佐知子の歌日記・第五集
佐知子の短歌集2〜日々の暮らし(春から夏へ)
ここが汝のふる里

小鳥の親子(ネイチャークラフト)

突然に歌よみたくて指かぞえあれかこれかと六十三歳

心配な時間をワープするように待合で読む「短歌入門」

リビングに漢和辞典と古語辞典カビの匂いの新参者よ

となりとの空間わずかな土地ゆえにそおっと落とす節分の豆

ゆったりと紅茶をすする昼下がり左回りに金魚が泳ぐ

プランターに迷い込んだほとけのざ今日からここが汝
(なれ)のふる里

ゆで忘れ一本残りし菜の花をグラスに挿せば黄色く咲けり

なんとなく覘くつもりが五点ほど買うことになる百円ショップ

寒くって朝の散歩を休んでるコンビニ脇の梅咲いたかな

強風に散れる花びら白梅の香りものせて路地のにぎわい

寒さゆえ背丈伸びぬかサクラソウ啓蟄の陽鉢からこぼれて

真冬ほど冷たくないがメガネには小さきしずく三月の雨

水やればあちこち新芽の披露宴 鉢物なれど堂堂揃う

小刻みにガラス戸たたく春風はいたずら坊やのおしゃべりかしら

水まきのホースたらりとやわらかく春の知らせに蛇口をまわす

白菜の樽あらい終え春陽さす出番待つなり宝のぬか床

わが鉢の下野草
(シモツケソウ)は園芸種 君は見ないが緑美人なり

音高くいかにもワタシ仕事中 食洗機よ も少し加減しろ

一瞬のためらい抱き足を置くエスカレーター立会い勝負

チューリップ赤く並んでフラメンコの踊り子のよう春の情熱

待ちわびた満天星
(ドウダンツツジ)手に入れて置き場所になやむ路地裏ぐらし

田舎より移し植えたる花の名を都忘れと云うもおかしき

(トシ)なのか なかなか治らぬ手のくじき床に落とした楊枝がつまめぬ

満開の陽光桜は病む人を励ますごとし医大通りに

笑顔なき桜開花の予報官 儀式のように宣言したり

咲きそろう都忘れのむらさきが風の強きにも弱きにも揺る

春の昼 髪を短くしてみても乙女のようにはいかぬ足どり

弁当に青いシートに花弁降るピンクいちめんどよめく人ら
 
老人会の花見

ビニールの傘に桜の花びらがついていること息子は知らず

おそろいの黄色い帽子の少女らは黒・茶・ピンクのランドセル背負
(しょ)

ぬか味噌のにおいの残るその手にて えんぴつ握りうた詠みにけり

レジ係にこれは何かと尋ねられ ゆで干し大根旨しと勧める

あんパンが四角になりそうに力いれパン屋の新人トングを握る

紫のビオラの鉢を並べたら風にまかせてゆらゆら笑う

待合の疲れし顔の病人に ほほえみ誘う幼子の歩み

地境のアスファルトより這い出でてつゆ草は独立を宣言す

小花咲く黄色い布地のペンケース歩くはずなく捜す十日目

心栄え良き友ふたり それぞれの重い病を静かに語る

枯れ草をはやく除
(の)ければよかったね擬宝珠(ぎぼうし)の新芽赤くうなずく

それぞれのかたちを持ちて雲はゆく関東平野をふぅわりふわり

プランターの都忘れに忍び寄る草草のいのち摘んでしまえり

帰宅した息子が居間に来るとすぐ花粉症の夫くしゃみを三回

焼きたてのナンとカレーの店は混むニッポン人の胃はインドなり

茶色から湯気立つ緑に変身す春の若布
(わかめ)の底力を見る

二株のゴーヤの苗を植えつける あの熱い夏思い出すため

「どこ行くの」訊きたくなるね腰の振り春の小径をトラ猫あるく

水槽のポンプのよごれ掃除する黒目の金魚がこちらを見てる

やわらかなもみじ四方に枝が伸び惜しみつつ伐る越境の緑

杖なしで歩けると言う老人は時おりそっと壁に手をつく

算盤をはじいてつりを渡すときパン屋の小父さんにこりと笑う

一匙のエサに金魚は飛びかかる遅れてごめんもう十時だね

隣席の細くて若い女(ひと)の食うあのステーキは三百グラムだ

不機嫌な大気に迷う白雲と黒雲まざる空ながめおり

「雨ですよぉ〜」近所の声に走り出す洗濯物が待つベランダへ

仏壇にデンファレの赤は似合わない和服にコサージュつけてるようで

山彦や波音のするわが耳は二年前からアウト・ドアー派

団塊の「塊」が書けずにベビーブーマー世代と記すアンケート用紙

掘りたてを送ってくれし義母はなく二つ買いたり八百屋のたけのこ

G・W
(れんきゅう)に二百メートルの車間距離 環七(かんなな)・二国(にこく)が日光浴する
 
* 環七=東京都道318号環状七号線  * 二国=第二京浜国道(国道一号線)

母の日に来るかなと待つ午後三時プレゼント手に娘あらわる

高層のビルに囲まれ背の伸びぬ東京タワーは還暦ちかい

日焼け止め蚊取り線香山積のドラッグストア夏向きになる

白百合の甘い香にさそわれて十分間の豪華な午睡

ていねいに読んでなんていられない村上春樹おもしろすぎる

はやばやと夏の足音五月尽あせかき息子のクーラー始動す

乗っていた自転車忘れ帰宅するポケットに残るこの鍵は何

アレルギーのわが頬見つめ友の目はだんだんだんだん大きくなりぬ

焼きたてのメロンパン食むよろこびが後悔の胸やけに変身す

月齢にあわせて藍を育てると染色家は云う現代の世に

ワイシャツのアイロンかけを本日の仕事納めとしたいのですが

工事中のいつもの道をよけて行く一年ぶりの近所の小路

ストロベリームーンとう赤い月雲に隠れて水無月九日

擬宝珠
(ギボウシ)は垣根を越えて茎のばす うす紫の花を咲かせて

父の日のこぬか雨降る夕暮れに娘の笑顔とワインが届く

南の戸西の庇を奏でるは梅雨を知らせるおとめのマリンバ

雨の午後えんぴつかたく握りしめ眠ったままで椅子から落ちる

ほしい方コレステロール速達の宅配便でお届けします

連日の徹夜仕事にストレスか太めの息子ますます太る

せわしなく団扇をつかい麦茶のむこれがワタシの湯上りの景

数独と日本語・英語のパズル終え次の脳トレ探しています

人ごみの新宿駅では気おくれし やっと座れた渋谷でメールす

食べ物の好き嫌いなきわが腹を去年のズボンにどうにか納める

梅仕事段取り八分といいきかせ瓶・笊・重しをしっかり洗う

エアコンよ山の冷気を思い出せ フィルター洗い さぁ夏よ来い

根は伸びて小さき鉢を出でんとす我が背たけ越ゆるスラッシュパイン
 
* スラッシュパイン・・・マツ科の常緑針葉樹。外来種。

生梅の甘いかおりにつつまれて窓開けるのを少しためらう

九年目の梅干し作り嵩(かさ)増して三十キロを漬け終えるなり

梅雨さなか乗客はみな年若く むわっと暑い山手線である

寝不足と頭痛の一日
(ひとひ)梅雨寒に ふうせんかづらの小花が咲けり

入れたはずハンカチどこへいったやら最近多い不明のグッズ

一人住むとなりの家に夜のあかり つけば安心帰ってきたね

三度目の盆のしつらい手間どりて去年
(こぞ)の写真を見ながら飾る

梅雨明けの宣言はまだないが首のあせもにわが夏を知る

新盆の母の供養の親類ら三月の赤子を順々に抱く

一日にTシャツ三枚取り替える お取り寄せしたい山上の風

明日干す梅を瓶から笊におく一粒ひとつぶ顔が違うよ

雲多く梅を干すにはためらいて天のご機嫌うかがい見あぐ

迷走の台風五号を気にしつつ今日の晴れ間に梅を干したり

となり家に垂れ下がりたる笹の葉は切るには惜しい緑なりけり

しらが染め五歳若いとうなずいて今日はピンクのTシャツを着る

病院の待合室にひとあふれ呼ばれし我が名 なにやらいとし

大雨でモザイクかかるBSテレビ 見ていた映画の犯人だあれ

ゴーヤ食べ苦さのどから胸にまで届いてひびく夕餉の雷雨

のど痛く話をするには億劫でツンツンすました顔にて過ごす

陽にあてた梅干かめに並びいれおいしくなあれと呪文をかける

「いらっしゃい」レジの林(りん)さん中国人 発音のずれ良し可愛らし

花柄の半ズボンはく青年は ぼそっとあんパントレイにのせる

Yシャツの右カフスのみ汚れてる息子のしごと重く片寄る

休養日なのに練習す からだには限りがあるぞ高校球児
 * H25年の夏から甲子園初の休養日

朝顔に話しかけても次の日は花をとじてる朝日のなかで

九時に寝て夜中の二時に目がさめる老人ビギナー先は長いぞ

更地には名前わからぬ花が咲く三月まえまで斉藤さん家
(ち)

陽にあてた土からミミズ這い出るもクネクネ踊ってそして静まる

雨上がり庇の下の蜂の巣にくすり噴射の都会のくらし

ステンレスの物干し竿に日が射してきらっと矢のごと夏空をさす

お恵みは十分いただきましたゆえ猛暑日返上いたしたく候

白髪など染めてみたとて大袈裟に変わるわけなく今日も暑いな

手作りの梅干・らっきょう・紅生姜 そろいて卓に朝がはじまる

百合の香を鼻にいっぱい吸い寄せて睡魔呑みこむ午後の濃いお茶

リオ五輪 平和もねがい開かれる日本時間の八月六日に

赤や黄の水着のようないでたちの女子ランナーを映すハイビジョン

店頭でスポーツドリンク勧められ一気に飲み干す 酸っぱいなこれ

猛暑日のアブラゼミ鳴く夕暮れに水槽からドジョウ跳ね落ちる

ややこしい手順に潜むポケモンGOを見つけられずにスマホをとじる

涼しさを手土産にして降る雨は葉月の緑茶うましと言わせる

瓶にさせば狗尾草
(ネコジャラシ)や犬蓼(アカマンマ) ほのぼのゆれて主役になりぬ

何万字書いたら役目終えるのか鉛筆一本ながさの限界

白と黒二匹の猫が向かい合い手足を伸ばす とある日の暮れ

財布から割引券を出し忘れ レジの手早いしぐさを見てる

からみつつ小さな白い花咲けり誰が名付けたヘクソカズラと
→ 花の名は漢字で書くと優雅なり でもこの花は屁糞葛
(Tamu)

これ以上太らないよう息子には小ぶりのごはん茶碗を買いたり

夫と吾が通う歯医者は釣りが好き鯵三匹を届けてくれる

「鏡さん」正直すぎるのあなたって三キロ減に映してくれない?

向かい合う四人はスマホの山手線一人は読書でいねむり二人

隣人に風船葛(フウセンカズラ)の種をあげ茗荷三つをもらう朝夕

二週間つづく雨の八月に値下げのTシャツ三枚を買う

「山の日」は北アルプスに登らずにドローンが映す谷底を見る

結末はわかっているがまたも見る「刑事コロンボ」アイロンかけつつ

しゃれた名の「グランデュオ蒲田」どうしても「蒲田駅ビル」と言ってしまう

カラスよけネットをひろげる朝六時ゴミ当番の役目のひとつ

黄の小花つけて蔓伸びいつ生るや小玉すいかの二つ三つなど

乗っていた車を忘れ帰宅した息子よ親より先にボケるな

選ぶとき思わず笑顔コンビニのアイスなどでも気分は晴れる

「から揚げはお好きですか」に「はい」と言う ほんとは「カラオケ」と云ったらしいが

うなぎ屋が「仕度中です」に隣り合うモスバーガーへと宗旨がえする

田舎より新米届く八月尽あせをかきつつ旨味かみしむ

減量に励む十日目にステーキを食ってしまえり二百グラムも

この夏の猛暑のしるしのTシャツの背中は広くぼかし染めなり

ベランダに命終りし蝉二匹 朝日を受けて並んでいたり

平成25年〜30年の春から夏にかけての、日常を詠んだ短歌を編集しました。

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