条網をくぐるときにひっかけてかぎざきを作ってしまい、母に何て言い訳しようかと思った。
 道もろくにない斜面をシャロンはひょいひょい登っていく。ソフィにはついていくのがやっとだ。しかも下草やらなんやらでスカートがすっかり汚れてしまった。せっかく色合いが気に入っていた青みがかった灰色のシャツワンピースだったのに。彼女はもうそれは諦めた。
 上の方が明るくなってきたらもうすぐてっぺんだ。頂上まで登ると木が生えている理由が分かるという保証はどこにもないが、シャロンはそんなことは考えもせずに登っていた。
 頂上も木が茂っていて涼しいことは涼しかったが見通しはきかない。ただし、端に立つと街が一望できた。眼下には小学校がある(丘は学校の裏山みたいな位置にある)。町のほうに目を巡らすと公会堂の時計塔が真っ先に目に入る。シャロンのアパート、ソフィの家はずっと左手だ。いつもの待ち合わせ場所はあの辺だ。街路樹の生えた大通りを車が走っている。大通りのあたり以外は、建物はまだまだまばらだ。空き地が目立つ。街並みの切れ目に緑に縁取られたマビニ川の水面が銀色にまぶしく光っている。その向こうは果てしなく赤い大地が続く。
 やがて景色を見るのにも飽きてきたシャロンは、割と広い頂上の奥の方へと歩いていった。ちょうど真ん中にあたるところで、彼女は妙なものを見つけた。それは地面のくぼみだった。今は崩れているが、元は長方形だったらしい古い穴だ。長い辺は1m以上、短い辺も数十cmはある。くぼみの中は土が溜まっていて、元の深さは分からない。今は50cmくらいだから、昔はもっと深かったのだろう。底にも短い草が生えている。ソフィもそのくぼみを覗き込んだ。
「何かしら?」
「さあ??」
覗き込んだところで答は出てこない。シャロンはくぼみのふちを靴でゲシゲシと蹴って、土を中に落とし込んだ。
「ゴミ捨て…」
「違うわよ」
「なら、掘りかけの墓とか?」
「へっ、変なこと言わないで」
しゃがみ込んでいたソフィは、思わず腰を浮かせていた。
「でもよー、山を墓にする話は聞いたことあるぜ」
「それは昔のことよ。それにこの町のお墓は川の向こうでしょ」
「じゃあ、何だろ?」
「さあ……。あ、なにかの記念碑かしら?」
「記念碑?」
「ええ、ここに建てるための穴じゃないかしら? えーと、例えば――、うーん、この町ができた時の記念とか……」
「でも、なんで何にもないんだろ?」
「そうよね」
 そのまま黙り込んでしまって答は結局出ないまま、何となく恐くなって二人は丘を降りた。あたりには何だかよくわからない、不思議な雰囲気が確かに漂っていた。シャロンはこの日のことはすぐに忘れてしまった。しかし、後になって、かつてそこに建っていたのと同じ物と対面することになる。彼女がそれに出会ったのは思わぬ運命のいたずらだったし、それを見たときは、とてもそこまで考えられる状況ではなかった。それで彼女はマザービルの丘の上のくぼみを思い出すことはなかったが、もしそのことに気づいたら、ソフィの考えが結構いい線を行っていたと懐かしんだだろう。

"FOUR HANDS"
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