S.Uemura's diary archive vol.3e

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6/24
14:00-
7/24
10:00-歯
7/27
-8/2

2006.8.21

6:09発

でも南大沢で満席なのか。各停しかない時間帯だからか?

夜は涼しい

まあわりと。

電車の中で居眠りして

気づいたら隣に浴衣姿で妙齢のお姉さんが座っていてびびった。

メモ

木管アンサンブル名曲解説辞典

2006.8.20

起きられなかった

起きられませんでした。

コピー機

の釣り銭取り忘れで500円玉ネコババ。

「ブラックジャック21」第78話「ピノコ、日本へ帰れ!」

ええと、あの双子と、息子を亡くした両親の死んだ息子はそっくりな容貌だったってこと?
写楽大活躍。単に写楽を出したかっただけじゃないかと。
ヒョウタンツギはロック冒険記では食用になっていたからなあ。
結局日本には帰りませんか。
なんだかもうすぐ最終回らしい。

更新履歴

現代の紋章官

2006.8.19

起きられるとは

思っていなかった。

「モーニング」増刊

だかなんかにクラシック紹介マンガが。リストがオグドンの演奏だった。

暑い

再び暑くなってきた。夜はけっこう雲があったがそれでも暑い。

更新履歴

所有クラシック曲一覧

2006.8.18

手にマメができた

おまけに筋肉痛。さんざんだ。

タクシー券

なんて初めて使った。

2006.8.17

矢野口付近の高架を走っている南武線は

京王線の京王よみうりランド―稲城間から見えるだろうな。

稲田提

字が違う。この誤変換は勘弁してくれ。

休載

「ピアノの森」。

がペディキュアをしていたのに気づいた。しかし除光液は持っていないらしい。

買ったもの。『西部の野生馬』、『青が散る』。


2006.8.16

職場で

特定の一人の女性を意識していると思われているとは知らなかった。特定の三人くらいならわかるが。

そこまで酔えるって

うらやましい。

遅延膨満感

そんな用語はないが。今日は飲みが終わった直後にはゆるくならず、帰ってきてからゆるくなった。

2006.8.15

いくら始業時間前だからといって

自席で居眠りしているのを開き直るのは、いまさら注意する気もないが。

2006.8.14

寝坊したのを

がんばって何とか間に合うように電車に乗ったら停電で大遅刻。

しかもお盆だから電車が空いているだろうと思って

やっぱり空いていたのでしめしめと思ったらこれまた大遅刻。

新宿発22:50分以後の急行、通勤快速、快速と言っているのに

いま22:40分くらいやんけ。だから男が乗っていてもいいの。まあ会話の中身なんてどうでもよくて他愛もない会話をしているそのこと自体が重要なんだろうけど。女性専用車設定時間帯の話。

猫が突然木を駆け上ったのは

なんだったのか。僕が通りかかったら突然。

メモ

Samuel Barber Piano Concerto, Op. 38
Finnish Music Information Centre - Suomalaisen musiikin tiedotuskeskus (Finnish Concertos)
フリーのデータ抹消ツール

2006.8.13

「ブラックジャック」秘蔵版スペシャル「ひったくり犬」

たまたま2話とも観たことないやつだった。というか初放映?
ひさびさに和登さんと写楽を見た。特に和登。
ラルゴってやはり音楽用語だったのか。しかしアダージョじゃだめなのか?
メスだったとは知らなんだ。
大使の登場が突然すぎ。原作はページ数が限られているからあまり気にならないが。
犬の手術なんて簡単にできるのか? 体の複雑さは人間とそう変わりないと思うが。
原作では最後死ぬんだったような。

「ブラックジャック」秘蔵版スペシャル「樹海のかまいたち」

キツネとシカだかウサギだかという遊びは本当にあるのかないのか。そしてルールは?
それにしてもあんなきれいな円は描けないよ。
あの変装はどうかと。
原作からしていまいちな話だと思うが、なぜそう思うのかがわからない。まあメスで道路標識を切断するのかとかはあからさまに不自然だが、そういうことではなくもっと根本的に。

腹具合

またいまいち。

だるい

走っていたら異様にだるくなった。水分が出すぎたとか?

更新履歴

掲示板

2006.8.12

寝過ぎた

いくら上智の図書館がやっていないからといって

涼しい

比較的涼しい。

コウモリ

夕方大量に数十羽頭が。

カブトムシ

また発見。ひっくり返って起きあがれずにばたばたしていたので、ひっくり返しなおしてやった。

2006.8.11

帰りの電車の中で前に立って船を漕いでいたおっさんの

袖がカレーかなんかでやたらに黄色くなっていて、その状態で船をこぐので何ともはや。

150KB

くらいのメールを送るのに5分くらいかかるのはどういうことか。64Kbpsでもそこまではかからない勘定になるが。

暑い

再び暑くなってきた。

IPアドレスがここまでばらけて

書き込まれるということは、何かがあるとしか。

更新履歴

現代の紋章官

2006.8.10

腹具合が悪化

仕事のストレスのせいか?

左前と右前

浴衣を着た姉ちゃん2人が。どっちが正しいんだっけっか。

2006.8.9

傘をとられた

勘弁してくれ。何故会社の傘立てからとられるのか。

「のだめド」ラマ化&アニメ化

おいおいおいおい。

台風一過の空に満月に近い月が

暑くなる予感。

2006.8.8

寝付かれない

毎年こんなに暑かったっけっか? 前より汗をかきやすくなったのか? 風呂に入ってもすぐ体がべとべとしてくる。

稲田堤

のサティアン前の道はそれほど近道とは思えない。

矢野口駅

が高架化していた。日中5本/hなのは変わらずだが。

東京MXテレビ

苦節10年?ついに視聴可能に。単に団地でアンテナ工事しただけだが。

2006.8.7

あまりの暑さに

まんじりともせず夜を過ごした。走ったりするんじゃなかった。

月が

だいぶ満ちてきた。

来月で

第一部完か。次からは空美編? 「舞姫」の話。

2006.8.6

「マイケル・コリンズ」

どこが山場なのかわからん。Volunteerは義勇軍という意味だったのか。独立戦争を休戦に持ち込めた理由がよくわからず。条約締結交渉の過程を省いたのは何故か。ブロイ警部の最期の夜の行動が不可解。グリフィス、コスグレイヴなどの著名人がほとんど出てこなかった。フォー・コーツがほんのちょっぴり出てきた。たびたび出てきたダブリン城の一隅でバーチェルやサドラーが働いていたことを思うと思わず画面をくまなく探したくなる。にしてもダブリン城はイギリス官憲の総本山という感じで描かれていた。

カブトムシ

見かけた。つかまえたら猛烈な勢いで羽を羽ばたかせて飛ぼうとしてびびった。

ネズミ

見かけた。ゴキブリくらいの大きさ。初めて見た。カヤネズミ? うっかり踏んづけてしまった…。

更新履歴

スクリャービン《ピアノ協奏曲 嬰ヘ短調 作品20》聴き比べ

2006.8.5

コウモリが

昼日中に飛んでいたのを目撃。近所の家の屋根瓦と屋根の間に潜り込んでいった。あんなところに隙間なんてあったんだ。

床屋

行った。刈っている間髪の毛が顔に付着しまくってこそばゆくてしかたなかった。

暑い

くそ暑い。コンビニで雑誌を立ち読みしていても汗がぽたぽた落ちてくる。こんな日に秋葉原に行こうなんて考えるんじゃなかった。

「あずきちゃん」

のサウンドトラックが20000円で売られていたのを発見。

外付けHDD

パッケージの表面にはSATAの転送速度が記載されているけど、どうせPCI接続なんだからそこがボトルネックになるに決まっているような。2.5インチHDDのUSB接続でもよかったかも。300GBをFAT32でフォーマット済とは思わなかった。消費電力だけ気になる。200Wで耐えきれるのか。

Chapter XVII A New Home

19世紀の紋章院移転計画と改築。
紋章院の北側に隣接する製糖工場(?) Sugar House. 紋章院と壁(塀?)を共有しており、勝手に壁(or 塀)を工事するなどして火災の際に燃え移る危険(1775年頃より)。また貯水槽からの水漏れが伝ってきて本棚に被害(1812年頃)。1800年庶民院の公文書現状調査の委員会の求めにより紋章院も保持する記録類について報告。委員会は庶民院に対し紋章院の移転か現在の建物の改築が必要と報告。ただし施策は特にとられず。1814年製糖工場は貯水槽を建て替え、壁はセメント塗りにするが、紋章官たちはそれでも工場の蒸気機関に不安を感じ、1815年公文書委員会 Commissioners of the Public Records に事態を報告し、内務大臣 Home Secretary の命令により実地調査実施。1816年大蔵省 Treasury が紋章院下賜の勅許状の内容を確認。紋章院は国王より新たな建物を下賜され、現在の建物を売るか賃貸する場合の計算を始める。しかしこの計画はお流れに。1818年製糖工場主の Alderman Smith は土地を手放すことを決め、紋章院が購入。諸費用込みで経費£2000は、各紋章官、EM代理、EM秘書が積み立て、当座必要な現金をEM代理の担保で銀行から借りてしのぐ。
1820年2月29日付勅令 Royal Warrant により今後貴族と准男爵叙爵時に紋章官に手数料支払いが命じられる(1905年廃止)。
1813年の議会法に基づく大規模な街路造成計画への相乗り。計画の主担当者 John Nash へ接触、 Nash は新しい建物のラフスケッチを作成。1822年には大蔵卿 Lords of the Treasury に要望書を提出。Nash の設計図を検討する段階で、EMの居館をいくつも手がけた Robert Abraham による Nash の案を下敷きにした別の設計図がEM代理よりもたらされる。紋章官もこれについては事前に知らされず、Nash は反発、また提案された設計図に対し費用面の折り合いもつかず計画停滞。
1824年6月17日EM代理 Lord Henry Howard 死去。勅裁 Royal Assent により審査律 Test Act の求める宣誓なしにEMまたは代理の職務遂行が可能となり、後任のEM代理は任命されなかった。
1824年製糖工場購入のための負債は返済。ガーター紋章王 Nayler は下級の junior 紋章官(あるいは若手ということか?)が、返済のための積み立て費用を紋章院への依頼人の手数料に転嫁しているとして、積み立て廃止を主張。しかし他の紋章官たちは将来に備えて積み立て継続を希望。手数料か紋章官負担かで論争。1825年EM令状による、1673年以来初めての手数料の改定で決着がつき、手数料は£76 10sに増額、その後1936年に£81 10sに、1944年£105に。
1826年新たな用地候補が提供される。しかし費用面の困難が残る。£8000の(銀行からの)融資とさらに£10000を大蔵省からの援助によりまかなうことを計画。しかし£8000の返済を紋章官たちの間でどう負担するで論争。全会一致をとっていたのも合意に至らない理由の一つ。結局1827年9月頃で沙汰やみに。
1827年6月6日ガーター紋章王は皇帝ニコライ(一世)にガーター勲位を授与するため、ウィンザー紋章官とともにペテルブルクへ赴く。(これはいつまで行っていたのか?)
1828年紋章官の顧問建築士の地位に留まっていた Abraham は旧製糖工場との間の壁の状態が劣化し湿気の原因となっていると報告、改修案を提案。1831年には別案として旧精糖工場に新たな建物を築造する案が検討された。しかし多大な費用がかかるため実行に移されたのは1842年。北壁の改修と新たな建物の築造。後者は当時の毎年の資料収集状況に鑑み大小2案のうち、規模の大きな方が採用。経費£4700を年利£250で融資を受ける。これとは別に築造中資料を別の場所に移す必要があるため、その賃借に年£100とその建物にかかる税が年£50。都合年£400をガーター£110、クラレンスー£75、ノロイ£35、紋章官£21、従紋章官£13 14s で負担。この負担額の一部でも元本返済に充てられるようになるまで3年かかる見積もり(どういう根拠か?)。さらに加増手数料基金 Additional Fee Fund (上述の授爵の手数料を貯めたもの?)からの年約£200の収入も充てることに。これらにより8年で返済する計画(これもどういう根拠か?)。EMも寄付を申し出、さらに紋章官の任命・昇進ごとに(被任命者が?)寄付をすることに。£5000の融資を受け、1844年4月完成。
1861年テームズ川築堤法案提出。これは街路造成も含み、当初計画では街路は紋章院の上を通ることに。南端のみを通る計画に変更。また紋章院周囲に紋章官用に建物を購入していたらしく(他にも賃貸して運用していた建物もあるようだが詳細が書かれていない)、これも影響。必要な補償額は見積もりでは£5500が土地代、£3500が建物改築。Metropolitan Board of Works は£7500を補償。1867年-8年にかけて改築、1871年 Queen Victoria Street 開通。

セミに

突撃された。

久々に

月を見た。天気が悪かったのと、月が出ている時間帯に外に出なかったのと。

買ったもの。二股内蔵電源ケーブルL字。以前は二股じゃない単純な延長ケーブルでL字のがあった気がするが。ATX電源通電用スイッチ。「ノエイン」小説版#1。ESA-PC, HDC-UX300GB.


2006.8.4

飲み薬が

あまりすぎ。なぜだ?

右半身だけ

妙に筋肉痛。首筋とか。

休載

「ピアノの森」。ふう。

梅雨明け

したんだろうか?

キツネ

まだ同じ場所にいたよ。

仔猫x3

近所の歩道橋の下に。

2006.8.3

ナナフシ

いなくなったと思ったらまた発見。

だるい

10時間寝てもまだだるい。

涼しい

今日もわりと。夜の話だが。

何か小動物がいる?と

思ったら歯ぎしりだった。

シオヤアブ

が何かを補食していた。夜中に自販機にゲータレードを見に行ったら発見。

死んだと思っていた

猫が生きていた。活動範囲を変えたらしい。

2006.8.2

パスネットカード

がどこも売り切れだったり4995円だったり。

ビートルズ・オン・バロック

ディスクユニオンで盤質Aで525円だった…。

涼しい

比較的。 買ったもの。モーツァルトx2。月刊「ピアノ」。

2006.8.1

ベルトをしめずに

会社に来てしまった。

W-ZERO3[es]ユーザ発見

早くも。さすがに違和感が少ないな。

青色吐息

それを言うなら青息吐息

ポンドもユーロも

高くなったな。

2006.7.31

新宿からりんかい線方面

前からわかっていたことだが、新宿10:03発の次は10:26で、大崎10:25発に乗るためには新宿10:07発山手線に乗ってかろうじて大崎1分乗り換え。非常にいまいちなダイヤだ。湘南新宿ラインに乗っても大崎でのりんかい線接続はないという。代々木のところの踏切がやはりネックなんだろうか。

2006.7.30

ツノトンボ

初めて見た。

「ヒストリエ」

今月は絵がまともだ。

「ノエイン」小説版

全2巻? ちょっと#1を立ち読みしたが半分くらいまで来てアニメの#3くらいまでしか進んでいなかったような。だいたい、本編をそのまま本にするより別の話をやってくれ。

汗が納豆臭い

汗まみれになったシャツをそのまま乾かすとそういう臭いになる。

涼しい

天気が悪いせいか、風が適度にあって。

ショウジョウバエ

多すぎ。今日だけで15匹くらい退治した。

体重が減った

比較的不摂生な生活を送っていたのにもかかわらず60.5Kgくらいまで減っていた。朝夕の行き帰りの歩きの長さのせいか?

更新履歴

「ピアノの森」

2006.7.29

寝坊して

京王古書市が最後駆け足になってしまった。まあ最終日にもう一回行くくらいか。それにしても古書市で買った本は買わずに蓄積される傾向が高いな。

ベローもマラマッドも

高かった。

SPAM

ここまでひどくなったのは初めてだ。こんな過疎サイトで何の意味があるのか。とりあえず連続書込制限したうえで、それでもまだダメならURLを変えよう。

メモ

桂紹隆『インド人の論理学―問答法から帰納法へ』中公新書, 1998年。

力尽きて地面に転がったセミが

断末魔のごとく暴れる時季がもうすぐまたやってくるのか。

更新履歴

掲示板捜しもの

買ったもの。『ユリイカ』1989年4月号(カポーティ特集号)、『ピアニストの思考』、『協奏曲の歴史と名曲』、『外交官の一生』中公文庫、『フィンランド初代大使見聞録』、『ミシェル・フーコー』。「ヤングキングOOURs」。CD収納ケース。


2006.7.28

W-ZERO3[es]

やっぱりストレートとしては大きいな。もう少し縦を縮められそうにも思うけど。

三鷹さんは

なんであんな場末?のテニスコートでコーチをしていたのか。一生コーチで食っていく気だったのか? 実はテニスコーチをしつつ夜はホストクラブで働いているとか…?

メモ

『マイケル・コリンズ』
Topics medieval Irish plea rolls - an introduction

買ったもの。"LOGiN"。


2006.7.27

妙に涼しい

朝の空気が。夜も。

「月刊ASCII」一旦休刊

まあぱっとしなかったからな。

「舞姫」

そろそろ一旦休載して、「舞姫」の登場人物を使ってこわい短編を1年ほど連作してほしい。できのいい姉とできの悪い妹の話とか、子連れで再婚する話とか、不倫する話とか…。

うちの掲示板は

削除した書き込みもカウントして過去ログにまとめているのか。しかも過去ログにまとめられる契機は過去ログにまとめる件数に達したときのみなので、1件書いては1件消しとかいうことを何度もやるといざ過去ログができたときに複数の過去ログファイルができることに。

床屋

行かなくては。

Chapter XVI Rex v. Radclyffe

家系を偽った紋章官の話。文書改竄などがばれ紋章院から追放に。ミステリー風味。年代的には前章とかぶる。章題は「国王対ラドクリフ裁判」という意味か。William Radcliffe. 1770年 Wath, Yorkshire 生。Barnsley, Yorkshire 在の家系出身。1790-95年、 Oxford Street にて菓子屋を営む。姉(妹) Elizabeth が裕福なジェントルマン John Salway, of Richards Castle, Herefordshire と結婚、それにより William も1799年に菓子屋をやめ、紋章学に専念。ランカスター紋章官 Edmund Lodge の知遇を得、紋章院に入り浸るようになる。
Radclyffes, Earls of Derwentwater, of Dilston in Nothumberland and Derwentwater in Cumberland. 1688年ジェームズ2世が追放直前に叙爵。3代伯は1715年のジャコバイト蜂起に参加し処刑。その弟 Charles Radclyffe も参加していたが、年齢の幼さ故か減免、しかし監獄から逃亡し、大陸に逃れ、若僭王 Young Pretender の秘書官に。1745年の反乱にも参加したが、裁判で加担が立証されず、1715年の罪状で処刑。この Charles は Countess of Newburgh と結婚しており、その息子と孫は、 Earldom of Derwentwater は私権剥奪されていたが、 Earls of Newburgh として爵位を継承。限嗣相続 entail により Derwentwater の所領は完全な没収 forfeiture をまぬがれていたが、1788年、議会法により所領からの収入のうち£2500を Lord Newburgh が受け取る条件で Greenwich Hospital に委託された。
William は、自分がこの伯家の先祖の一族である Anthony Radclyffe of Blunchland の子孫であるという血縁関係をねつ造。1801年に系図を作成し、紋章院に登録。この頃姓の綴りを Radcliffe から Radclyffe に改めた。Lord Newburgh から血縁関係を認められ、そのEMへの推薦により1803年ルージュ・クロワ叙任。1816年4月4日の紋章官会合において、ヨーク紋章官 Sir George Nayler により疑義が提出。再調査により1817年3月、系図と同時に収録されるとされていた出生、婚姻、埋葬記録の抄録が欠如していることが判明。唯一の記録である、とある遺言状 will も署名、日付を欠き、また原本であるか、写本であるか不明であり、 Radclyffe 自身それが教会やその他しかるべき公的記録機関に保存されている原本からの写しであるか不明であると証言。この結果により系図は記録から抹消、EM代理へ顛末を報告。
1814年最後の Earl of Newburgh は相続者がないまま死亡。1810年11月と1816年7月、William は Greenwich Hospital 理事会 Commissioners and Governors に対し、自身が Radclyffe 一族出であり、Anthony James Earl of Newburgh の同意を得たとして、 manor of Dilston の賃借を要求。1817年4月、経緯を知った紋章院は理事会に系図が立証されていないことを通告。同年8月理事会より Derwentwater 一族の完全な家系調査依頼。ポートカリス従紋章官 George Frederick Beltz (1774-1841年)が調査の任に。同年9月頃より調査旅行、10月30日紋章官会合にて口頭で報告、11月1日報告文書提出。9月28日付の手紙で、 Ravenfield Church の記録簿冊に Edward Radclyffe と Rosamund Swyfte が1640年2月24日に結婚した記録(この2人の息子 Thomas の子孫が William であるとねつ造)が、書き加えられていたことを報告。Rosamund(Rosamond) は1634年に別人と結婚している(ため、もし再婚するとすればその別人の姓になっているはず、と言いたい?)。筆跡は William のものに酷似。当時の状況を知る家令たちの証言では1801年秋、10月24日以前の10月頃、夕方6時か7時頃に30歳くらいの見知らぬ茶髪で頂が薄くなったジェントルマンがやって来て、記録簿冊を閲覧し、その際その男が部屋に一人でいる時間があった。その男が去った後、真新しいインクで、上記記録が書き記されていた。それからしばらく後心当たりのない人物からその書き記された部分の記録の抜粋の送付を求める手紙が届いた。そこで1802年2月18日に当時の副司祭が偽造であるその旨但し書きした。William の居所とされていた Darley Hall には地元の名士が居住、 William 自身はその近傍に居住。系図の根拠の一つ Thrybergh(Thribergh) の記録(教区簿冊?)は調査では発見できず。当該部分の年が他の年に比べて異常に記録が少ないため、部分的に抜き取られていると推測。
Heard は William に対し Ravenfield とThrybergh の記録をいつどのように入手したのか言明を要求。William は当時の担当者ランカスター紋章官(Lodge)か、当時の担当登録官(1817年現在の Clarenceux)に当時それを渡し、あるとすれば彼らがそれを保持しているだろうと返答。後者2人は知らないと返答。
紋章院はEM代理に報告。1818年2月13日EM代理は紋章官会合に出席。Ravenfield の関係者を呼び出すことに。同年2月25日と28日、 Rev. James Byam Dewe, Perpetural Curate of Ravenfield および Mawe, Toone(後者2人は上記家令)が会合に出席。その後紋章院は顧問処務弁護士へ相談。記録簿冊改竄は刑事事件だが、コモンローで裁かれるためには解職が必要である(紋章官は国王の勅許状による任命のため)との回答。1818年4月4日、 EM代理同意のもと内務大臣に国王宛の William を解職する嘆願を提出。この間一貫して William は会合には出席せず。また紋章院側も停職扱いに。
嘆願書は法務閣僚 Law Officers に回付。彼らによる検討の際に2つの新事実発覚。1816年の系図再吟味の際、 William は自身が1614年に Clerk Remembrancer of the Court of Wards and Liveries に任命された William Radclyffe の子孫であり、それを伯(叔)母 Hannah Radclyffe of Barnsley の家に残る記録から立証。しかしその Radclyffe は William Radclyffe of Foxdenton, Lancashire だった。1802-3年、 William は Radclyffes of Foxdenton に雇われ彼らの系図を作成、その際彼らが保持していた書類から当該の(1614年の任命の)特許状を隠しとっていた。これは Beltz が気づき William により返却された。
William は1801年10月の自身のアリバイを内務大臣に提出。当時彼は5月から7月にかけて Herefordshire に滞在、彼を幼児から知っている William Curtis of Mary Knoll, Herefordshire 75歳、その妻Sarah 、 William の義理の兄(弟)である故 John Salway の姉(妹) Elizabeth Salway の3人がそのように証言。また自身の当時の日記を提出。
法務閣僚のEMへの回答: 証拠不十分であり国王は解職に納得しないだろう。また内務大臣は、仮に犯罪があったとしてもそれは従紋章官の叙任前であり、叙任後に犯したならともかく、叙任前のことで解職できるか疑問であると回答。しかし紋章官たちは下記を指摘、 William が Lodge に問題のねつ造記録を提出したのはねつ造が行われてから一ヶ月以内であり、自身がねつ造したのでなければどうやって記録の存在を知ったのか? また、日記ではねつ造記録の写しとその証明を1801年11月3日に受け取ったとあるが、そのような証明は発行されていない。Ravenfield 関係者の証言の日時が誤り、または William のアリバイが偽造かどちらかであるが、これは最後まで証明されなかった。
1819年6月EM代理は William に Mawe, Toone に会い、面通しする(大勢の中から William を選べるか)機会を与える。しかし William は断る。
1819年11月 William は弁護士を通じて停職状態を解くよう通告(それまでも何度か通告)。紋章院は 上級弁護士 Serjeant の Lens と勅選弁護士 K.C. の Gurney に相談。Gurney は William の紋章院出勤を妨げるのは得策ではないが、 William が犯人であるという証拠は強力であり、その線で(William を立証する)進めるべきとした。Gurney の意見により Mawe, Toone が12月5日再びロンドンに呼び出された。William は11月15日-27日の間紋章院に毎日現れたが、その後行方不明。紋章院顧問弁護士は以後刑事事件解決に長けた人物(探偵? しかし裁判の進め方にも助言しているようだ) John Henson of Bouverie Street に一任。Henson はまず William を捜索。Henson は William を発見できなかったが、1820年1月の紋章院輪番待機が William の番であり、それに出勤する可能性を考え、 Ravenfield 関係者をそれにあわせ呼ぶことに。1月1日 William は現れ、 Henson は1月5日 Ravenfield の証人たちとともにロンドン到着。1月6日面通しが行われ、 Mawe, Toone は一団の人間たちの中から William を見分けたと Henson は報告。
これを受け紋章院は告訴に踏み切ることを決意(解任はされていないが)。Yorkshire と Middlesex の各治安判事 magistrate から令状 warrant を取得。1820年3月17日公判。原告側はアリバイには触れず、筆跡と目撃証人の2点に論点を絞った。被告側は、記録の改竄により被告人が Derwentwater 家の男系子孫であることが証明されるわけでないから動機が欠如していることを主張、またこれまで紋章院は系図に妻の名を省略して登録することがあったことを指摘(後段は Rosamund の婚姻歴についての反論?)。また系図登録担当者だったランカスター紋章官 Lodge が裁判に臨席していないことに疑問を感じると指摘。また記録の改竄があったかどうかではなく William が改竄を行った犯人であるかが問題ではないかと指摘。改竄が、証人たちが言うように、証人たちが部屋をあけて犯人が一人になった1分半の間に行われたにしては、証人が改竄を発見したときにインクは乾ききっていて、しかも反対側のページにインクが写っていないのはおかしいと指摘(この辺証言が詳しく書かれていないので何がどう問題になっているか判然としない)。筆跡の相似など証拠としては怪しいと主張。また今となっては William が当時どこで何をしていたか証明できないと主張。しかしアリバイ証明はせず、また証人も呼び出さなかった。
判事によるまとめ。何者かにより改竄が行われたのは明らか。犯人は吸取紙を持っていただろうから反対側のページが云々の指摘はとりたてて重要な意味はない。またかつて筆跡にのみ有罪になった事件を挙げ、かつ紋章院の同僚たちは William の筆跡を見慣れており、熟知しているだろう。動機については、系図が正しいことの証明になる。陪審による評決は、有罪。罰金£50と castle of York への三ヶ月の投獄。
しかし法的措置をこれ以上進めるには William が解職される必要があった。EM代理を通じて内務大臣 Home Secretary に国王に勅許状撤回の嘆願状を提出。1821年1月国王が(撤回の)告知令状発行を指示。しかし1822年2月まで実行されず。William を巻き込んだ事務手続きがさらに続き、1823年6月勅許状撤回の手続きが次の開廷 Sitting 期間に執り行われることが司法長官 Attorney General により決められた。
William Radclyffe は1822年6月22日に没。紋章官たちは彼の職業的技能は評価しており、1833年未亡人から手稿のコレクションを購入。
Wagner は Sir Edward Dering (1598-1644年)がサクソン時代にさかのぼる家系をねつ造したことを先例として挙げているが、中世の紋章鑑に紋章を書き入れたり、教会に碑 monuments を建てたりするのと、今回の事件の間にはだいぶ差があるような。Wagner も「この種の偽造は詐欺的な系図学者がわかっていない雇い主をだまし、喜ばせるのとは異なる。その独自性は真性の学者が自分自身をもだます、あるいは半分だますことにあるのだ」と述べている。しかし詐欺的な〜以下が Radclyffe のことを指しているとは思えない。Wagner が何を言わんとしているのかいまいち不明。また Wagner は、同様の事件として Sir Samuel Egerton Brydges, Bt (1762-1837年)が Barony of Chandos of Sudeley が同様に記録を改竄し(故意の切断等)、今回と同様 Beltz が1834年に調査し発覚している。Wagner はこの事件も数ページをかけて記述しているが省略。手口は非常に近しいが動機は書かれていない。

2006.7.26

会社近くでも

セミが鳴き始めた。

頭痛

何故か。

OTL

を王様の仕立屋で見るとは。使ってほしくなかった。

WX310JをAH-J3003Sに機種変更

していた。使いづらかったということか。独り言。

この間死体を見たと思った猫は死んでいなかった

いつもの場所に陣取っていたので。

2006.7.25

腹具合

それなりに回復。

京王線

人身事故。21:50発の準特急が遅れたので22:02発急行を先に行かせて21:50発は22:10にしてしまうようなことをやっていた。

2006.7.24

近頃は預金通帳の繰り越しも

機械でできるようになったんだっけっか。しかも口座のある店でなくても処理できるし。

猫の死骸?

あの横たわりかたは。数日前にはふつうに生きていたと思うが。

腹具合

急速に悪化。いつも急速だが。

眠い

異常に眠かった。

2006.7.23

「ブラックジャック21」第77話「オーロラの彼方に」

拳銃持ったまま車内をうろつくな。
最後の車両の一番後ろの貫通扉がそんな簡単に開くとは思えない。
車両の下にヤモリのごとく張りつくのはこの場合無理があるような。
寒いせいかピノコが頬を染めている場面が多い。
大事な本を投げつけるからそういうことになる。
むき出しの心臓を見せたよ。この作品にしては。
あのガタイのでかいのは紅トカゲの部下だったのか。対等な関係だと思っていた。
最近写楽を探せが簡単なような…。前が細かすぎただけ?

トンボ?

顔と胴体はそれっぽいが羽が2枚しかないような。そして小さすぎ。数日前に家の中で見つけたが、今日死骸を発見。20mmくらいしかないし、色も地味でガガンボみたいだし。

走れず。

風呂場で鼻をかむ

のがそんなにいけないことか?

2006.7.22

都心でも

セミが鳴き始めた。

レジに並ぶのがめんどうくさくて

CDケースを買わずじまい。

電車の中で前の席に座っていた人たちが

蚊に食われまくっていた。

メモ

RVW Symphony No. 5

キツネ

ついにキツネにまで遭遇。けっこう若い個体だったような。

雨に降られた

だからこういう空模様の日には走りたくない。

買ったもの。「舞姫」#9、紀伊国屋では少女マンガのコーナーに平積みされていた。オーリック、ミャスコフスキー、ファランク。


2006.7.21

歯医者の予約で

フルネームと漢字まできかれたのは初めてだ。

宴会の幹事

2回目か。ちっとも好きではないが仕事と思ってやるしか。

買ったもの。「ヤングキングOURs plus」、あほらしいがメッセージペーパーのため。


2006.7.20

8:20頃に新宿から山手線内回りに乗ると

頭がおかしい気味のOLっぽい服装の太った姉ちゃんに遭遇すると。

今日も頭痛

何故か。

休載

休載ですと。「ピアノの森」

梅雨

まだ梅雨だったとは。

2006.7.19

スピンドル

CD-Rメディアをスピンドルケースに入れて売っているのはよくあるがスピンドルケースだけ売っているのは秋葉原くらいなのか?

頭痛

百合の花がいけてあるせいか? 匂いはとにかく強烈。

2006.7.18

寝坊

した。

小田原駅コンコースのベンチは

浮浪者のねぐらになっている。

三連休の後なのに

こんなに早く帰ると罪悪感が。微妙な時間に終わる出張は何とかならんか。

ナナフシ

去ったと思ったがまだいたらしい。バラの葉を盛んにかじっていた。

くしゃみ

やたらに出る。

2006.7.17

「ブラックジャック21」第76話「黒い医者の宿命」

キリコの親父まで設定したよ。
イナバウアーは既に旬を過ぎているような。
ようやく元ネタをきちんと覚えているエピソードに出くわしたが、やはり換骨奪胎しまくっていたか。
結局空気がたまる病気なのかフェニックス病とやらなのかはっきりしてくれ。
今回は珍しく組織の邪魔がまったく入らなかった。
キリコ妹のとってつけたような設定はどうにかしてくれ。

更新履歴

紋章学関連のごった煮風覚え書き

2006.7.16

暑い

とにかく暑い。そのせいだけではないだろうが、二度寝、三度寝した。

2006.7.15

トンボ

早くも?見かけた。昔と違って数が少なくなった。

総武線遅延

にもかかわらず新宿駅のホームは相変わらず案内放送がない。ふつうもっと連呼するだろう。妙なイントネーションのおっさんはどうでもいいから、ふつうにやるべきことをやってくれ。

神保町Disk Union

クラシックコーナーが縮小。

「大人が見たいコドモアニメ」

「ヤダモン」特集が。タイモンの解釈は、妖精王はそこまで言っていたか??

ギミックなしのモック

W-ZERO3[es]の。を見た姉ちゃんが、キーボードが開いた状態だったので使いにくいとかなんとか言っていた。そりゃそうだが。

ロシア人をバス停まで連れて行った

どこであんな白タク的バスを見つけたのか。しかしロシア人は英語全然しゃべれず。

読書感想文

マラマッド作, 加島祥造訳『マラマッド短編集』新潮文庫, 1971年。黒人のユダヤ人が天使だったり(「天使レヴィン」)、目の前にいた女がふいに姿を隠して見つからなくなったり(「湖上の貴婦人」)、どんなに探しても見つからなかった書類鞄が最後にあっさり出てきたり(「最後のモヒカン族」)といった普通はありそうもないことを臆面もなくやってのけてしかもあまり不自然ではないのが憎たらしいというかなんというか。一方で意味ありげなフレーズとか、大事なことをわざと曖昧にしている場合に不完全燃焼を感じる場合も。例えば、「哀悼者になった」とは?(「弔う人々」)、結婚仲介人の娘は売春婦だったのか?(「魔法の樽」)。飲み屋に食べ物を持ち込むってどうなんだ?(「夢に描いた女性」) 食べたリンゴの皮と芯を手提鞄に入れるのが理解できない(「見ろ、この鍵を」)。「ドリトリ先生」とかでもポケットからサンドイッチを取り出したりしていて、西洋人の食べ物の扱いはときどき理解できない。ダベるは「駄弁る」だったのか(「夏の読書」)。前に『アシスタント』あたりで出てきたような気がする「おかず屋」はデリカテッセンの訳語だったのか(「掛売り」)。

走らずに寝る

雨がぱらついていることを言い訳に。

買ったもの。『勲章の内幕』、『イルスの竪琴』#3。L. モーツァルト、ランバート、ベートーヴェン。「ヤングキングOURs plus」。「模型情報」x4。


2006.7.14

ゴマダラカミキリ

出がけに服にくっつかれた。まさかこの間のとは同一個体ではないと思うが。

暑い

セミも本格的に鳴き出したし。

2006.7.13

スズメ?

が会社近くのビルのよくわからないでっぱりに巣を作り始めた。

英語添削

分詞構文で主語を一致させる
中学か高校のときに習ったな。
the above table → the table above
どっちも可と思うが。
it will solve
これは言うだろ。
its achievement
それが達成すること、それを達成すること、どちらもありだろと思うが。
another + 複数形
は無理だが、かと言ってこのanotherをotherに変えると意味が変わってしまう。「加えて、さらに」と言った意味が失われるから。this + 数量限定 + 複数形はありらしい。other = 全体のうちの残り、anotherは全体とは無関係にまた別の何かを指す言葉だと思う。
this our
this hisとかthis herとは言わない気がするががthis ourは用例あり。

なんだかよくわからない

最近感情移入できないな。この内容で一週間休むというのもよくわからない。「ピアノの森」の話。

2006.7.12

膨満感

今日も。

illicit

そんな単語があったのか。

インド人が

長谷寺にお参りに来ていた。たしかに仏教寺院ではあるが。

セミ

ヒグラシ。ついに鳴き始めた。

2006.7.11

膨満感

昨日あたりから

宇宙学校退学

ってこのイベントをそこまで盛り上げるつもりなのか。「ふたつのスピカ」の話。病気を伝えられないまま退場?

家に帰る坂道を上っていると祭囃子が聞こえてくると思ったら

じいさんがヘッドホンステレオを聴きながら口笛を吹いていただけだった。しかしめっぽううまかった。

2006.7.10

赤坂見附で

丸ノ内線から銀座線に乗り換えるときにおっさんがホームと電車の間にはまって押し込み要員に助け上げられて押し込まれたが、次の溜池山王で降りていった。そこまでして急ぐほどのことがあったのか。

g'z one

g-zoneとも読めることに気づいた。だから何だというわけではなく。

みだらに

みだりにと素で間違っていたので笑ってしまった。

ここ最近夜の京王線が比較的すいているのは

W杯が関係している?

メモ

究極のACアダプタ 鯱(シャチ) SD-AC-SYACHI

更新履歴

現代の紋章官

2006.7.9

二日続けて秋葉原

こんなことするのも久々だ。

走らず寝る

雨だし。

買ったもの。ビートルズ・オン・バロック、本当にほしいのはオン・コンチェルトなんだが1200円だったので。Palm Symphony、僕がほしいわけではないが。ノエインOp. SCD。コピックモデラー0.02。


2006.7.8

更新履歴

現代の紋章官

買ったもの。「ヤダモン」DVD-BOX2。アニメイトが21:00閉店になって会社帰りに気軽に?よれるようになった。もっとも、そこまでしてアニメイトに行く用事はいままでもこれからもそう滅多にないが。BSアニメ劇場再放送版のEd.と最終話まではさすがに収録してくれんかったか。


2006.7.7

「めざせ六花ちゃんローザンヌ」

深い意味なし。

メモ

コピックモデラースミイレ 0.02

よく考えたら

明日は秋葉原に行けない。

PSPで

「テニスの王子様」視聴中の人発見。

2006.7.6

歯医者キャンセル

どうしてこう狙いすましたように。

休載

何というか作者の描きたいものが美青年がショパンコンクールで協奏曲を弾く場面っぽいのに、作風はこきたない少年がフリチンで憎まれ口を叩く場面が名場面だったりするのがそもそもの悲劇というか。「ピアノの森」の話。

ラムタラ

競走馬の名前にそういのが。

上納金滞納

何ヶ月納めていなかったのか。どうりで金がたまるはずだ。みずほに行く機会におろそうと思って忘れていたということか?

2006.7.5

定数の配列

VBScriptではそういうのはないのか。あと構造体も。

やはり定時退社は

夢のまた夢。

よく考えたら

プレッツェルを買ったのは禁に反している? しょっぱい系のスナック菓子全般禁止にしたからなあ。

台風

こっちに来るのか?

2006.7.4

W-ZERO3[es]

かなりほしいかも。話中にOSが落ちるとかがありそうでWindowsはいまいち好きになれんのだが。

明日会社を定時にあがって

秋葉原に行くという案はどう考えても不可能だが、それはそれとして銀行から金をおろしておかないと週末にDVDをひきとりに行けない。

2006.7.3

やっぱり精神的にまいるような

タマじゃない。単にあわないことに気づいただけだろう。独り言。

プレッツェル

プレッツじゃないよな。

歯医者

そろそろか。

買ったもの。ネクタイx2。


2006.7.2

暑い

本格的に暑い。

ゴマダラカミキリ

ナナフシに続いて出現。さすがに困る。

多摩境のセブンイレブンの隣で

また火をたいていた。また当局から指導されるのがオチのような。

忘れていた。

「ブラックジャック21」第74話「心臓の刻印」

本間血腫って原作にもあったネタだったのか。
面が割れてるのにばれるようなツケかたして、しかもまかれるのはアホすぎ。というかツケてまくパターン多すぎ。
トランプカードをいつも持ち歩いているって…。
トランプカードをばらまいた意味は? キャッツカードの真似をしてしくじった?
Ed.がいまさら変わった。何故あのケバい姉ちゃんが主役っぽいのか。裸になる演出は勘弁してくれ。

「ブラックジャック21」第75話「紐育の奇跡」

どこまでが原作なのか。あの親父にあんな設定があったとは思えないが。
40年近く前? 21年前の不発弾事件と勘定があわないような。21年前にブラックジャックが10歳だとすると31年前に出産。40年近く前を35年前ととれば、35年前に親父がバート病院を去り、33年前にあの婆さんが心臓病にかかって、32年前に妊娠とかでまあつじつまはあうのか…。
そういやマイクロフィルムに年号が入っていたような。
よく考えたら21年前に10歳だとするといま31歳なのは若すぎる気も。
人工心臓って30年も持つもんなんですかねえ。ていうか動力源はほんと何なのか。

買ったもの。靴下。昨日出歩いたときに買わなかったのは愚かだった。


2006.7.1

ついにあんなところにも

建物が建つのか。

いつの間に

夏至が過ぎていたのか。

コウガイビルx9

さすがに雨上がりで蒸し暑い夜だけあって。

ゴキブリ

久々に出現。

メモ

オーストリアの村ツバメ

ハントが

それと知らずにライザに一目惚れする話を思いついた。思いついただけでどうしようもないが。

更新履歴

紋章学関連のごった煮風覚え書き

2006.6.30

会社に交通費を申請しない

というのは社会人としていかがなものかと思うが、何がいけないのか。たしかに申請処理が面倒だからやらないというのは浅はかすぎるが、いったい何がどう浅はかなのか。

昼寝で

夢を見た。

英訳は苦手

逐語的に訳すのははっきり言ってしんどい。

早くも一年も半分

終わってしまう。

「指輪物語」が最初の説明が難しくて挫折

したとか何とかしゃべっている女子大生集団が。中学生で「指輪物語」は何ちゅうか本中華。あそこはとばして読んでもまあ差し支えないような。その最初の説明の一番末尾の、ケレボルンがいつ大海の西に渡っていったか云々のくだりを、最後まで読んだときに思い出すとぐっとくるものがあるが、それを覚えているのはかなり難しいし。

メモ

連載 Microsoft ネットワークを解剖する

2006.6.29

中国人も

阿字野は認めるわけか? 中国人が見ても女に見えますと。「ピアノの森」の話。シマノフスキって。ショパンコンクールでシマノフスキの曲弾けるわけでなし。

磯臭い

久々のお台場は。

買ったもの。「ヤングキングOURs」。


2006.6.28

靴下が

今日もやばい。しかもやばいことを指摘された。

ささくれが

最近ひどい。

ナナフシ

食い荒らしすぎのような。

2006.6.27

おっさんが

帰りの京王線の中で床に座り込んでうつらうつらしていた。

「メルヘンヴェール」

やりたいかも。

靴下のかかとに

思いっきり穴があいた。

買ったもの。"LOGiN"。CD収納箱。


2006.6.26

退職

そうですか。案外もろかったねえと。独り言。

Wilkinson

たしかにからいが、予想したほどではなかった。

2006.6.25

ナナフシ

まだいる。

「ブラックジャック21」第73話「65年後の目覚め」

あの日本人女医は誰だったか。
キリコは当然謎の組織云々には関わらないんだよな。
このアニメにしてはグロい場面を見せたな。
本間先生が後ろめたい人物になっていく…。

2006.6.24

ミッキーマウスは

友だちに犬がいるのに犬をペットにしているのはおかしい。水着のときは足ははだしなのに手は絶対手袋を脱がない。しかもはだしはすごく気持ち悪い。とかなんとかで盛り上がっている大学生3人連れ。

前から思っていたが

モーツァルトとかを演奏するには深刻すぎるし寒々しすぎる音のような。あと今回シューベルト=マーラーの最終楽章で指揮者が曲を見失っていたような気がしてはらはらした。

カジャグーグーとララ・ムームー

似ていると思うのは僕だけか。

京王堀之内の駅の

改札を出たすぐ右の上のほうにツバメが巣を作っている。

セリーヌ『夜の果てへの旅』

上下で500円か

AT?電源

4200円は高いのか安いのか。

Willkinson

そんなものがあるのか。

南大沢と多摩境の間でトンネルすぐ手前の

京王線をまたぐ歩道橋が妙に明るいと思ったらやっと蛍光灯を変えたのか。

更新履歴

紋章学関連のごった煮風覚え書き

2006.6.23

夢の中でさらに寝ていた

というか寝ていてはっと気づいて起きる場面の夢を見た。夢の中で寝ていてその中でさらに寝て夢を見ても外側の夢と混ざって(?)、自分では区別がつかない気がする。

2006.6.22

英語の間違い電話

職場に何故か最近けっこうかかってくる。今日はしかたなく英語で返答。

開成駅

の新宿方面ホームの自販機の上の梁に鳥が巣を作っている。

頭痛

最近夕方になると。

ショパンに

ボレロなんてあったのか。タランテラはともかく。「ピアノの森」の話。それはそれとしてあまし解説はしないほうがいいような。

メモ

まうかめ堂:The Selden Carol Book

買ったもの。「月刊ピアノ」。


2006.6.21

朝、曇りの予報を信じて

傘を持たずに出たら雨が降ってきて、帰り、雨の予報を信じて置き傘を持って帰ったら降らずに家に着いた。

眠い

夕方になったら急に目があかなくなってきた。

2006.6.20

寝坊

二日続けて。今日こそ遅刻かと思ったが奇跡的に間に合った。

あじさい

今年は例年ほど葉が丸坊主にならないな。

帰りの急行がのろい

前の各駅停車の尻を追いかけている?

2006.6.19

寝坊

早速起きれない

ノーネクタイ

今年も。

ルータ

調子が悪い。DHCPのリース残り時間の減り方が異常に遅い。

メモ

Partition Logic 無料パーティション操作ソフト

2006.6.18

「ブラックジャック21」第72話「百億円 命の約束」

1話観逃し。
こんな大げさな話だったか。
あの運ちゃんは「火の鳥」黎明編に出てきた隊長?
ユーロ札の絵柄って初めて見た。
いつのまに自動車に爆弾しかけたのかと。つうか、あれが自殺になりますかと。
古川登志夫。

玄関先の山芋のツルが

今年も伸びまくり。

ナナフシ

まだいる。

暑い

本格的に暑くなってきた。

眼鏡がくもりまくり

走っていたら。おかげで雨が降ってきたのにも気づかなかった。