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No.1 鼻曲山(はなまがりやま・1655m)
平成6年(1994年)8月7日 晴れ

鼻曲山 略図
木々の緑が目に優しい
山道にて

なんと、タウンシューズだ!?
鼻曲山の山頂にて

水車の回る山小屋風の宿
霧積温泉「金湯館」


私達の山旅の始まり

JR信越本線横川駅-《タクシー25分》-霧積温泉(泊)〜十六曲峠〜鼻曲峠〜鼻曲山(大天狗・小天狗)〜長日向-《タクシー20分》-軽井沢駅 【歩行時間: 4時間弱】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ


 信州の霧積温泉で旅の一夜を明かした翌朝、妻の佐知子に 「とにかく表へ出て歩いてみましょう」 と誘われた。それは彼女の深遠なる謀略だったのかもしれないが、これが結局、足の老い防止と心の健康のための“私達の山旅…”の第1回目の山歩きとなった。

 登山道で、老夫婦のハイカーに 「こんにちは」 と声を掛けられて、なつかしい心のぬくもりを感じた。木々の緑が目に優しくて、森の空気は新鮮で豊饒だ。仕事に追われる毎日の、その机上からふと目を上げたとき、おぼろげに見えていた仙境の幻がこれだったのかもしれない。

 私達が背負っていたのは懐かしのナップザックで、履いていたのはなんとタウンシューズだ。木の根っこや笹にしがみつきながら必死に登り、鼻曲山の山頂へ辿り着いた時はもう汗びっしょりだった。さわやかな風を身体に受けて、遠足気分でお弁当を食べて、浅間山や妙義山などの展望もゆっくりと楽しんだ。

 下山してからの、長日向(ながひなた)での路線バスの待ち時間が長かった。交通渋滞のためバスのダイヤは大幅に乱れていたようだ。待合のベンチにじっと腰掛けていると、足の筋肉がブルブルと震えている。予想した以上に身体がなまっているな、と感じた。結局、渋滞の中をたまたま通りかかったタクシーに乗り帰路についた。

 歩いていて気がついたのだけれど、山道にも山頂の広場にも、ゴミは全く落ちていない。確か昔(私達がまだ超若かった昭和30年代から40年代のこと)は、何処の山へハイキングに行っても、空き缶や食べ残しのゴミなどがあちこちに落ちていたものだった。中高年の登山者が増えたことで山のマナーが良くなったのかな。それとも、衣食足りて礼節を知る、じゃないけれど、日本人全体が(やっと)心の落ち着きを取り戻してきた、ということなのかな。…何れにしても、とても良いことだと思った。

* 子供たちがまだ小さかったころに、親子四人で北アルプスの表銀座を歩いてから久しく登山とは無縁だったが、まさか中高年の登山がこれほどブームになっているとは思わなかった。
 上りも下りも矢張り辛かったが、山歩きの良さを再発見し、今後も月に1〜2回程度は続けてみようと決心した、私達夫婦の記念すべき「ちいさな山旅」だった。

* 鼻曲山: 山頂部の曲がった鼻のような特異な形が山名の由来であるらしい。浅間山の東方、上信国境に位置する。山頂は東側の大天狗と西側の小天狗の2峰に分かれていて、いずれも展望が良い。東側の切り立った崖は烏川(利根川の支流)の水源になっていて、ここにも日本武尊東征の伝説があるようだ。

温泉マーク 霧積温泉「金湯館」: 森村誠一の推理小説「人間の証明」で事件解決のキーワードにもなった西条八十の詩「帽子」に出てくるのがこの霧積温泉。霧積川上流の渓谷、標高1160mに位置する。私達が泊まった「金湯館」は水車の回る山小屋風の素朴な宿。「日本秘湯を守る会」の会員旅館でもある。カルシウム硫酸塩泉、泉温39℃、タイル貼り、湯量豊富。夕食は山菜の天ぷら(柿の葉等)がメインだった。少し下流にもう一軒の宿「きりづみ館」がある。
 外部サイトへリンク 「金湯館」のホームページ

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