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No.220 思親山(ししんざん1031m・天守山地)
平成19年5月3日 この日も雲が多かった マイカー登山


思親山 略図天守山地への二日間の山旅 その2
“思親の森”をのんびりと散歩する

《マイカー利用》 …下部温泉(泊)-《車約30分》-佐野峠〜思親山〜佐野峠-《車約50分》-東名高速富士I.C… 【歩行時間: 1時間30分】
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  日蓮上人が身延山で修行をしたときに、この山越しに故郷の房州に住む両親を偲んだという。 親を思う山…なんて、なんてステキな山名だろう。 “読んで字の如し”の山名由来は案外と少ないものだが、この思親山はまさしくその典型であるらしい。
  山梨県が南西に深く出っ張っている処(南部町)、つまり富士山の西、天守山地の南に位置する名山が思親山である。 富士山展望の名所であることや、その山名の美しい響きに魅せられて、前々から気になっていた山でもある。 今回の天守山地二日間の山旅で、まず主峰の毛無山登山をして、下部温泉に一泊した翌日、東京への帰路に私達夫婦が思親山を選んだのは、それは造作もないことだった。
この左手に富士山があるのですが・・・
佐野峠

キジムシロに似ています
ツルキンバイ

とてもよく整備されています
丸太階段の山道

白い富士山が見えていますが・・・
思親山の三角点

  富士川に沿った国道52号線からJR身延線の踏切を渡って、内船(うつぶな)駅の東側から狭い林道を進む。 私達のブルーバードは快調に高度をかせぎ、あれよあれよと云う間に標高845mの佐野峠駐車場に着いてしまう。 ここには案内板や立派なトイレがあり、北東側が大きく開けていて、天子ヶ岳の右奥に大きくて白い富士山が雲の合間から見え隠れしている。 駐車場の南側に思親山への登山口があった。
  この佐野峠の登山口から思親山の山頂までの標高差は僅か186mだ。 登山とかハイキングというよりは公園内の遊歩道散策=ウオーキング、といった感じだ。 実際、この道は東海自然歩道のコースにもなっているれっきとした「遊歩道」なのだ。 「ちょっと楽をしすぎたかしら…」 と佐知子も云っている。 本来は麓の内船駅や井出駅などから歩いて登るべき山だったのかもしれない。 しかし今回は「マイカー登山」だ。 文明の利器(自動車のこと)で行けるところまで行ってしまおう、と考えてしまうのは人情と云うものだ。
  歩き始めたのは午前9時15分頃で、登山口へ入るとニリンソウやスミレ類などの春の花たちが目に優しく出迎えてくれた。 歩きやすい丸太の階段など、道はほぼカンペキに整備されている。 スギ、ヒノキの植林帯に樹齢の若いコナラ、クリ、ミズナラ、シデ類、モミジ類などの雑木林が入り交じる、よくある里山の林相だ。 林床の所々には白い縁取りの美しいミヤコザサが生茂っている。 主だった木々には樹木名を書いた名札がかかっていて参考になる。 面倒臭い樹種の同定をする必要がないので、私はホッとするやらちょっと肩を落とすやら、の複雑な心境だったが…。
  例によってその樹木名をメモしてきた。

* 佐野峠から思親山までの遊歩道で観察のできた樹木: スギ、ヒノキ、モミ、コナラ、ミズナラ、クリ、ヤマザクラ、イヌシデ、クマシデ、マユミ、ヤマブキ(花)、ヤマグワ、エゴノキ、キハダ、ヒメシャラ、ムラサキシキブ、コハウチワカエデ、ヤマハンノキ、コゴメウツギ、マメザクラ(花)、ヤマボウシ、タンナサワフタギ、ヤマアジサイ、コアジサイ、モミジイチゴ(花)、タラノキ、アブラチャン、イボタノキ、コバノトネリコ、ホウノキ、エンコウカエデ、ウリハダカエデ、ウリカエデ、イロハカエデ、…等
* 思親山山頂部で観察のできた樹木: カラマツ、コナラ、ヤマハンノキ、ヤマウルシ、ヌルデ、ヤマナラシ、クロモジ、ノリウツギ、ドウダンツツジ(花)、…等

  かなりゆっくりと歩いたのだが、1時間足らずで思親山の山頂へ着いてしまった。 小広い草原状の山頂で、そのほぼ中央に2等三角点(点名:栄村)の標石があり、東の方向には雲の合間から辛うじて富士山の一部が見えている。 西面の木々の隙間からは近くの十枚山1719m(安倍川流域)や篠井山1394m(身延山地)などがぼんやりと見えている。 その右奥は…、晴れ渡っていれば雄大な南アルプスも望むことができるそうだが、この日は雲の中だった。
  ウロウロと山頂部を歩き回る。 たくさんあるドウダンツツジは植え付けたもののようで、小花を房状につけた姿は可愛らしいが、その株の整然とした配列がちょっとわざとらしくて不自然だ。 不自然と云えば、一帯が芝生になっているのもなんか不思議だ。 マメザクラやモミジイチゴも下向きに白い花をつけていたが、こちらは(多分)自生しているものだと思う。 ここであえて云うことでもないが、“人為によらず自然に生ずること(広辞苑)”が「自生」の本来の意味である。 嬉しかったのは、山頂近くの丸太階段の周辺などにカタクリの花がまだ充分に咲いていた、ということだ。
  私は富士山の方向(東)に向かい、日蓮上人の故事にあやかって、現在も千葉県内で生活している老いた両親のことを、ほんの少しの間だが偲んでみた。 すると、心がとても透明で清らかな感じになった。 とどのつまり、この山頂で過ごした小一時間は、山歩きをしていて良かったと思う、充実している時間だった。
  この先の八木沢を経て井出駅までの道のりは東海自然歩道の続きとなるのだが、充分に静かな山頂を味わった私達は踵を返して来た道を戻った。 出発地点へ戻らなくてはならないのは、マイカー登山の致命傷だ。
  佐野峠の駐車場に戻りついたのは未だお昼前だった。 車のエンジンをかけてから発車するまでのシーンとした瞬間に、「東京の自宅へ帰ったら、なるべく早いうちに両親の待つ千葉の田舎へ行こうね」 と私達は話し合った。



芽吹きの新緑です 思親山の遊歩道

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