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No.187 羅臼岳(らうすだけ・1660m)
平成17年(2005年)7月22日 ガスッたり晴れ間もでたり マイカー利用

羅臼岳 略図
北海道の山旅・のほほん24日間 [8/8]
四面の大雲海に感動!

《マイカー利用》 ウトロ-《車15分》-岩尾別温泉220m〜オホーツク展望台〜岩峰650m〜弥三吉水〜極楽平〜銀冷水〜羅臼平〜岩清水〜羅臼岳1660m(往復) 【歩行時間: 7時間20分】
 → 国土地理院・地図閲覧サービスの該当ページへ


 一週間ほど前(7/14)に世界自然遺産に登録されたばかりの知床は、斜里もウトロも羅臼も、拍子抜けするほど静かだった。知床に住む人々の「大人の対応」を垣間見た思いがした。騒いでも騒がなくても知床は、世界にも稀な自然環境を誇っているのだ。
 羅臼岳登山に先立って「知床博物館」や「知床自然センター」を見学したり、ドライブ観光などもして、まず知床の予習をした。ウトロの温泉民宿(酋長の家)に一夜を過ごした私達夫婦は、もう心も身体も、万全の体制だった。
 知床(しれとこ)はアイヌ語でシリエトク。地の果て、を意味する。

 7月22日(曇/晴): 山頂で霧が晴れた ウトロ〜羅臼岳登山〜岩尾別温泉  
 ウトロ(宇登呂)はオホーツク海に面する小さな漁港で、知床半島を一周して東側の羅臼に到る遊覧観光船の一方の拠点にもなっている。カモメが飛び交う狭い入り江に奇岩と建物が立ち並ぶ、ちょっと変わった空間だった。
前日、岩尾別温泉の近くで撮影したものです
エゾシカのメス

羅臼平から羅臼岳を望む
羅臼岳の山頂部

羅臼岳の山頂が近くなってきた
山頂へ向かう

大きな安山岩が累々と・・・
山頂は狭い

四面は雲の海:羅臼岳山頂にて
大雲海だ!

下山路にて
エゾシロチョウ
クマのイラスト
 未明、そのウトロから閑散とした薄暗い道を車で走る。道筋のあちこちではエゾシカが群れをなして草を噛んでいる。昨日はたくさんいたキタキツネは今朝はいないようだ。15分も走ると羅臼岳登山口のある岩尾別温泉「ホテル地の涯」の大きな駐車場に着いた。ここから先は民家も車道もない。 「とうとう地の果てまで来てしまった…」 などと云いながら、歩き始めたのは午前4時12分だった。
 「ホテル地の涯」の裏にある木下小屋前に「クマ出没注意」の立札が立っている。思わず近くの祠に手を合わせる。トドマツ、ミズナラ、イチイ、エゾマツなどの樹林帯を暫らく登ると、今度は「ヒグマ出没多発区間」の立札。よく読むと 「この先、650m岩峰までの区間は、登山道上にアリの巣が集中し、頻繁にクマが食べに来ています」 と書いてある。足元を見ると、なるほどアリがうじゃうじゃと歩いている。普通の大きさのやや赤みがかったアリだった。
 間もなくして尾根筋の道に出ると、益々そのアリの数が多くなってくる。大声を出しながら歩いたほうがいいのは分かってはいるのだけれど、私達夫婦は無口になりがちだった。オホーツク展望台を過ぎ、例の岩峰も通り過ぎ、ついでに弥三吉水(水場)も通り過ぎる。何時もは40分〜50分歩いて10分〜15分休憩の私達のペースだけれど、このときは休まず進んだ。佐知子のザックにぶら下がっている熊よけの鈴の音が響き渡る。尻を振り振り、モンローウォークで歩いているのだ。北海道のヒグマは人を襲わないというけれど、やっぱり怖い。笑ってはいられない。
 いつもよりかなり速いペースで、登山口から1時間半ほども歩き続けただろうか。アリが少なくなってきたのでほっとして、「極楽平」の標板のある地点で朝食休憩にした。傍らにはゴゼンタチバナが咲いている。今まで多かったミズナラが何時の間にか姿を消していた。ここは細長い小平地で、ひねたダケカンバやミヤマハンノキ、ミネカエデ、高山型のナナカマド(ウラジロかタカネかミヤマか、確認を忘れた)などの、背は低いが美しい林に囲まれている。
 ふと気がつくと、雲が低い。ダケカンバの樹上近くまで、その雲霧が下がってきている。知床半島は霧の名所でもあるらしい。
 急斜面を登り、霧の中へ突入する。最後の水場の銀冷水(標高1000m強)を通り過ぎる。コマドリが鳴いている。立ったハイマツが目立つ。ウコンウツギやキバナシャクナゲが咲いている。エゾコザクラが群落して咲いている。大沢のザラメ状の雪渓を登り切ると雲霧の上部を抜け出たらしく、青空が覗いた。そして、明るく開けたハイマツの広い原へピョコンと出た。みるみるうちに霧が晴れて、眼前に羅臼岳のピラミッド型の山頂部が忽然と現れた。ここが待望の羅臼平だ。
 羅臼平は羅臼岳山頂へ続く道と羅臼温泉コ−スと三ツ峰・硫黄山方面への縦走路との分岐点であり、北大山岳部が作ったという木下弥三吉(やさきち)の記念碑がある。この山域の開拓者であり、弥三吉水(水場)や木下小屋などにその名を残しているようだ。ここはまたキャンプ地でもあり、クマやキツネなどの人間による「餌付け」を回避するためのフードロッカー(食料保管庫)も設置されている。辺りにはチシマノキンバイソウ(エゾキンバイソウ?)やシコタンソウなども咲いていて、広々として気分のいい処だ。この羅臼平から標高差にして約300m、歩程にして1時間弱、羅臼岳山頂へ到る岩礫の坂道がまた素晴らしかった。
 メアカンフスマが咲いている。イワブクロもエゾノツガザクラも咲いている。岩清水の回りにはイワヒゲが群落して見事に咲いている。ミネズオウ、マルバシモツケ、チングルマなども次々と咲いていて、カメラが手から離せない。振り返れば青々とした羅臼平の上に、硫黄岳へ続く知床火山群北東部の山々が雲海から頭を出している。
 安山岩とのことだが、その大きなゴロ岩を積み上げたような羅臼岳の山頂は案外と狭くて、山頂標識と真鍮製の二等三角点の周囲は10名前後のハイカーたちで押すな押すなだった。岩礫の隙間にはイワブクロが咲き、頭上は抜けるような青空で、四方の眼下は雲海に囲まれている。その雲海の東面の奥が途切れていて、根室海峡を隔てた国後(クナシリ)島が大きな角度で横たわっている。それらは絶景だった。
 大パーティーが去って静かになった山頂に、私達は随分と長いこと立ち尽くした。感動を通り越して、心が静かに泣いていた。これが「北海道の山旅」の最後の山頂になる、という寂莫もあったかもしれない。この絶景が知床の山々からの私達への餞別だとしたら、なんという素晴らしいフィナーレだろう。
 名残りの尽きない山頂を辞した私達は、来た道を辿り下山の途についた。途中、数十匹の白い蝶々(エゾシロチョウ)が次々と羽化する場面に出っくわした。動物といい花といい昆虫といい、この山は生き物たちで満ち満ちている。地元の方から聞いた話によると、阿寒や斜里などの他の山域から、近年、大型の動物たちがぞくぞくと知床へ移動しているらしい。世界自然遺産に登録されるのを動物たちは事前に察知していた、ということだろうか。
 しかしヒグマには出会いたくなかったので、アリの多い例の区間で私達は一計を案じた。つまり、屈強そうなパーティーの後をつかず離れずに歩く、という非常手段だ。そしてそうして歩いていると、何時の間にか私達の背後を、矢張りつかず離れずに追いかけてくるパーティーがいる。考えることは誰も彼もそう違うものではないようだ。私たち人間はクマが怖いからクマを避ける。そしてクマを避けるために、なるべく「自然」に介入しないようになる。「知床の自然はヒグマによって守られている」 の意味が痛いほどよく分かった。
 標高差約1440mの山道の往復で急に疲れが出てきたものか、下山路最後の1ピッチは極端なスローペースになった。それでも、岩尾別温泉の駐車場に戻り着いたのは、まだ日の高い午後2時30分頃だった。
 その最後の1ピッチは、感動を与えてくれた北海道の山々に対する感謝の気持ちと惜別の情を込めた、私達の「祈り」の時間であったのかもしれない…。

* 羅臼岳の山名について: アイヌ語で「ラ・ウス=ウシ」とは、一般的には「魚の肝臓(内臓)・がたくさんあるところ」という意味だそうだが、「ラ」には「魚の肝臓」のほかにも「低地・クズの蔓(つる)」という意味もあるそうで、じつは定説はないようだ。
 羅臼岳の元々のアイヌ語名はチャチャ・ヌプリ(爺爺岳=老いた・山)と云うそうだ。日本地図を眺めていて気がついたのだが、国後島の最高峰も同名同意のチャチャヌプリ
1822mとなっている。面白いと思ったのでもっと地図をよく見てみると、国後には羅臼山888mというのもあるし、雌阿寒岳の麓にあるオンネ・トー(老いた・湖)と同じ名前の湖もある。私は学者ではないのでそれ以上のことは分からない。でも、国後島がアイヌと深い関係にあることはよく理解できる。

温泉民宿「酋長の家」 ウトロ温泉「酋長の家」: ウトロ港の目抜き、帽子岩の真下に建つ温泉民宿旅館。すぐ近くにゴジラ岩やオロンコ岩(高さ60m)などの奇岩もある。釣りとか知床半島の観光船利用にはもってこいの宿かも。1階は土産物店も兼ねている。2階の部屋の窓下はウトロ港の街並みで、空にはカモメがたくさん飛んでいた。タイル貼りの風呂(男女別の内湯のみ)は狭いが、1〜2人で浸かるには充分。我家の風呂場よりは何倍も広い。薄黄緑色の湯(ナトリウム・塩化物泉)が湯船から常にあふれている。源泉掛け流しだ。
 女将のお父さんはアイヌコタンの酋長だった、とのことで、屋号もそれに由来しているようだ。廊下などの空間にはアイヌ民族の楽器など各種の道具が展示されていて、ちょっとしたミニ博物館。食事は地元の新鮮な海産物など、美味しかった。特別注文した毛ガニ(一匹4,200円)に舌鼓。思わずお銚子もう一本、になってしまった。女将さんの黒い髪など、アイヌ特有の風貌に初めはドッキリ。でも、とても気さくで親切なお母さんで、カモメがうるさいほど鳴いていたけれど、私達は一夜を快適に過ごせた。1泊2食付一人8,925円だった。
 外部サイトへリンク 「酋長の家」のHP

岩尾別温泉「ホテル地の涯」 岩尾別温泉「ホテル地の涯」: 知床半島中央のオホーツク海側に位置する、我が国最東端の温泉宿。隣接した裏側に木下小屋があり、そこが羅臼岳のウトロ側登山口になっている。内湯は男女別の大浴場(石タイル貼り)で、外湯は大中2つある露天風呂(庭園岩風呂)と大きな木をくり抜いた丸太風呂と多彩だ。外湯に関しては全て混浴で、女性はタオルや水着は可とのことだが、妻の佐知子は「恥ずかしいから…」と、とうとう入浴しなかった。いい風呂だったのだが…。泉質は塩化物泉(緩和性低張高温泉)、61度、加水温度調整、掛け流し。ほとんど無色透明無味無臭。
 ホテルの玄関前から駐車場を横切った少し先にも露天風呂(三段の湯・滝見の湯など)がある。森に囲まれた無料の露天風呂で、勿論混浴だ。翌朝、散歩がてらに入浴してみたけれど、かなり野趣あふれる風呂だった。
 * ホテル地の涯は2018年6月にリブランドオープンした模様です。[後日追記]

 7月23日(曇): のほほんと帰路につく 岩尾別温泉〜釧路湿原散策〜茅沼温泉  
見晴台から双眼鏡で眺めているところです
釧路湿原を観光

風呂も食事もよかったです
ペンション未知標
 ホテルの朝風呂に浸かって、朝飯もゆっくりと食べてから「地の涯」に別れを告げる。北海道の山旅をほぼ計画通りに終えた私達に虚脱感と満足感が付きまとう。羅臼峠を超えて羅臼へ向かう途中、何回も振り返ってみたけれど、羅臼岳は深い霧にずっと包まれていた。
 気分を変えて、厚岸(あっけし)でカキ料理を食べてから釧路へ向かう。この日の午後は釧路湿原をぐるっと散策して、湿原の北に位置する茅沼温泉に宿をとった。

茅沼温泉「ペンション未知標(みちしるべ)」: タンチョウが飛来する駅として有名な茅沼駅(無人駅)の真向かいにある粋な温泉ペンション。ミズナラの林を背にしてひっそりと建つ。 フランス料理風の食事も美味で、しょっぱい湯(ナトリウム-塩化物強塩泉)は完全な源泉掛け流し。ほどよい広さのタイル貼りの浴槽からは一晩中湯があふれていた。若いご主人も奥さんもとても感じのよい人だった。1泊2食付一人8,025円は安いと思う。近くに「山」はないけれど、日本で最初(1980年)にラムサール条約に登録された湿地、釧路湿原散策のベースとして超お勧めの宿だ。
 外部サイトへリンク 「ペンション未知標」のHP

 7月24日(曇): 苫小牧からフェリーに乗って… 茅沼温泉〜苫小牧…  
 北海道は矢張り広い。道は空いていて信号もほとんどないので随分走ったなと思っても、道路地図で見るといくらも走っていない。朝8時に釧路湿原の茅沼温泉を発ち、帯広・夕張と通過して苫小牧へ着いたのは午後3時を過ぎていた。苫小牧駅前の百貨店で土産物を見たりして時間を過ごし、午後7時発の仙台経由名古屋行きフェリーに乗る。この太平洋フェリーの大型船が、ちょっとした高級ホテルの感で、一晩を快適に過ごせた。

 7月25日(曇/雨): 一路東京へ …仙台〜東京  
 朝の9時20分に船は仙台港に着いた。台風7号が接近していて、名古屋行きは航行打ち切りとなった。名古屋行きの乗客たちは船賃の払い戻しを受けていた。
 仙台からは東北自動車道で、一路東京へ向かった。
 その東京は雨だった。我がブルーバードの総走行距離は3601Km。夢のような24日間の、私達の北海道の山旅は終わった。



さらば羅臼岳。ありがとう北海道の山々。
羅臼岳の山頂にて


「北海道の山旅・のほほん24日間」の写真集大きな写真でご覧ください。

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