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 No.123 大台ケ原山1695m
平成13年(2001年)5月3日〜6日 ほぼ晴れ

大台ケ原 略図
苔生す原生林の台地を回遊

第1日=近鉄大和上市駅-《ホテルの送迎バス》-湯盛温泉 第2日=湯盛温泉-《タクシー》-大台ケ原駐車場〜シオカラ谷〜大蛇ー〜正木ヶ原〜日出ヶ岳分岐〜駐車場・大台荘 第3日=大台荘〜日出ヶ岳〜(大杉谷)〜桃ノ木山ノ家 第4日=桃ノ木山ノ家〜宮川第一乗船場… 【歩行時間: 第2日=3時間 第3日=5時間20分 第4日=3時間10分
 → 地理院地図・地図閲覧サービスの該当ページ(日出ヶ岳)へ


 5月3日(第1日目): 朝、ゆっくりと家を出て、新横浜駅8時55分の「ひかり101号」に乗車。 昨夜からの雨も上がり、天気は快方に向かっているようだ。
  京都駅で近鉄線の特急に乗り換え、橿原神宮前駅を経由して、大和上市駅に着いたのは午後2時20分頃だった。 駅前には湯盛温泉「ホテル杉の湯」の無料送迎バスが待っていた。

湯盛温泉「ホテル杉の湯」: 大和上市駅から吉野川上流に沿って大台ケ原へ向かい、車で約30分ほど遡行した、川上村に位置する閑静な温泉ホテル。 天然岩や檜の露天風呂など、とても良かった。 奈良県川上村は山幸彦をイメージキャラクターにし、「樹と水と人の共存」をテーマにしているという。
  週末料金2食付き一人17,000円だった。 公営(村営)の割には高いかも。 ナトリウム炭酸水素塩泉。 無味無臭透明、だった。
  「ホテル杉の湯」のHP
大台荘
大台荘

大蛇ーからの展望
大蛇ー

牛石ヶ原の草原
牛石ヶ原

 5月4日(第2日目): 朝食後、少しでも早く現地(大台ケ原)へ行きたくて、川上村の温泉ホテルからは予約のタクシーを利用した。 約1時間で標高1550mの大台ケ原駐車場へ着いた。 気温摂氏約9度。 冷気が肌に気持ちいい。 多少モヤっているが太陽は出ている。 多弁なタクシーの運転手に10,210円の料金を支払う。 大台荘で今夜の宿泊予約を確認してから、トウヒやブナやヒメシャラなどの遊歩道をゆっくりと西へ歩き始めたのは午前9時20分。 小鳥たちが盛んに囀っている。
  シオカラ谷の吊橋を渡り、ツクシシャクナゲの林を抜け、断崖上の岩場(大蛇ー)を往復、西大台の山々などの眼前の眺望を楽しむ。 大蛇ー(だいじゃぐら)という呼び名は、大蛇の背に乗ったような感覚から名付けられたとのことだ。 残念ながら大峰連山の眺望は薄モヤに隠れてしまっていた。 人気のコースとあって家族連れなどの人影は多い。
  大きな神武天皇像のある牛石ヶ原や、途中からまだ真新しい立派な木道のついた正木ヶ原の、高低差の少ない歩きやすい遊歩道をさらに進む。 所々のイトザサ(ミヤコザサの変種)の原で、何頭かの野生のニホンジカを見た。 ほとんどのシカの首などに発信機、だろうか、が装着されていたが、少し見辛らく思えた。 発信機をつけたシカも野生のシカと云うんだろうか…。
  枯れ木立の林立する(近年の)大台ケ原独特の景観の中を歩きながら、矢張り、「自然」てなんだろう、なんて考えてしまった。 シカなどの動物の食害が立枯れの主な原因とのことで、トウヒなどの幹に金網を張ったりして防いでいるが、一体、人間は何処まで自然を自然にするために関与していけばいいのだろうか。 そして、自然に手を触れてはいけない領域というのは何処までなんだろう。 なんて、堂堂巡りの乾燥した頭の中で考えてみた。 ほっぽっておいて変わっていくものなら、それも立派な「自然」だとも思う。 何れにしても、枯れ木立と倒木のこの景色を、私達夫婦は、少し不気味な感じもしたが、それなりに美しいと思った。 → トウヒの立ち枯れについては下欄(コラム欄)を参照してみてください.
  正木ヶ原を過ぎた辺りから日出ヶ岳(秀ヶ岳)への分岐(鞍部)まで、木々の幹に樹木名の標板がぶら下がっていた。 例によってメモってきた。 ゴヨウツツジ・シロヤシオ[ツツジ科]、ゴンゼツ(コシアブラ)・センノキ[ウコギ科]、コミネカエデ・オオイタヤメイゲツ・イタヤメイゲツ[カエデ科]、フウリンウメモドキ[モチノキ科]、ミズナラ、ブナ…。
  霧が出てきたので、この日は日出ヶ岳へは登らず、分岐から遊歩道を駐車場へ下った。 トウヒやウラジロモミに混じってヒノキの自然木の目立つ遊歩道で、豊富な雨が育てた様々な種類のコケが美しかった。 宿(大台荘)へ着いたのは午後2時頃だった。
  大台荘は一畳に一人。 ゆっくりと寛げた。 風呂があるのが嬉しかった。 夜の7時には、もうぐっすり…。 明日は日出ヶ岳から大杉谷へ足を延ばす予定だ。

次項「大台ケ原から大杉谷」 へ続く

*** コラム ***
大台ヶ原のトウヒの立ち枯れについて

  大台ヶ原はトウヒ(マツ科トウヒ属の常緑針葉樹・エゾマツの変種)の南限地としても有名ですが、この貴重な種を保存したいと願う地元の自然保護団体などの気持ちは痛いほどよく理解できます。
  正木峠付近のトウヒの立ち枯れについて、開発のあおり、大気汚染がもたらした酸性雨、温暖化、シカの食害…、など様々な要因が考えられているようです。
  はっきりとした主因の一つに自然災害とその後の処置があるようです。 昭和34年にこの地を襲った超大型の台風・伊勢湾台風とその2年後の第2室戸台風により大台ヶ原のトウヒ林は決定的な打撃を受けたそうです。 木々がなぎ倒されて、開いた空間に太陽が直接当たり風が通って、苔生していた地面は乾燥し、ササが侵入してくるなど、トウヒの種が直接芽を出すのは難しい状況になってしまったのです。 そしてもっといけなかったのがその後の(人間による)処置だったといいます。 大量の風倒木を(すぐに)搬出してしまったのです。 つまり、苔生した倒木に落ちた種か育つという自然の遷移を(トウヒの倒木更新を)期せずして妨げてしまった、ということらしいのです。
  また、トウヒ林衰退のもう一つの主因にシカが増えすぎたことがあるのも間違いないようです。 シカの好物でもあるイトザサ(ミヤコザサ)が生い茂っているからトウヒの実生が育たない、ということもありますが、仮に芽生えたとしてもシカが新芽を食べてしまうのです。 ミヤコザサは55年くらいのサイクルで一斉に枯れるといいますが、そのワンチャンスをものにして芽生えればいいのですが、そのときはときすでに遅し(つまり当地のトウヒが絶滅してしまっているかも)…と、負のスパイラルに巻き込まれているのがこの地の現状かもしれません。
森林インストラクターのTamuです  人間が関与してシカの個体数を調整(管理)することについては、絶滅させてしまった(シカの天敵の)ニホンオオカミに対する日本人の永遠の懺悔として、今もこれからもずっと実行していかなければならないことだ、と私は思っています。
 「日本の森列伝・米倉久邦著」などを参考にして後日追記しました。(H27年7月)



大台ヶ原・正木峠付近にて
枯木の林立する大台ケ原特有の景観
トウヒの枯れ木立と倒木のミヤコザサの原
これはこれで美しい景色だと思いますが…。
大台ヶ原のニホンジカ
発信器をつけた“野性の”シカ

自然と自然保護について 当サイトのページです。参照してみてください。

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