No.169-2 白山2702m後編 平成16年(2004年)9月18日〜20日 ![]() ![]() |
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第1日=JR上野駅-《寝台特急》-金沢駅-《バス2時間》-別当出合〜中飯場〜甚之助避難小屋〜黒ボコ岩〜白山室堂
第2日=白山室堂〜御前峰2702m〜白山室堂〜黒ボコ岩〜慶松平〜指尾1418m〜六万山1260m〜市ノ瀬(白山温泉) 第3日=白山温泉-《宿の車15分》-白峰-《バス90分》-金沢【歩行時間: 第1日=3時間50分 第2日=6時間40分】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ *** 前項 白山(前編) からの続きです *** 立ったまま熱いコーヒーを啜り、残りをサーモスに詰める。時々トイレに起きてくる登山客が 「出かけるのですか?」 と怪訝そうに聞いてくる。懐中電灯に照らし出された私達の姿は、他人が見たら異様なものに映っていたのかもしれない。
御前峰山頂までは完璧に整備された石畳と石段の道だ。神職が下駄履きでヒョイヒョイと登り下りするというのもうなずける。南西の風が強く、雨が顔に当たると痛い。30分ほどで、岩のゴロゴロした、ホワイトアウトの静かな山頂へ着いた。白山比盗_社奥宮を参拝してから一等三角点にタッチする。岩陰にコバルトブルーのイワギキョウがひっそりと咲いている。 当初は、この御前峰から更に北へ進路を取り、お池めぐりをしてから大汝峰に登り、釈迦新道を辿って市ノ瀬に下る、という計画を立てていたのだけれど、それはこの時点であっさりとあきらめた。この濃霧ではそのコースは危険だと思ったからだ。しかし、結果論だけれど、この2〜3時間後には展望も望める穏やかな天候に回復したことを思うと、後悔先に立たず、の感は否めない。矢張り私達は白山に嫌われてしまっていたのかもしれない。 白山室堂のビジターセンターに戻り、小屋の弁当で朝食を済ませてから、弥陀ヶ原を通り、黒ボコ岩(標高2320m)から観光新道へ入る。景色が霧の中なので、足元ばかり見て歩く。ここいら辺の岩は礫岩のようだ。その礫岩から剥がれ落ちた石英などの卵形のきれいな石コロ(玉石)があちこちに沢山落ちている。記念に一つ二つ持ち帰ろうかとも思ったけれど、これらの石コロも霊峰白山のものだ。恐れ多いし、これ以上白山に嫌われたくもなかった。その真摯な気持ちが伝わったのだろうか。この頃から風は収まって、少しずつ霧が晴れてきた。 ようやく、稜線一帯の草原が姿を現した。草原は、初秋の冷たい風に、黄土色に色づき始めている。タカネマツムシソウやコミヤマキンポウゲなどが僅かに咲き残ってはいたが、花期が終わって枝だけになってしまったミヤマシシウドは、遠くで寂しそうにポツンと立っていた。 別当坂分岐で少し迷ったけれど、私達は観光新道から別当坂を下らずに、そのまま真っ直ぐに尾根道(白山禅定道)を辿ることにした。これが結果オーライだった。平成11年に復元されたという白山禅定道(歴史ある旧越前禅定道の一部)は、人影も少なく変化に富んでいた。 「禅定道とは、今風に解釈すると修行の登山道、ってところかな」 と軽口も出てきて、人工的な道ばかり歩かされてウンザリしていた私の溜飲も段々と下がってきた。 慶松平を過ぎた頃からオオシラビソやダケカンバなどが疎に生え、低山木も混じる、針・広混交の明るい樹林帯になる。ナナカマドやオオカメノキには赤い実が生っている。足元のゴゼンタチバナも赤い実をつけている。 五輪坂を下ってから指尾(さしお・1418m)までは痩せた岩尾根が続くが、要所には木製の階段などが付けられていて心配はない。道沿いには多くのリンドウが咲いていたけれど、花は開いていたのでオヤマリンドウではないようだし、エゾリンドウやハクサンリンドウでもないようだ。→写真を何枚か撮っておいたので、帰宅してから図鑑などでも調べてみたけれど、どうやら普通のリンドウに一番よく似ているようだった。 その他、ミヤマアキノキリンソウやミヤマコゴメグサなども沢山咲いていた。数は少ないが、ヒメシャジンも可憐に咲いていた。 少し広くなった静かな登山道で、湯を沸かしてチキンラーメンの昼食を摂る。 食後、少し進むと標柱と三角点のある指尾のピークで、単独行の男性がコンビニのオニギリを食べていた。歳は40くらいだろうか。この道で初めて出会ったハイカーだ。思わず、めずらしく、「あの山並みが白山の山頂部なのですか?」 と後ろを指差して、私の方から声を掛けてみた。人懐こい笑顔のその男性は、「そうですよ。左が大汝峰で、右のちょっとしたピークが御前峰です。ずっと右側の離れて聳えているのが別山です」 と親切丁寧に教えてくれた。それから、この指尾が白山山頂部を眺めることのできる白山禅定道の最後(最初?)のピークであることなどを、淡々と私達に語ってくれた。私達は白山の山頂部に向かって最後の「伏拝」をしてから、人懐こい笑顔の男性に丁重にお別れの挨拶をした。暫らく歩いてから、「このロングコースを登りに使うなんて、あの男性、ただ者じゃないね」 と、佐知子と小声で話し合った。 やがてブナの目立つ林になり、暫らくは緩勾配の道が続く。高度が大分下がってきたようだ。左の柳谷と右の湯ノ谷の両方から、沢音がステレオのように聞こえてくる。大きなキノコがぎっしりと生えている倒木などを横目で見ながら歩き、ほどなく六万山1260mの地味な山頂を通過する。それから尾根を外れて北側の樹林の中(梯子坂)を急降下する。 斜面の所々にシソに似た花が咲いていた。佐知子が屈んで特徴のある形をした葉っぱに鼻をつけてみたけれど、シソの香りはしないと云う。これも帰宅してから調べてみて分かったのだが、この花はシソ科には違いないけれど、どうやらハクサンカメバヒキオコシのようだった。里の秋だ。赤紫色の花をつけたアキギリもあちこちに咲いている。タフなロングコースだけれど、この下山道は最後まで飽きない。 急坂を下り切り、釈迦新道との合流地点でもある白山禅定道登山口に着いたのは午後2時頃だった。ここから治山工事用車道を横切り、トチノキやサワグルミの林を抜け、アスファルト道へ出る。登山口から1時間ほどで市ノ瀬の白山温泉へ辿り着いた。標高差1870mを下って、佐知子も私も膝がガクガクだった。
![]() この市ノ瀬は石川県側の主な白山登山口にもなっていて、宿の部屋の窓からは、その正面に六万山を望むことができる。あの山を今さっき下ってきたんだな、と、感慨もひとしおだ。でも、至近距離の六万山があまりにも大きく見えすぎるものだから、その奥の白山の主峰たちが見えない。そのことを宿の人も大変に残念がっていた。しかし、それはそれ、それがこの市ノ瀬の景観。何とも穏やかな、心休まる風景なのだ。 翌朝、宿の車で白峰のバス停まで送ってもらった。運転手はこの旅館の三代目のご主人、私達よりは少し若い、永井富三夫さんだった。学生時代の、東京の世田谷で過ごした4年間の思い出や、最近の白山に雪が少なくなったことなどを、色々と話してくれた。この宿は、この気さくなご主人がいるなら、きっと、今までもこれからも、うまくやっていけるのだろうな、と、僭越ながらそう思った。 第3日目(9/20): 白峰から9時発のバスに乗り金沢へ向かう。乗客は私達だけだった。金沢駅からの予約の列車までにはたっぷりと時間があったので、金沢城や兼六園などをのんびりと見学してから家路についた。何回も振り返ってみたけれど、薄曇りのこの日、白山を望むことはとうとうできなかった。 今回の私達の山旅・白山の感想を一言でいうと、予想以上に管理された(観光化された)山だった、ということになるかもしれない。…白山の噴火周期は300〜400年で、そろそろ噴火してもおかしくないという。もしも再噴火したら、白山は大昔の人を寄せつけない原始的な山に逆戻りをするのだろうか、なんて、ぼんやりと考えてみた。地元の方達には誠に申し訳ないことだけれど、それ(白山の再噴火)を期待する私の心底の小悪魔が、ひそひそと私にささやきかけている…。 ![]()
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