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No.161-1 初冬の乾徳山(けんとくさん・2031m)
平成15年(2003年)12月7日 晴れ マイカー利用

乾徳山 略図
三拍子そろったいい山でした

《マイカー利用・前泊》 中央自動車道 勝沼I.C-《車30分》-一之橋温泉(泊)-《車20分》-大平牧場〜大平登山口〜道満尾根分岐〜扇平〜乾徳山〜水のタル〜(原生林迂回新道)〜国師ヶ原〜道満尾根分岐〜大平登山口〜大平牧場-《車20分》-三富温泉(入浴)-《車35分》-勝沼I.C… 【歩行時間: 4時間20分】
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  前からずっと気になっていた山で、ついつい登りそびれてしまっていた山が奥秩父前衛の乾徳山(けんとくさん)だった。 山梨百名山の一峰であり、深田クラブ二百名山の一峰でもある乾徳山に目が行かないわけはないのだが、山頂直下のスリリングな岩場、というこの山のうたい文句に妻の佐知子が過剰反応して、つまりビビッてしまい、何時も計画の段階でボツになってしまっていたのだ。 今回、私はめずらしく自己主張して、展望がいいらしいから、の一点張りで、ついに佐知子を説き伏せたのだ。
ピラミダルな乾徳山
国師ヶ原から望む乾徳山
  東京からは日帰りでも何とかなる山なのだが、今回は麓の温泉宿に前泊して、しかも機動力のあるマイカーを利用しての安心登山をめざした。 私達の使っている数冊のガイドブックには徳和からのコースしか紹介されていなかったのだが、登山地図を穴の開くほどじっと見つめていた佐知子が大平(おおだいら)牧場からのルートを歓声を上げて発見した。 少し後ろめたい気もしたけれど、ギックリ腰再発の恐怖におののく私も、歓喜して迷うことなくこのショートカットコースを支持した。 と、少し前置きが長くなってしまった…。

  昨夜のうちに前線は通過したようだ。 北西の寒風がやや強いけれど快晴だ。 国道140号線、三富村の上門坂トンネルを抜けると間もなく村道大平線へ通じる道が左手前方に見えてくる。 ここは中央自動車道の勝沼インターからは北へ約35分、私達が宿泊した一之橋温泉からはわずか5分の地点だ。 昨日のうちに下見をしておいたので迷うことはない。 国道の分岐から約15分間の静かな朝の山間ドライブで大平牧場(大平荘)の駐車場へ着いた。 一之橋館の女将が 「この辺じゃ雪が積もるのは例年年が明けてからですよ」 と云っていたとおり、心配していた道路の凍結もなくタイヤチェーンも不要だった。 何処から出てきたのか、無口で無愛想なオジサンが駐車代の500円を徴収しにやってきた。 駐車場と云うよりは広場といった感じの駐車場には、このオジサンが使っていると思われる1台の古びた車しか停まっていない。 牧場の建物は寂れていて、今は誰もいないようだった。

* 翌年の夏に再び同コースを訪れる機会を得ましたが、そのとき、下山後に大平荘に立ち寄り、オーナーの老夫婦からお話を伺うことができました。 この大平牧場は5年前(平成11年)に閉鎖したそうです。 ギンギンに冷えたジュースを何本もがぶ飲みした私を見て、奥様が優しく微笑んでいました。 無口で無愛想と思っていたオジサンは、じつはご主人でした。 本当は奥様同様とても優しいオジサンでした。 無愛想、なんて書いてしまってゴメンナサイ。 奥様は羊や牛や豚などをたくさん飼っていた往時のことを、遠くを見るような目つきをして、ほんの少しだけでしたけれど、私に話してくれました。 [後日追記]
  No.161-2夏の乾徳山


  午前7時45分、すがすがしい朝の冷気を吸い込みながら牧場の中の林道を歩き始める。 草原には牧草の、冬には似つかわしくない鮮やかな緑の幼苗があった。 しかし、矢張り、動物も人も誰もいない。 小鳥も囀ずらない。 風の音が微かに聞こえる。 しーんとして、静かだ。
  朽ち果てた道標を頼りに幅広の登山道へ右折する。 左手を振り返ると草原の彼方のカラマツ林の上に白銀の富士山が浮かんでいる。 間もなく林道と再び合流すると、そこが乾徳山の登山口で、立派な道標が立っていた。
扇平から乾徳山へ向かう
乾徳山へ向かう

山頂直下の岩場(杖棄岩)
鎖場を攀じる

質素な標柱と石祠のある山頂
乾徳山山頂
  ススキと冬枯れの雑木林を40分ほども登ると道満(どうまん)尾根コースに合わさる。 この道も幅広で、明るくて歩きやすい。 前方の潅木に留まっていたウソのツガイが私達の足音にびっくりして飛び立っていく。 喉もとの朱色がとてもキレイな小鳥だった。 足元に目をやると石ころが目立ってきている。 いかにも平凡な石ころだ。 「この石何なの?」 と佐知子に聞かれたけれど 「安山岩かな、花崗岩かな、ちょっと目では全然分からないよ」 と返事した。 私は何時もポケットに入れているルーペを今日は家に忘れてきたのだ。 (後で調べてみたら、どうやらこの山は花崗岩であるらしい。)
  草原の向こうに花崗岩の割には黒っぽい岩肌の乾徳山の山頂部が見えている。 さらに進むと、月見岩で国師ヶ原からの道が左から合流する。 この辺りは扇平といわれる広々とした草原地帯だ。 ところで、この扇平をオオギッピラと読める人は一体どれほどいるのだろうか。 というのは、最近のガイドブックにはこの文字にルビがふってないからだ。 私達がこの文字をオオギッピラと読めたのは、いまだに使っている昭和40年発刊のブルーガイドブック「ベストハイキング100コース・実業之日本社」のおかげなのだ。 この本の乾徳山の項にはちゃんとルビがふってあった。 昭和40年といえば…、あぁ、民宿が一泊500円の時代、だったんだよな確か。
  などと感慨にふけっている場合ではなかった。 さっそく第一の鎖場が突然目の前に現れた。 ここで休憩していた私達よりはよほど年上と思われる単独行の太ったオジサン。 今回が100回目の乾徳山登山だと云う。 「お先にどうぞ」 と云ったら、「それじゃ」 と云いながら、のっそりと、ゆっくりと、鎖場を登っていく。 一息入れてから私達も後に続いたが、この岩場は鎖を使わずとも難なく登ることができた。
  しかし、山頂直下の落差10m以上はあろうかと思える鎖場(杖棄岩)は、その手前で暫し茫然としてしまった。 ややチムニー状の岩溝に沿って鎖が垂れ下がっているが、見た目ではホールドやスタンスがなさそうだ。 その左側の岩なら、多少はでこぼこがあるようだが…。 少し迷った後、私は鎖の直登ルートを攀じることにした。 縦溝をスタンスにして、ちょっとした岩のでっぱりをホールドして、3点確保に留意しながら、鎖にはほとんど頼らずに慎重に登った。 実際に攀じ登ってみると、案外あっけなく岩上に着いてしまった。
 「左側のでこぼこ岩ルートのほうが簡単かもしれないよ」 と、まだ下にいる佐知子に声をかけた。 佐知子は私に言われたとおり鎖のない左側のルートで、ひょいひょいと登ってきた。 最後のひと登りがちょっと難儀だったようで手を貸したけれど、内心私は 「佐知子も何時の間にかけっこうやるようになったものだ」 と思っていた。 と、そのとき、後からやってきた中高年の4〜5人のパーティが、岩下でなにやら相談をしていたと思ったら、ぐるっと岩の右手へ回り込んで、難なく岩上へ登ってきた。 えっ、ウッソー、巻き道が、あったんだ。 そんなの、古いガイドブックにも新しいガイドブックにも書いてなかったぞぉ…。 (帰宅してからもう一度ガイドブックをよく読んでみたら、山渓のアルペンガイドにはちゃんと書いてあった。)
  ちょうどお昼の12時頃、ゴロ石の狭い山頂は1点360度の大展望だった。 北面には奥秩父の主稜が連なっている。 薄っすらと雪をかぶった国師ヶ岳の左にちいさくぴょこんと頭を出しているのは金峰山の五丈岩だ。 黒金山の右奥は甲武信岳や木賊山。 以下時計回りに、大菩薩連嶺、道志や御坂の山々を従えた富士山、そして南アルプスの白峰たち。 まったく素晴らしい眺めだ。
  山頂で再び出会った太ったオジサンに 「百回目の乾徳山登山、おめでとうございます」 と声をかけてみた。 太ったオジサンはのっそりと顔をこちらに向けニコっと笑って、「変化に富んでいていい山でしょう。 しかもこの山はコース上に涸れない水場が二つもあるので、私はいつも家から水を持ってきたことはないんですよ」 と話してくれた。 二つの水場って、銀晶水と錦晶水のことだと思ったけれど、ショートカットコースを歩いてきた私達は、なんだか恥ずかしくて、それ以上話を続けることはできなかった。 銀晶水と錦晶水は徳和から国師ヶ原の間にある水場なのだ。
  太ったオジサンは私達に軽く挨拶すると、早々に山頂を辞していった。 同じ山に100回登るということはすごいことだと思う。 100回目の記念すべき山行を単独で登り、山頂で淡々と語り、静かに山頂を去るその後姿に山男の美学を見たような気がした。 風がやや強く少し寒かったけれど、思いのほか静かな山頂で、私達は1時間近くの至福のひとときを、それやこれやで過ごした。
黒金山2232mへ向かって下山開始!
山頂から黒金山を望む


前方は大菩薩連峰
下山路にて
  下山は往路を戻らず、黒金山2232m方面(北)へ向かって岩場を下る。 振り返ると乾徳山の岩峰が太陽を背に受けて黒々と見える。 10分ほども下って水のタワ(タル)から左折して乾徳山西面を巻く下山ルート(原生林迂回新道)へ入る。 最初は細身のコメツガやダケカンバなどの原生林で、国立公園界を抜ける辺りからは傾斜も緩やかになり、人工的なカラマツ林になってくる。 林床はミヤコザサ(?)、かな。 シラカバが目立ち始めると左手に高原ヒュッテ(廃屋)が見えてくる。 山間の風景に溶け込んだ感じのいい建物だったが、よく見るとだいぶ荒んでいるようだった。(*) この少し先が十字路になっていて、一帯は明るい草原だ。

* その後の高原ヒュッテについて、拙BBS(掲示板)常連のヒデ坊さんからの情報提供によりますと、「高原ヒュッテ」は平成26年12月に改装されて避難小屋として使われているそうです。 大きな煙突付きのストーブもあるそうで “今まで見た避難小屋の中で一番きれいな状態の小屋…” だったそうです。 バイオトイレ(使用期間は4月下旬〜12月上旬)というのが洒落ていると思いました。[後日追記]

  この国師ヶ原を、私は大変気に入ってしまった。 振り返って仰ぎ見る乾徳山の山頂部など、とても眺めのよい処だ。 背の高い薄黄色のススキや一本だけスックと立っている常緑のモミの木などの景色が、なんとも云えず穏やかで好ましい。
  この辺りに、昔、大平小屋という山小屋があったらしい。 昭和52年版「ベスト・ハイキング100コース」の乾徳山の項には確かに(大平小屋の存在が)明記してある。 同書の書き出しには “・・・中央沿線で人気のある夜行日帰りの山は、三ツ峠山、大菩薩峠、それに西沢渓谷と、ここに記す乾徳山である。・・・” と記されていて、今昔の感はするが、なるほどなぁとも思う。 第1次大衆登山ブーム(昭和30年代〜40年代)の終焉とともに取り壊されてしまったものなのだろうか。 荒んでしまった高原ヒュッテといい、今は無き大平小屋といい、昭和の終わり頃から始まった第2次大衆登山ブームの現在になっても再建されないということは、いかに第1次登山ブームのエネルギーが強かったか、ということなのか。 それとも原因は他にあって、たとえば交通の便がよくなったから、とか、地元(三富村徳和)の意向が働いている、とかいうことなのかな。 まぁ、どうでもいいことだけれど、ちょっと考えさせられてしまった。
  国師ヶ原の十字路を直進し、左手直近の乾徳山や右手奥の富士山などを眺めながら、道満尾根の分岐へ向かってゆるやかにトラバースする。 例の幅広の歩きやすい登山道だ。 ぼんやり歩いていたら何時の間にか道満尾根コースに合流していて、ここからはもと来た道だ。 大平牧場へ向かって分岐を左へ下り、正面の大菩薩連嶺などを眺めながら、あれよあれよと云う間に大平牧場の駐車場へ着いてしまった。 午後2時40分、まだ日は高かった。 車で20分ほど下り、国道140号線から少し入った三富温泉「笛吹きの湯」で汗を流してから家路についた。
  勝沼インターへ出る途中、乾徳山と関係の深い塩山市の恵林寺に立ち寄ろうとも思ったけれど、そちらは過去に何回も観光しているし、面倒臭かったこともあり、横目で見ながら通過してしまった。

* 甲斐武田氏の菩提寺・恵林寺(えりんじ)は、山梨県甲州市塩山小屋敷にある寺院で、山号は乾徳山です。 1330年に(一夏、乾徳山で座禅を組んで)修行した夢窓疎石(=夢窓国師)が開山したとされています。 …乾徳山の山頂にあった小さな石祠がその奥宮だったようです。

  乾徳山は素晴らしい山だった。 麓に温泉があるのがいい。 山の形や、展望や、ちょっとスリリングな山頂直下の岩場もいいし、中腹にある扇平や国師ヶ原などのこじんまりとした草原もとてもいい。 三拍子そろった、とはまさしくこの山のことだ。 東京から日帰りで、これほど楽しめる山もそうざらにはない。 ただひとつ、旧林道のなごりなのか、登山道の所々がやけに幅広いのは、少し興ざめに思えた。

一之橋館 一之橋温泉「一之橋館」: 笛吹川上流、国道140号線沿いに点在する温泉郡(三富温泉郷)の南部に位置する一軒宿。 美人の若女将が優しい笑顔で出迎えてくれた。 案内された旧館の部屋の窓からは笛吹川の渓谷が見下ろせる。 清流の音が耳に心地よい。
  じつは、私達夫婦は10年近く前の早春にもこの宿を利用している。 その夜から朝にかけては関東地方に記録的な大雪が降った日で、すべての観光計画を断念して、パニック状態の交通網をかいくぐり、四苦八苦して帰路についた記憶が今も鮮明に残っている。 そのときあわてて買い求めたタイヤチェーン(今も使っている)など、大変お世話になってしまったのがこの宿の女将(現在の大女将)だったのだ。 弱アルカリ性のなめらかな単純泉は、肌にしっとりとして、晩に朝に何回も浸かったのは、そのときも今回も同じだった。 タイル貼りの内湯のみだけれど、必要かつ十分。 ほどよい広さのジェット付き浴槽にはなみなみと湯があふれ、ちょうどよい湯加減だ。 食事は地元の食材を中心に盛り沢山だ。
  朝食の時間は、私達のわがままを聞いてくれて、6時30分の少し前に準備してくれた。 早い時間の朝食が出来るのは、山歩きの私達にとってはなによりだ。 チェックアウトのとき、大女将からお土産にと、直営の農場で採れたブドウから作った自家製のジャムをいただいた。 帰宅してから毎日パンにつけて食べているが、ほどよい酸味でとても旨い。 三富温泉郷にはデラックスな川浦温泉や高級な白龍閣などもあるが、一之橋館は心のサービスに優れた気取りのない心休まる温泉旅館だ。 1泊2食付一人10,000円は安いと思う。 大女将と若女将に感謝感激。

笛吹の湯 三富温泉「笛吹の湯」: 乾徳山の南東麓に位置する村営の日帰り温泉施設。 平成元年にオープン、ということは、ブームの昨今、けっこう古い部類の日帰り温泉施設、ということになる。 そのせいだろうか、シンプルでこじんまりとしているのはいいのだが、売店や食堂はないし、ジュースなどの自動販売機も置いていない。 湯上りに佐知子を待っている間、私は厨房に入ってセルフサービスのお茶をガブ飲みした。 ただっ広い休憩室はあるのだが、もちろん飲酒はご法度だ。 地元の客がほとんどのようだった。 帰りがけ、外へ出て振り返ったら、入り口の脇にジュースの自動販売機があった。 なんなんだ一体、と思った。
  アルカリ性単純泉。温めの露天風呂あり。入浴料は地元村民は200円、一般客は500円だった。
* この後(H17年3月)、三富村が山梨市に吸収合併されたのを機に、名称が「みとみ笛吹の湯」と変更されたようです。



青い空と草紅葉と・・・
扇平から乾徳山へ向かう

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