終わりのない物語

第五章 Nelegebla vorto


――次の日の朝。

地下への入り口を探していた一行は、ほどなく目当てのものを発見した。半地下室(おかしな三角形をしていた)ともいうべき一室は、これほどの歳月を経ても崩れた処がまるで無かった。この部屋の左右の壁には、黒い金属製の扉が一つずつ付いていた。しかし、これを扉と言っていい物なのか、そこには取手も蝶番も見当たらなかった。

「これだな、例の合言葉で開くという扉は」

押してもびくともしない事を確かめて、ジェアードが言った。

「上にはこれを開けるヒントになりそうな物はなかったが……さて、どうする?」

「この部屋をよく調べてみましょう。今までの遺跡調査でも、扉や壁自体に鍵が隠されていた例がたくさんあるんですよ」

セラは興味深げに扉の縁を指で辿った。見たこともない金属でできた扉は触れてもあまり冷たくない。未知の物を目にする喜びで、自然とセラの声は弾む。

「枠に沿って線彫りが二本、飾り彫りは無し。文字も見当たらない。――クレイ、そっちはどう?」

反対側で同じように扉を調べていたクレイは、セラの声に顔を上げた。そして、立ち上がりながら左腕をくるりと宙で閃かせると、部屋全体を見回した。少年の目は、何かを思い出そうとするように眇められている。

「何をしているんだ?」

「たぶん、何か手掛かりが見つかったのだと思います。クレイはこういう遺跡を調べるのは得意なんですよ」

ジェアードは思わず感心した。彼女の口ぶりが我が事のように嬉しそうだったからだ。本当にこの二人は仲が良い。恋人同士にしては甘い雰囲気がないが、姉弟というわけでもないらしい。

(――しかし宿ではいつも同じ部屋だったよなぁ)

今頃になって、その奇異さに首を傾げる。彼が顎を撫でつつ見ていると、少年が突然振り返った。

「ドリスさん、ちょっと……」

そうして、入り口の階段に腰かけていた精霊使いの娘を差し招く。

「この部屋、というかこの扉の周り、もしかして地霊ノームが集まっていないかな」

言われてドリスは驚いた表情かおになる。今まで気づかなかった(彼女は向かいあった奥の壁を、丹念に調べるプラーティシュを見ていた)らしい。言われて両の扉を見た途端、首を傾げて呟いた。

「金属製なのに、何故ここにいるのかしら……それに、この文字みたいなものは何……?」

「文字が書かれているんですか!?」

すかさずセラが問いかける。その勢いに、こくこくと頷きながら、宙に大まかな形を描いて見せるドリス。

「こんな感じの模様が浮き出て見えるんですよね。でも、金属にはノームの力は及ばないはずなのに……こんなの初めて見ました」

よく意味のわからない言葉を洩らし、彼女は問いかけるようにクレイを見た。が、少年は軽く肩を竦めただけだった。


結局ドリスが時間をかけて丸写しし、それを皆で解読することとなった。

下位古代語ローエンシェントですね。ちょっと読めないところもありますけど、訳文はだいたいこんな感じ」

さすがに知識の神に仕えるだけあって、セラは博識なところを見せた。手持ちの帳面にさらさらとペンを走らせ、皆に見えるよう床に広げる。


“暁の女神の子にして ? の民を導く我らが始祖、静寂と英知を司る ? その御名(御代)をいつまでも讃えよう”


「この『?』は、もしかしてわたしの書き損じで……?」

おずおずと訊ねるドリスに、セラとクレイが同時に首を振る。短い譲り合いの末、少年が言った。

「ちょっとかじっただけの僕でもわかる。この部分は下位古代語ローエンシェントとして発音できない単語なんだ」

「ふーむ。すると、この部分が合い言葉だという可能性は高いのか?」

誰にともなく呟いて、帳面をじっと見つめるジェアード。その隣で同じく訳文を読んでいたプラーティシュが、ふと顔を上げて言った。

「君は、ドリスさんにはこれが見えると判断したね、クレイ? それは何故なんだい?」

「……ここは<神人>の遺跡だ。そこの地下に黒い扉だし、<地の一族>に関係があると思った。あんたも仕事柄知っているだろう、<大地を司る民>の事は?」

どこか憮然とした様子で答える少年に、詩人は片方の眉を上げてみせた。

「なるほど、それで地霊か。たったそれだけで、そこまで思いつけるとは実に素晴らしい。賞賛に値する想像力だ」

プラーティシュから贈られた讃辞にクレイは嫌そうな顔をした。それだけではないだろう、という言外の含みを持たせた言葉は、どこをどう聞いても皮肉にしか聞こえない。

それを額面通りに受け取ったジェアードが、顰めっ面の少年に問いかける。

「照れてないで教えてくれ。その一族というのは何だ?」

「大昔、大地の精霊ノームの加護を受けていた連中がいたんだ――というか、半精霊の種族というべきかな。だから、精霊を視ることのできるドリスさんには文字が読めた。――それから、照れていたわけじゃない」

背伸びしている子供の言葉――と、ジェアードは思った――に微笑ましさを覚え、片手でぐりぐりと少年の頭を撫でる。大人しくされるがままになるはずもなく、クレイは逃げようとした。その首根っこを捕まえて、更にわしわしと髪をかき回すジェアード。

羽交い締めにした腕の中で暴れる少年を、にこにこしながら押さえ込み、彼は傍らのドリスに目を向けた。

「なあ、君の友達はその謎の人を知らないだろうか。精霊に近い一族だったのなら、聞けば何かわかるかもしれない」

「あら、良い考えですわ。もしかするとこの部分、精霊の言葉で表された名かもしれません」

わくわくした様子でセラはジェアードに同意した。文献でも見た事のない手の込んだ造りに出会え、嬉しくて仕方ないのだろう。目の前でもがく相棒の苦境も、全く視野に入っていなかった。

ドリスは二人の言葉に頷いて扉の前に立った。暫く何事かを呟いていたと思うと、ふっと視線を天井に向ける。他の者には見えないが、彼女は何かを目で追いかけているのだった。ぐるりと一回転した視線は、奥の壁の真ん中で止まった。

「……穴が開きます。気をつけて」

ドリスの呼びかけに、皆一斉に武器を構える。緊迫した空気が漂う中、予告された通り、奥の壁にみるみる大きな穴が開いていった。