深いブナ林を登り抜けて主稜線へ…
第1日=東京…山形駅…左沢駅-《私営登山バス75分》-朝日鉱泉 第2日=朝日鉱泉〜鳥原小屋〜鳥原山1430m〜小朝日岳1647m〜銀玉水〜大朝日小屋〜大朝日岳1871m〜大朝日小屋 第3日=大朝日小屋〜金玉水〜中岳〜西朝日岳〜竜門山〜寒江山〜狐穴小屋 第4日=狐穴小屋〜以東岳1772m〜大鳥池〜泡滝ダム-《バス30分》-大鳥登山口(朝日屋・泊) 第5日=大鳥登山口-《バス73分》-鶴岡駅…新潟駅…東京
【歩行時間: 第2日=7時間30分 第3日=5時間30分 第4日=7時間30分】
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「深田百名山」では朝日連峰の主脈と支脈をひっくるめて朝日岳としている(*)。つまり、避難小屋を利用して縦走をしなければこの山を登ったとは云えない、ということだと解釈した。問題は北から縦走するか南から縦走するか、ということだった。
中岳方面から大朝日岳
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しかし、その問題(どちら側から縦走するか)はあっさりと解決した。7月13日に発生した山形県下(鶴岡市小岩川)の土砂崩れの影響により、JR羽越本線の一部が不通になっている。不通区間については代行バスが走っているが、朝早くに東京を出てもその日の夕方までに北側の登山口(泡滝ダム)から最初の山小屋(大鳥小屋)へ着くのは至難の業である。それで必然的に、山形新幹線(おはよう庄内往復切符)を利用しての、南側の登山口(朝日鉱泉)からの縦走登山、ということになったのである。泡滝ダムからの帰路については、8月9日には羽越線の全線が復旧する予定とのことで、問題はなさそうだ。
朝日連峰の山麓湖(大鳥池)の巨大魚(タキタロウ)伝説といい、山麓から中腹にかけての、あの白神山地をさえ陵駕するというブナ林といい、出かける前からなんかワクワクした。
* 朝日連峰と朝日岳: 南北60Km、東西30Kmの朝日連峰は、北に月山、南に飯豊連峰を擁する山形県と新潟県の県境に位置する大山地であり、その最高峰は大朝日岳である。朝日連峰には20座以上の山が連なるが、朝日岳という特定の名の山は無い。日本山名事典(三省堂)によると “小朝日岳1647m、大朝日岳1871m、西朝日岳1814mの総称が朝日岳で、狭義には大朝日岳をさす” となっている。この連峰も少し分かりづらい…。
* この後(平成22年10月1日)の国土地理院の発表によりますと、東北地方の三角点標高成果の改定に伴う標高変更により、以東岳と朝日岳(大朝日岳)の標高は1m高くなって、それぞれ1772m・1871mとなったとのことです。それを受けまして、本項の標高表示を修正しました。[後日追記]
●第1日目(8月7日・曇): 思えば遠くへ来たものだ 東京〜左沢〜朝日鉱泉
JR山形駅で乗換えて、2両編成の左沢線に乗って40分、終点の左沢(あてらざわ)駅に着く。と、駅前のバス停に停まっていたのはバスではなくワゴン車だった。この朝日登山バス(左沢〜朝日鉱泉・2,300円・実際どう見ても9人乗りのワゴン車だ)は、季節運行だという。今年の場合は7月22日から8月13日まで運行しているので私達はバス(ワゴン車だ)を利用することができたのだ。運行期間以外はタクシーかマイカーを利用、ということになるらしい。「朝日岳登山クラブ」の運営、ということで、つまり事実上朝日鉱泉が管理する私営バス(絶対ワゴン車だ!)だ。数年前に、朝日町営だったものを、その利権を民間に払い下げた、ということかな。と、まぁ、それはどうでもいいことだけれど、そのワゴン車は定時の13時05分に私達夫婦と数名の乗客を乗せて出発した。
ワゴン車は、暫らくは最上川の右岸を走る。やがて川を渡り、支流の朝日川に沿って遡上する。辺りの山々が益々深くなってきて、随分と遠くへ来てしまったものだなぁ、と思った。
アブが飛び交う山間の一軒宿、朝日鉱泉に着いたのは午後の2時頃だった。
朝日鉱泉「ナチュラリストの家」: 磐梯朝日国立公園朝日地区と山形県環境保全地区特別地域に属する、つまり自然に恵まれた遠く深い山間…朝日川渓谷・大朝日岳の東麓の標高約540mに位置する一軒宿の鉱泉宿。3年前(H15)には日本で一番面積の広い森林生態系保護地域にも指定された、とのことで、ブナ原生林に囲まれたロケーションは悪いはずがない。玄関前の広場からは、朝日川の流れる谷の奥に大朝日岳のピラミッド型の山頂部が望める。ご主人(西澤信雄氏)は朝日連峰に関するエッセーなども書かれている「山屋」で、登山コースなどについて丁寧に教えてくれる。廃業していた旅館を買い取って昭和50年に復活した(昭和61年に改築・移築)ということだが、そのご苦労はいかほどのものであったかと推察する。朝日鉱泉の開湯は明治9年というのが従来の定説だが、ご主人の話だと、その歴史は江戸時代に遡るらしい。
風呂は石タイル貼りで3〜4人が浸かれるほどの広さ。泉質は塩化物泉(含二酸化炭素・鉄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉)。加熱循環(源泉は19度)。薄い赤茶色の湯は口に含むと微かに甘しょっぱい味がした。夕飯は岩魚のマリネなど。この日は6畳の部屋にもう一組のご夫婦と相部屋だった。1泊2食付一人7,350円。朝日岳の南側の登山口として、また渓流釣りや動植物の観察などの基地として、おおいに利用価値がある施設だと思う。
「朝日鉱泉ナチュラリストの家」のHP
●第2日目(8月8日・薄曇): NHK取材班が… 朝日鉱泉〜大朝日岳(大朝日小屋)
前方に鳥原山
小朝日岳の山頂で昼食
水場(銀玉水)で一休み
大朝日小屋へ到着
大朝日岳の山頂にて
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昨日の午後の朝日鉱泉付近の散歩で、あちこちアブに刺されて、それが痛痒くてしょうがない。何故か佐知子は全然刺されていないので、それは私だけの悩みだ。腕や首筋などをボリボリ掻きながら、宿で用意してくれたお弁当の朝食をザックに詰めて、歩き始めたのは明るくなってきた午前4時50分頃だった。3日分の食料やシュラフ(寝袋)などで45リットルザックはパンパンに膨れ上がっている。
朝日鉱泉から朝日連峰の主峰大朝日岳1871mへ登るには3つのルートがある。お花畑があって水場(銀玉水)もあるという「鳥原山コース」。最短距離でブナ林の美しい「中ツル尾根コース」。やや長いコースだが途中の山中に日本巨木百選に選ばれたクロベ(ネズコ)があるという「御影森コース」。それぞれにそれなりの魅力があるコースだが、私達は深田久弥氏も歩いたという鳥原山コースを選んだ。
朝日川に架かる吊橋を渡り、「中ツル尾根コース」を左へ分けて、ブナ林の急坂を登る。太いブナや若いブナが次から次へと現れる。それらのブナに交じりこれまた立派なミズナラやクロベやモミジ類も顔を出す。アカマツによく似ているが葉っぱが五葉で短い木(キタゴヨウマツ)もけっこう多くあるようだ。林床は東北地方の定番、チシマザサ(ネマガリダケ)だ。観察の度にため息をついているとなかなか足は前へ進まない。
正味3時間も歩いただろうか、広い湿原が現れて池塘の先に鳥原小屋が見えてきた。木道沿いの草原は緑いっぱいで美しかったけれど、咲いている花は思ったよりもずっと少ないようだ。群生して咲いていたのは、見た範囲ではキンコウカだけだった。
鳥原小屋の左脇を通り過ぎ、灌木帯をなだらかに登り切ると再び視界が開けてきて鳥原山のだらっとした山頂に着いた。カラッとした空模様ではなかったが、鈍角三角形の小朝日岳や大朝日岳の大展望が広がった。
下って登り返して、小朝日岳の山頂で昼食にした。眼前には大朝日岳東面のY字雪渓がはっきりと大きく見て取れる。追い付いてきた若者がコンロでラーメンを作っている。話を聞いてみると鳥原小屋の管理人さんとのことで、昼飯を食べにわざわざ展望の良いここまで来たそうだ。今日は出発が少し遅れて大朝日岳までは(小屋番の仕事があるので)行けそうにもない、とも云っていた。よっぽど山が好きなんだなぁと思った。笑顔のステキなさわやかな青年だった。
再び下って、熊越(くまごえ)の鞍部から登り返す。ハクサンシャジンやミヤマアキノキリンソウがきれいに咲いている。シラネニンジンが小群落して咲く水場(銀玉水)の冷たくて美味しい水をたっぷりと飲んで、ついでにありったけの水筒に水を詰める。
クルマユリの咲き乱れる小草原の少し先が大朝日小屋だった。もうすでに午後の3時を過ぎている。ザックを小屋の部屋に置いてから、空身で、大急ぎで大朝日岳の山頂を往復(正味30分弱)する。
南北に細長い大朝日岳の小広い山頂には、石積みのケルンと二等三角点の標石と御影石造りの立派で新しい方位盤が置かれてあった。残念なことにこの頃から薄雲が出てしまい、山頂からの360度の展望は得ることができなかった。しかし佐知子と二人で心眼を開いて、時折雲の切れ目から見えてくる近隣の山影を、方位盤と首っ引きで同定した。それはいつものことながら、とても楽しい時間だった。
朝日連峰の稜線上は、大朝日岳の山頂も、赤とんぼ(アキアカネ)がたくさん飛んでいる。羽化直後の夏の盛りは高い山に登って避暑し、秋が近づくと赤みを増して里へ降りて行くという。涼しくて快適な夏の場所を、彼ら(赤とんぼ)は良く知っているらしい。
* 大朝日小屋: 大朝日岳頂上北直下に建つ100人収容の山小屋。この大朝日小屋を始めとして、朝日連峰の稜線上の山小屋はその殆どが夏期のみ管理人が常駐する素泊りの避難小屋であり、それほど大きくはないが小奇麗で瀟洒な建物が多い。この日はNHKの番組(小さな旅・山の歌@)取材の最終日、ということで、撮影を終えてホッとしているらしい取材班(6〜7名)が、管理人さんなどとともに最後の夜を歓談して過ごしていた。帰宅して暫らくしてから(9月上旬)テレビのその番組を見て分かったのだが、てきぱきと、しかし憎めない山形弁で登山客たちをさばいていた管理人さん(大場正四郎氏)は大正14年生まれの81歳とのことであった。若々しくてお元気な姿からは、その年齢は想像もできなかった。
水場は近くには無く、西朝日岳方面の金玉水(往復約20分)へ行くことになる。私達は小屋へ来る途中に銀玉水でたっぷりと水を補給しておいたので、水汲みには行かずに済んだ。宿泊料金(協力金)は当山域の山小屋共通の1,500円。この日の宿泊客は約30名。3畳に2名ほどのスペースでゆっくりとくつろげた。
夕方から夜にかけて、辺りは深い霧に包まれていた。
次項 朝日連峰縦走(後編)へ続く
好天気の翌朝、撮影しました
モルゲンロ−トに染まる月山・左奥は鳥海山(大朝日岳小屋前より)
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