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No.157 大雪山(旭岳2290m前編
平成15年(2003年)8月6日〜10日 第1〜2日目:晴れ第3日目以降:雨と風


大雪山 略図「神々の遊ぶ庭」を楽しむ

第1日=羽田…旭川空港-《バス》‐旭川駅-《バス》-旭岳温泉(自然探勝路散策) 第2日=旭岳温泉〜旭岳ロープウェイ駅…姿見駅〜旭岳2290m〜間宮岳2186m〜荒井岳2180m〜松田岳2136m〜北海岳2149m〜白雲岳避難小屋 第3日=白雲岳避難小屋〜小泉岳〜赤岳〜銀泉台-《バス》‐層雲峡温泉 第4日・第5日=層雲峡温泉…上川駅…東京駅
 【歩行時間: 第1日=1時間30分 第2日=6時間 第3日=3時間10分
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 半年以上前から北海道の屋根・表大雪の縦走(旭岳〜トムラウシ)を計画していた。日本一という大雪山国立公園の広さにため息をつきながら、来る日も来る日も、私達夫婦はその準備に余念がなかった。ガイドブックや地形図を読み漁り、表大雪の特徴や地形なども頭に叩き込んだ。装備や食料など、ザックの中身も何回も点検した。抜かりはない筈だった。出発に際して唯一気がかりだったのは、沖縄付近を北上している台風10号の動きだった…。

 第1日目(8/6): 羽田空港で搭乗手続きをしているとき、早くも問題が起きてしまった。コンロに使うガスボンベを、機内持ち込み禁止ということで、その場で没収されてしまったのだ。搭乗券の注意書きを注意深く読まなかった私達が迂闊だった。暫し唖然(あぜん)として、やがて茫然(ぼうぜん)として、そして愕然(がくぜん)とした。
 日本国中を被っている厚い雲の上を飛行機は飛んだ。
ようやく山頂部が顔を出した!
旭岳温泉から朝日岳を望む
 旭川空港からJR旭川駅までは連絡バスで約35分(バス代一人570円)。旭川駅のバス停へ着いて、まず私達がしたことは、駅前にある西武デパートのスポーツ用品売場でガスボンベを購入することだった。メーカーは違うが使用に不都合はなさそうだ。ひとまずほっとして、近くのラーメン屋で早めの昼食。魚ダシの強烈な臭いに少々辟易しながらも、麺もスープも残さず食べた。
 旭川駅前から旭岳温泉までは路線バス(いで湯号)で約1時間30分。運賃は1,000円で距離の割には安いと思ったが、何でもこのバスは、夏のシーズン以外(10月中旬〜6月中旬)は運賃無料になるらしい。観光地活性化のためとはいえ、大したものだと思う。
 予約してある今日の宿は旭岳温泉の入り口近くにポツンと建つ「湧駒荘」だ。その屋根越しに、大雪山系の主峰・旭岳が両翼を広げてスックとそびえ立っている。私達はもう既に感動でウルウル状態になっている。
 早速宿に重たいザックを預け、明日からの登山の足馴らしを兼ねて、旭岳温泉を8の字に一周する自然探勝路(一周約1時間30分)へ足を踏み入れた。花の盛期はとっくに過ぎていてツルリンドウやトリカブトなどが僅かに咲いていたのみだったが、途中の展望台からは旭岳をはじめとする表大雪の山々の連なりがよく見えていた。旭岳ビジターセンターにも立ち寄り、あらためて大雪山に関する予習もした。コメツガとかトウヒだと思っていたのはエゾマツだった。シラビソだと思っていたのはトドマツだった。ここは北海道なんだ、と、そのとき思った。

旭岳温泉「湯元湧駒荘」
旭岳と湧駒荘
旭岳温泉「湯元湧駒荘」: 秀峰旭岳の西麓、旭岳ロープウェイの基地、標高約1050m、勇駒別川に沿って数軒の温泉宿が点在する。勇駒別(ゆこまんべつ)温泉と云っていたのが、何時から旭岳温泉になってしまったのだろうか? 確かに旭岳のお膝元ではあるのだけれど、私個人的な感想ではユコマンベツの響きの方が好きだ。
 私達が宿泊した「湧駒荘」は、勇駒別温泉と呼ばれていた当時の姿を守り続け、極力近代化をさけている、という。泉質はマグネシウム・カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物・炭酸水素塩泉、と今風の表示ではチト長たらしい。ちなみに旧泉質名は含食塩・正苦味-石膏泉。分類は中性低張性高温泉。弱アルカリ性。トドマツやシコロ(キハダ)など当地の木材を使用した内湯や自然石の岩風呂(露天・内湯)など、泉質の異なる温泉を数種類備えている、というのが売りだ。何れの浴槽からも湯がこんこんとあふれ出ていてた。食堂での食事は、特にこれといった特徴はなかったが、美味しかった。1泊2食付き一人14,000円は妥当な料金だと思う。

 第2日目(8/7): 宿を出たのは午前5時20分頃。天気予報は外れて、朝から良い天気だ。20分ほど舗装道を歩き、旭岳駅から6時始発のロープウェイに乗る。テントやシュラフや3日分の食料などでパンパンになった45リットルザックが肩に食い込む。
 6時15分、溶岩台地(姿見平)を周遊する早起きの観光客達に紛れて、ロープウェイ姿見駅(標高約1600m)から歩き出す。驚いたことに既に森林限界を抜けていて、羽毛状になったチングルマが群落して私達を出迎えてくれている。眼前の旭岳の右肩から眩しい朝日が差している。 「ここは北海道なんだ。大雪山なんだ。カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)なんだ」 と心に云い聞かせながら、はやる気持を押さえるようにゆっくりと歩く。人影は少ない。
金庫岩を過ぎると山頂は近い
旭岳の山頂は近い

北海道の最高峰に立つ
旭岳の山頂にて

荒井岳からお鉢平を望む
お鉢平と北鎮岳

岩塊の積み重なった白雲岳山頂部
白雲岳が近づく

ミヤマバイケイソウの群落です
白雲岳避難小屋

華麗で可憐なクモイリンドウ
クモイリンドウ
 姿見ノ池を通り過ぎると徐々に傾斜が増してくる。左手に噴煙をあげる大爆裂火口の地獄谷、右手に表大雪南部の山々や十勝連峰がスッキリと見えている。
 ハイマツ帯を抜け出て、山頂部直下の火山性の赤茶けたガレを登りながら、ふと思った。この景観、阿蘇山の仙酔峡から高岳へ登るときの感じに似ているような気がする。で、そのことを佐知子に言ってみたら、「そうねぇ…」 と曖昧な返事が返ってきた。それっきりその話題には触れなかったけれど、私のそのときの感じは展望のよい旭岳山頂に出てからもずっと続いていた。旭岳から間宮岳、北海岳と続く荒涼とした稜線上では、九重連山の景観に似ていると思った。私の表大雪の初印象は、じつは、阿蘇と九重を足したものだった。東京に住んでいる私が北海道の山へ登って九州の山のことを思い出している、なんて、なんか面白い…。
 旭岳からの下りが火山礫の急斜面で歩きずらかったが、あとはなだらかなアップダウンの繰り返しで、大展望を楽しみながらの気持のよい風衝草原の稜線散歩だ。正面から左手にかけては北鎮岳2244mや比布岳2197mなどの表大雪北西部の重鎮たち、右手の白雲岳2230mとトムラウシ2141mを繋ぐ稜線の後方には石狩連峰やニペソツ山などの東大雪の山並も見えている。足元には、イワブクロ、メアカンキンバイ、イワギキヨウ、エゾイワツメクサなどの高山植物も目立ち始め、濃緑色の小さなバッタが跳び回っている。 「高原の牧場みたいね」 と佐知子が言っている。
 北海岳の山頂で昼食を摂った後、カルデラのお鉢平を囲む錚々たる諸峰に別れを告げ、南東に踵を返す。北海平と呼ばれる広大な尾根上の礫地をゆるやかに下ると…、これが構造土だろうか、草と礫のまだら模様が美しい。ここいら辺まで来ると高山植物もぐーんと増えて、私達の歩く速度は極端に遅くなってくる。アザミを押し潰したようなウスユキトウヒレンの薄紫色の花に赤茶色のきれいな蝶々が止まっている。ヨツバシオガマ、ミヤマリンドウ、イワギキョウ、チシマギキョウなども登山道の両サイドに美しく咲いている。北海岳から20分も歩いた処にはコマクサの群落もあったりで、何回も立ち止まってはため息をつく。エゾコザクラが可憐に咲いている。アオノツガザクラ、コエゾツガザクラ、イワウメ、ミヤマキンバイ、マルバシモツケ、ウコンウツギも咲いている。ふと前方を見やると、ひときわ異彩を放つ黒い岩塊の白雲岳が、益々近づいてくる。
 矢張り天気は下り坂のようだ。大きな雪渓を渡る頃から雲が多くなってきて、白雲岳の山頂部にもガスが発生し始めている。小泉岳と白雲岳の鞍部にある白雲分岐で佐知子と相談した。
 「予定通り白雲岳往復(歩程1時間10分)をしてみようか?」 と、私。
 「ナキウサギ、見れなくてもいいよぉ。重たいザックで疲れたよぉ。もう眠いよぉ」 と、佐知子。
 「展望がそれほど期待できなくなってきているしね。やめちゃおうか」 と、私。
 という訳で、水は低い方へ流れるとか、イージーな方向に関してはとても気の合う私達だった。
 クモイリンドウの咲く今日の宿泊地、白雲岳避難小屋へ着いたのは午後2時30分頃だった。しかしここでも又大問題が発生してしまった。
 「テント設営に必要なペグ、あなた持ってきたの?」
 「えっ、何、それ。俺、ペグなんてザックに入れた覚えないよ…」
 完全にパニくってしまった。避難小屋の若い管理人さんにも聞いたけれど、ペグの予備はないとのこと。小屋裏にある円形のテント場の辺りを見まわしてもペグの代役になりそうな大きな石ころなどは落ちていなそうだ。仕方なく、一人1,000円を支払って小屋に泊めてもらうことになった。
 しかし、これが結果的には大正解だったのだ。シーズン中は満杯になる、と、どのガイドブックにも書いてあったのだが、この日の白雲岳避難小屋はガラガラの状態だった。宿泊客は私達を含めても10名にも満たない。2階の広い板の間の部屋はほとんど貸し切り状態だ。予想もしなかった展開にほくそ笑む私達だった。
 なお、下山してから分かったことだが、私のザックにはテントのペグは入っていた。若い頃使っていた10kg以上はあるテントザックのイメージと何故か私は混同していて、テント収納袋の外側から触ってみてペグのゴツゴツ感がないことで、単純に入れ忘れたと思い込んでしまったのだ。今のペグは軽くて細くて丈夫で、12本がコンパクトに専用の収納袋(の内側)に入っていたものだから、触れてみても分からなかったのだ。結果オーライ、だったから良かったようなものの、何とも恥ずかしい話ではある。

* 白雲岳避難小屋: 白雲岳南東1kmに位置し、諸条件から大雪山一の泊り場とのことだ。収容人員60名。通年営業の無人小屋だが、シーズン中(6月下旬〜9月中旬)は管理人が常住する。近くに雪解け水が流れる水場はあるが、要煮沸だ。小屋付近は高山植物に恵まれていて、水場には黄色の鮮やかなチシマノキンバイソウや濃紫のダイセントリカブト、付近の草原にはミヤマバイケイソウやイブキトラノオが群生して咲いていた。小屋の周辺にはこれも大雪山特産のキバナシオガマ、エゾタカネツメクサ、クモイリンドウなどが咲いていた。このクモイリンドウ(エゾトウヤクリンドウ)については、最初私達は変わったトウヤクリンドウぐらいにしか思っていなかったが、小屋の管理人さんから 「それだけを目的に登ってくる登山者もいるんですよ」 と聞かされて、改めてじっくりと眺めたり写真を撮ったりしたものだ。トウヤクリンドウより背丈はやや低いけれど、花は約5センチと大きく、華麗と可憐の同居した不思議な白美人だった。

 携帯ラジオの台風情報に胸騒ぎを覚えながらの夕餉、小屋裏空地の木製テーブル付きベンチでレトルトのカレーライスを食べた。南方に目をやると、高根ヶ原から忠別岳、化雲岳と続くなだらかな高原は…、それはびっくりするほどの広さだった。時折遥か遠くの雲が切れて、私達を誘うようにトムラウシ山のギザギサ頭も見えている。後から思うと、これは“嵐の前の静けさ”だった。
 シュラフに包まって気持ち良く寝ていたのだが、夜半から未明にかけて猛烈な風と雨の音で何回も目が覚めた。矢張り台風10号は北海道を目指して一目散に北上しているようだ。ウトウトしながら小屋裏のテント組の若者たちのことが気になった。連中は、さぞかし心細い思いで夜を明かしているのではなかろうか…。

次項 大雪山(後編) へ続く



裏旭から旭岳山頂部を振り返る
裏から見た旭岳山頂部
お鉢平と北鎮岳(正面右)
北海岳の山頂にて
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