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No.70 霧ヶ峰(車山1925m
平成10年(1998年)9月20日 快晴 マイカー利用


秋晴れの高原に遊ぶ

《マイカー利用》 …蓼科温泉「新湯」(泊)-《車》-車山肩駐車場〜車山〜蝶々深山〜物見石〜八島湿原〜沢渡〜車山肩 【歩行時間: 3時間30分】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(車山)へ


 スジ雲(巻雲)の浮かぶ透き通った秋空、ピーカン(快晴)だ。午前8時45分、車山肩の駐車場から歩き始めた。あたり一面は黄色になり始めた枯れ草の草原だったが、それでもススキなどに混じってマツムシソウ、オヤマリンドウ、アザミの類などが少し咲いていた。
車山の展望台から眺めた蓼科山
車山より蓼科山を望む
 何といっても眺望が素晴らしかった。見えるべきものは全部見えた。まず目についたのは、美ヶ原の奥に聳える白馬岳や鹿島槍とその左方の大天井、槍、穂高、常念、乗鞍などの北アルプスの山々。さらに西に向かって、存在感の大きい御嶽山。中央アルプス、南アルプス、富士山、八ヶ岳、それから昨日登った蓼科山、なども眼前に広がった。気分は上々。高原のさわやかな空気を腹いっぱいに吸い込んだ。
 昔から人間の暮らしと深い関係を持ってきたという高原の山は、全山草原の木のない山だった。アスピーテ(楯状)の地形だとか。所々安山岩が露出している泥炭層の黒土の道は、一昨日までの雨の影響もあってか滑りやすく、注意が必要だった。これが…、自然と人間の文化の歴史が作り上げた風景なのか。と、そんな感慨を抱きながら黙々と歩いているうちに、車山肩に到着してしまった。もうお昼を過ぎていた。閑散としたレストランで、天ぷら蕎麦とソフトクリームを食べた。
 何時しかスジ雲は消え、ひつじ雲(高積雲)が空を埋めていた。

蓼科温泉「新湯」: 前項・蓼科山を参照してください。

草紅葉の車山湿原
車山湿原より車山を望む

*** コラム ***
霧ヶ峰で思ったこと (自然についてPart1

霧ヶ峰を歩く 全山草原の、木のない山。自然と文化の歴史が作り上げた霧ヶ峰の美しい風景の中で、あらためて「自然」と「自然保護」について考えてみた。

 自然と人が調和することが究極の目標であり、それが現実の理想的な「自然」の姿なのだとしたら、それはそれで大いに結構だと思う。なぜならば、地球の王者は人間であり、その偉大な人間が全く関与しない「自然」というのがあったとしたら、それはとても不自然なことだ、と思うからだ。しかし、人間も「自然」の一部である、という考え方には、心の中では肯定はしているものの、何かひっかかるものがある。そう…、何か変だな。

 地球の王者である人間自身が「自然」の一部だとすると、その時代の文化や人々の考え方の総和、もしくは強烈なリーダーシップを発揮する為政者達により、「自然」が大きく変わることもありえる筈で、例えば、生き物の環境を全く無視した産業(経済)優先の時代があったとしたら…現在もそうかもしれないが…、スモッグだらけの空や、資源開発で切り取られたり丸坊主になった山々の姿や、腐りきった川や海も、それはそれで、その「時代」に淘汰された立派な「自然」だと思わなければならない。もっと突き詰めていくと、核戦争で放射能だらけになり荒廃してしまった地球も、その時代の文化と歴史が作り上げた「自然」なのだ、ということになる。そして、そうなっては困ると思った人間たちが、その「良識」の産物である自然保護運動などにより、苦労して甦らせた「自然」でさえも、数多くある歴史上の「自然」のひとつにすぎない、ということになってしまう…。やっぱり何か変だな。

 「自然」に対して偏見を持つべきでなく、しかも凡ての「自然」を容認することが善だとすると、自然が好きな人は凡ての「自然」を好きになるべきだ、という皮肉な帰結になってしまう。それは、まるで、私を含めた人類がこの時代に築き上げた「自然」なのだから当然に受け入れるべきだ、というふうにも聞こえる。
 そうなっては困ると思った私にできることといったら、自分と自分の家族のために戦う身勝手な「たたかい」であって、具体的には、「戦争」が起きないように、あるいは、よりきれいな空気や景色を得るために、選挙に一票を投じるぐらいのことかもしれない。少し侘びしい気もするが…。

 じつは、私は、ずっと、自然環境保護などの運動には直接関与したくない、と思ってきた。自然保護のため人的に関与するということは、自然を破壊することと同義語だと思ってきたからだ。何となれば、「自然」とはそもそも人の手を加えない、物のありのままの状態のことを云うのだから…。そして、自然保護に関与するとしたら、せいぜい、人間を…大袈裟に云えば人類の文化や良識を…信じて、自身の日々の暮らしの範疇で、「自然」をできるだけ優しくそっとしておくことぐらいのものだ、とうそぶいてきた。それは卑怯な考え方だったのかもしれない。何をしでかすか分からない人間を見つめながら、何らかの形で、自然を守る運動に能動的に参加していくべきなのかもしれない…。

 理想的な「自然」を創るには「人間のやさしい手」と「良識」と、無限に近い「時間」がどうしても必要だ。そして、イージーな結論になってしまうが、今できることは、一人一人が、あるいは社会全体が、少しずつでいいから、「自然」を自然にするように努力をしていくことだと思う。
 近年、「人間」を生態系のなかに位置づけ、人間の利害にとらわれずに生態系を守ろうというエコロジー運動が注目されている。1992年の地球サミット、1993年のわが国の環境基本法、1997年の「京都議定書」の採択、なども、おおいにけっこうだと思う。そして、自然保護の概念にしても、敢えて全く手を加えない「保存的自然保護」や人為的に管理する「保全的自然保護」や「現状維持的自然保護」など、ケース・バイ・ケースの考え方になってきているようだ。つまり 「人間にとって都合の良い自然が良い自然だ」 ということだ。
 …矢張り、何か、こう、釈然としない…。

 「自然」と呼ぶにふさわしい心地良さの限界を模索しながら、人間の「やさしい手」と「良識」が大量に加わった理想的な「真の自然」…。それは、多分、この上もなく美しいものだと思う。でも、そこまで考えると、なんとなく心が悲しくなるのは、何故だろう。きっとそれは、大昔の、旧石器以前の、きのこや草や木や虫や鳥やけものたちがまだ全く無秩序で、それでいて見えざる「神」に支配されていた、そんな、人を寄せつけない時代の「自然」のみが本当の自然なのだと、私の本能が私にささやきかけているからなのかな。
 若しかしたら本当の「自然」は「私」の心の内面にあるもので、歴史や文化の違いや時代の流れの中で地球の「自然」が変遷してきたのと同じように、私の心底の「自然」も私の心といっしょに移り変わっていくことになるのかもしれない…。

 霧ヶ峰の湿原を歩いていたとき、美ヶ原方面、王ヶ頭の鉄塔群を遠望しながら、取り止めもなく、ずっとそんなことを考えていた。堂々巡りの錯乱した私の心は何回も「振り出し」に戻り、ともするとそこから動こうとはしなかった。
 時折、ビーナスラインを通過する自動車のエンジン音が、幽かに聞こえていた…。

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