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No.92 悪沢岳から赤石岳
平成11年(1999年)8月19日〜23日 前半は曇り後半は雨

悪沢岳から赤石岳・略図
南アルプス南部主稜のロングコースに挑戦!

第1日=…JR静岡駅-《バス3時間30分》-畑薙第一ダム-《バス40分》-椹島ロッヂ 第2日=椹島ロッヂ〜蕨段〜千枚小屋 第3日=千枚小屋〜千枚岳2880m〜丸山3032m〜悪沢岳(東岳)3141m〜中岳3083m〜前岳3068m〜荒川小屋〜大聖寺平〜小赤石岳3081m〜赤石岳3120m〜ラクダの背〜赤石小屋 第4日=赤石小屋〜椹島-《バス40分》-畑薙第一ダム-《バス2時間50分》-井川-《大井川鉄道》-奥泉-《バス》-寸又峡温泉 第5日=寸又峡温泉・寸又峡散策…静岡駅…
 【歩行時間: 第2日=5時間40分 第3日=9時間10分 第4日=3時間 第5日=2時間】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(悪沢岳)へ


 第1日目(8/19): 早朝、東京は快晴だった。新横浜駅6時33分発の「こだま401号」に乗車。静岡駅に着いたのは7時38分だったが、なんと、こちらは雨だった。
 静岡駅前から出ている一日に4便しかない畑薙(はたなぎ)第一ダム行きのバスは、深い山間を縫うように走った。茶畑が点在しているのがいかにも静岡らしい。途中、2回ほどトイレ休憩があり、畑薙第一ダムに着いたのは11時11分だった。ここでの東海フォレスト送迎バスの待ち時間、雨宿りできるのは一軒の小さな茶店しかなく、私達を含めた二十数名の登山客の殆どは、狭い場所で約1時間、立ち尽くすことになった。目の前に次発の椹島行き送迎バスが停車していて、車内で運転手が弁当を食べているのが見える。何故、そのバスの座席を開放してくれなかったのか、未だに謎だ。どうもこの東海フォレスト、系列の山小屋も含め、南アルプスへ来る度にイヤな思いをさせられる。寡占状態のなかで少し傲慢になっているんじゃないの、と妻の佐知子とヒソヒソ話した。
椹島ロッジ
椹島ロッジ
 椹島(さわらじま)へ着いたのは午後1時頃だった。ここは標高約1100メートル、山深い大井川上流の右岸に位置し、思ったより小ぢんまりとした平地で、林に囲まれた静かな処だった。道端には月見草などが咲いている。
 椹島ロッヂは、大きい風呂はあるし、トイレは水洗だし、個室もあるし、こちらは快適すぎるほど快適だった。ここも東海フォレストの系列ではあるけれど…。
 雨が小降りになってきたので、部屋にザックを置いて付近を散歩してみた。北へ少し歩くと明日の予定コースの登山口があり、近くには小さな祠がひっそりと建っている。その祠にはサカキの代わりにサワラの枝が供えてあった。地名のとおり、サワラの木の多い処だった。

 第2日目(8/20): 未明は快晴で無風だった。午前4時40分、歩き始める。間もなく日が射して明るくなってきたが、同時に雲も出てきてしまった。穏やかな山腹をトラバースして稜線に出る。樹林帯の登山道はよく整備されていて歩きやすい。並行して林道が走っているのがやや興醒めだ。
 千枚小屋へのほぼ中間地点の蕨段(わらびのだん)と呼ばれるところに、何故か三等三角点2073mの標石があった。この付近はほとんどシラビソだけの明るい林になっていて、その白い樹幹と緑葉のコントラストが奥の奥まで続く様は、何とも云えないほど美しい。
トイレのきれいな千枚小屋
千枚小屋
 やがて、木々の間から雲を被った荒川三山や赤石岳が見えてくる。大きくて深い山だな、と思った。林床にはカニコウモリやセンジョウアザミなどが群れをなしている。
 トリカブト類やシナノキンバイなどの高山植物が目立ってくると、ほどなく千枚小屋へ到着。午後1時20分だった。計算してみると、休憩時間を除いた歩行時間は5時間40分。いつもの通り、かなりゆっくりと歩いたつもりだった。コースタイムの7時間はどう考えてもおかしいと思う。おかげさまで、たっぷりと時間を使って付近のお花畑を散策することができた。霧が晴れたとき、小屋の前から雲の彼方に富士山を見ることもできた。山小屋にしてはトイレがきれいだった、と佐知子が云っていた。

 第3日目(8/21): 午前2時30分、ウトウトしていたら、誰かの目覚ましのベル音で完全に目が覚めてしまった(ウェィクアップ)。起床(ゲットアップ)は2時50分。千枚小屋の朝弁当…暗くて何だかよく分からないが、多分五目寿司のようなもの…を無理矢理口へかっこんで、出発したのは午前4時丁度。今日の予定はコースタイム8時間55分の、私達にとっては超長丁場だ。気合いを入れなくてはくじけそうになる。懐中電灯に映し出されたミネウスユキソウやタカネマツムシソウの幻想的な美しさを目で追いながら、黙々と登る。同じような人はいるもので、登山道の前にも後にも懐中電灯の明かりが見えている。
 午前5時、千枚岳山頂より御来光を仰ぐ。しかし、本日も晴れ間はここまで。雲が見る見る増えてきて、眼前の荒川三山も赤石岳も、あれよあれよという間にガスの中に入ってしまった。記念写真を撮り、早々に山頂を辞す。千枚岩があるから千枚岳と云うそうだ。
 千枚岳からの下り、ガレ場に咲く白やピンクの可憐な花、タカネビランジを初めて見た。このうえもなく美しい花だと思った。本来ならば立ち止まって大感動、といきたいところだが、とにかく先を急ぐ…。
 日本の丸山の中で標高の一番高い丸山3032mは、意識もしないうちにあっさりと通り越す。

シロバナタカネビランジ* タカネビランジ: ナデシコ科の高山植物。南アルプス固有の花で崩壊礫地や岩場に生える、とのこと。北部では紅色が多いが、中部から南部では白色の変種が多く、シロバナタカネビランジと呼ばれているそうだ。千枚岳西側の砂礫斜面で見たのも、ピンクより白色の花の方が多かった。
 誰かが、「高値美男子って、オレのこと…?」 と云っていたけれど…。


 今回のコース上の最高峰、悪沢岳(東岳)3141mの山頂に着いたのは6時35分。15分ほど休んで荒川中岳へ向かう。深い霧が出てきた。赤い石(チャート)が目立っている。
前岳東斜面のカール地形
カールをトラバース

赤石岳は完全にホワイトアウト
赤石岳の山頂
 中岳から少し下った鞍部にザックを置いて前岳を往復してみたが、山頂は霧で何も見えない。前岳からの下り、カールのトラバース時、一瞬霧が晴れて大きなお花畑を見晴らすことができた。そのスケールの大きさには矢張り圧倒された。
 荒川小屋着9時40分。ついに大粒の雨が降り出した。小屋のオ兄さんに作ってもらった大ドンブリに汁たっぷりのラーメンを、ペロリと平らげた。これが昼食だった。あとから小屋に到着した数組のパーティーは「今日はここまで」と言っていた。私達は意を決して、完全武装して出掛けることにした。
 幸い、歩き出すと雨は小降りになってきた。尾根筋のあちこちにチシマギキョウが沢山咲いている。湿ったザレにはウサギギクも咲いている。スズメより一回り大きくてふっくらした感じの小鳥を、ハイマツ帯上部の岩礫地で見かけた。人を恐れず、すぐ近くまでやってくる。囀ってはいなかったが、多分イワヒバリだと思う。この鳥は岳雀(ダケスズメ)の別名もあるそうだ。
 岩のゴツゴツした急登が長く続いた。小赤石岳を経て赤石岳との鞍部に、赤石小屋への分岐があった。ここにザックを置いて赤石岳山頂を往復した。山頂着は午後1時20分。風は強くはなかったが、霧雨が降っていて、残念なことに(ここでも)展望は全く利かなかった。霧が少し晴れたとき、南側の稜線直下に赤石岳避難小屋の赤い屋根が幽かに見えたのみだった。
 赤石小屋への下り、「ラクダの背」と呼ばれる登り返しが連続する辺りで完全にバテた。気合と根性…キライな言葉なのだが…を入れて歩くのだが、足が思うように前に進まず、超スローモーションの世界になってしまった。私達の体力の限界を、もしかしたら超えていたのかも知れない。荒川小屋でもう一泊すべきだったか…。“技術より体力”と云われるこのロングコースの意味をしみじみと感じたものだった。
 午後4時45分、疲れ果てて赤石小屋に到着。事務的な小屋の応対が少し癇に障ったが、軽い高山病のためか頭痛もあって、怒る気力もビールを飲む元気もなかった。土曜日のせいもあってか割と混んでいた。それでも一畳に一人のスペースは確保できた。千枚小屋でもそうだったが、寝具にシュラフを使うのはアイデアだと思う。大の字に寝れない難点はあるけれど、いかにも効率的だ。

林道より赤石岳を望む
赤石沢の彼方に赤石岳


大井川鉄道のミニ列車
南アルプスあぷとライン

寸又峡温泉「翠紅苑」
寸又峡温泉「翠紅苑」
 第4日目(8/22): 未明、コンロで湯を沸かし紅茶をたててサーモスに詰める。それから徐に、両膝にサポーターを付けて下山開始。標高差1440メートルを下る。途中、美しい朝焼け空に富士山を見た。天気は快方に向かっているようだ。木々の緑や、高山植物や、キノコなどを鑑賞しながら、ゆっくりと休み休み歩いた。何処かの女性パーティーが、ホシガラスを見たといって、はしゃいでいた。
 混生林から落葉樹林に変わり、檜の植林を過ぎると間もなく大井川東俣林道へ出た。午前9時25分だった。下山口で休んでいた中年女性ハイカーに教えられ、林道を反対側(南)へ約5分ほど歩いた処(牛首峠)へ行ってみた。なるほど、赤石沢の彼方に赤石岳がくっきりと聳えていた。
 踵を返して椹島へ向かう。10時30分発の畑薙第一ダム行きの送迎バスにはゆっくりと間に合った。

 バスを乗り継ぎ、井川で大井川鉄道のミニ列車に乗車。「南アルプスあぷとライン」という愛称がつい最近できたそうだ。時代をワープしたようなこの列車は、金属音の金切り声をあげながら、大井川の渓谷を超スローで走った。あらためて南アルプスの深さを満喫した。
 奥泉で再びバスに乗換え、寸又峡温泉に着いたのは午後4時10分だった。

寸又峡温泉「翠紅苑」: 南アルプスの南端、緑豊かな大無間山麓に18軒の湯宿が建つ。泉質は単純硫黄泉。無色透明。微かに硫黄の匂いがする。泉温も丁度よい。美女づくりの湯、だそうだ。私達が泊った「翠紅苑」はレトロムードの漂う落ち着ける宿だった。1泊2食付き一人2万円の部屋へ案内された。それなり、だったが、チト高いとも思った。
  「翠紅苑」のHP

 第5日目(8/23): 朝、一周約1時間半の「寸又峡プロムナードコース」を散策してみた。寸又川と大間川との合流地点にある大間ダムを見物しながら「夢の吊り橋」を渡り、登り返して「飛龍橋」を渡る。昔は、この橋を森林鉄道のトロッコが走っていたそうだ。紅葉の頃がよさそうだ。宿の風呂で再び汗を流し、帰路につく。
 千頭までのバスの途中、運転手が道路脇の森の中にカモシカやニホンジカを発見。その度に暫く停車して見物させてくれた。
 これでもか、これでもか、というほどの南アルプスの深遠を垣間見た、私達の5日間の夏休みだった。



シラビソの純林です
蕨段付近にて
東岳3141m:一瞬、上空の霧が晴れた!
荒川東岳(悪沢岳)の山頂
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