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No.203-1 初夏の 巻機山(まきはたやま・1967m)
平成18年6月14日(前泊) 晴れ マイカー利用

巻機山 略図
広々とした頂稜と新緑の山腹に遊ぶ

《マイカー利用》 …清水(民宿に前泊)-《車5分》-桜坂駐車場(登山口)〜六合目展望台〜前巻機山(ニセ巻機山)1861m〜避難小屋〜御機屋〜巻機山1967m〜牛ヶ岳1962m〔往復〕 【歩行時間: 8時間30分】
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  上越国境に位置する巻機山は、新緑や紅葉の頃が特にいいという。 一般的な登山道は清水方面からのものが最もポピュラーなようだ。 しかし、車で行けるところまで行ったとしても、日帰りの往復登山としては、鈍足で軟弱な私達夫婦にとってはかなりきついコースだ。 そこで、前々から私達はこの巻機山へ登るときには日の長い初夏(新緑の候=梅雨の中休み)にしよう、と話し合っていた。 それは全く大正解だった。 山腹のミズナラ・ブナ林の燃えるような新緑に溺れそうになりながら、どっぷりと山に浸かり、大満足の丸一日だった。
国道291号線(塩沢)から巻機山を望む[翌日撮影]
巻機山(塩沢より)

ピンクの色彩が目に優しい
タニウツギ

板張りの純和風の建物
民宿「おのづか」

  6月13日(登山前日・曇): 今日は巻機山南西麓の登山口(清水)まで入ればいいので、のんびりとドライブだ。 関越自動車道を長い関越トンネルの手前(月夜野I.C)で降りて、敢えて旧道(国道17号線)を進み、三国峠越えの懐かしい道のりを辿る。
  私達の青春のスキー場(苗場・三俣・越後湯沢・石打など)の近くを通り過ぎ、更に北上して塩沢の町をぐるっと一回りしてみた。 この町は何時の間にか南魚沼市となっていた。 調べてみると、一昨年(H16年11月)に旧大和町と旧六日町が合併して南魚沼市となったが、昨年(H17年10月)更に塩沢町を吸収したらしい。
  塩沢町でのお目当ては、江戸後期のベストセラー博物誌「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」の著者で当地出身の鈴木牧之の記念館を見学することだった。 同誌には巻機山の伝説が記されているという。 しかし…、道標に従って行ってみたけれど、入口に「本日休館」の立て看板。 またしても「行き当たりバッタリ」の弊害だ。 ろくに調べもしないで来てしまった私達が悪い。 「月・火の二連休なんて、ちょっと休みすぎじゃないの…?」 と妻の佐知子は憤懣やるかたなさそうだ。 私も少し残念で、出鼻をくじかれた感じがした。
  塩沢の交差点を右へVターンして国道291号線へ入り、登川に沿って遡上する。 この登川は魚野川の支流で、その魚野川は信濃川と名を変えて日本海に注いでいる。 道沿いのあちこちには淡紅色のタニウツギが今を盛りに咲いている。 裏日本では見慣れた初夏の風景かも知れないが、それ(タニウツギの花)がデフォルメされた山里の6月は、私達の目にはとても新鮮で、この上もなく質素で美しく映った。 この291号線のどん詰まり(この先車両通行不可)が清水の集落だった。

* 清水の民宿「おのづか」: 明治の一時代に、清水峠を挟んで上州と越後を結んでいた街道があったというが、その越後側の拠点になったのが清水であった、とか…。 開通してその数年後には雪崩のために通行不可になって、いまだにそのまま、らしい。 と、なんとも哀感に満ちた清水だが、現在は百名山の巻機山のおかげかどうか分からないが、その閑静な集落には6軒ほどの民宿があり、民宿村の感がする。
  私達がそのうちの一軒の「おのづか」を選んだのに特に理由はなかったが、板張りの純和風の建物が改築後まだ新しく、風呂も立派で居心地はとても良かった。 登川の清流が道路を隔てて流れていて、そのヤナギ類の繁茂する渓畔林の姿が美しい。 夕方の小1時間、付近を散歩してみたけれど、河原へ降りる道(遊歩道)が近くにはないようで、少し残念に思った。 夕餉にはアケビの新芽のおひたしなど、各種の山菜料理が、今が旬なこともあり、たくさんの皿に山盛りだった。 1泊2食付一人6,000円は安いと思った。
  今冬は雪が多く、この付近も5メートルは積もったとのことだった。 「やっと融けたばかり、なんですよ」 と、女将さんが笑いながら云っていた。


  6月14日(登山当日・晴): 午前4時頃には目が覚めて、支度して、そっと宿を出る。 車で正味5分足らずで、昨日に下見をしておいた桜坂駐車場(巻機山登山口・標高約750m)へ着く。 もう明るくなっていたので、さっそく歩き出す。 タニウツギの薄紅色の花は今朝も鮮やかで、クロモジの地味な花房も薄黄緑色に目立っている。 その(クロモジの)葉っぱをちょっと失敬して臭いを嗅いでみたら、なんとも云えずいい香りがした。 足元のチゴユリの小花が風に揺れている。
子葉の真ん中から本葉が育っています
ブナの赤ちゃん(実生)

積雪はまだ深いがアイゼンは不要
ブナ林を登る

六合目展望台から天狗岩を望む
ヌクビ沢と天狗岩

前方が巻機山本峰です
ニセ巻機山頂にて

H16年に改築。バイオトイレ採用。
巻機山避難小屋

この東約300mに本当の山頂があります
巻機山の(ニセ)山頂

石が積んであるだけでした
巻機山(本物の)山頂部
  登りコースに使われる割引(わりめき)沢からヌクビ沢へ進む沢コースは、残雪の多い今どきは危険な箇所があるとのことで、私達は安全策をとり、一般的な井戸尾根コースの往復登山を選んだ。
  清水集落にある神社がその起点とのことだが、登山道上の合目表示が現在位置の目安になる。 歩き始めて間もなく三合目を通過し、三合五勺を過ぎるとミズナラ、ダケカンバ、モミジ類などの森にブナが交じりだす。 所々のオオカメノキやタムシバの白い花やムラサキヤシオの鮮やかな紅紫色の花も目を引くが、美しさの主役は萌黄色の新緑そのものだ。
  丁度1時間ほど歩いた地点の五合目が開けていて、ここで小休止。 雪渓が残る(怖そうな)眼下の米子沢などを眺めて、矢張り沢コースを断念してよかったと思った。
  やがて、ほとんどブナの純林となってくる。 林床にはそれらの実生(ブナの赤ちゃん)が育っていて、道沿いにはコイワカガミやショウジョウバカマが咲き競っている。 残雪のブナ林を登りつめると間もなく六合目の展望台で、大雪渓のヌクビ沢や天狗岩の岩峰が目の前だ。 それらの絶景を楽しみながら、ここで宿の朝食(オニギリ)を食べる。 流石に魚沼産のコシヒカリだ。 とても美味しかった。
  ブナやダケカンバの樹高が徐々に低くなり、ナナカマドも高山型の矮小なものになり、シャクナゲやハイマツも出てくる。 しかし常に最も優勢なのはササ(ネマガリダケ)のようだ。 七合目、八合目と、それらの背丈の低いササ原が目立ち始める。 丸太の長い階段を登り切った九合目が、ニセ巻機山(前巻機)のピークだった。 割引岳や巻機本峰などの近景は勿論のこと、谷川連峰や尾瀬方面の山々など、上越国境の山々が大パノラマになって目に飛び込んでくる。
  少し下った巻機山本峰との鞍部に近年(H16年)改築されたばかりという瀟洒な避難小屋が建っている。 背後は疎らなオオシラビソ林で、前面には雪田と草原が広がる穏やかで気持ちのよいロケーションだ。
  池塘に咲いているミズバショウを観賞しながら、大雪渓を横切って頂稜の一角(御機屋)へ出る。 小広い空間とそこそこの展望で、山頂標識もしっかりと立っているが、ここがウワサの「ニセ山頂」だ。 国土地理院の地形図に載っている巻機山本峰の基準点(標高点1967m)はこの少し東寄りにある。 牛ヶ岳山頂へ進むついでにその本物の頂上と思わしきなだらかなピークへ登ってみたけれど、山頂を示す標柱などはなにもなかった。 西にある割引岳やこれから向かう牛ヶ岳や付近のなだらかなピークなどより、あきらかにここが一番高いと思ったが、近くの登山道沿いにゴロ石を積んだ小さくて大雑把なケルンがあるだけだった。 この山頂ずらし(ニセ山頂設置)については、植生保護(山頂部の土壌復元プロジェクト)のためというのが表向きの理由らしいが…、どうもそう判断するには説得力に欠けるような気がする。 展望についてはかえってニセ山頂のほうがよくて面積も広いので、それが真の理由かなぁ、とも思った。 下山後に調べたところによると、どうやら信仰上の理由によるというのがその真相のようだ…。
  稜線上の広い草原にはコイワカガミやタテヤマリンドウなどがよく咲いている。 黄色く小さな花は(ナエバ?)キスミレや(エチゴ?)キジムシロだ。 アズマシャクナゲも、その数は少ないがピンク色のゴージャスな花を咲かせて自己主張している。 この一帯は、盛夏にはハクサンコザクラやニッコウキスゲの美しい処でもあるらしい。
  文字通り大きな牛が寝そべったような姿の牛ヶ岳の三等三角点を過ぎて尚少し進むと、北面の越後三山などの展望が特によい場所があった。 ここは今回のトレイルの北の果て。 目立たない地面上に東京農工大学探検部の(s60年6月の)遭難慰霊碑(石板)が置かれてあった。
  展望を充分に楽しんだ中休止の後、踵を返し、来た道を戻る。
  ニセ山頂のある御機屋の地点までひき返して少し迷った。 このまま主稜線を西へ真直ぐに辿れば一等三角点のある割引岳の山頂に立つことができる。 往復約1時間、なのだが、佐知子とチラッと相談してあきらめた。 もう既に疲れていて、足も心もヘロヘロになっている。 巻機山山頂部の広々とした牧歌的な様子は充分に分かったし、本峰の最高点も確認したから、まぁいいか、の心境だ。 今度来ることがあったら、そのときは必ず割引岳を極めよう、と思った。 この山域はステキなので、いつかまたきっと再訪するときがくると思う。
  汗びっしょりになって、足がガクガクになって、疲れ果てて、エゾハルゼミの鳴き響む登山口へ戻ったのは午後3時半頃だった。 しかし流石に6月だ。 まだ充分に日は高い。 私達にしては上出来の一日だった。 しかしながら、この日同コースを歩いていたハイカーは十数名ほどだったが、私達が一番最初に歩き出して一番最後に駐車場に戻ったのは間違いない。 いつものように追い越されたパーティーは何組もあるが、追い越したパーティーは一組もない。 駐車場には今朝と同じように、私達の車だけがぽつんと停まっていた。
  帰路、清水から塩沢への国道192号線から右を振り返ってみた。 昨日は曇っていて見えなかった巻機山が今日は谷間越しにぼんやりと見えている。 しかし、その見えている部分が巻機山のどの部分なのかがよくわからない。 そんな不思議な山、それが巻機山なのだと思った。 昔、測地の調査官が、地元の人が呼んでいた山名を、その指差す方向の誤差で勘違いしたり、おまけに微妙に違う当て字を使ったり、と、チグハグでてんやわんやの巻機山の近代史がおぼろげに見えてくる。
  疲れてはいたけれどいい気分で運転して、越後湯沢の「駒子の湯」で山の汗を流してから、のんびりと家路についた。


巻機山ってどこからどこまで?: 三角点があるのは西の割引岳(わりめきだけ・1931m)と東の牛ヶ岳(うしがたけ・1962m)だが、これらの2座と基準点(標高点)だけの巻機山本峰1967mと前(ニセ)巻機山1861mを総称して巻機山、と呼ぶらしい。 そのうちで割引岳が尖がったピラミッド型をしており、単独の姿としては最もかっこいいと思った。 狭義の説では、この割引岳から西北へ行った処の祠のあるピークが真の巻機山であるという。 また、牛ヶ岳の名は、実はその山容によるものではなく、上越の山では数少ない雪形による命名、だという。 機織姫の伝説にちなむという巻機山の山名のいわれといい、なかなか面白くて飽きない山だ。

森林インストラクターのTamuです* 巻機山山頂部は偽高山帯?: 新潟県と(旧)塩沢町の説明板(登山口に設置)によると、「その核心部である巻機山は、亜高山針葉樹の欠如した山岳の多い県内においては珍しくオオシラビソ林が山頂の南西斜面に広範囲に分布している…」 とのことだったので、注意して観察してみた。 なるほどそのとおりに(九合目付近に)オオシラビソ林がパラパラとあったけれど、“辛うじて…”といった感じで、ここはやはり限りなく偽高山帯に近いと思われた。 この巻機山の北側辺りが、もしかして、飯豊山や朝日岳、月山、鳥海山など日本海側の多雪山地特有(亜高山性針葉樹林欠如)の「偽高山帯」の南限なのかもしれない。
  ニセ巻機があったり、ニセ山頂があったりでちょっと分かりにくい巻機山だが、どうやら、このおっとりとした山頂部は偽(ニセ)ではないギリギリ本物の高山帯のようである


「駒子の湯」 湯沢温泉共同浴場「駒子の湯」: 巻機山登山の帰路に立ち寄ったのが、JR越後湯沢駅前の温泉街の片隅に建つ町営の共同浴場「駒子の湯」だった。 受付を入ると川端康成の小説「雪国」にちなんだ展示物が目をひいた。 食堂は無く、飲酒も厳禁で、街の銭湯といった感じだ。 ひと風呂浴びたら表へ出て街の食堂などを利用しろ、ということらしい。 この湯沢町には同じような町営の共同浴場が「駒子の湯」も含め6ヵ所もあるそうだ。 弱アルカリ性食塩泉、無色透明でほんのりとしょっぱい味。 湯船は木枠、石タイル貼り。 800年の歴史をもつ伝統の湯に入浴料500円で浸かれる、というのがうれしい。



巻機山の可憐な花たち 大きな写真でご覧ください。
初秋の巻機山 この後(H24年9月)、避難小屋に1泊して再登しました。



巻機山の主峰三山
西に位置する割引岳
ピラミッド型の
割引岳1931m
中央に位置する巻機山本峰
たおやかな
巻機山本峰1967m
東に位置する牛ヶ岳
のっそりとした
牛ヶ岳1962m

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