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No.89 高妻山(たかつまやま・2353m)
平成11年(1999年)7月10日〜11日 曇り マイカー利用

雲の切れ間から高妻山が見える
たっぷりっと「山」に浸かった二日間

《マイカー利用》 上信越自動車道・信濃町I.C-《車》-戸隠キャンプ場〜戸隠牧場〜(大洞沢)〜一杯清水〜一不動避難小屋(泊)〜五地蔵岳1998m〜高妻山2353m [往復]
 【歩行時間: 第1日=2時間15分 第2日=6時間30分】
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  天気が何とかなりそうなので出かけてみた。 梅雨の真っ盛りで、ここ数週間の週末はずっと雨だった。 無人小屋泊りの二日間、万端を期しての山旅だった。

  第1日目(7/10): 午前10時25分、戸隠キャンプ場の駐車場に車を止め、歩き始める。 暫く歩き、戸隠牧場の入口にある管理事務所で登山者カードを提出。 草原を隔てて戸隠山が目の前だ。 牧場の動物たちや親子連れの観光客などを眺めながら、何時もの通りゆっくりと歩く。 アザミの類があちこちに咲いている。
  草地から落葉広葉樹林帯へと入っていくと、盛んに囀っているお喋べりな小鳥の声が聞こえてきた。 山里でよく耳にする鳴声で、ホオジロの声に似ているが、もしかしたらキビタキかも知れない。 ウグイスやコマドリなどの鳴声も混じり、美しい森は賑やかだ。 満杯の40リットルザックが肩に食い込む。
コンロ  大洞沢の渓流を何回か渡り返す。 途中2回の中休止をとり、難所と言われている鎖場や帯岩のトラバースも難無く過ぎ、一杯清水と呼ばれる水場に着いたのは12時43分だった。 コース上の唯一の水場なのだが、標識等の目印がなく、少し開けた登山道上のこの水場を危うく見過ごすところだった。 この水場に限らず、この山には様々な標識が少なく感じられた。 それはそれでとても良いことだと思う。 こんこんと流れ出るここの水の冷たさと美味しさは特筆ものだ。 早速、弁当のオニギリをザックから取り出した。
  しかしここで「事故」が起きた。 コンロで沸かした煮えたぎるお湯をサーモスに注いでいた時、倒れかけたサーモスを起こそうとした左手の甲に、自分で煮え湯をかけてしまったのだ。 一瞬、大ヤケドを覚悟したが、不幸中の幸い、目の前の冷たい清水に左手を突っ込み、充分冷やしたおかげで重傷にはならず助かった。 それにしても、火傷の痛さより水の冷たさによる痛さの方が我慢できなかったほど、一杯清水の水は冷たかった。 別名「氷清水」とも云うそうだ。
カマボコ型の小さな小屋
一不動避難小屋
  大々休止になってしまった一杯清水から15分ほど登り、稜線上の今日の宿、一不動避難小屋(標高1747m)に辿り着いたのは午後2時半頃だった。 たっぷりと時間的な余裕をとったコース計画にして良かったと思った。 カマボコ型の小さな小屋の前では、近頃の山では珍しく、9人の若い(会話の内容から察すると多分社会人一年生くらいの)男女のパーティーがテントを張っていた。 なにもこんなに狭くて水場もない場所にテントを張らなくとも、と思ったが、まぁいいか。
  小屋にザックを置いて稜線上を「散歩」してみた。 小屋の前からは歩いてきた方向(南東方向)が開けていて、飯縄山の山容が一望できる。 その眼下には戸隠牧場がゴルフ場のように見える。 戸隠山方向に少し登って振り返ってみると、木々の隙間から目指す高妻山が金字塔のように見えている。 「戸隠富士」の別名に納得だ。 稜線上を行ったり来たり。 道端に咲いていたニッコウキスゲの薄オレンジ色の花が意外に可憐で…風景にマッチしていたのかも知れないけれど…美しいと思った。
  この日、小屋に泊まったのは単独行の中年男性2名と私達を含めて4人だけだった。

  第2日目(7/11): 午前4時、未明、目が覚めた。 薄っすらと夜が明け始めていた。 雲が低く垂れこめている。 下の樹林の方から小鳥たちのさえずりが聞こえてきた。
  朝食に手間取り、一不動避難小屋を出たのは5時50分だった。 霧雨が降っている。 同宿の中年男性は二人ともそれぞれ(一人は下山、もう一人は私達と同じく高妻山へ)先に行ってしまった。 起きたのは私達が一番だったのに…。 テント組の若者たちは未だ夢の中のようだ。
  荷物の大半を小屋に預けてきたのでザックは軽い。 しかし、ガイドブックやインターネットの情報により覚悟はしていたが、なんとアップダウンの多いコースなのだろう。 高妻山までの稜線上、ピークは、覚えているかぎりでは六つあった。
  登山道の要所要所には石祠があり、歩く目安になるとともに、修験者たちの修行の山(*十三仏の山)であった昔を偲ばせる。 一から十までメモってみた。
高妻山山頂の2等三角点
高妻山の山頂

御前橘:ミズキ科の多年草
ゴゼンタチバナ
 一不動 二釈迦 三文殊 四普賢 五地蔵
 六弥勒 七観音 八薬師 九勢至 十阿弥陀
  なお、十阿弥陀の高妻山から先もあるそうで、十一阿しゅく、十二大日と続き、乙妻山の十三虚空蔵菩薩へと至る、とのことだ。 いやはや疲れる山だ。 何時の間にか霧雨は止んでいた。
  勿論、根性無しの私達夫婦には乙妻山往復の体力気力とも残っておらず、ホワイトアウトの高妻山山頂を早々に退却し、急遽「花見」としゃれこんだ。 シラネアオイは花期を過ぎていたが、道端には色々な高山植物が咲いている。
  岩塊の山頂手前に沢山咲いていたのはゴゼンタチバナだ。 小図鑑によると、4枚の白い花弁状のものは、じつはウスユキソウなどと同じ総苞葉で、その中心にごちゃごちゃとある雄しべみたいな黄色のものが本当の花びらとのことだ。 8月の終わりの頃には赤くて可愛いらしい実をつける。 黄色に咲いているのはニガナの一種かな(クモマニガナ?)。 ハクサンシャクナゲは今が盛りだ。 紅紫の花穂はハクサンチドリ。 岩陰にひっそりと咲く小さな花は、多分コメバツガザクラ。 イワカガミも咲いていた。 少し遠くてよく観察できなかったが、ハクサンシャジンのような花も咲いていた。
  霧が晴れてきて、東の方向に黒姫山が見えてきた。 何か、飯縄山と似たような山容なので、一瞬勘違いをしてしまいそうだ。 五地蔵岳の山頂でチーズとクラッカーの簡単な昼食。 高度を下げてくると、これまたニッコウキスゲの群落があちこちに見える。 振り返ると、雲の切れ間から高妻山が見え出した。 行く手には戸隠山のゴツゴツとした山頂部も見え隠れしている。
  午後1時45分、一不動避難小屋で荷物を整理し、再び重くなったザックを担ぎ、稜線に別れを告げる。 一杯清水で水をガブ飲み。 沢沿いに生える落葉低木、(ベニ?)サラサドウダンの赤くて小さい釣鐘の花などを愛でながら、小屋からの標高差600メートル弱をひたすら下る。 下山は午後3時半。 たっぷりと「山」に浸かり、「山」を堪能した二日間だった。
  戸隠牧場の茶店で私は生ビールを飲み佐知子は蕎麦とソフトクリームを食べた。 人の良さそうな店のご主人が言っていた。 「高妻山はアップダウンがきつくて3000メートル級の山に匹敵しますよ」…、さもありなんと思った。
  帰りの長いドライブがまた辛かった。 高妻山は遠い山なんだな、と改めて実感した。

 * 十三仏の山: 山を死者の世界と考えて、修行を兼ねて死者の供養をする、ということらしい。



樹形がすてきなダケカンバ
高妻山への尾根道 ・ 風雪に耐えてきたダケカンバ

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