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No.82 雄山 (三宅島)
平成11年(1999年)3月19日〜21日 雨


既に春爛漫 三宅島縦断の静かな山旅

…阿古港-《宿の車》-富賀神社(宿で小休止)-《宿の車》-七島展望台傍〜(阿古林道)〜八合目駐車場〜雄山サウナ〜八丁平〜三の宮口〜(雄山登山道)〜土佐…《バスとヒッチ》…富賀神社・民宿「山の辺」(泊)… 【歩行時間: 5時間20分】
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 3月19日(金): 夜、和司(私達の息子です)に車で送ってもらい東京港竹芝桟橋へ。途中、道を間違えて、何故かレインボーブリッジを渡りお台場へ出てしまった。思いがけずのドライブとなり、夜の東京見物をすることができた。ここ10年足らずの間にここいら辺は随分と変わってしまったものだ…、などと感慨に耽っている場合ではなかった。出船時間が迫っている。慌てて方向転換して、何とか間に合った。取り敢えず息子に感謝しながら、少し焦って、東海汽船の「すとれちあ丸」に乗船。出港は午後10時30分、思ったほど混んでいなかった。

 3月20日(土): 午前5時、錆ヶ浜(阿古港)着。天気予報は大当たり、矢張り雨…。宿泊予約をしておいた旅館「山の辺」の女将が出迎えに来ていた。宿で小休止の後、阿古林道の七島展望台への分岐まで車で送ってもらった。女将が心配そうに私達を見送った。それもその筈、この日は、日本海と太平洋にある二つの低気圧が、発達しながら列島を通過中とのことで、風も強くなってきて、ほとんど嵐の状態だった。気合を入れて歩き出したのは午前7時。ガクアジサイの新緑が眩しいほど美しい。この悪天候にもめげず、何処かで鶯がさえずっている。シチトウスミレが咲いている。濡れた舗装道路上に、ガマ蛙(?)が産み落としたと思われる寒天状の太い紐があちこちに散乱している。暫く歩くと、今度は沢山のミミズが路面を埋めていた。春の三宅島は気持悪いほど生命に満ち溢れている。
「雄山サウナ」の近く、だと思う
雄山サウナにて
 70分ほど歩いて八合目駐車場に着いた。建物は何もない。トイレもない。山道の入口で、傘をさしながら、佐知子が朝食の冷えたサンドイッチとホットドッグを立ち食いしている。私は既に宿の部屋で食べておいたので、そんな惨めな思いをせずにすんだのだ。
 溶岩がそのまま固まったと思われる黒い岩の間から、雨と霧に混じって暖かい白煙が吹き上がっている。サウナのように噴き出す水蒸気ということから「雄山サウナ」と呼ばれているそうだ。火山灰の黒い道は整備されていて、水はけもよく、歩きやすい。八丁平という山頂部の広い高原など、とてもよいところを歩いているんじゃないかな、と思うだけで、とにかく何も見えない。雨足はますます激しくなってくる。雄山のピーク往復は諦めた。寒いし、靴の中はびしょびしょだし、一刻も早く下山したかった。
 ところが、雄山登山道を北へ下り始めた頃から、降ったり止んだりの小雨になってきた。気持も幾分浮いてきた。なだらかな道を、芽吹いたばかりの新緑や、様々な小鳥の姿や鳴き声を楽しみながら歩いた。長い道のりだったが飽きることはなかった。カジイチゴが桜に似た花を咲かせている。同じような木で、下向きに花をつけているのがハチジョウイチゴだ。枝に薄黄色の穂状の花をつけているのはハチジョウキブシで、赤い花が沢山落ちているのがヤブツバキか。バンフレット(三宅島自然ふれあいガイド)に載っているとおりだな。シダの新芽にそっと触れてみたら、柔らかい産毛のような感触が手に伝わってきた。三宅島は今、春たけなわだ。
 土佐のバス停に着いたのは午後12時40分。雨と風が再び激しくなってきた。大久保方面へ向かって一周道路をテクテク歩く。次のバス停(駅名は忘れた)におあつらえむきの待合小屋があり、バス待ちの約40分間、ここで濡れた衣類を乾かしたり弁当を食べたりすることができた。建ってからまだ新しく、白木の匂いのする小奇麗な小屋だった。ここまでとうとう誰にも出遭わず。三宅島縦断の静かな山旅だった。
 やっとのことで右回り(外回り)の村営バスに乗車。ほっとしたのも束の間、「問題」が起こった。なんと、このバスは途中の「高校前駅」が終点だったのだ。ここで放り出された私達は、辺りには何もないところで、凄まじい風雨の中を約1時間、オチョコになった傘をさしながら、寒さに震え立ち尽くすことになった。気力の限界が近づいた頃、地元の気さくなオバさんの運転する小型車が目の前に止まってくれた。雨水だらけのカッパのまま後部座席に座らせてもらい、おまけに宿の門前まで送ってもらった。感謝感激。三宅村の住人は人情に厚い親切な人ばかりだ。
 宿で出迎えてくれた女将が、小休止の後、錆ヶ浜の北にある日帰り温泉施設「ふるさとの湯」へ案内してくれた。何処にいたのか、観光客などで結構混んでいた。しょっぱい温泉に浸かり、心身ともに暖かくなった。入浴料の500円は安いと思った。
 宿の夕食。客は私達だけだった。炭火の囲炉裏端で食べたウメイロの刺身やタカベの焼物など、とても美味しかった。キンメの煮付けなどはもう絶品だった。

大路池を一周
大路池
 3月21日(日): 朝、雨は殆ど止んでいた。大路池まで宿の女将に車で送ってもらい、途中、近くの富賀自然公園や新澪池跡などの観光名所へも案内してもらった。宿泊料は2食付き一人1万円だが、案内料などは一切無料だった。こんなに安くて本当にいいのだろうか、と思いながら料金を支払った。旅館「山の辺」の女将にも感謝感激。
 「アカコッコ館」のレンジャーのお兄さんのガイドで大路池を一周。小鳥や草花などの自然についての造詣を深めることができた。入館料は200円。これも安いと思った。
 帰路、船のデッキから遠ざかる三宅島をずっと眺めていた。雄山の山頂部には相変わらず低い雲が立ち込めていた。天気は悪かったが、いい旅だった。三宅村の豊かな自然と暖かい人情に感謝感激。



これでも…、比較的、霧と雨が止んだ状態
ほとんど嵐の状態
帰路、遠ざかる三宅島をずっと眺めていた
船のデッキから

三宅島噴火!!
この翌年(平成12年)の6月、三宅島が大噴火しました。

* 平成12年8月27日現在、三宅島で、まだ噴火が続いている。噴火の原因について、今朝の読売新聞によると、神津島周辺の群発地震で岩盤に生じる無数の亀裂が「真空掃除機」のような役割を果たして、三宅島地下のマグマを吸い込み続け(マグマ移動)、火口の下で空洞が成長し、そこで起こる地下水と熱の反応が爆発を引き起こしているという。この現象は世界の火山観測史上でも報告のない珍しいことらしい。6月下旬の火山活動開始以来約2ヶ月間、陥没火口が拡大し続け、三宅島全体は縮みながら沈降しているそうだ。
 噴火被害の続く三宅島の心優しい村民の方々の安否が、心配だ…。

* 平成14年1月23日: たまたま見た再放送のNHKテレビ「にんげんドキュメント・3時間のわが家」という番組で旅館「山の辺」の、あの優しい女将(田中悠紀子さんという名前だったんだ…)と御主人が紹介されていた。昨年の9月に三宅島への一時帰郷(第1回目)を許された時の様子を中心に番組は進行していった。現在東京都区内の仮住まいで、暗中模索しながらご苦労を重ねていらっしゃるご夫婦に、涙しながら、放送に見入ってしまった。どうかがんばってください、と心の中で、それだけしか云えない私達ですが…。

* 平成17年2月1日: 本日午後3時に三宅島の避難指示が解除され、平成12年9月の全島避難以来4年5ヶ月ぶりに村民が帰島できることになった。少しホッとしたのは、三宅島を象徴する野鳥アカコッコ(国の天然記念物・絶滅危惧2類)をはじめ、オーストンヤマガラやシチトウメジロなども「帰島」を果たしているらしいということだった。とはいえ、「おめでとうございます」 とは云いづらい。島民にとってはこれからが復興の本番で、まだまだ苦難の道が続くと思われる…。

* 814mあった雄山の標高は、火口などが陥没し(最高地点の位置が北に約1300mほど移動して)、775mになってしまったそうです。三宅島観光協会サイトの情報によりますと、盛んに水蒸気を吹き出していた噴気孔(雄山サウナ)や緑の湿原(八丁平)などもこの噴火で焼失してしまったとのことです。様変わりしてしまった雄山の景観を見てみたいけれど…。

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