No.109 立山三山 平成12年(2000年)8月4日〜5日 |
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【歩行時間: 第1日=30分 第2日=6時間10分 第3日=5時間20分 第4日=3時間15分】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ 8月4日(第1日目): 新宿発午前7時「特急スーパーあずさ1号」に乗車。今年の夏休みの私達夫婦の山旅が始まった。台風8号が小笠原諸島を西へ進んでいるのが少し気がかりだが、多分影響はないだろう。(4日間とも午前中は快晴、午後から天気が崩れ、夕方は無風快晴だった。) 立山黒部アルペンルートをゆっくりと観光しながら、室堂へ着いたのは午後2時頃だった。途中、黒部ダムの展望台で昼食のお弁当。ここで飲んだわき水が冷たくて美味しかった。帰宅してから知ったことだが、8月8日付の読売新聞朝刊の記事によると、この黒四ダム難工事の原因となったトンネルの破砕帯から湧き出す「硬水」を、ミネラルウオーターとして売り出したそうだ。電力会社(関西電力)がミネラルウオーターを販売するのは初めてのことらしい。ま、どうでもいいことだけれど…。 室堂山荘からほど近い「玉殿の岩屋」を訪れてみた。ここは立山開山伝説の残る場所。有名な割にはひっそりとしていた。 日本最古の山小屋とのふれこみの室堂山荘。風呂もあり、食事も美味しく、一畳に一人の相部屋だったが快適だった。夕食後、山荘付近を薄暗くなるまで散歩してみた。チングルマ、シナノキンバイ、ヨツバシオガマ、ウサギギク、コバイケイソウなど、草原は高山植物の大展示場のようだった。ここは既に標高2400メートルを越えている。ひんやりとした冷気が肌に気持ち良く、見上げれば、残雪の残る立山三山が雄大で美しい。あの山頂に、かつて、極楽浄土があると信じられてきたという。 8月5日(第2日目): 午前4時10分、懐中電灯を点けて、室堂山荘前の広場から浄土山へ向かう。少し歩くと明るくなってきた。1時間強で石垣に囲まれた祠のある浄土山山頂へ出た。
浄土山経由で雄山へ登る登山者は少数派のようだ。一ノ越山荘前で室堂からの石積み道と合流する辺りから、めっきりと人影が多くなった。休み休みゆっくりと歩いて、立山雄山神社本宮のある雄山山頂へ着いたのは午前8時10分。登拝料一人500円を支払い、本殿の置かれたピークで宮司さんのお祓いを受けた。とても感じの良い宮司さんで、いろいろと説明もしていただいた。お神酒が出てきたのには流石に少し驚いた。ほんの一口だったけれど、美味い酒だった。 剣岳や後立山連峰の山々や豊富な残雪の内蔵助カールを眺めたり、イワツメクサやタカネツメクサ、イワギキョウ、チングルマ、ハクサンイチゲ、ヨツバシオガマ、ミヤマダイモンジソウ、タカネヤハズハハコ(タカネウスユキソウ)、トウヤクリンドウ、ハクサンフウロ、…などの高山植物を観察したりしながら、大汝山、富士ノ折立、真砂岳と縦走し、別山の山頂部で昼食の大休止。コンロでポタージュとベーコンエッグを作ってパン食だ。たまには「洋食」もいいもんだね。なんて、のんびりとしていたら急にカミナリが鳴って、雨が降り出した。雨具を身に着け、慌てて別山乗越へ下る。 雨は激しく降り出した。風がないので傘が有効だ。剣御前小屋の建つ別山乗越から剣沢へ下るルートは2本あり、剣沢小屋泊りなら右の別山側の山腹を下るが、今夜の宿に私達が予約したのは剣山荘なので、左側の剣御前の山腹を巻いて下る。 剣沢を下っているとき一時雨が上がり、前面に剣岳の金字塔が大きく迫ってきた。 一服剣の麓、コバイケイソウの群落の中に静かにたたずむ剣山荘。土曜日ということもあって、二畳に3人とやや窮屈だったが、身体を十分伸ばして横になれた。トンカツの夕食も美味しかった。驚いたことに、私達は入らなかったが、風呂もついていた。 夕方、再び無風快晴。山荘の裏手から眺めた鹿島槍ヶ岳と五竜岳に虹が出て、とてもきれいだった…。 * 雄山・大汝山・富士ノ折立の三山を総称して立山と呼び、立山三山とは雄山・浄土山・別山を指します。 No.367「立山二山・2泊3日の山旅」: この後(H30年8月)、再び同山域を歩きました。[後日追記]
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